表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/113

2-5 いざ、パーティーへ!


 ──酒が美味いなぁ。


 今まで飲んだこともない。飲もうと思ったこともない。

 ただ赤くて、アルコール臭いだけの、不味い飲み物と思っていたが、存外想像とは違うらしい。


 ワイン、と言ったか。これは良い。

 透明な方は割と甘くて、飲みやすかった。でも、赤い方がガツンとした味と、苦味があってすごく良い。


 私はボトルを片手に、胡座をかく。口の端からたらりと垂れるワインを手で拭い、焼け落ちていく豪邸を眺めていた。

 豪邸の門には、かつて村を支配していた領主夫婦の首が刺さっている。息子がこれを見たら、変わり果てた両親の姿に泡を吹いて、無様に倒れるだろう。



「……ふふ、ふふふふふふふ」



 そう考えたら、楽しくなってきた。



「あは、あはは、あははははは!!」



 もう飢えない。

 もう殴られない。

 もう居場所を奪われない。


「あははははは! クソッタレ共め、ざまーみろ!」



 私は、自由だ──!



 ***


「おはよう。早く起きなさい」


 ミゼラの声が、私を起こす。決して、優しいとは言えない声で、無理やり布団を引き剥がした。


「ふん、ミゼラ様に起こしてもらえるとは、贅沢なヤツめ」


 一緒に行動しているらしいトリスのやっかみも、私の頭を揺さぶった。

 カーテンが大きく開かれて、日差しを部屋いっぱいに取り込む。それがひどく眩しくて、私は顔を隠した。



「さっさと起きろ。お前のシーツが出ないと、洗濯ができないだろうが」



 ミゼラはともかく、トリスは憎たらしい。ミゼラ以外は眼中に無いのは知っている。でも、ここまで露骨に態度に出すだろうか。


 私はおもむろに体を起こし、聞こえるように舌打ちをした。



「朝から元気なこって。嫌味を言わなきゃまともに仕事もできないらしい」


「はっ! 誰かに起こしてもらわないと起きられないお子ちゃまが、何かほざいておりますなぁ」


「二人とも、アタシを挟んでケンカしないでちょうだい」



 ミゼラの命令に、トリスは「失礼いたしました」と頭を下げる。私は意地でも謝らなかった。

 ミゼラはベッドに腰掛けるなり、私の頬をサラリと撫でる。

 相変わらず綺麗な手だ。ささくれも、手荒れもない。でも、少し節が太くて、ゴツゴツしている。柔らかくない、男性の手だ。


 綺麗な顔は、いつも女性なのでは、と錯覚する。けれど、こういう小さなところが、ミゼラは男だと主張する。

 それが、私に彼をそういう人だと認識させる。



「今日の夢見は悪かったのかしら?」


「まさか。最高の夢だったぜ」


「そう? その割に、酷い顔をしているわ。汗もびっしょりだし」



 ミゼラに指摘されて、私はようやく自分の状態を確認した。

 言われてみれば、汗がひどい。背中だけでなくて、シーツにも染みている。

 頭も少し蒸れている気がするし、ちょっと(にお)っているかも。


 顔を擦る私に、ミゼラは「シャワーを使いなさい」と告げて、トリスにその準備を指示する。

 ミゼラが居なくなると、トリスは舌打ちをして、私の腕を掴んだ。



「チッ、早く起きろ。汚いシーツを剥がすぞ。その寝間着も洗濯に出せ。今すぐ」



 やはり、ミゼラがいないと、トリスは私の心配もしない。

 私はベッドから引きずり下ろされて、少し離れた暖炉の前に立たされる。

 暖炉の上に設置されている鏡には、ミゼラの言う通り、ひどい顔色の自分が映っていた。



(こんなにひどかったのか)



 自分にとって、いい夢を見ていた。でも、青ざめたような、やつれているような顔で、いい夢と言えるだろうか。

 汚物に触れるかのように指先でシーツを剥がすトリスに、私は尋ねた。



「……トリス」


「なんだ。シャワーならあと1分待て」



「私は、うなされていたか?」



 幸せな夢だった。



「何を言ってるんだ?」



 トリスの怪訝な表情が、理解できない。

 私にとっては、いい夢だったんだ。

 幸せを、自らの手で、勝ち取った。


 本当に──……




「お前、いつもうなされてるだろうが」




 いい夢だったんだ。


 ***


 華やかで、煌びやか。

 似たような言葉が並んでも、違和感がない。それくらい、豪華絢爛なパーティーが、ミゼラの邸宅で開かれていた。


 金色のアンティーク調のシャンデリアの下に、着飾った人々が、シャンパンを片手に会話に花を咲かせる。

 壁際に寄せた料理の数々は、貴族から見ても一級品で、目移りしてしまうほど見栄えも良い。

 会場の隅で音楽を提供する音楽隊も、きっと腕の良いところに依頼したのだろう。

 このパーティーは、陰から見るので精一杯だ。


 私は、自分のドレスを見下ろした。浅葱色の綺麗な絹のドレスに、慣れていない私に合わせた低いヒールのパンプス。黒い髪に映えるように、金のアクセサリーで統一された姿は、まさしく貴族のそれだ。



