王都一日目・本性が出たそうです。
✳︎✳︎✳︎で視点切り替え。
ヴィオラ→リーリエラ→ルートヴィヒ
わたくしはヴィオラ。優秀な文官のお父様としっかり者の弟がいる。
お母様は六年前に病気で亡くなったけど、自分は幸せだったと死ぬ間際まで笑っていた。
お母様はお披露目会で見かけたお父様に一目で恋に落ちて、押しに押して押しまくって結婚を承諾してもらったそう。
だから、わたくしが従兄弟のルートヴィヒ様に恋をしたときも一番の理解者でいてくれたの。
『母娘そろってお披露目の年の美人な……ンを好きになるなんて、血は争えないのね』
なぜかとても複雑そうな表情で呟いたお母様は、とにかく押して押して押しまくるのよ、と自らの成功体験から助言をくれた。
けど、王都住まいのお父様とお母様は押す機会も多かったのだろうけど、辺境住まいのルートヴィヒ様にはお会いすることすら難しいのよね。
季節のお手紙と贈り物は欠かさなかったけど、実際にお会いする機会はなく、かと言ってお茶会なんかで出会う男性に惹かれることもなく。
初めて見た恋愛対象の異性が、ルートヴィヒ様みたいな素敵な人だったのだもの。他を見て心が動くわけないわよね。
その後にいらしたオレガリオ様もその辺の方よりずっと素敵だったけど、ルートヴィヒ様の美しさは別次元だわ。
やはり、わたくしの結婚相手はルートヴィヒ様しかいない。
お父様も少し困った顔をしながらも、好きな人と結婚すればいいと仰ってくださっているし。
とはいえ、年齢的にもここが正念場。
そして、お母様が亡くなる前に、奥の手と教えてくださったもうひとつの心得が、ようやく使えるの。
『既成事実を作ってでも、外堀を埋めるのよ』
一緒に聞いていたお父様が、『まぁ……終わりよければ、と言うからね……』と遠い目をするのに、お母様はすっかり痩せたお顔で楽しそうに笑った。
外堀、つまりは妹になるリーリエラ様を落とす。
天使のような可愛らしいリーリエラ様をお外に連れ出して、周りに仲の良い未来の妹として周知してしまうの!
わたくし頑張るから、天国で見ていてね、お母様!
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「誠に申し訳ございません!」
「叔父様、お顔を」
「リーリエラ」
ヴィオラ嬢を部屋に返して応接室に通されるや否や、膝をついて謝罪する叔父様。驚いて、顔を上げてと言い終える前にルートヴィヒ兄様の低い声に制された。
いやでも、伯爵である筆頭文官の叔父様が土下座ですよ?さすがにそこまでは求めてない。
兄様の険しい顔を見上げる。そこにあるのはただひたすらに嫌悪。あ、これ余計な口出さない方がいいやつ。
「あの身の程を知らぬ娘に、せめて一般常識を身につけさせる必要性は三年前にも説いたはずだが」
「返す言葉もございません……」
なるほど。前回で既に要注意の執行猶予中だったのか。ヴィオラ様はほんとに懲りない人なんだな。すごいな。
「更にリーリエラはブルーム辺境伯家の紫玉の娘。その価値も知らずに、まさか親戚だから馴れ馴れしくとも無礼講であると主張するなど、愚かにも程がある」
ブルーム本家の紫の瞳は、一族の始祖に由来するもの。始祖が持っていた純度の高い紫の瞳。それが『紫玉』。
一般の紫目と違って超優性遺伝子。けど父様や兄様みたいに、貴族によくある青の瞳と混ざりやすいから、純度の高い紫は珍しいみたい。
てなわけで、紫玉はブルーム一族にとっての縁起物。王都の貴族にとって、だから何?みたいなことなんだけど、ブルーム一族にとっては大事。
だから、親戚って立場を主張するなら、そのことを知らないなんて論外。私に無礼な態度を取ることは、逆に許されないってことなんだね。
外戚だから知らなくても仕方ない気もするけど、そうなると直縁の母様の落ち度になっちゃう。だから私は紫玉に関しては責める気はない。ただ無礼な態度を諫めたいだけ。
