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四日目

四日目の今日も、昨日と同じような時間に公園へ来た葉桜。

同じ東屋の同じ場所に座ると、またコンビニ袋をまさぐり出した。


取り出したのは、赤くて長くてそれなりに太い袋。魚肉ソーセージだった。

袋を縦に裂いて取り出したオレンジのチューブ。その先を歯で嚙みちぎり、そのまま引っ張る。剥いて出来たその中身を、ポクポク食べ始めた。


ふと、遠くを見ると、茶色い毛糸の複合体が、こちらに向かって転がるように走ってくる。


「こら! チョコちゃん、駄目でしょ! 待ちなさい!」


追いかける老婦人を置いて、チョコちゃんまっしぐら。


葉桜の足元まで来ると、尻尾をぶんぶん振り回す。

どうやら、また食べ物を貰えると思っているらしい。


もっとも昨日だって落としたら勝手に食べられただけで、与えたつもりはないのだが。


「ごめんなさいね、またうちのチョコちゃんたら」


小走りで追ってきた老婦人は、もう息も絶え絶えで向かいの長椅子に腰かけた。


「そうそう。昨日探してみたら、ライトアップの写真だけじゃなくて、桜の写真も出てきちゃって。せっかくですから持って来ましたよ。御覧になる?」

「ええ、ぜひ」


回復した老婦人はチョコちゃんにおやつをあげると、同じショルダーバッグから封筒を取り出して、中の写真をテーブルに広げた。


全部で六枚。


「へえ。ライトアップしたのって、この東屋だったんですね」


写真は夜に数歩離れた場所から撮られていた。

丘の傾斜の見切れ具合から、撮影位置もおおよそわかる。

ピンクの電飾いっぱいに飾られた東屋の屋根は、夜に遠目で見れば、満開の桜と思えないこともない。


写真の日付は八月。

夜に咲く季節外れの桜。

『おばけざくら』の噂は、これが発端の可能性が高い。


ただ、葉桜が探すよう依頼された、いまはもうない桜の木とは関係なさそうだ。


他の写真はすべて昼間に撮影されている。


「どれもいい写真ばかりですね」

「まあ。そうなんですか? 死んだ主人はカメラ好きでいろいろ撮ってましたけど、私は写真の良し悪しなんてわからなくって。よく口喧嘩になりましたわ」


そういうと老婦人は品よく微笑んで目を細めた。


どの写真も丘の手前、こちら側から撮られているようだ。

だが、現在の風景とは決定的に違っていた。


桜の木がある。

白いプレートを巻き付けられた桜が。


季節はまちまちで、満開のときもあれば、枝に雪が積もっているのもある。

角度もバラバラで、フレームに収まっている桜の本数も写真によって違う。

全部の画像から桜の位置を想像して、頭の中で組み立ててみる。


「八本」

「はい?」

「いいえ、こっちの話」


そのとき葉桜の隣に置いていたコンビニ袋ががさがさと動いた。

ふと見ると、いつの間に来たのか、チョコちゃんが頭を突っ込んでいる。


「チョ、チョコちゃん! なにしてるの!」


飼い主に怒られてチョコちゃんは顔を出した。

葉桜が一旦しまっておいた食べかけの魚肉ソーセージを咥えて。


「ごめんなさいね。本当にうちのチョコちゃんったら! ああ、そう、弁償! 弁償しますから!」

「いえ、そんな高い物じゃないですから」

「そういう問題じゃありませんでしょ。こんな何度もたびたび失礼を」

「いえ、貴重な写真も見せてもらえましたし」


二人が緩い押し問答をしていると、チョコちゃんはその隙に逃走にかかった。


「ああっ! 待ちなさい、チョコ!」


飼い主の止める声も聞かず、リードを引き摺って猛ダッシュする毛玉。

やむなく老婦人もそれを追うべく立ち上がった。


「あの、この写真」


葉桜はテーブルの上に広げられたままの写真を指差した。


「ああ! よかったら差し上げますわ。本当に何度もごめんなさいね」


それだけ言い残すと、老婦人は右へ左へ頼りない動きで走り去る。

一人残された葉桜は、水筒の水を一口飲むと呟いた。


「犬の恩返し」


残されたコンビニ袋を折って縛ってポケットにしまうと、葉桜は代わりにスマホを

引っ張り出した。


「もしもし、神崎?」

「違うっつってんだろ。いくら神崎と九条が、か行で同じだからって何度も間違え」


また即切って、かけ直す。


「はい。なんでしょう、有賀さん」

「桜の写真貰ったんだけど、どうする?」

「是非とも見せてください。いま出先なんですが、すぐそちらへ向かいますので」

「ついでに食べる物買ってきて。美味いのを」


三十分もしないうちに、神崎は公園に着いた。

東屋のテーブルに突っ伏しているあの姿、遠目にも間違えようがない。


「有賀さん。お待たせしました」


むくり、と起き上がり、葉桜は眠そうな目を向ける。


「うん。待った」


視線の先は、神崎が手にぶらさげたコンビニ袋。


「言われた通り、買ってきましたよ。はい、どうぞ」

「さんきゅー」


受け取ると、代わりに写真を向かい側に押し出した。


「こちらですか。それではひとつ拝見」


長椅子に座った神崎が、一枚ずつ写真を調べはじめた。

だが、そっちに何の興味もないのか、葉桜はコンビニ袋に手を突っ込んでいる。


「なに、これ」

「頼まれたうまい棒ですよ。味は指定されなかったので、適当に五種類ほど二本ずつ買ってきました」


美味いのを。

うまい棒。


電話越しだと聞き間違うかもしれない。


「……さんきゅー」


さっそくサラミ味をもさもさと食べはじめる。

続けてテリヤキバーガー味とたこ焼き味を平らげたあと、さすがに口の中がぱさついたのか、葉桜は自前の水筒を開けた。


「いつもながらさすがですね。有賀さん」


広げた写真を凝視したまま動かない神崎に、散らばったお菓子の空き袋を見ながら葉桜が答える。


「これくらい余裕だよ」


そして、水筒に口をつけて、ただの水を飲んだ。


「気付いていたんでしょう? この写真に」

「うん?」

「ここを見てください」


神崎が指差した写真には、雪を被った桜が三本写っている。


「ここです。かなり小さいですが、プレートの字がぎりぎり読めます。依頼していた桜の在りし日の姿ですよ」

「……うん。まあ」

「桜の写真だけでも位置関係はわかりますが、決め手はこの夜の東屋です」

「ああ。『おばけざくら』の正体」

「何の話です? ええと、この写真と他の写真の丘の見える角度を合わせると、探していた桜の場所が正確にわかります」


葉桜の喉がごくりと動く。

水をもう一口飲んだだけだった。


「有賀さん。あなたが座ってる席の、ちょうど真後ろにある柱。そこですよ」


『おばけざくら』の噂と、切り倒されて消え失せた桜。

ただの偶然の一致なのか。

それとも何かの因縁、いや、縁とでも呼ぶべきか。


さも意味ありげな微笑みを浮かべた葉桜は、うまい棒にまた手を伸ばす。

そして、やさいサラダ味がへんなところに入り、激しくむせた。


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