(──吐き気がする)



 悪態をついたところで、あと数分後には、自分も胸糞悪い貴族の集団の中にいるのだ。

 階段の下を見下ろしても、いるのは高いだけの服を着て気取った家畜にも劣る野郎ども。



「本当に出るのかよ」



 招待客が集まった会場を見つめ、私がぽそりと呟く。そのつぶやきを拾って、ミゼラが私の隣に立った。



「そうよ。怖気付いたなんて言わないでちょうだいね」



 私が反論しようと、彼を見る。

 細やかな刺繍が、美しい薄緑のタキシードが、ミゼラの美しさを強調する。白のグローブを付ける仕草は、女性の心に刺さるであろう妖艶さがあった。

 オールバックに仕上げた髪は、少し緩めて抜け感を出す。化粧は薄めで、ブラウン系でまとめている。いつもは紫やピンクなど、派手な色を好む彼にしてはシンプルだ。でもそれが、ミゼラの男性らしさを引き立てている。


 彼を見ただけで、私は言おうとしていたことが、何も出てこなくなってしまった。

 そんな私をからかうように、ミゼラはわざと顔を近づける。



「あら、見惚れたのかしら?」



 図星をつかれ、私は素っ頓狂な声を出す。



「は、はぁ!? そんなわけないだろ!!」


「ちょっと、口調が戻ってるじゃないの。ボロを出さないように、気をつけてちょうだい」



 ミゼラの呆れた溜息に、私は更に憤慨する。顔が赤いのは怒っているからで、決して恥ずかしいとか、そんなわけではない。

 ミゼラは私の子供っぽい怒りをくすっと笑う。彼は大きな手で私の頬を包み、軽く揉んだ。



「あんまり怒らないでちょうだい。今日からあなたは正式に、私の婚約者になるのよ? 貴族の世界は、公表したら取り下げられない。しゃんと背筋を伸ばして、アタシの隣に立ってくれなくちゃ」



 顔を包まれていて、なんなら(もてあそ)ばれている。それなのに、私の中を渦巻く怒りは静まり、毒気を抜かれてしまう。

 何に安心しているのやら。こんな、胡散臭くて、オカマみたいな奴に。


 ミゼラは手を離すと、後ろに控えていたトリスに目配せをする。

 トリスは軽い咳払いをすると、ミゼラに段取りを説明する。



「本日の招待客に挨拶を済ませたのち、婚約の発表。その後にダンスと会談を。余興の手配は済んでおりますので、ミゼラ様はパーティーを楽しんでいただくだけで結構です」


「そう。ありがとう。で、別件は?」



 ミゼラが尋ねると、トリスは私に目配せをする。私はそれだけで察してしまい、思わずため息をついた。


 ──()()()の話だ。


 トリスは声色を変える。



「料理の提供はバイキング形式で、誰がどの料理を取るかは予測出来ません。皿や料理に毒を盛ることは不可能でしょう。会話中は、手元にある食器にご注意を。

 また、料理に使った食材には、全て目を通してあります。毒になるものは、一切含まれておりません。招待客のリストはコピーを取ってあるので、万が一、隠蔽(いんぺい)されても対処可能です」



 トリスは報告を終えると、また、私に視線を送る。私は深く息をついて、トリスのように話した。



「刺客は今のところ目視できていません。でも、ミゼラをよく思っていないであろう人間は、会場内に2~3人います。会場の出口付近と、壁際に2人。そのうちひとりが、秘書らしき女を連れています。あとは、会場で直接確認します。

 武器の所持者は二人ほどいますが、どちらも自己防衛用で、ミゼラに危害を加えるためではありません。今のところ、外からの刺客もなし。場内の人間に関しては、トリスが警戒するくらいで事足りそうです」



 私の話を聞いて、トリスが会場をこっそり確認する。私の話と照らし合わせて探すと、「了解」と返す。トリスも見つけたようだ。


 ミゼラは深く息をはくと、私の手を握る。

 もう仕事に入るのか。私も少し、緊張する。



「大丈夫よ。今日のあなたは、とても美しいわ」



 ミゼラに元気づけられて、私は背筋を伸ばす。トリスが咳払いをした。今から、私の初仕事が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