王都一日目・宇宙人と会いました
塩味生活……じゃなかった、王都への旅四日目。
ワガママだということは承知している。
塩味も美味しいよ!?シンプルに塩、正義だよ?でもそれはね……素材の味があってこそなんだよ……。
ちなみに塩は海水から精製する。塩には魔素の毒素を浄化する力もあるから食中毒予防にもなるんだって。
もちろん素材の毒素を全部塩で浄化しようと思えば、塩の大量摂取で死ぬけどね。同じく土の浄化に塩を使えば、命の育たない死の畑ができあがるよ!
まぁ塩味は置いておこう。安全なごはん食べられるだけありがたいと思う。
だけど馬車酔いが治らんのです。
リーリエラが三半規管が弱いとは思えないのに。王都への街道だからそんなに道も悪くはないはずなんだけど、快適な移動が当たり前の前世の記憶がある分、辛くなってしまうせいだろうか。とんだワガママボディである(違)。
本当はもっとショートカットして進めるのだけど、王都までにいくつかの他領を通る際に、領主様方にお披露目の挨拶をしなくちゃいけない。それをパスして王都に乗り込むと、大変無礼で不義理をしたことになる。
「…………ルートヴィヒ兄様」
「……なんだ」
嫌々感の滲む返事にめげず、私はキリッとした顔を作ってルートヴィヒ兄様を見つめる。
「辛いです。甘やかしてください」
「なぜそうなる」
「ルートヴィヒ兄様しかいないじゃないですか」
家族で同行しているのはルートヴィヒ兄様だけだし、メイドのカテラは使用人用の馬車。御者と護衛の邪魔はできない。
ルートヴィヒ兄様は少し視線を彷徨わせ、私の顔をじっと眺めてため息を吐く。顔色悪い自覚はある。
「…………甘えるとは、例えば」
「抱っこを所望し」
「却下だ」
食い気味に断られたが、尚も食い下がる。
「……膝まくらとか」
「却下」
馬車の中では添い寝も無理だし、手を繋ぐのも向かいでは届かない。ならば。
「じゃあお話ししてください。昔みたいに、眠るまで」
ルートヴィヒ兄様の声は心地いい。さぞかし極上の気晴らしになるだろうと思う。
「……あれは、絵本を読んだだけだ。お前に聞かせる話などは」
「あ、家出してる間のお話、とか」
ちょっと突っ込んだ話を振ると、めちゃ睨まれた。黒歴史だろうか。
これも駄目かとため息を吐く。甘えたいけど頭を使うのは辛い。息をするように甘やかしてくれていたくせに。あーもういいや。
「……申し訳ありません、甘えたいとか嘘です」
へらりと笑って誤魔化して、ルートヴィヒ兄様から目を逸らした。
外に気を向けようとすればするほど、馬車の揺れは外の景色までを上下に揺らすから、隣の座席に置いたクッションに上体を預けて目を閉じる。
「……これで許せ」
うとうとと眠りの世界に片足を突っ込んでいた私に、ルートヴィヒ兄様が着ていたマントがふわりと掛けられた。
ほのかな温もりが体を包んで、
「私はもう、お前には触れない」
決定的な拒絶に、体が冷たくなった。
くらりと目が回るのを堪えてぎゅっと目を瞑ると、やるせなさに涙がこぼれる。
マントからは、懐かしいルー兄様の香りに混じって、知らないルートヴィヒ兄様の香りがした。
他領への挨拶を済ませた翌日からは、騎馬で向かうことになった。馬車なら二日かかるが、馬を急がせれば一日だ。
荷物や使用人は馬車で後から来ることになるが、馬車酔いに悩まされる私のための判断。
やはりルートヴィヒ兄様は優しい。
お世話になる伯爵家に、ブルーム領の食材の一部と共にその旨を伝える早馬を出す。大丈夫だとは思うが、伯爵家に不都合があれば宿屋で一晩過ごせばいい。
途中の村で買い付けた馬は、辺境伯領の馬と違ってすらりと足が長い美しい馬だ。辺境近くの馬は山を変えることもあるから足が太くて蹄も大きく逞しい。それでいて人懐こい。愛い奴らよ。
よろしくと鬣を撫でて挨拶をしていると、なにやら大人達がもめている。
「人様のお宅に滞在するのに、姫様に伴の一人もつけないわけにはいきません!」
私と護衛、ルートヴィヒ兄様に二頭に分かれて乗るつもりだったが、カテラが同行すると言い張ったためルートヴィヒ兄様の眉間に皺が寄る。