けど、ルートヴィヒ兄様には紫玉であることが重要なことらしい。
一族の繁栄を約束する象徴であるのに加え、実際に前世の知識と祖父の愛チートで色々やらかしているのだ。領内での私の評価はうなぎのぼり。
昔からの言い伝えでは済まない感じになってしまっている。
叔父様の握った拳がふるふると震え、青ざめた中年のはずなのに麗しい容貌がルートヴィヒ兄様を仰ぎ見る。
「リーリエラ様に謝罪し、適切な態度で接するようにと娘にはしっかりと言い聞かせます!ルートヴィヒ様のことも諦めるように縁談をまとめます!だから……だから、お姉ちゃんには言わないで!」
母様に似たサファイアの瞳が潤み、懇願としか言い表せない叔父様の悲痛な声が響く。
叔父様は重度のシスコンなんだよねぇ。
母様に会いにしょっちゅうブルーム領に来ては、母様に甘え父様とバチバチにやり合い、母様に怒られて泣きながら侍従の方に引きずられて帰っていく。
三年前のルートヴィヒ兄様の成人の日も、母様にベタベタしてルートヴィヒ兄様に絡むヴィオラ様を放置していたくらいだけど、母様がいなければちゃんとした人なのだ。多分。
「ちゃんと対応してくださったら、マルグレッド様には言いつけません」
土下座していた叔父様の顔がぱああっと輝く。涙に濡れる美中年。なんとも言えない。
「する!絶対するから!」
「奥様が亡くなったというのに変わらずブルーム領に入り浸って娘を蔑ろにしたツケでしょう」
「弁解になっちゃうけど、ヴィオラあれでもルートヴィヒが絡まなければちゃんとしてるんだよ!?いつもはあんな宇宙な子じゃないんだよ!」
「正に伯爵の血じゃないですか」
そろそろ話はまとまるだろうか。
なんとも言えない気持ちで、兄様と叔父様のやりとりを見守っていた私は、空腹だけどお腹いっぱいな気分。
「ああ、エラ、疲れてるのに待たせてごめんねぇ。ヴィオラってば、死んだ母親に押して押して押し倒せって遺言されててさぁ」
嫌な遺言だな。真に受ける方もどうかと思うけど。
「私は結婚はしません」
兄様がすごく嫌そうな顔で宣言する。
ここ数年結婚しないってずっと言い張ってて、父様と母様が困ってるんだよなぁ。もちろん無理にとは言わないだろうけど。
「……リーリエラ。もう休め」
兄様の顔を見上げて困った人だなーと思ってるのがバレたのか、ひらひらと手を振って追い出された。
待機していたカテラとレイド家のメイドさんに連れられて、お風呂場へと連れて行かれる。
「厨房をお借りして、ブルーム野菜のシチューを作りましたからね!」
「やった!うまみ!」
うまみ?と首を傾げるメイドさんをよそに、持参したブルームソープとブルームタオルを手に、ルンルンでバスタイムを満喫する。
なんか王都に着いてから癖の強い会話ばっかだったから疲れたー。
まだ夕方だけど、今日はゆっくり休ませてもらおう。
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「しかし、ルーも粘るね。俺は二十歳で諦めたよ。うちの嫁ってば外堀埋めるって言って姉上を巻き込もうとしたからね」
すっかり立ち直ったレイド伯爵と向かい合ってお茶を飲んでいると、どこか憐れむような眼差しが向けられる。
甘えた口調も、馴れ馴れしい呼び名も戻すつもりはないようだ。
不愉快なことに、この男には昔からシンパシーのようなものをずっと抱かれている。
ここまでの旅の疲れもあり、むっつりと黙ったままリーリエラが開発した菓子ーーブルーム野菜チップスを口に運ぶ。野菜の甘みにちょうどいい塩味に癒される。
ブルーム野菜の特殊性から、あまり領の外には流通させることはできないので、身内から毒見ーー反応を探るようにと今回の手土産として持って来たもののひとつ。
「まぁ姉上とは結婚できないわけだし、誰かと子は為さないとならなかったし」
まだその話が続くのかとため息を堪える。
