タイムリーパーに妻を奪われた男の話
過去を都合のいいように改変し、ハッピーエンドを迎えるなんて創作物においてはよくある話だ。タイムリープものでは、ある意味王道とも言えるだろう。
人間生きていたら、あの時のこうしておけば良かったと思うことは何度もある。もう一度やり直したいと気持ちもわかる。
だが――俺は言いたい。過去を変えようとするやつは最低のクズだと。
変えたい過去があるのと同時に、変わってほしくない過去だってある。
自分にとってそれは都合の悪いものでも、他の誰かからしたらかけがえのないものなのだ。
俺は失ってしまった。愛する息子を、そして愛する妻を。
全て奪われてしまったのだ。タイムリープしてきた男によって。
ここではない今――別の世界において俺、大塚泰樹には妻がいた。
妻の名前は大塚泉。結婚する前の名字は浜村だ。
泉との出会いは大学のサークル。今にして思えば出会えたのは、奇跡だったのかもしれない。
彼女と俺は違うキャンパスに通っていた。本来関わることはないはずだった。
俺と泉が共通の趣味を持っていなければ、俺が彼女ことを、彼女が俺のことを好きになることはなかっだろう。
何の偶然なのか、泉と俺は地元が一緒だった。
同じ田舎から上京してきた仲間ということもあって、他のサークルメンバーと違い、彼女とはすぐに仲良くなれた。
付き合い始めたのは、大学に入学してから1ヶ月くらい経った後。意外と早い。
泉と交際は順調に進んだ。交際期間中は特に大きな喧嘩もなかった。
「泉、俺と結婚してほしい」
「ごめん……ちょっとだけ考えさせて」
ただ1つ気がかりだったのは、彼女が俺との結婚を躊躇ったことだ。
2人とも就職していて、経済的に問題はない。両親との顔合わせも済んでいる。俺には結婚を躊躇する要素は何もないように思えた。
しかし泉には、引っ掛かることがあるようだった。彼女の過去の話を聞いてみたところ、それが次第に見えてきた。
「私ね……ずっと片思いしてた幼馴染がいるの。私が結婚したら、彼はどうするのかなって、思っちゃって……」
泉が結婚に踏み切れない理由――それは幼馴染への未練だった。
彼女曰く、彼とは高校まで一緒に学校に通っていて、家族ぐるみの付き合いもあったらしい。
泉は彼のことが好きではあったのだが、幼馴染という心地の良い関係を壊す勇気が出ず、上京を機にそのまま彼と離れ離れになったそうだ。
「泉のことを絶対幸せにするから」
俺は食い下がった。と言うより、後に引けなかった。
幼馴染の彼氏とは違い、幼い頃の彼女との思い出はない。だけど俺にだって、泉と交際を重ね、彼女との大切な思い出がたくさんあるのだ。
それを全てなかったことになんてできない。俺は泉のことを愛している。失いたくない。
「泉……頼む」
「うん……わかった。結婚しよう」
粘り強く彼女を説得した結果、俺は泉と結婚することができた。
結婚してほどなく、妻が妊娠した。
慌ただしい日々が続いたが、無事妻は男の子を出産した。子どもが産まれてからも、苦労の連続ではあったのものの、毎日が充実にしていた。
子どものために、妻のために、そう思うと活力が沸いてくる。仕事の疲れも一瞬で吹き飛ぶほどだ。
幸せだった。辛いと思うことはあっても、現状に不満はなかった。
なのに……。
それは突如として起こった。なんの前触れもなかった。
「お父さんお休み」
「ああ、お休み」
いつもと変わらない夜。俺は普段通り、子ども寝かしつけて、妻と一緒に寝室のベッドで眠った。
「え……」
目を覚ますと、俺はベッドではなく石のように固い布団に上に身体を横たえていた。隣で寝ていたはずの妻もいなくなっていた。
辺りを見回すも俺以外の人間がいる気配もない。部屋の中には、買った覚えのない家具があちらこちらに置かれている。
一体何が起こったのか分からなかった。今俺がいる場所は、ローンで購入した家ではない。一人用のアパートだ。
「――ッ!!」
不意に頭に激痛が走る。そして走馬灯のように過去の記憶が頭に流れ込んできた。
「……」
俺は理解した。過去が何者かによって変えられてしまったことを。
今俺は、大学時代に泉に出会わなかった世界にいる。この世界線での俺は、大学在学中も、卒業後も彼女ができず、ずっと独身のままだ。
世界が変わってしまった原因――それは泉の幼馴染が高校時代にタイムリープし、彼が泉に告白したから。
泉の幼馴染も泉のことが好きだったのだろう。彼は泉が俺と結婚したことを聞き、想いを伝えなかったことを後悔した。やり直したいと願った。
どんな方法で彼がタイムリープしたのかは解らない。仮に解ったところでどうになるものでもない。
もう取り返しがつかなかった。
俺が泉の幼馴染と同じ様にタイムリープしたとしよう。それで泉を取り戻せるか、恐らくそれはNoだ。
泉と俺が結ばれるためには、彼女の失恋が必須なのだ。泉と幼馴染の関係がどうなるのかは、泉の幼馴染次第。俺は何も干渉できない。
泉の幼馴染は何も感じていないのだろうか。奴は俺を絶望に叩き落としただけではなく、俺の息子が生まれてくる機会すら奪った。
顔も知らない、名前も知らない奴に俺が築き上げた家庭を壊された。暖かい家庭の残滓すらこの世界には存在しない。
泉の幼馴染くん、俺から君にこの言葉を送ろう。
くたばれ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
最近仕事が忙しくて、読み専になっているこの頃です。。。