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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: 叶橘
転生したのにスペックダウン?
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王都二日目・弟は苦労性


 王都の朝日はブルーム領より遠い気がする。

 自然が少ないせいなのかな。建物の高さは比較にはならない程度だけど、琴音の世界の朝に似ている。


「……ホームシックなのかノスタルジックなのか」

 琴音には懐かしく、リーリエラには馴染みがなく、好ましいような違和感を覚えて落ち着かないような、結局のところ早く帰りたい。


「まだ半日も滞在しておりませんよ、エラ姫様」

「知ってる……」

 カテラの優しい手で髪を触られるのは気持ちいいのだけど、今日ばかりは気持ちが浮上しない。

 上位貴族の子供のお茶会が明日、お披露目会が明後日。ああ憂鬱。

 終わったらダッシュで帰って……また馬車か。馬車なぁ……酔い止めとか売ってないかなぁ。馬は酔わないけどお尻が辛いし。

 馬上から弓を射られるくらいには訓練しているから、一日くらいでお尻の皮がボロボロになるようなことはないけどカッチカチなんだよなー。乙女にあるまじきお尻の皮の厚さなんだよなー。馬車でもカッチカチにはなるけどね。

 ブルーム領に帰ったら、死ぬまで引きこもろう。そうしよう。ブルーム領(実家)サイコー。


 身支度を整えて朝食を摂るため食堂へと向かうと、食堂にはヴィオラ譲とヴィンセント様が二人で並んで食事中だった。


「おはようございます。ヴィンセント様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

「おはようございますリーリエラ様!よく眠れまして?」

 口を開きかけたヴィンセント様を遮って、立ち上がりこちらに向かってくるヴィオラ様を、返事代わりににこりと笑んで制す。


「お久しぶりですね、リーリエラ様。こちらこそ昨日はお出迎え出来ず、申し訳ございませんでした。

 ……母の葬儀に来ていただいて以来か。美しくなられるはずだ」

「恐れ入りますわ。滞在中はよろしくお願いいたします」

 同じように立ち上がり、私の前まで歩いてきた細身で小柄なヴィンセント様は、今年14歳。

 幼さを残した垂れ目の青い瞳は母様や叔父様に似ているが、ブルネットの巻き毛と肉感的な唇はヴィオラ様と同じだから、叔母様に似ているのだと思う。

 叔母様の葬儀は琴音として目覚める前だし、ぼんやり記憶にある程度。

 あの日、必死に涙を堪えてた少年が、10歳児に美しいとか言っちゃえるくらいに成長したとは。私はといえば、あの頃から睡眠量も変わっていないというのに。王都の貴族すごい。

 薄らと白目を剥きかけている私に、花が咲かんばかりの明るい声が襲いかかってきた。


「まぁ!ヴィンセントったら、リーリエラ様に恋しちゃったのね!血は争えないわぁ!」

「姉上!?は、一体なにを」

 まだ朝だよね?押し寄せる疲れに眉間を揉みながら、どうやら叔父様が言ってた『ヴィオラ嬢は普段はまとも』なのは本当らしいなと感じる。

 ヴィンセント様がものすごくヴィオラ様の宇宙人発言に驚いてらっしゃるからね。日頃もこんなだったら、こんなに慌てる必要ないもんね。


「そうだわ!お披露目会のエスコートも、ヴィンセントがすればよいのではなくて?年の頃もちょうど良いのだし、ルートヴィヒ様が人目に晒されずとも済むし!」

「本当に何を仰っているんですか、姉上!?お披露目会のエスコートは家族や後見に限られます。ただの従兄弟がエスコートなど、そんな非常識なこと」

「だけどヴィンセント。ルートヴィヒ様もリーリエラ様も、ほとんどブルーム辺境伯領から出てこられない上、こんなに麗しいのよ?妙齢の女性が来るような集まりではないにしても、王家や官僚などは出席するのだもの!その方々の伴侶にと見初められてもおかしくないわ!」