確かに、レイド伯爵家の嫡男であるヴィート様の立場ならそうだろう。
レイド家を絶やすわけにはいかない。ただその理由は、周りが思うようなものではないだろうが。
「ブルームの次期当主はオレガリオですから」
「跡取りが要らないと言っても、辺境領の守りのためにも優秀な血は残すべきだろうに」
「無闇に種を撒くつもりはありません。私には貴方ほど、貴族としての矜持も義務もないのですよ」
「あっは、よく言う。俺が血を絶やさなかった理由もわかるくせにー」
片方の口元を引き上げる嫌な笑いを浮かべながら、ヴィート様は野菜チップスを摘んでぱきりと囓った。
「俺とルーは同じ穴の狢。愛すべき天使に触れられない立場に生まれついた、不幸な男」
40を過ぎて尚、儚げで美しい中性的な美貌の男が目を細めて笑う。
「ねぇ、ルーも早く諦めちゃいなよ?」
心を折ろうと囁きかける男にーーふわり、と笑いかける。
「 」
目を瞬くヴィート様に、ほんの少し体を寄せて、囁き返した。ヴィート様のサファイアブルーの瞳がほんの僅か、瞠られた。
「……確かにね」
憑物が落ちたように、少し残念そうに、眩しそうに細められた目。
「ルーはルーの好きにするしかないもんな」
どさ、と音を立ててソファに沈み込むヴィート様。
理解いただけて何よりだ。これで真剣にヴィオラ嬢を説得してくれることだろう。
「てか、これうま!もっと食べていい?」
「はぁ?可愛いエラの貴重な手作り菓子だぞ!?もっと敬って大事に食え!」
「ルー、本音出てる」
「くっ、そもそも三年前、貴方がエラがいる場所で本性出してドン引きされたから、私は嫌われないようにとエラを可愛がれなくなったというのに!!」
「あー……そういう理由だったんだぁ」
忘れようにも忘れられない。三年前の成人の儀で、ヴィオラ嬢の私への無礼に怒ったマルグレッド様に、号泣して縋り付いたヴィート様の姿。
恥も外聞もなく赦しを請う中年男を見た、うちの天使の凍りついた顔と、蛆虫のわいた肥溜めを見るような眼差し……。
万が一にもあれが私に向けられるようなことが、それほどに嫌われてしまうようなことがあれば私は……っ!!
それよりはまだ、付かず離れず兄妹として過ごせる方がいい、とこれまでの溺愛を封印し、念のためにと家族ごとほんの少し距離を置いた。
だが、リーリエラのあの愛らしさ、聡明さは一体どういうことだ!?
だから一緒に旅なんて嫌だったんだ!二人きり馬車で一週間?は?きゅん死ねと!?可愛いが溢れて溺れ死ぬわ!!
生半可な覚悟では愛でずに、触れずにいることなどできるわけがないと、馬車酔いで具合の悪いエラの看護も断腸の思いではねつけたのに……馬で密着二人乗りって、どんな極楽体験ツアーだよ!!
「表情変わらないけど、すっごい思考が暴走してんのわかるわー」
パリパリとチップスを囓りながら笑うヴィート様を睨み、長く息を吐く。
いかん、取り乱した。こんな奇妙な思考をエラに悟られるわけにはいかない。
私は冷静沈着で、適度な節度をもって妹を見守る普通の善い兄だ。……よし、落ち着いた。
「しっかし、エラってばあんなに姉様に似て可愛くて、お披露目会で王子様に見初められちゃったりするんじゃないの?」
「王子」
「同い年のマーシャル第一王子に、キュラス第二王子」
「風聞では。主な重鎮らは側妃腹のキュラス第二王子派だが、国王陛下は最愛であられた亡き正妃様のお子である、マーシャル殿下の立太子を望まれていると」
間違いなくエラの愛らしさは群を抜き、時の施政者共の目に留まってもおかしくはない。だが。
「ブルーム辺境伯家は王家であれど不可侵。縁を繋ぐなど許されないことです」
ましてやリーリエラは紫玉の娘。
王家の金玉と混じるようなことがあればーー
「エラが望んだらどーする?善い兄ちゃん」
「王家など滅べば良い」
「ルー、本音出過ぎだから」
あれ、ルー兄様が変態になってしまったよ。