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アイスコーヒーの底

作者: 下原太陽

 電車の天井と垂直だったつり革が俺の方に少し傾いた。このカーブが来たってことはもうそろそろユウキが降りる駅か。ユウキはムスッとした顔で口を開く。

「今日帰ったらまじで怒られるわ。俺のお母さん、まじでテストの点数とかに厳しいからね。さっき返された点数がスーパー低いテストの数々を帰り道にでも捨てて行こうかな。」

ユウキは冗談抜きでこんな文句を言ってるけど、正直ばかにできるほどの点数ではないんだよな。テスト返されてる時に覗き見をしただけで、本人から聞いたわけじゃないから言えないけど、見た感じは平均80から85くらいだった。生物が微妙だっただけでそれ以外は結構高かったし。

「そりゃ無理だろ。だって田中先生、帰りのホームルームで成績表を保護者にメールしたって言ってたじゃん。」

これは俺にとっても都合の良い話ってわけじゃないけど。

「うわ、まじじゃん。忘れてた。ってことは俺まじで詰んでるじゃん。最悪。帰りたくない。ちょっと今日帰り道どこかよって行こうよ。タツぅ〜。」

うわ、難しい天秤だな。ユウキ好きだし。まぁでも毎週金曜日の夕方にしか訪れない俺の幸せルーティーンにはユウキでも勝てないわ。

「え、今日はいいや。ちょっと予定あるし。」

まぁ予定っていう予定じゃないけど。

「まじかよ。しょうがねーな。」

電車がゆっくり停止して、外の音が電車内に流れ込む。

「あ、もうじゃん。じゃあちょっくら死んできますわ。じゃあまた今度。」

ユウキはカバンを急いで肩にかけ、笑顔を俺にそっと見せて電車から出ていった。その後電車が再発進するまで窓の外で俺に向かって中途半端な変顔をむけて待っていた。中途半端でつまらない笑顔が逆に面白くて笑っちゃった。キリがないので手を振ったら、しっかり帰ってくれた。

 電車が再発進した。ユウキの駅は23区内でも結構大きな町だから降りる人が多い。だからほぼ確実に席が空く。ユウキの駅の後からは人が少なめだし、電車が地下から外に出てくれる。口に出すとなんかキモいからあんま言わないけど、この電車からの景色はなんか涼しい。ユウキの駅から俺の駅までの数駅は友達の誰にも言ってない俺の密かなリラックスできる数少ない場所なんだよな。俺はいつもこの10数分の時間で音楽を聴きながら景色に目を奪わせて、出来立てホヤホヤのカップルとかに対しての嫉妬を忘れようとする。ここ数日は少し前に流行ったアイドルの曲を聞いてる。一ヶ月前くらいかな、SNSの影響で急速に高校生とかに広まってクラスでも口ずさんでる人は多かったけど、流行ってる曲を「流行ってるから」って言って聞くのはダサいから聞いてなかった。再生回数が数千万って伸びるけど、そういう数字的根拠がまたその曲を俺の耳から遠ざける。でも聞いてみるとやっぱいい曲なんだよな。アイドルの曲なのにラブソングで「好き」とかの直球を投げてこないのがまた良い。一回聞くと、また二、三回連続で聞いちゃう。多分この曲はあと数週間俺の再生リストに残ると思う。

 電車は停止と再発進を何回か繰り返して、少しづつだけどビルの街から緑が見える街へと場所を移していく。俺の駅は多分東京23区内で最後の都会って言える場所だと思う。お洒落なアパレルのチェーンがいくつかあったり、なんか高めのランチとか食べる店が何個かある。それが俺にとって魅力かと言うとそうでもないかもしれないけど、そういうことのおかげで他の街より美人さんは多い気がする。それは最高なんだよな。学校とか遅刻していくと駅の周辺で美人なママさんがママ友とお散歩してるし、結構遅めに帰ってきたりすると授業終わりの大学生とかがいるから俺はまじで目の保養には困ってない。俺の駅はオシャレ美人ホイホイみたいな感じ。まぁ今の俺にはあんまり関係ないけど。