「一日だけだ。リーリエラは自分のことは自分でできるだろう」
「宿に泊まるのかもしれないのでしょう?それに私、リーリエラ様のレシピで料理ができますわ」
ちらり、とルートヴィヒ兄様の視線が私に向く。
まぁ言い分としてはカテラが正しい。確かにその辺の令嬢と違って自分ことはある程度はできるけど、他家に赴く礼儀としての話だ。
だけど、カテラを連れてくとなると、未婚のルートヴィヒ兄様とカテラが同乗するわけにはいかないので、触れないと言った舌の根も乾かぬうちに私と密着道中になることは避けられない。
知ったこっちゃないけど。
……ああ、うん。ちょっと怒ってるんだな、私。
理由はあるんだろうけど何も言わずに突然拒まれて、仲の良かった過去すら無かったような態度を取られれば、そりゃあもう。
私は目に力を込めて、ルートヴィヒ兄様を見上げる。
「エラは兄様に従います」
「…………仕方ない」
従順な態度で応えると、手のひらで額を押さえた兄様から長いため息が降ってくる。
そんなに嫌か。傷つくぞ。
✳︎✳︎✳︎
「よく来たな、エラ!ルートヴィヒ!」
「お世話になります。ヴィート叔父様」
「歓迎いたみいります。急な予定変更も受け入れてくださり」
「良い良い!水くさいことを言うな」
レイド伯爵邸に着くと、ヴィート叔父様自らが私達を迎えてくれた。
顔立ちは姉である母様と同じで線の細い美人なのに、その行動はどちらかというと豪快で……大雑把。
歓迎で広げた両腕が歪ませた壁のタペストリーを、執事のグラフがさりげなく直すのを見ながら、並んだ家人に淑女の挨拶をする。
レイド伯爵夫人である叔母様は六年前に病で儚くなられた。後妻は取らず、長女のヴィオラ嬢と嫡男のヴィンセント様との三人家族。
二人のお子様とは過去一、二回顔を合わせたくらいの付き合いだが、叔父様は仕事で近くに来たと言ってはブルーム領を訪れるので、年に二度は顔を合わせている。
「エラに一日騎馬は辛かっただろう。風呂の用意もできているぞ」
「ありがとうございます。ヴィンセント様とヴィオラ嬢は」
「ヴィンセントは家庭教師の時間が終われば来るだろう。ヴィオラは……張り切って着飾っておるのだろう」
にやにやする叔父様の返答を聞きながら兄様を見上げると、いつもの無表情の中にものすごく嫌そうないろを見つける。
「……兄様、ファイト」
「…………はぁ」
返事代わりの憂鬱だ、と言わんばかりのため息は、叔父様の娘であるそのヴィオラ嬢が原因だ。
「そう嫌がってくれるな。無理に押し付けたりはしないから」
叔父様も苦笑して、兄様の背中をぽんと叩く。
二人の初対面は、十一年前のルートヴィヒ兄様のお披露目会の際の訪問。付き添いの母様と二人、レイド邸でお世話になった10歳の兄様は、3歳下のヴィオラ嬢に一目惚れされてそれはもう熱烈なアプローチを受けたらしい。
その次に会ったのは叔母さまのお葬式だったので、さすがにそれどころではなかったのだろうけど、三年前の兄様の成人の儀のお祝いに駆け付けた時は、それはもう包み隠さず婚約を迫ってきた。
兄様はいつにも増して機嫌が悪かったのに気にするそぶりもなくて、王都の貴族の強心臓に呆気に取られながらも感心したものだ。
そして今もまだ頻繁に手紙や貢物が送られてくる。間違いなく兄様を狙っている。
兄様が私の付き添いをガオ兄様に任せようとしてたのも、多分ヴィオラ嬢に会いたくなかったからだろうなぁ。それも私のせいで一日早く到着してしまって申し訳ない。
「ルートヴィヒ様ぁ!!」
来た。喜色満面といった甲高い声。
こらこらルートヴィヒ兄様。聞こえないフリで無視するのは無理があります。
夕刻とは思えない煌びやかなドレスはアピールがましい青灰色。身に付けたチョーカーには大粒のブルートパーズ。ルートヴィヒ兄様の髪と瞳の色。
別に兄様に惚れて迫るのはいいのです。美しすぎる兄様のことだ。仕方ないと思う。
けどね?そういうとこだよ?兄様はこれっぽっちも受け入れてないのに、そのグイグイくるのが逆効果なんだよ?
