聖女の幸せ
「クリステル、君との婚約を破棄させてもらう。私は平民の孤児と結婚するつもりはない!」
国王の命令で通うことになった王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言された。当然だけどこんな馬鹿王子とは婚約を破棄したい。
それに王子の腕には名前も知らない女が絡みついている。私に見せつけているつもりなのだろうか?
下品だとしか思わない。
2人の横には騎士団長の息子と宰相の息子がいて私を睨みつけている。後ろには大勢の取り巻きたちがいる。
この国の貴族は馬鹿ばかり。
私は孤児院に捨てられていた子で名前も院長先生につけてもらった。だから今でも院長先生や孤児院が大切だし絶対に守りたい。
「殿下、私と婚約に至った経緯を知っているのですか?」
「君が聖女だからさ。平民が王子と婚約できる理由はそれしかないではないか。しかし、残念だったな。本物の聖女は隣にいるキャリーナだ。君には聖女を名乗った偽称罪がある。貴族でもない君は処刑だろう。今夜を楽しんでくれ!」
「アル様、偽の聖女ちゃん震えちゃってますよ。とてもパーティーは楽しめませんね。」
怒りで体が震える…。
卒業パーティーに参加している人たちの私を見る目が変わった。
平民がよくも貴族を騙したなという恨みつらみが顔に出ている。
第一王子との婚約は国王の命令だった。
命令だけであれば拒否できたけれど、国王は孤児院にいる子たちを人質にした。
婚約を拒否すれば毎月1人ずつ殺すと…。
私は孤児院を守る方法を探し続けた。
探して、探して、探して、探して…。
見つからなかった…。
私が孤児院に入れば結界を張ることができるけれど常に監視されている。それに孤児院の従業員には国王の息が掛かった人がいると思う。
聖女なのに何もできない自分が悔しい…。教会で修業した日々も、学園で嫌がらせに耐えてきた日々も無駄だった。
王子の婚約者になってからの学園生活は悲惨としか言えない。
自分自身を結界で守っているから怪我だけはしないけれど、泥水をかけられ、教科書は燃やされ、筆記用具は砕かれた。
飽きもせずに何度も何度も繰り返し行われる。
食堂で食事をする時も食事に結界を張らなければならなかった。足を掛けられ、スープをかけられ、お茶をかけられ…。
思い出したくもない日々。
その切っ掛けとなった馬鹿が婚約破棄と言い出した。腸が煮え返りそうだ!
「当然だけど右手の甲に聖印はあるのよね?」
私の言葉を聞いて嫌らしい笑みを浮かべたキャリーナが右手を掲げた。
≪浄化≫
落書きは消してあげる。
「何もないじゃない。あなた恥ずかしくないの?偽者に騙されるのがこの国の第一王子様ですか。将来が不安ですね。側近候補も馬鹿しかいないようですし、この国は終わりね。」
キャリーナが慌てて右手の甲を確認した。
かなり焦っているみたいで王子から少しずつ離れている。
「キャリーナ、どういう事だ!?私を騙したのか!?しかし、お前は美しい。正直に言えば側妃にしてやるから話してくれ。」
意味が分からない…。
聖女を名乗った偽称罪はどうなったの?
それに正妃は誰にするつもり?
「平民の孤児がアル様の婚約者だなんて許せなかったのです。パーティーにドレスも用意できないような女はアル様に相応しくありません。」
私は白のサーコートを着ている。
普通は婚約者がドレスを用意するものではないの?
用意されても着るつもりはないけれど…。
馬鹿な女は馬鹿な男に頭をなでられて満面の笑みだ。
「聖女を偽称したのはあなたのようね。2人はお似合いよ。私の見えないところで幸せになって。」
「聖女クリステル、何を言っているのだ。君は国の為に働く必要がある。白い結婚になるであろうが、私の婚約者と認めようではないか。」
この馬鹿に私の人生は縛られて終わるの?
院長先生、私は国のものでもなく、教会のものでもなく、誰かに束縛されることもなく、大切な人を守れるように、修行してきなさいと孤児院から送り出してくれましたね。
本気で努力するから、院長先生に私のお願いを1つ叶えてもらうと約束までしたのに。
困ったら1人で悩まずに孤児院に帰っておいでと言ってくれましたね。
悔しいけれど帰れません…。
私の努力は足りませんでしたか?
大切な人を守れません。
国に束縛されています。
女神シーラ様、聞こえていますか?
守りたいです。
大切なのです。
お願いします、守らせて下さい!