「それこそ我が家が口出しすることではないでしょう!」


 お腹空いたなぁ。塩味でいいから食べたいなぁ。てか、いつまで揉めてるんだろう。お客だから勝手に座るわけにもいかないしなぁ。


「叔父様と兄様はもうお食事を済まされたのかしら?」

 私の呟きを聞いたカテラが、困った顔で控えていたメイドさんに尋ねると、どうやら二人は昨夜あの後酒盛りに移行したらしく、酔い潰れてまだ起きていないらしい。

 道理でヴィオラ嬢が絶好調なわけだね。


「王都の市場にお買い物に行きたかったのだけど、潰れるほど飲んだのなら兄様にはついてきて頂けないかしらね」

 それにルートヴィヒ兄様が来たら、勝手にヴィオラ嬢がついてきそうだし。いろいろ素材とか鑑定かけながら見て回りたいのと、昼寝までの活動限界時間を考えたら、兄様が起きるまで待ってられない。

 叔父様に護衛と付き添いのメイドさんをお願いしようにも、同じ理由で叔父様が起きるまで待ってられない。

 こうなりゃお忍びで……でも兄様に、子供をさらおうとする悪党には太刀打ちできないって言われたしなぁ。


「ね?いいでしょう?リーリエラ様」

「え?なんですか?」

 急に話を振られてびくりとすると、ヴィオラ嬢に両手を握られた。柔らかな手のひらの感覚に思わず惚ける。

 お嬢様の手ってこんな柔らかいのか!

 私の手は武器を持つせいで硬い。カテラ達使用人の手は使う手だし、兵士達のは言わずもがな。

「ですから、お披露目会でわたくしのお下がりのドレスを着てくださいませ!」

「は?」


 別の生き物の感触だわーとか感心してたから、思わず素の声が漏れてしまった。何言ってるんだこの人。お披露目会は子供の一大イベント。両親がたっぷり手間暇かけて吟味したドレスを用意しているに決まってる。

 それを、お下がり?ええと、なにか嫌がらせ?


「姉上!ですからお下がりのドレスは姉妹や母娘の、ごく近しい身内で好まれているのであって、従姉妹では……!」

 ものすごく慌てるヴィンセント様。

 ああ、そういう慣習もあるんだ。確かにそれなら微笑ましい。お下がりというか、受け継がれてるってことだね。

「あら、ではリーリエラ様がわたくしの妹になってくだされば解決ではないの!」

 ……さっきからヴィオラ嬢の言葉は全力スルーの方向でいたけど、ほっとくと大変なことになりそうだな。やだこの子面倒くさい。


「ねぇリーリエラ様?わたくしのお披露目の白いドレスは、亡くなったお母様が刺繍をしてくださったものなのです。一度しか着られなくて残念に思っていたの」

 私の手を握り、潤んだ瞳で訴えかけてくるヴィオラ嬢は可憐だけど、はっきり言ってお門違いなセリフがしゃくに触った。


「……亡くなった母親の愛情まで小道具にするの」

 思ったよりも低い声が出る。ヴィオラ嬢が目を瞬いて、ヴィンセント様が顔を青くした。

 私はヴィオラ嬢の手を振り払って後ろに下がり、嫌悪を隠さずにそのきょとんとした表情を見下した。

「不愉快だわ、ヴィオラ嬢。私には私の父様と母様が作ってくださったドレスがあります。貴女の大事な思い出は貴女の娘に繋いでもらうべきものだわ」

「リーリエラ様?」

 首を傾げるヴィオラ嬢は、私の言葉を聞いているのだろうか。他人の怒りに鈍感?いや、他人の感情を読み取ろうという気があるんだろうか。


「貴女は、貴女以外の人間の気持ちや意思を考えはしないの?」

「わたくし以外の……?」

 え、なに。なんでゆっくり首を傾けているの。なにがどう不思議なの。

「リーリエラ様、申し訳ありません!」

 ヴィオラ嬢の反応に戸惑う私の手を引き、ヴィンセント様が慌てたように食堂を出ようと促した。

 朝食を諦めてそれに従った私は


「……わたくしを拒むのね」

 