 少しポップで涼しい自分の世界に浸りながら十数分、電車に乗せられていると、いつの間にか自分の駅で扉が開いた。電車から足を踏み出すと、今日の目標物が見える。俺は家族、友達、ましてはユウキにも言ってないけど、毎週あの大手コーヒーチェーン店に密かに通ってる。別に俺はコーヒーがすごい好きってわけでもないし、コーヒーマニアぶりたいわけでもない。正直俺が毎回頼んでるアイスコーヒーくらいだったら家の近くのコンビニで安く早く買えるし、コーヒーマニアぶりたかったら大手のチェーン店なんかに行かず、そんなに人気のない漢字の珈琲出すような場所で苦い珈琲とか買ってる。毎週金曜日、わざわざ五百円くらい使ってまであの場所に行くのは、毎週金曜日にめちゃくちゃタイプのマナさんっていう女性スタッフが働いているからだ。いやぁ、本当に可愛いんだ。髪、目、肌の色素は人より薄めだけど、チャラさを一切感じさせない。顔の作りはどっちかというと犬顔で、体は少し細身で身長は平均より少し高いかなってくらい。仕事中の動きはテキパキしてて、真面目な顔から美も感じさせるけど、接客するときのくしゃっとした笑顔は芸能人に負けないくらい可愛いと思う。本当にラッキーな時間帯に訪れると、マナさんが肩に少しかかったくらいの長い髪を両手で結んでポニーテールにする最高な瞬間に立ち会える。祝日で、なんとなくいないかもしれないって思ってても一応覗きに行く。俺がサボって学校に行ってなくても、このコーヒー店には顔を出す。でもサボってるってマナさんに思われたくないから制服をわざわざ着て行く。

 俺はうるさすぎない街の音をイヤホンから繰り返し流れる音楽越しに聴きながら、そのコーヒー店に向かう。ショッピングモールの8階にあるからエレベーターとかエスカレーターとか使って行かなきゃいけないけど、その価値は十分にある。どうせ特に何にも起きないし、自分から何か行動を起こすつもりはさらさらないけど、数分先の未来に唐突な急カーブがあるかもって毎回淡い期待を込めて俺は歩き続ける。

 午前授業だったから今日は人が少ないかと思ってたけど、時期が時期だからか同じ歳くらいに見える若者も残念ながらいっぱいいる。家の方に向かえば住宅街だから、見てもおばちゃんとおじちゃんとか公園で遊ぶ親子くらいしか見ないけど、マナさんが働いてるコーヒー店はオシャレ美人ホイホイの中心地っぽいから美人ママさんの他に公共の場に似合わないじゃれあいをする若者カップルとかも目に入ってくる。なんか若者カップルは最近増えてきてる気がする。マナさん職場変えてくれねぇかな。

 エレベーター、エスカレーターと自分の足を使ってやっと、マナさんの店についた。ぱっと見4、5人並んでた。っていうかマナさんが見当たらないな。おいおい、それは困るよ。わざわざ来たのに。え、休憩中かな。それとも休みとか。まぁここまで来ちゃったわけだし、出てくることを祈って並び始めてみるか。

 前までは、マナさんを見にきてただけなんだけど、今は会計をしてくれる人とかできたコーヒーとかを渡してくれる人がマナさんだった時に少し会話をしてくれる。多分毎週会うからってのをきっかけに話しかけてくれて、いつも受け身ばっかりだったけど、ここ最近は俺と話すのが嫌じゃないってわかったから俺も少し質問とかしてみてる。いつも笑顔で答えてくれるし、俺は人を読むのが得意じゃないから本当にそう思ってるかはわからないけど少し楽しそうにも見えるんだよな。そういう少しづつの進展が俺をこのあまい渦の中心へと引き込んでいくんだよ。だから大人ってキャバクラとかにハマるのかな。

