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三日目

昨日の雨が嘘のように晴れた公園では、昨日より芝生が青々としていた。


今日で三日目。


たらたらと葉桜がやってきたのは、正午のすこし前くらいだった。

勢いの悪い噴水を横目に、四本の柱で屋根を支えた東屋へ向かう。


テーブルを挟む長椅子の一方にどっかと腰を下ろすと、コンビニ袋からホットドッグを取り出した。

マスタードなしケチャップのみの潔い仕様は、お子様にも配慮したからか、それともリーズナブルなお手頃価格を追求したからなのか。

特に何の感慨もなさそうな仏頂面の葉桜の腹の中に、半分ほどがすでに消えた。


続きを食べようとまた大口を開けたら、パンとのわずかな隙間から何かがポロリした。


一旦テーブルに落ちたソーセージは、跳ねて転がり、そのまま地面へダイビング。


そこにはいったいいつから居たものか、茶色の毛玉を組み合わせた謎の物体が。


ぱくり。


自分勝手に分け前を頂戴したそいつは小型犬だった。


「あらあら、チョコちゃん、駄目じゃないの! ごめんなさいね、うちのチョコちゃんが」


品のいい洋服を着た老齢のご婦人が小走りにやってきて平謝りする。

チョコちゃんの首輪からリードが地面に垂れているのが見えた。

散歩の途中で飼い主の制止を振り切って、冒険の旅へ飛び出したらしい。


「……『おばけざくら』ですか? この公園が出来る前から、近くに住んでますけど……。聞いた事ないですね」

「そうですか。季節外れの夜に遠くからでも見えるとかいう話なんですが」

「夜、遠くから……。あら、もしかしてあれのことじゃないかしら」


話している内容がわかるのか、チョコちゃんも飼い主を見上げた。


「一時期、大学生の子たちが公園をライトアップしようって、クリスマスツリーみたいな飾りを試してみたとか……。ちゃんと許可も取ってたはずですよ」

「あー、それならきっと夜でも遠くから見えますね」

「そうそう! 亡くなった主人が確か撮ってたはずですわ。うちの人、昔からカメラが趣味で」

「あのー、わたし、最近この公園をぶらぶらしてますので、もしよろしければ」

「ええ。ちょっとどこにあるかわかりませんけど、探してみますね」

「チョコちゃんの散歩のついでにでもお願いします」


走るチョコちゃんにグイグイ引っ張られながら、ご婦人は帰っていく。


残された葉桜は、ソーセージ抜きのホットドッグをしばし眺めていた。

おもむろにコンビニ袋に手を突っ込み、がさごそやって取り出したスナック菓子。


うまい棒サラミ味。


雑に破った袋から押し出したそれをパンの間に挟むと、続きを食べ始める。

飲み込む寸前、激しくむせて、持参した水筒の水を煽る羽目になった。


なにを思ったのか、すぐには帰らず、葉桜は午後からも公園をぶらついていた。


遊歩道を一周して、プレハブの管理小屋の前で立ち止まる。

歩道を挟んだ向かい側にレンガで周りを囲まれた小さな花畑があった。

植えているのかいないのか、まだ花は無く、黒い土があるばかりだ。


その前にしゃがみこみ、葉桜は自分の膝を抱え込んだ。

落とした視線の先には、忙しなく働く蟻たちの姿。

レンガと歩道のアスファルトの隙間から列を作って出てくるところを見ると、おそらくその下に巣があるのだろう。


小屋のドアが開く音がして、背後から声をかけられた。


「ごめんね、そこの花はまだなんだよ。あれ? そういや、あんた、最近よくみかけるねえ。散歩かい?」

「うん。仕事に疲れちゃって」


気まずい沈黙が流れた。


公園管理のおじいさんは、いろいろと考えたらしい。


「いや、ほら! いいんだよ。たまにはリラックスしないとさ! 気分転換して心機一転だよ。頑張り過ぎはよくない。ちゃんとね、休む時間をね、まとめて作ったっていいんだよ!」


失業して失意のどん底。

そんな風に見えたようだ。


実際、有賀葉桜という女は、普段からぐったりしているので、そう思われても無理はない。


「あのー、田中さん。ちょっといいかな」


もう一人、小屋からおじいさんが出てきた。


「ああ、うん。どうしたの?」

「いまね、園芸用のスコップ入れてた段ボールの下からさ、変な物がでてきて。なんだろうね、これ」


しゃがんだまま、葉桜もそっちのほうを見た。


古新聞に包まれたそれは、週刊少年マンガ雑誌くらいの大きさだった。

チラシの裏にマジックで殴り書いた張り紙にはデカデカと「捨てるな」の文字。


「ああ、それ。なんか前の人から引き継ぎのときに言われててね。なんか大事な物だから、ここにずっと置いといてくれって」

「中はなんなんだろうね。なんか気味悪いよ、このままじゃ」

「そういや、おれも詳しくは聞かなかったなあ」

「念のために一度確認してみたほうがいいんじゃないかい? これ」

「まあ確かに開けるなとも言われなかったけどなあ」


しかし、そうはいうものの、自分からは開けたくない様子だった。

老人二人の間に逡巡の沈黙が続く。


「……やっぱりこのまま戻しとこうか?」

「そう、だな。そうしようか?」


現状維持の妥協案に落ち着いた瞬間、古新聞が破けた。

中身が歩道の上に落ちて、次々と大きな金属音を立てる。


アスファルトの上に散らばったのは白いプレートだった。


本来は記念植樹に掛けてあるはずのもの、それが八枚ある。


呆然とする二人の間に落ちたプレートを、にじりよった葉桜が拾った。

まとめて重ねると、落としたおじいさんに渡す。


「はい、どうぞ」

「ああ! す、すみません、どうも」

「ごめんね、おねえさん、拾ってもらっちゃって」

「いえいえ」


ぺこりと会釈して、葉桜はその場を後にした。


離れたベンチに腰をおろすと、スマホを取り出して電話をかける。


「もしもし、神崎?」

「違う。九条だ。葉桜。お前、いい加減操作おぼ」


即切って、かけ直した。


「はい。なんでしょう、有賀さん」

「たぶん切られた桜植えた人のプレート。八枚あった」

「お手柄です。全員の名前はわかりますか?」

「チラ見しただけだから」

「そうでしたか……」

「小学校入学祝いと高校入学祝い。女の子の名前はふたつだけ。どっち?」

「小学校のほうです。元の依頼者はその子のおばあさんですよ。くわしく言わなかったのによくわかりましたね」

「実力」

「もう一人の名前はおぼえてますか? ちょっと調べてみたいんですが」


何度か首を傾げながら、なんとか葉桜は思い出した。


「あとは場所ですね」

「うん。そっちのほうはさっぱり」

「引き続き、よろしくお願いします」


通話を終えると、さっき間違えてかけた相手から何度もコールが来ている。

面倒くさそうな顔をすると、躊躇なくスマホの電源を切った。


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