 一人残されたヴィオラ嬢が、どこかぽかりと開いた瞳でそう呟いたことなんて、知る由もなかった。





✳︎✳︎✳︎




「本当に申し訳ありません。姉の言うことは無視してくださって構いません。あんな失礼なことを言うなんて」

 廊下をしばらく進んだ先で立ち止まり、頭を下げるヴィンセント様が悪いわけではないけど、うまく飲み込めなくて思わず咎めるような目をしてしまう。

「無視していたら巻き込まれかけたのですわ」

「……うう」

 か細い声で呻くように、ヴィンセント様が顔を両手で覆って俯く。


「ブルーム家が春に追い風を吹かせることはありません」

 ヴィオラ嬢の恋愛ごとを応援する気はない、とはっきりと告げる。

「承知しております、申し訳ありません。……その、亡くなった母が父上に求婚する際、随分と強引に迫って承諾を得たそうなのです。母は姉にもそうするのが成婚の秘訣と、事あるごとに伝えていたと」

 母娘そろって迷惑だな!


「叔母様がヴィオラ嬢のことを想っていたのはわかりますけど、恋ごとは相手あってのことでしょうに」

「……リーリエラ様は大人びてらっしゃいますね」

 いえ、偉そうなこと言ってすみません。対人関係の一般論です。恋愛関係の経験は正直、琴音を含めてもありません。

 10歳にして恋多き女とか思われると困るので、ここはにっこり微笑むにとどめておこう。


 庭に出ませんかと誘われ、頷く。散歩でも体を動かしたかったからちょうどいい。

 ヴィンセント様のエスコートに従い、長い廊下を歩き出す。


「……姉は母と二人の世界で生きていたようなものなのです。父は母に似た姉にはあまり構うことはありませんでしたし」

 ヴィンセント様がぽつりとこぼす。

 ああ、やっぱり叔父様のシスコンぶりは日常に影響が出てたんだな、とほんのり母様の面影がある従兄弟を見上げる。


「母ひとりの成功例を万能のように思い込むのは不思議に思われるかもしれませんが、姉には他の道を示してくれる人がいなかったのだと。

 言い訳になりますが、私も母が亡くなってからは伯爵家当主の仕事と王立学校の勉強で忙しく……そうでなくとも、姉の色恋沙汰に口を挟むほどの経験はありませんでしたが」

「ヴィンセント様はお姉様を応援してらっしゃる?」

 ヴィオラ嬢をフォローするような言葉に眉を寄せる。いや、それ自体はいいんだけど。


「そうではありません。ルートヴィヒ様からはきっぱりと断られていますし」

 ヴィンセント様は私を見て否定する。

 良かった。もし家族ぐるみで懐柔しようとかされてたら、レイド家ごと関係を考えなければならないところだ。それは、母様が悲しむだろうから。


「ですが、貴族令嬢はいずれ家のための結婚を強いられる立場です。それまで想うだけならと、父も私も姉を抑えようとしなかったのは確か。そういう意味では共犯のようなものでしょうね。

 ……今回、リーリエラ様の付き添いにルートヴィヒ様がいらっしゃると聞いた時は驚きました。ご領主の判断と伺いましたが……」

 そんな探るようなこと言われても困ります。

 ルートヴィヒ兄様が来るつもりなかったのは知ってるけど。


「領主と兄の取り決めについては存じません。ですが領主夫妻が兄の独身主義に思うところがあるのは確かですね」

「領主夫妻は姉との婚姻も吝かでないと?」

「存じません。三年前のヴィオラ嬢の振る舞いには大変ご立腹でしたけど」

 じろりと舐めつけるようにして答えると、ヴィンセント様が苦く笑う。

 更に言うとご立腹でしたのは一族のみんなだ。

 本家の当時は嫡男に、礼儀もなにもない場を弁えないアプローチ。あれを嫁に迎えるとかなったら、一族が分裂するんじゃなかろうか。


「……そうでしょうね。宣の無いことを申しました。お忘れください」

「お気に病まれずとも、私、頭が悪いので」

「お気遣いいただき痛み入ります」

 覚える気もありませーんと嫌味を言ったつもりが、ヴィンセント様は庭に降りる階段を目前に、わざわざ足を止めて私に向き直る。

「ですが、その仰り様は看過致しかねます。お持ちになった『ティオル』という拭き布、リーリエラ様の発案だと伺いました。我が家にも数点いただけると聞いて、使用人が目を輝かせておりましたよ」


