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1. 小夜闇

小夜闇(こやみ)、自分のことを一番に愛してくれる人を見つけなくっちゃあダメよ」


 わたしが小さい頃から、それがママの口癖だった。


「あなたのためにならなんだって与えてくれるような――そしてそれ以外のことは全部捨ててくれるような人。そしてそのためには、自分も一番に愛される努力をしなくっちゃあ」


 薄い唇に引かれた(あで)やかな口紅の赤を、わたしはよく覚えている。

 ママは自分を魅せるのがとてもうまい人だった。

 幼稚園や小学校の集まりで、他の子たちの母親と並べばその存在感が否が応でもくっきりと浮かび上がるような。

 暗黙の了解的に華美な服装を避ける他の母親たちとは違って、ママはいつだって自分が一番綺麗に見えるように着飾っていた。

 周りからは少し白い目で見られていたけれど、わたしはそんなママのことが好きだった。

 だって、周りの人たちがなんて言おうと、その場で一番綺麗なのはママだったから。その堂々とした姿は、それこそが正しさの象徴であるかのように、わたしには思えた。

 だからわたしは、ママの口癖の正しさだって、疑ったりしなかった。事実、ママはいつだって綺麗でいるための努力を惜しまなくて、その結果、ママはたくさんの男たちに愛されていたから。

 そう、たくさん。

 わたしが知っているだけでも、ママを一番愛する男はころころと変わった。

 幼いわたしは少しだけ不思議に思ったものだ。

 だって、ママのことを一番に愛するってことはずっと一緒にいるってことじゃないの? って。

 そう言うと、ママは赤い唇にからかうような――けれどほんの少し寂しげな笑みを浮かべて答えるのだ。


「ああ、小夜闇(こやみ)。何も知らない、可愛い子。愛にはね、賞味期限があるのよ。それを過ぎたらもう、後は失われていくだけ」

「でも、それじゃあ一番じゃなくなっちゃう」

「そうね。でも別にいいのよ。そうしたら、また新しい一番を探せばいいだけだもの」


 ママはわたしの頭を優しく撫でてそう言うと、ムー、と明滅したスマホを手に取った。

 きらきらとネイルが輝きを放つ指先でその画面をなぞると、ママは艶やかに微笑む。


「ほら。誰かが私を一番に愛さなくなったって、他の人が代わりに愛してくれるもの」


 綺麗で移り気な蝶のように、ひらっとわたしの頭からその手を離すと、ママはコートを肩にかける。


「それじゃあママは出かけるから、留守番お願いね」


 誰かに愛されている時のママは身に付けた上等なアクセサリーよりもずっと眩しく輝いていて、わたしはその正しさを疑わない。


「うん。いってらっしゃい、ママ」

「小夜闇、素直で可愛い子。愛してるわ」


 そう言ってわたしの額におざなりなキスをすると、ママは家を出ていった。

 後に残されたわたしは、扉が開いた時に吹き込んだ冷たい風に身震いする。

 その冷たさから逃れるように、わたしはリビングに避難する。

 テーブルの上には、出来合いのお弁当と、多分有名なお店で買ったんだろうな、って感じの素敵なリボンがかけられたチョコレートの箱。

 リボンと箱の隙間には一枚、メッセージカードが挟んである。


『小夜闇、九歳のお誕生日おめでとう。愛してるわ』


 一人ぼっちのリビングで、わたしはそのカードを穴の開くほど見つめる。

 けれど、どれだけ見つめたところでそこにはわたしの探している言葉は書かれていなかった。

 ねえ、ママ。

 その『愛してる』は、一番じゃないの?




 その夜、貪るように食べたチョコレートは甘くて甘くて、けれどいくら食べても満たされなくて、わたしは空っぽになった箱を見て思った。

 この箱をまたチョコレートみたいに甘くて綺麗なもので満たそう。ママを一番愛していた男たちがママに贈ったジュエリーやアクセサリーが仕舞われている、素敵な宝石箱のように。

 わたしを一番に愛してくれる人からのプレゼントを、この箱に詰めて取っておくの。

 そうすればきっと、この胸のすかすかも埋まるでしょう?



「――それならわたしは、自分のことを一番に愛してくれる人を見つけなくっちゃ」


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