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楕円の窓 ー1級建築士御堂寺輝子の推理録ー 4  作者: Aju


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4/7

4 間取り推理

「そういうことでしたら・・・」

と。金田さんは静かな微笑とともに輝子先生を見た。

「よろしくお願いします。それから、些少ではあっても設計料は払わせてください。」

 金田さんはさらに大きく破顔した。

「タダほど高いものはない、ということをこの30年で学びましたから——。」


「そうですわねぇ。わたくしの『タダ』も、そのあとがお高いですわよぉ。」

 輝子先生もにっこり笑った。


「この家の設計図面はありますか? もし残ってるんでしたら、見せていただけます?」

 輝子先生は早速そう訊ねた。


 図面があれば、検討しやすいけど。30年も前だもんねぇ・・・。と、わたしは思う。

 捨ててなくても、きっとどこかに紛れちゃってるよね。


「ああ、少しお待ちください。」

 奥様の利惠としえさんがすぐそう答えると、ご主人の金田芳弘(よしひろ)さんは少し驚いた顔をした。

「おまえ、そんな昔のもの、すぐ出せる所にあるのか?」

「はい。」


 あっさり答えて、利惠さんは階段をとんとん上がって2階へ行き、すぐまたとんとんと下りてきた。

 手に、製本された分厚い図面を持っている。


 それがテーブルの上に置かれると、輝子先生は嬉しそうに目を輝かせ、そして宝物でも触るように、そうっと開いた。


 青焼きだ!

 白黒のコピーじゃない。

 昔の、トレーシングペーパーの原図を感光紙に焼き付けるやつで、線が群青色になるやつだ。

 もちろん全部手描きで、しかも、図面というよりこれは絵画だ。絵画のように美しい。


 輝子先生は平面図のページを開いて、ほう、っとため息をついた。


「おまえ、物の整理がいいんだなあ。」

 芳弘さんが感心したように言う。

「だって、これだけでもすごくきれいなんですもの。隅の方に入り込んで分からなくなったり傷んだりしたら、もったいないでしょ?」


 一方の輝子先生は

「うん。 うん。」

と何か1人で納得している。

 両手のひらを口の前で合わせて、目を輝かせ、時々人差し指で図面のどこかを指差すような仕草をしては、その指先で空中に何かを描いている。

 図面にはページをめくる時以外、触ろうとしない。

 まるで重要文化財でも扱っているみたいだ。


 輝子先生には何かが見えているらしい。

 メッセージが隠されている——って言ってましたよね?

 建築の中にですか?

 図面の中に?


 わたしには全く何も分からない。

 ただバランスのいい間取りと、絵画のように美しい青い図面が見えるだけだ。

 もちろん書かれている数字や寸法線は、普通に図面のもので、そこに何か暗号のようなものが隠されているようには見えない。


 間取り自体がメッセージなんだろうか?

 わたしも何かを読み解こうとして、平面図を見る。


 ・・・が、わたしにはよくできた美しいプランにしか見えない。

 群青色の線が、きれいだなぁ・・・。


 玄関を入ると広いホールのような廊下があり、それに隣接して金田さんが「後悔した」と言った暖炉つきのパーティールームがある。

 反対側にはこれまた広い寝室があり、ワインセラーやプライベートバーまである。

 洗面やシャワー室も寝室の中に浴室とは別にあり、中庭も挟んでいて、確かに豪勢な作りだ。

 浴室も広く、半屋外みたいなスペースを挟んでサウナまである。

 パーティールームの脇から緩くて幅の広い階段が2階まで続いていて、2階にも大きな部屋(広間と言った方がいいくらいの)が2つもあり、階段ホールにもミニキッチンやトイレや洗面まである。

 さっき見て回った時、ミニキッチンの上のトップライトから見える空がきれいだった。


 今わたしたちが図面を広げているところがダイニングキッチンで、これだけだって普通の家の1軒分くらいの広さだ。

 納戸の隣には畳の予備室まである。

 いったい何人で住む家なのか——という感じだが、当時の金田さんの家族構成はご夫婦と娘さん1人の3人家族で、梨花さんが結婚した今は夫婦2人だけで住んでいるわけだ。


「お掃除が大変で・・・。2階は今はほぼ物置です。」

と利惠さんが苦笑いする。

 広さを持て余しているようだ。(^^;)


「2階の狭い方の部屋がわたしの部屋で、窓の向こうには林が見えて、小鳥がやってくるのを見るのが好きでした。」

 梨花さんがちょっと目を細める。

「あの林は指定保護林なので、この先もなくなることはないんです。」


 そんな話をしている間も、輝子先生は指先で空中に何かを描きながら、独りで何かを納得していたが、やがて腑に落ちた、という顔で言葉を発した。

「やっぱりだわぁ。」

 輝子先生は嬉しそうに顔を上げて、わたしたちの方を見た。

「この間取りは、杉村先生から未来のわたしたちへのメッセージだったのよぉ。金田さんのために遺していかれた・・・。」


「ええ? どういうことですか? 御堂寺先生・・・。」

 芳弘さんが目を丸くする。

「30年以上前に描かれた図面ですよ?」


「先生。読み解けたんですか? どこにそれが隠されてたんですか?」

 わたしも思わず、輝子先生の顔を見た。


 輝子先生はすごく幸せそうな顔をしていた。

「解けたわよぉ、輪兎ちゃん。わたしがここに呼ばれたのは、きっと神様のお引き合わせよねぇえ。」


 やっぱり輝子先生、今日はちょっとヘンです。舞い上がってますよ?

 まあ、憧れの建築家のメッセージを読み解いたんですから、そうなっちゃっても仕方ないかもですけどね。(*´艸`*)


 ・・・で。

 そのメッセージは何なんですか?

 どこに隠されてたんですか?


 わたしにはまだ、さっぱり分からない。

 見当すらつかない・・・。


「それでは、説明いたしまぁす。」

 輝子先生はもみ手をするように、手をこすり合わせた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いいですね! 輝子先生がなんで変になったのかわかりました(*´Д`*) 尊敬する建築家さんの作品を前にワクワクする先生がかわいらしいです。 [一言] 事件の起きない推理小説とおっしゃってい…
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