『聖女クリステル、辛い思いをさせてしまいましたね。女神も万能ではありません。あなたの境遇をようやく知ることができました。力を抜いて楽にしなさい。あなたの体を借ります。』
私の声が届いた!
女神様の声が頭の中で響いている。
余りの嬉しさに祈りを捧げてしまいそうになりましたが、体の力を抜いて楽にします。
「汝ら、女神の代理人である私の大切な聖女に対する侮辱行為。許さぬぞ!」
自分の体なのに口が勝手に動くのが不思議な感じ。神気を感じたのか王子たちは青褪めている。
ふと気づいたら上空にいました。下に見えるのは私の大切な孤児院です。
『クリステルの予想通り邪魔者が紛れ込んでおる。外から監視している者と一緒に先程の場所に飛ばしてやろう。さて、会いに行くか。久しぶりに話すがよい。』
懐かしい院長先生の部屋だ!
ああ、何度見ても金髪と紫の瞳が魅力的です。
もうすぐ40歳になりますね。
それでも素敵です!
「院長先生、私は努力しました。本気で努力しました。約束を覚えていますか?」
「突然部屋に来て驚いたよ。クリステル、素敵な女性になったね。勿論約束は覚えているよ。何が欲しいのかな?」
「私は院長先生が欲しいです。結婚して下さい!」
「えっ!?宝石とかじゃなくて私?もうおじさんだよ。その言葉は嬉しいけれどね。」
『今回は特別だぞ。頑張ってきたご褒美だ。』
ありがとうございます!
「院長先生、女神シーラ様が若返らせてくれました。鏡を見て下さい。言い訳は聞きませんからね!」
「こんな事が…!女神様と話せる程に努力したんだね。本当によく頑張ったね…。」
院長先生が右の頬に優しくキスをしてくれた。
「頑張りました…。大切な人や場所を守りたかったから。それでも女神様の力がなければ守れませんでした。院長先生、これから先は必ず守ります!」
「フェリクスと呼んで欲しい。フェリの方がいいね。クリステルには私の大切な孤児院や領地を守ってもらうね。これでも領主だから。そのかわり君の幸せは私が必ず守るよ!」
≪結界≫
フェリ様の領地に結界を張った。
悪意ある者が入れないように。
「フェリ様の領地に結界を張りました。全てを片付けてすぐに帰ってきます。私を幸せにして下さい!」
「早く帰ってくるんだよ。君の帰りが待ち遠しいからね。」
フェリ様が左の頬に優しくキスをしてくれた。
幸せです!
離れたくないけれど終わらせないと…。
女神シーラ様、卒業パーティーの会場に連れていって下さい。
『女神にキスを見せつけるとは。全くもう…。さて、終わらせに行こうか。』
卒業パーティーの会場に戻ってきた。
国王もいるし卒業者の親もいるようですね。
とても都合がいい。
「国王様、非常に残念ですが殿下との婚約は破棄されました。この国はもう終わりです。聖女の大切な人を人質にした婚約を女神様が許すはずがありません。」
「女神だと?孤児院を捨てることができぬ小娘が何を強がっておる。明日からも治療の仕事に励むがよい。」
女神シーラ様、裁きをお願いします。
「この愚か者が!女神を信じぬ者たちに聖女の加護は必要ない。この国の結界は解除させてもらう。そしてこの会場にいる聖女を侮辱した者ども。女神から贈り物だ。決して治らぬ頭痛を味わえ。そこにおる愚王。明日からは魔獣狩りの仕事に励むがよい。」
酷い頭痛のようですね。
皆が悲鳴をあげています。
「ク、クリステル、孤児院がどうなってもよいのだな?殺して死体を持ってきてやるわ!」
「本当に馬鹿ですね。孤児院に潜入していた人も監視していた人もここにいますよ。私は今から幸せになります。特に話すこともありません。二度と会うこともないでしょう。さようなら。」
「ま、待て…。」
女神シーラ様、お願いします。
孤児院にあるフェリ様の部屋に移動した。
『今後は困ることなどないであろうが何かあれば声を掛けるがよい。聖女クリステル、お主は頑張った。大切な人を守ることができたのだ。これまでの努力を誇るがよい。』
ありがとうございます!
女神様が私の体から出ていきました。
少し寂しいです…。
「ただいま戻りました、フェリ様。」
「おかえり、クリステル…。」
フェリ様が私を抱きしめて優しく口にキスをしてくれた。
ああ、幸せすぎる。
「結婚するまではキスで我慢するね。」
「はい…。幸せにして下さい。」
私がフェリ様を求めたのに…。
幸せすぎてフェリ様に溺れそうです!
楽しんで読んでいただけたら幸いです。