 やばい、もうそろそろ俺の番だ。

「頑張るぞ。」

その聞き覚えのある好きな声の方を向くと、コーヒーマシンの後ろの扉から休憩終わりだと思われるマナさんが両手で髪を結びながら笑顔を浮かべて出てきた。きました。まさかの最高パターンです。いないって思わせることで俺のテンションを落とした後に、俺が一番大好きな仕草で登場するって、マナさんは俺を揺さぶるなぁ。すごい演出だよ。俺は無意識に笑顔でボーッとしてた。見られてるかもしれないと思ったけど、笑顔を消すことはできなかったからとっさに何もないところに顔を向けた。

「次のお客さ、ってタツ君じゃん!また来てくれたんだ!」

直視してないけど、マナさんはそんな夢みたいな言葉を言語化してる時に、少し跳ねてることがわかる。ズルすぎ。クリティカルヒットをコンボで発動してるよ。どうせバレてるんだろうけど、笑顔を必死に抑えようとして、マナさんがいる会計の方に歩き始める。

「今日もいつものですか?」

なんて可愛い声で言ってくる。

「そうです。ありがとうございます。」

俺もテンション合わせて話せば、もっと楽しいかもしれないけど、そんな勇気はちょっとないわ。

「わざわざありがと。こんなにリピートして来てくれるのはタツくんくらいだよ。」

名前を呼ばれるのがこんなに嬉しいもんかと、いつもちょっとだけ驚く自分がいる。

「そうですか。もったいないですね、こんなにアイスコーヒーが美味しいのに。」

マナさんがちょっと笑ってくれた。この幸せを脳みそにしか保存できないなんて、嫌だな。

「今週テストってこの前言ってたけど、どうだった?国語が苦手とか言ってけど。」

なんでそんな細かいことまで覚えててくれてるんだよ。

「いやぁ、微妙でしたね。いつもよりは良かったですけど、国語は60点とかでした。」

本当は58点だけど。

「なるほどね。まぁでもいつもより良かったっていうのはいいことじゃん。何?へこんでるの?もー、しっかりしなさいよ。ふふ。」

俺はこういうことを言って欲しいから、毎週金曜は時間が無駄にかかるように、財布をカバンの取りづらいところにしまっておく。

「ありがとうございます。これ、五百円です。」

「どうもどうも。じゃあちょっとだけ待っててね。」

今の時間が終わっちゃったことが死ぬほど空い。まぁ後ろに並んでる人もいたし、しょうがないんだけど。

 この数分は俺の勝負の時間だ。もし俺が周りの目を一切気にしないような性格の持ち主だったら、コーヒーを作ってくれてるマナさんをガン見してるんだろうけど、残念ながらそうではないので、まじでどうでもいいSNSの投稿とかを携帯の画面に写しておきながらマナさんをチラ見する。最初の方はうまく行ってたんだけど、最近はめっちゃバレる。正直すごい恥ずかしい。笑顔を返してはくれるけど、きもいって思われてるかもって思ってしまう。でも俺はこういう真面目な雰囲気のマナさんをみたいたいっていう欲望に勝てるほどの人見知りではない。

「タツくーん!」

他のお客さんの前で名前をちょっと大きな声で言われるのは少し恥ずかしいけど、心はドヤ顔してる。スマホをすぐにポケットにしまって、ちょっと駆け足で俺のアイスコーヒーを両手で持つマナさんのところに駆けつける。

「はい、タツ君。アイスコーヒー。」

「ありがとうございます。」

アイスコーヒーを受け取る時にマナさんの指先が俺の手の内側に少し触れた。恥ずかしくなった俺は少し帰りたくなったけどマナさんは何か言いたげだった。

「どうかしました?」

どうかしたのかと思って少し心配になった。

「いや、ちょっと遅くなっちゃったんだけどね。なんか勇気出さなきゃと思って。いや、なんでもないや。また来週来てね。」

「な、なるほど。じゃあまた来週。」

俺はなんか心苦しかったけど、背を向けて店を離れてしまった。俺の返答は絶対に百点じゃなかった。多分イケメンだったらもう少し深掘りするんだろうけど、俺なんかがそんなことするのはおこがましいとか思っちゃった。

