表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/113

14‐8 赤毛の執事

 トリスは目を覚ました。

 殴られた頭が痛い。ぼんやりとする視界に、自分の足が見えた。

 着ている服は無事だ。これでどこか破けていたり、ほつれたりなんてしたら、新品の支給申請なんて面倒なことをしなくてはいけない。


 離れて聞こえる焚火の音。

 何とか顔を動かすと、見覚えのある顔ぶれが焚火を囲んでいた。

 悪党顔が良く似合う、かつての仲間たち。……仲間たちと言っていいものか。

 自分を買って、こき使った悪党ども。


 薄暗くなった外の空気はかなり冷えてきているらしい。窓の端が凍り始めている。

 トリスは動こうとしたが、どうやら柱に縛り付けられているらしく、身(じろ)ぎさえできなかった。

 仲間の一人が、トリスが起きていることに気が付いた。焚火の前から立ち、わざわざトリスの元に向かうと、トリスの髪を鷲掴みにして顔を無理矢理上げさせる。



「ようやく起きたか? トリス」



 男は意味もなくトリスの顔を殴りつけた。

 トリスは唇を切ってしまい、口から血が垂れる。


 男は苛立ったような声で、トリスに言った。



「お前が逃げてから散々な目に遭ったんだぜ? 拠点が領主に見つかるわ、警察局に追われるわ。お前が逃げたりしなかったら、俺たちは安全に、安定した生活が送れていたってのによ」


「はっ、それはご愁傷様。そんな泣き言を聞きに戻ってきたわけじゃねぇよ」



 トリスが男に吐き捨てるように言うと、男は更に苛立って、トリスの頭を強く殴りつけた。

 それだけでは収まらなかったのか、男は気が済むまでトリスを殴りつける。

 トリスは防御も出来ないまま、ひたすら暴力に耐えていた。頬が腫れようとも、額が切れようとも、トリスはひたすら耐えていた。

 じっと、ただじっと。そうするしかない。……それしか出来ないから。


 トリスは足に滴る血の色に目を見開く。

 男は思い出したように、「あぁ……」と呟くと、水瓶に入った動物の血を皿に汲んで、トリスの口に近づけた。



「ひっ……!」


「お前、これが苦手だったな」



 男は動物の血をトリスに無理矢理飲ませようとした。トリスは顔を逃がして血を見ないように、口に触れないようにしていたが、男がトリスの顎を掴んで固定する。




「……誓えよ。二度と逃げませんって。……一生、俺たちの奴隷として働くって」




 獣臭くて、汚い色の血が、トリスの唇に触れようとした。



「ぐぁぁあぁぁあああぁぁっ‼」



 窓が割れる音と一緒に、男の手首が射抜かれる。

 皿は男の後ろに飛んで、焚火を消した。



「誰だ!」



 男が叫んだ。

 それに答えたのは、女とは思えないほど、言葉が悪い忌み子だった。


 ***


 エイヴが私たちが歩いた跡を追って進む。

 私は彼の後ろを必死に追いかけた。


 すっかり薄暗くなった景色は、息をするたびに肺が凍り付くような寒さに変わる。借りた装備が、足りないと感じてしまうくらいだ。


 エイヴは能天気な顔で山を登っていく。私は、トリスよりペースの速いエイヴに息を切らしてついて行った。

 この体力の差は何なのだ。いくら重労働をしているからとはいえ、こんなにも差が出るものだろうか。……私だって、小さい畑とはいえ、農業を営んでいたのに。


 男性は女性と比べて、筋肉がつきやすい体質だと学んだ。それを加味しても、エイヴの体力は無尽蔵なのではと思ってしまう。

 私は、小走りで追いかけた。


 ふと、エイヴは足を止めた。

 そこはちょうど、トリスが襲撃された場所だ。

 人が倒れて、引きずられた跡が小屋に続いている。トリスは確かに、あの小屋に居るようだ。


 エイヴは「やっぱりそうか~」と頭を掻いた。



「どうする~?」



 エイヴは振り向いて尋ねた。

 私は、小屋から三十メートルの所にちょうど良さそうな木を見つけた。



「私があの木の上から小屋の中を確認します。状況次第で狙撃しますので、それを合図に突撃しましょう」



 私の大まかな作戦に、エイヴは「わかった~」と返事をした。


 私は早速、木の上に上る。山を小走りした上に、さらに木に登るなんて、こんな激しい運動は久しぶりだ。

 小屋の中が見える位置を陣取り、私はクロスボウを構える。



(っ! トリス!)



