黒歴史
「さて、話を戻そうか。」
………まだあるのか。いや、あったな。そういえば。
またまた容赦のないぽわぽわぽわ~んが始まった。
ーーーいやいや少しは容赦するよ?”一事が万事”だから昨日の夜くらいからの話だけでいいね。
今朝も仕事…行きたくなかったんだろう?本当はずいぶん前から行きたくなかったんだよね。
君の勤め先は不動産仲介会社、同業ではちょっと有名な、とことんムシるあくどい会社だ。でも誰もチクったりはしなかった、自分たちだって多少のことはあるからだろうね。
君はどうかと思うような業務命令を受けた。でも自分の生活が無くなるのが恐くて従ったね。
大家とお客さんの両方から手数料を徴収したね、それなりに多量に。
クリーニング料をお客さんから不当に高く徴収して、業者には相場以下しか出さなかったね。時に業者も入れなかった。
安い物件の案内はしないんだったね。儲けが少なくなるから。
それに人気の物件だとか何とか言いくるめて袖の下を欲求したね。それを半分会社に収めるルールだったね。
君が社長を嫌っていたように、社長も君のこと嫌っていたんだよ。だからサビ残でボーナス無しで万年昇給無しだった。他の人はこっそり寸志くらい貰っていたよ、君は雑務を押し付けられていて誰より勤務時間が多かったのにね。君も肌では感じ取っていたから余計にストレスだったね。
…そして深夜までネトゲを止められなかった、ひと段落ついたらネトゲ友達にグチりたかったからね。嵐で通信状況が不安定だったから思うように進まずそれもストレスに感じたね。そのまま精神的な疲れと肉体的な疲れが抜けきらないまま朝を迎えた。いつもの朝だ。君はぼんやりした鈍感な人間になってしまった。
気がついていなかったと思うけれど、駅の階段を駆け上がったとき避けた人はおばあちゃんだった。ヘルニアと狭窄症持ちでね、足が痺れているから雨で濡れた階段が恐かった上に、君があんまりギリギリを攻めるから立ちすくんで電車を逃してしまったよ。
それから駅前通りは横断歩道以外は横断禁止だよ。君はぼんやりしてそんなこと忘れていたね。
トラック運転手も嵐のせいで時間に追われていて、つい速度が出てしまった所に君が飛び出してきたからさぞ肝を冷やしただろうね。腹立ちまぎれにクラクションを鳴らしたんだよ、そして君は振り向いて、転倒した。トラック運転手からもその様子が見えて、少々ばつの悪い思いをした。そこで悩んだ末、救急車を呼んだんだよ。その後荷主の所に遅れるわ、警察の事情聴取を受けるわで災難な一日だったようだね。
「確かに理由はあれ君はとても善人とは言い切れない、むしろ生きているだけで悪い影響しかない。しかも無自覚でいる分、余計にたちが悪い。」
「い、いえ、その時は確かにそうでしたけれど…」
「何?もっと聞きたかったのかい?」
書類の入ったフォルダーをパラパラとめくり、
「ああ、こんなのはどうだい?……えーっと…不純な気持ちで眺めていた女の子たちに君が…」
「いえやっぱり結構です。」
もうこれ以上黒歴史を掘り返すのはやめて下さい、永遠に消滅したくなってしまう。