 あのマナさんの発言が引っかかりすぎてる。いつもなら街の雑音を消そうとイヤホンをするけど、そんなことを忘れるくらいの考え込んでしまった。「遅い」っていうのはなんのことだったんだろう。アイスコーヒーを出してくれる時間でいうと残念ながらいつもより少し早い気もしたからそのことではないんだろうけど。いやでも、いつもより遅かったのかな。でもそうすると「勇気出さなきゃ」っていう発言がおかしい。よくわからなすぎるな。わざとああいう発言をして、俺を気にさせるとかいう俺の知らない高等テクニックなのかな。体にアイスコーヒーを飲めって指示をするほどのスペースが脳みそにはなかった。少しづつ濡れていくアイスコーヒーの入ったプラスチックのコップを片手に持ちながら、口をつけることなどなく、いつもよりゆっくり歩きながら家に向かった。

 思考はいろんな回り道をしたけど、行き止まりばっかりだった。ついには家に着いたけど、結局答えは出なかった。俺の親は共働きで、今日は弟もなんらかの用事で遅くなるとか言ってたので、家は静かだった。俺はいまだに口をつけてないアイスコーヒーを持って、二階にある自分の部屋に向かった。マナさんが頭から離れないことは嬉しいことだったけど、流石に気になりすぎたので、強行突破をしようと思った。俺はアイスコーヒーを勉強机に置き、制服のまま、ベッドに寝っ転がった。ポケットに入ってた携帯を少し乱暴に取り出し、シークレットタブでマナさんに似てるグラビアアイドルの画像を検索した。俺は床に置いてあったティッシュ箱に手を伸ばし、もう片方の手で画面をスクロールし続けた。何度もみたことある画像が結構あったけど、それが俺を邪魔することはなかった。でも新しい画像を発見したときはやっぱり嬉しかった。

 一連の作業を終えると、心のモヤモヤはなくなっていた。大仕事を終えた俺は、少し疲れていた。俺は携帯を置いて、コーヒー店の方を向きながら飲み忘れていたアイスコーヒーのストローに口をつける。このコーヒーを飲んでるとマナさんとの時間を思い出せて、甘さがガムシロップに上乗せされる。あれ、でも今日はなんか不思議な味がする。なんか甘さの後ろに少し苦さが隠れてるというか、なんとというか。豆でも変えたのかな。いや、でも変わったってよりは足されたって感じがするな。舌が繊細ってわけじゃないから、この味が何かはわからないけど、絶対にいつもとは違う。よく見るといつもより少し色が濃い気がするし、コップの下の方にコーヒーを放っておいた時に溜まるそれとはまた違う何かが積もってた。今は別にそんなめんどくさいこと考える気力はないから、放っておいた。

 俺はいつもアイスコーヒーを半分だけ飲んで、残りは明日の自分のためにとっておく。マナさんに実際会えるのは週に一回しかないから思い出だけでも二日登場させてあげないとって思う。本当に合理的に行動するなら7分の1しか飲まないけど、それだけじゃ十分に思い出させて上げられないから、そんなことできない。家族に勘繰られるのもめんどくさいから、いつも冷蔵庫の角の見えづらいところにそっと飲みかけのアイスコーヒーを隠してる。

 今日は家族の帰りが随分と遅いので、一人で昨日の残り物のカレーを広めのリビングで食べてた。これが結構心地いい。家族が嫌いってわけではないけど、いつもはキッチンとテーブルを行き来する足音とか、自分以外の人の食器が当たる音とか、咀嚼音とか正直ちょっと迷惑。昨日録画しておいたバラエティー番組とか見ながら、一人でゆっくり食事を楽しんでいた。なんて思ってたら「ただいまー!」などと言いながら弟が楽しげな顔で帰ってきて、そのすぐ後に両親が中くらいの箱とラッピングしてある何かが入ってるビニール袋を持って帰ってきた。部屋が急に賑やかだ。