兄様の死んだ魚のような目から目を逸らし、ドレスの裾をからげて階段を降りてくるヴィオラ嬢に目を向けた。
「わたくし、お会いできるのを楽しみにしておりましたの!是非ゆっくりしてらしてくださいませね!」
ブルネットのふわふわの髪にダークブラウンの瞳は垂れ目。叔母様に似た小柄で可愛らしい顔立ちのヴィオラ嬢は、間もなく成人を控えた17歳。
この国の貴族令嬢の婚姻は15歳から可能なので、正に適齢期でらっしゃる。
でもそういうとこだよ?今回の訪問の理由は私のお披露目なわけでしょ?ルートヴィヒ兄様しか見えてないんだろうけど、階段から大声で叫びながら寄ってくるとか、私を完全に無視するとかは常識ある行動とは思えない。
「きゃあ♡」
あと、完全に手の届く距離になってからわざとらしく躓いてみせるとか。
仕方なく手を伸ばして支えたルートヴィヒ兄様の腕にしがみつき、柔らかそうなお胸に抱え込むとか。
「ありがとうございます、ルートヴィヒ様……」
下から覗き込む上目遣いとか、そういうとこだよ?
兄様の顔が色々通り越して無なのが見えてないのがすごい。見えててスルーしてるならもっとすごい。
「お久しぶりですね、ヴィオラ・レイド嬢」
うっとりとルートヴィヒ兄様を見上げたままのヴィオラ嬢に挨拶をし、にこりと微笑みかける。
伯爵家と辺境伯家なら、もちろん辺境伯家の方が家格が上。親戚とはいえ挨拶もなく男に媚びるようでは、淑女とも貴族としても失格だ。
真面目なルートヴィヒ兄様があざとい色仕掛けに引っかかるとは思わないけど……引っかかったなら仕方ないけど、見るに耐えない下品な行動。
「急な予定変更に対応してくださりありがとう。お披露目会までの数日ですが、よろしくお願いしますね」
お世話になる立場で上から発言とかほんとは嫌なのだけど、最初が肝心。あくまで上位貴族の淑女として対応することで、相手の無礼を指摘する。
ここで気付いて正せば目こぼしするのに、まだルートヴィヒ兄様の腕にしがみついたままとかありえないよね。
「まぁ、リーリエラ様。大きくなられましたわね!」
ぱあっと顔を輝かせるヴィオラ様。
うん。違う。違うよ。
「相変わらずお可愛らしいこと!そうだわ、わたくしの子供の頃に着ていたお気に入りのドレスがたくさんありますのよ!」
うん。いらないよ。
「……ヴィオラ、挨拶を」
叔父様の呆れた声が聞こえる。うん、それも違う。親戚だからたしなめる程度でいいとでも思ってるのか叔父様よ。
なに、もしかして王都の貴族って上下関係緩いの?
ブルーム辺境伯家は国防や貿易の関係もあって、下手すりゃ王家より他国との交流が深い。国同士の交流となれば、ひとつ間違えれば大問題に繋がるというので、家格や肩書きでの対応にはものすごく気を使って学ぶのだけど。脳筋一族が本気で学ぶほどの重要ごとなのだけど。
「嫌だわ、そんな他人行儀な。ねぇ、リーリエラ様?」
ねぇ、と言われましても。
ころころと笑うヴィオラ嬢に戸惑いを覚えて、ルートヴィヒ兄様を見上げると、かなり不愉快な思いを抱えているらしく、絶対零度の冷たい眼差しを叔父様に向けている。ああ、文官の叔父様が威圧されている。
「……娘が申し訳ございません。ルートヴィヒ様、リーリエラ様」
深く頭を下げる叔父様。さすがに伯爵である方がここまですれば、自分の行動に気付いて……
「まぁ、お父様ったらそんなに畏ってどうなさったの?リーリエラ様はわたくしの妹になるのだから構いませんわよね?」
ならないし、そういう問題ではないと言いたいが、彼女の中ではそういう問題なのだろう。どうしよう。否定する気にもならない。
なに言ってんのこの人と言わんばかりに頰に手を当てて首を傾げると、ルートヴィヒ兄様が完全に蔑んだ目でヴィオラ嬢を見下ろした。
「……ヴィオラ嬢、控えよ。目に余る」
「わかりましたわ!ヴィオラはルートヴィヒ様のお心のままに!」
もしかして、ヴィオラ嬢は宇宙人なのかな?