 窓からちょうど、トリスの姿も確認できた。柱に縛り付けられていて、全く動く気配が無い。

 私は彼の動きに注視する。

 トリスは気絶したままのようだ。……いや、目を覚ました。


 トリスが状況を確認していると、彼に誰かが近づいた。豚のように太っていて、山賊のような悪人面だ。

 男は急に、トリスを殴りつけた。私は芽を見開く。

 男はトリスを殴りつけるのを止めなかった。何度も、何度も、染み込ませるように。


 男が急に離れたと思うと、血の入った皿をトリスに近づけた。トリスが逃げられないと知って、男はそれを、あろうことか飲ませようとしている!



「このっ、下劣で卑怯な豚野郎が‼ テメェのケツみてぇにくせぇもん飲ませようとしてんじゃねぇ!」



 構えたクロスボウで、私は男の手首を射抜いた。

 窓が割れた瞬間、私は木から飛び降りて小屋に駆けつける。

 エイヴは外でぼうっと、私が飛び込んでいくのを眺めていた。私は、ドアを蹴破って叫ぶ。




「クソッタレども年貢の納め時だ! 首を置いてけぇぇぇぇ!」




 男たちとトリスの見開かれた目が目に入る。

 私はドアの近くにいた男を外に放り投げ、壁際の一番離れていた男にクロスボウを撃ち込む。

 放たれた矢は男の肩を射抜き、雄々しい悲鳴が小屋に響いた。


 私は片っ端から男たちを投げ飛ばした。

 エイヴについて行くのが精一杯だった体力が、どういうわけか無限に湧いてくる。

 私は男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し、全員を寒空の下に放り投げた。


 どうせ逃げられても、エイヴがいる。

 ……どうだろう。私が突撃する様子を、黙って見ていたし。でも、エイヴがいなくても、もうじき警察局が来るだろう。


 私はトリスの縄を解き、トリスに手を貸す。

 すっかり血で染まった顔を、私は近くにあった比較的綺麗な布で拭いてやった。



「男前だな」



 軽口を叩くと、トリスは鼻で笑った。



「良く見えたな。俺の位置」



 トリスはそう言った。

 焚火が消えた小屋、獣の血の臭いが漂う中で、私は触れる男たちだけを投げ飛ばした。

 何度も彼の前を通った。座っていた男を蹴り飛ばしたし、小屋の中はほどんど見えていなかった。それでも、私はトリスだけを見分けていた。


 そんなの簡単だ。彼は、あまりにも目立つのだから。




「お前、目立つ髪してんだから見えねぇわけねぇだろ」




 トリスの赤い髪は、薄暗い小屋で光って見えていた。

 彼の場所は、彼の髪を見るだけで十分だった。

 トリスは「そうか」と言って、外に出た。



「うわぁ!」



 外に出たトリスが悲鳴を上げた。

 私も小屋を飛び出す。


 私はトリスが襲われたと思った。しかし、どうやら違ったらしい。



「……うわぁ」



 トリスが悲鳴を上げた理由が分かった。

 エイヴが男たちを一人残らず拘束していたのだ。しかも、男たちの顔は、原形をとどめないくらいパンパンに腫れていて、鼻やら耳やら、至る所から血が垂れ流されている。

 辺りには血が飛び散っていて、エイヴの拳は血で濡れている。



「……あ、終わったよ~」



 エイヴの呑気な笑顔が、冬空なんかよりも冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