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雛鳥たちの航跡雲 ~第二次異世界大戦前夜 王立士官学校A.D.1938~  作者: 萩原 優
入校編

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第11話「マリア・オールディントンの日記①」

”今では考えられませんが、私たちは王立士官学校がどんなところか知らないまま飛び込みました。身近に関係者のいない人は皆そうだったと思います。

思えば、飛行機乗りたさに兄妹で随分と無謀をしたものです”


マリア・オールディントンの回想より




 入学から1週間が経ちました。

 今日はやっと日記を書く時間が持てそうです。記憶していたこと書き出してみますね。


 最初に驚いたのは、座学に軍事関係の科目が少ない事です。

 聞いてみたところ、ジル教官に笑われました。


「戦略だの戦術だのは3・4年で一気に詰め込むから安心しろ。今はひたすら基礎教養だ」


 言われてみれば当然のことでした。大砲を撃つには数学が、捕虜を尋問するには語学が要求されるのです。

 驚いたのが軍人養成校なのに美術の授業が大事な事です。地図の読み書きに必要だからだそうです。


 士官学校のカリキュラムは、午前が学科、午後が訓練に割り振られます。とは言え、丸一日訓練をする日もあれば、特殊な理由で学科のみと言う楽な一日もあるようです。


 ライズで士官は貴族に準ずるとされるので、テーブルマナーやダンスなども学ばねばなりませんが、これは私にとってはさんざんやった事ですね。おかげで楽が出来ます。


 要するに貴族組や幼学組も含めて、私たちはまだ本格的な軍事学を学ぶ段階にないという事らしいのです。


 実技の方もいきなり銃を持って全力疾走! 的なものを想像していましたが、実際は違うみたいです。もちろん酷いのもありますが(主にエルヴィラ先輩が関わる場合に)、穏当な訓練も多いのです。


 ――かと思えば、こんな具合に来たりもします。


「よし、男子と女子、1人ずつ前に出て横になれ」


 言われた時、私たちは顔を見合わせました。

 観念した2人がその場で仰向けになると、命令したジル教官は私を含めて何人かを指さしました。


「この2人は熱中症(日射病)で倒れた。看護してみろ」


 いきなりやったこともない手当をやれと言われも分かりません。私たちは仕方なく患者役の手足を持って持ち上げようとしたが……。


「馬鹿もん! 周囲に日陰が無いのに運んでどうする!? 水を飲める状態かどうかも重要だ。あと貴様、立って見てないで木の枝か布で日光を遮れ!」


 そうは言ってもこんな春先に日射病対策をして、何か役に立つのかと首をひねりましたが、ちゃんと理由があるようです。


「夏季の訓練は猛暑の中で行う。1人で持ち運べる水も限られるから、日射病は敵兵以上の脅威と思え。貴様ら国王陛下に奉公する前にそんな理由(・・・・・)で死にたいか?」


 目から鱗でした。

 士官学校のカリキュラムというものは、「根性!」とかじゃなくてそれなりにシステマチックに出来ているようです。初日のあれを考えると、全肯定しがたいのですが。


 ただし、備品の管理は本当に厳しくて嫌になります。


 私物はすべて袋に収められますし、それ以外の官給品も何処にどの順番に置くかは厳格に決められています。いい加減に対応すると腕立てなので、息が詰まります。

 夜間に襲撃を受けた時、暗闇の中手探りで装備を身につけなければならないからだそうです。夜中に大急ぎで身支度なんてエレガントじゃないですが、灯を付けたらそれめがけて銃弾が飛んでくるそうです。撃たれたくは無いのでエレガントは諦めます。


 私は要領が良い方なのですぐに配置を覚えましたが、そうじゃない人もいるようです。兄さんなんか間違えるたびにやり直させられてます。おまけに上級生たちは装備品を撒き散らして帰ります。

 我が義兄(あに)に対し理不尽千万です。正直彼の要領の悪さもどうにかならないかとは思いますが。


 仲間内では参謀役が定着してますが、うちの義兄はこう言う細かいのは苦手なのです。パイロットになるには克服すべき点だとは思いますが、残念ながら空回ってますね。


 その他にも、昔はベッドメイキングがなっていないと寝床を窓から放り投げたそうです。重くて高価な木のベッドになってからその習慣は消えたそうですが、その時代に生まれなくて良かったです。くわばらくわばら。


 一週間過ごして感じたことは、とにかく時間がない事ですね。

 1日のタイムスケジュールは細かく決められていて、それ以外の時間も上級生からあれをやれこれをやれと無茶振りが飛んできます。移動は駆け足で、文句を言われないのはお手洗いぐらいでしょうか。

 他の区隊の学生が、課題をこなす為にトイレに籠って課題をやっていたら、「体調管理がなっていない」と拳骨を食らったそうです。理不尽!


 エルヴィラ先輩がわけ知り顔で話していましたが、これは学生に時間の使い方・作り方を教えるためのシステムだそうです。

 一刻を争う状況で、酸素より重要な時間を有効に使えない士官は使い物にならないので、効率的に動いて時間を捻出する癖をつけておく、と言うのが新入生の課題なんだそう。

 そして慣れてくれば「こんな生活でも、時間は作れば意外にあるもんだ」と思うようになるとか言ってました。本当か知りませんが。


 そして、システマチックなやり方を大きく逸脱するのが、当のエルヴィラ先輩その人です。この間は林の中で模擬戦をやらされました。いきなり相手と遭遇して撃ち合いになり、双方共倒れです。それが同士討ちだと知った時には真っ青になりました。撃たれた(あと)が痛いやら罰走は辛いやらで散々でした。あの時の訓練は何人も医務室に運ばれたそうです。

 本当に、あの人はやばい。


 士官学校の土曜日は午後休み、いわゆる半ドンです。

 ちなみに翌日の日曜日は全休と言うから、もうベッドから動くまいと心に決めていたら、訓練が無いと言うだけで連れ立って市内の史跡を見学でした。非常に騙された気分です。


 そうそう、それで土曜日なのですが、講堂にスクリーンが張られて映画を観ました。戦争物とか、芸術性が高いみたいに言われてる映画なのかと思ったら、なんとバスター・キートンでした。敵対している(友好国でない)アメリカの喜劇映画なんかを軍人養成校で観られるとは、何か得した気分です。


 同時上映でニュース映画も見ました。日本、イギリス、ドイツ、イタリアの四国が同盟を結んだようです。「通商同盟」と言うそうですが、先日アメリカ、ソ連、フランスが作った「共和連合」なる枢軸(体制)に対抗しての結成みたいです。

 大国同士が2つの陣営に分かれて同盟を結びあう。まるで欧州大戦みたいです。ライズも巻き込まれるのでしょうか?

 軍人になると決めた以上、覚悟は決めているつもりですが、出来れば天寿は全うしたいです。


 今日の夕食はクジラ鍋でした。たまに外れもあるみたいだけど、三食のごはんが楽しみです。

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このお話の後日談、『鋼翼の7人』もおさらいしてみませか? 未読の方も是非

『鋼翼の7人 ~王立空軍物語第1部~』


本作の登場人物も活躍する外伝作品は如何ですか?

『イリッシュ大戦車戦・改 ~王立空軍物語外伝~』

― 新着の感想 ―
[一言] >時間の捻出 これは現代でもあるあるな感じですね。上もそうですし下も自然となりますからね。 やり方というか抜け口も見つけれたら大きい方ですね。寝床が投げられた、寝坊したらマットレスが埋められ…
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