 ああ、と思い出して頷く。

 ようやく領外にも販路を拡げられるレベルで量産体制が整ったばかりのタオル。なんかみんなタオルって言いづらいみたいで、口伝のうちに気付けばティオルになっていた。

 これまでは少し硬めの手拭いのような一枚布が定番だったのを、綿花に近い植物を見つけたので毒抜き栽培して一番に作ってみた。

 綿なだけでも吸水性とか肌触りが段違いなのに、糸紡ぎも機織りも従来通りプラス竹串を挟みながら織るだけだから、割と簡単にできたんだよね。模倣は易し。


 脳筋ブルーム領で特に肌着にタオルにと重宝されて、まずは領内での普及を目指すことにした。そろそろ領外にも解禁されるのかなぁ。

 製法は秘匿しないつもりだけど、種の持ち出しには慎重にならざるを得ない。だって種は無毒でも普通の土で育てたらまた毒に汚染されるからね。

 類似品を作られて健康被害が起きてもブルーム領のせいにならないように、慎重に販路を築かなきゃならなくて大変。

 

 あ、今までこの国に出回っていた布は、草や木の皮なんかの柔らかい繊維を使ったものが主流。肌に触れるには少し硬いけど、染色技術がすごく発達しているのでドレスも華やか煌びやか。

 どうも、植物の『実』や『根』に魔素の毒が集まるらしく、茎とか木材は無毒に近いか加工中に自然に魔素が抜けるみたい。


「私の使用済みをお見せするわけにもいきませんものね。荷を積んだ馬車が着けば、お見せできるかと」

「ありがとうございます、楽しみです!」

 ヴィンセント様と顔を見合わせてにっこりと笑い合う。

 こちらこそ、人体実け……ではなく、モニター試験にご協力ありがとうございます!

 ブルーム領の人って体が丈夫だし多少の毒には慣れてるから、鑑定で無毒なのは証明できてもイマイチ不安が残るんだよね。



「エラ」

「え、あ、ルートヴィヒ兄様!?」

 庭からかかった声に振り向くと、そこには薄手の長袖シャツにジャージの鍛錬着姿のルートヴィヒ兄様。

 はい、綿ジャージも作りました。脳筋ブルーム領で超好評。

 じゃなくて、今私のことエラって呼んだ?

 庭の広い場所に立つその人をまじまじと見つめると、短い青灰色の髪の隙間から滴る汗をタオルで拭ってふわりと私に微笑みかけてくる。

 えっと、これはいったい。

「……ルー兄様?」

「おはよう、エラ」

「お、はようございます」

 ……あ、まずい。泣きそうだ。これは泣く。

 昔と同じ、優しいルー兄様。なぜだかわからないけど、なんでもいいくらい嬉しい。


「おはようございます、ルートヴィヒ様!」

 涙を堪える私には気付かず、ヴィンセント様が兄様に近付いて頭を下げた。

「昨夜は随分とお酒をお召しでしたが、さすがにお強いですね!」

「いや、さすがに酒精が残っている。お父上は飲ませるのが上手いな」

 傍らに置いていた革袋からごくごくと水を飲み、ルー兄様が突然瞳を鋭くしてヴィンセント様を見下ろした。正確には、私をエスコートしているヴィンセント様の手を。


「ところで、うちの天使と二人でなにを?」

「っ、すみません!?」


 すっかり謝り癖がついているらしいヴィンセント様が、悲鳴の様な声を上げて私から手を離した。




ルー兄様は酔ってます。

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