「あら、まだ晩ご飯食べてるの?まぁいいわ。タツが終わったらみんなでこのチョコケーキ食べるわよ。」

と母が言い、弟が

「やったー!」

とすごい喜んでいる。えらい上機嫌だなと思いながら俺は食べるペースを少し早めた。

 なんか理由があるんじゃないかと気になったので、弟に機嫌がいい理由を聞いてみた。そうすると少し怒った顔で

「今日は俺の誕生日だぞ!忘れたのか?タツはケーキ少なめな!」

と言った。少しはくれるんだ。というかすっかり忘れていた。そういえば今日は2月24日か。たしか今日で15になるんだっけか。なんかこのせいで罪悪感が増したので、カレーを慌てて口に掻き込み、弟がケーキを食べれるようにテーブルに飛び散ったカレーの粒をを軽く拭いてケーキのスペースを作った。母はさっきかったチョコレートケーキを冷蔵庫から取り出して、テーブルにのせた。俺の鼻はそのケーキの匂いを覚えてた気がする。ケーキが特別好きってわけではないし、ケーキに既視感があるわけでもない。なんか不思議な気持ちだ。家族のテンションは全体的に上がってるけど、俺はこのチョコケーキの匂いが気になってテンションがなんだか高まらない。母は左手を箱のそこに添えて、鋭いナイフでケーキを八等分する。父がキッチンから皿を人数分持ってきて、母が切られたケーキをナイフに乗せ、そっとさらに取り分ける。弟は明らかにワクワクしていて、両親は二人ともそんな弟を見ながら微笑んでいる。俺は手を合わせ、軽く会釈をし、小さなフォークでチョコレートケーキの先っぽを切って、口に運ぶ。弟はケーキを口いっぱいに詰め込み「ん〜」と美味しそうなリアクションをする。でも俺はこの不思議な感じが気になって、美味しさを表現する余裕がない。俺はゆっくり顎を動かし、ケーキを舌の上で転がして、このチョコの味に違和感を感じてる理由を考える。

「おいしくない?」

と母に聞かれたがそういうわけではない。

「いや、美味しいけど、ちょっとね。」

と説明するのが面倒なので軽く流した。

「あ、わかった...」

思わず声に出してしまった。家族が一瞬こっちを向いたけど、特にそれに触れることもなく、各々のケーキをまた食べ始めた。

 このチョコケーキに対する違和感はいつもとは違ったコーヒーの味からきたものだ。さっき放っておいたから気づかなかったけど、絶対にそうだ。今日のコーヒーはガムシロップが入ってたはずだったのにちょっと苦かったし、コップの底に着いてた黒いのも多分チョコだ。この予想が当たっているかどうかを確認するために、食べかけのチョコレートケーキをテーブルに残して冷蔵庫に向かった。味の確認をするためにストローの反対側をコップのそこの黒いものに向けてアイスコーヒーを吸い上げた。

「やっぱりそうだ。ってことはもしかして...」

2月24日という日程に、マナさんの「ちょっと遅い」、「勇気出して」、チョコ。色んな違和感に整理がついた。マナさんって俺にそういう感情があったんだ。だからチョコ渡してきたんだ。そういうことに気づいてしまった俺は、今まで一人でできなかったマナさんとの妄想がすごい簡単にできた。今はマナさんの顔とか表情が鮮明に想像できる。一緒に映画に行ったり、夜の公園で二人っきりで喋ったり、頑張ればマナさんの手料理とかも食べれられるのか。しかもマナさんの楽しそうな表情、困ってる表情、悲しんでる表情、頑張ってる表情、全部が容易に想像できる。それらが現実にグッと近づいた。俺は片手に持ってたチョコ入りアイスコーヒーの蓋を開けて、中身を冷蔵庫の横にあるシンクに流した。コーヒー、氷、ドロドロなチョコがみんな一緒に排水溝へと流れ込む。

「冷めんだよ。」

なんて言葉をぼそっと口にして、先の見えない暗闇に流れるアイスコーヒーを羨ましそうに見続けた。

「何そのコーヒー、飲まないの?」

と母に聞かれた。

「多分もう2度と。」

と楽しかった思い出とアイスコーヒーが流れていくのを見つめながら、俺は返した。


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