うちのご飯は美味しいです。
ゆる設定の程ご容赦を。
リーリエラの10歳の誕生日。
質実剛健な気風漂うブルーム領内も、その日ばかりはお祭り騒ぎだった。領都のあちこちに花飾りが置かれ、さまざまな食べ物の屋台が並ぶ。
大人も子供も一緒になって歌って踊り、飲んでは食べ、笑顔を見合わせて口々に祝いの言葉を叫んだ。
「エラ姫様、お誕生日おめでとうございます!」
「我がブルーム領の、雪割りの女神に感謝を!」
✳︎✳︎✳︎
それから数日後、エラは王都へ向かう馬車の中で青い顔をして唸っていた。
「うう……気持ちわるい……」
「煩い。馬車の中ではしゃぐからだ」
斜向かいに座るルートヴィヒは今日も冷たい。
窓枠に片肘を預け、流れる景色を眺める横顔は美しい。美しいが、冷たい。
エラは両手を口に当て、今にも零れそうになるため息を飲み込んで、座席の上で体を丸めた。
柄にもなくはしゃいだのは、馬車に乗り慣れないせいや初めての遠出ということより……ルートヴィヒと二人きりの空間が気まずすぎたから。
もちろん今は随分と冷たいとはいえ、大好きな兄と久しぶりに一緒にいられることを喜ぶ気持ちもある。
王都までは馬車で一週間。その間に打ち解けられるのでは、昔みたいに笑ってくれるのではないかと期待もあった。
だが、ルートヴィヒは今日も安定の鉄面皮。
一言も口を聞かず、視線も寄越さない。
可愛い妹が苦しんでいるのに。そりゃあ自業自得なのだけど。
すっかり変わってしまったルー兄様。
なにか理由があるには違いないけど、体調の悪い時にまで無理して無邪気な妹を、10歳になったばかりの子供を装うのは辛い。
ーーリーリエラの中には、まだ琴音としての意識がはっきりあるのだから。
母様が持たせてくれたふかふかのクッションを抱えて、目を閉じる。辛い時は眠るのが一番だ。寝て起きたらなんとかなってると信じて。
幸いなことに、ガタガタ揺れる馬車の中で抜群の安定感を見せるのは、ルー兄様の鉄面皮だけでなくリーリエラの体幹も同じく。そして、睡眠欲も。
目を閉じるとすぐに眠気が訪れて、エラは眠りに落ちていった。
温かななにかが頰に触れる。
優しく頰をひと撫でして、次に優しく頭を撫でられた。
懐かしい手のひらの温もり。この手はもしかして
「……るーにぃさま……?」
「エラ姫様、お宿に着きましたよ」
目を開けるとそこには、王都について来てくれるメイドのカテラがいた。馬車の中にルー兄様の姿は既にない。
「ありがとう、カテラ」
失望を隠して微笑む。
……そうだよなぁ。
わかっているのに寂しくて、すっかり冷えた頰を指先でなぞった。
馬車を降りると、お高そうな宿屋の入り口にお店の人が待ち構えている。ここはまだブルーム領内だったなと行程を思い出す。
初日の今日は領内で一泊して、明日からは進めるだけ進む。同じように王国中の10歳児が王都に向かっているのだから、早めに着くに越したことはない。
王都では、母様の弟でレイド伯爵である叔父様の家にお世話になる。叔父様は母様に似た儚げな美人で頭の良い人。文官長筆頭補佐の仕事についている。
それにしても、お昼ご飯を食べてすぐに出発したのに、もうすっかり日が暮れているじゃないか。さすがに寝過ぎたようで、頭もスッキリ目もパッチリだ。
晩ごはんも豪勢で美味しく、お部屋にお風呂がついてる部屋だからしっかり温まった。クッションを枕にするため犠牲にしたお尻の痛みも治った。
この世界の庶民は浴槽につかる習慣がないという。公衆浴場みたいな場所はあるけど、シャワー程度の施設で、みんなで大きい風呂に入るなんて考えられないらしい。
領地の南方が地熱が高いから、掘ったら温泉出そうなんだけどなぁ。利用者がいなければ開発しても無駄になるし。入りたいなぁ、温泉……。
とりあえず今は、その熱を利用する事業と温室栽培の試験運用中だ。
まぁ少々ズルい気もするが、前世の知識を使ってある程度の利益を得ている。転生チートというやつだ。
そしてさっきも言ったがご飯が美味しくなった。これ大事。
はい、祖父の愛を有効活用して食卓の改善をしました!
エラの行動範囲が狭いせいでまだまだこれからではあるけど、差し当たって日頃の食事が満足できるようになったし、この宿みたいに領地の要となる場所は優先的に着手した。
ブルーム領のごはんは美味しい!って、他領でも噂になってるそうで、訪れる人が増えている。
4歳でキノコの魔素あたりから回復した後、牛骨スープを作った。残念ながら鶏ガラは処分されていたから、普段使いの牛……魔物であるマリブの骨をもらったのだ。
臭み消しになる野菜は鑑定でチョイスして、もちろん前世でだって料理動画見たくらいで作ったことないけど。次々に出てくる灰汁に慄き、なんとも言えない香ばしい匂いに部屋中を汚染しながら煮込むこと半日。
したらまぁ、うまいこといきました。なんせ、スープの方を鑑定したら足りないものがわかるのね。ほんと感謝だわ、祖父の愛。
スープのうまみは上質で、もう桶で飲めるわってくらいに感動した。料理長もなんかこ、これは……っ(クワッ)みたいになってた。
だけど、それでシチューを作ってみたら、野菜の甘みうまみが感じられなくて。いや塩味オンリーよりめちゃうまだけど、いまひとつ。
問題は野菜の方かと鑑定したら、領主館で使っているーーつまり一般家庭のより上質なーー野菜でも、星1と出た。ちなみに最大値は星5です。
これにより、まずは野菜の改良に目標が定まった。
キノコ事件で回復した後、父様に散々怒られてから『魔素』の話を聞いた。じい様が言ってた食中毒の原因だ。
魔素とは、太古の昔に魔神によって世界中に撒き散らされた悪しき魂のーーうん、要するに土の中に含まれる毒素なのだ。
自然の森や土地なんかはこの魔素に侵されているから、自生している植物はおしなべて毒がある。キノコだから当たったというわけではなく、あの時遊んでいた土が口に入ったとかでも有害なんだそうだ。こわ。
まぁこれは、土なんて食べなきゃいいって話だね。
でもそんなこの世界にも畑はある。農家の方もいる。収穫される野菜がある。
それがなぜ無害かというと、ワームが土を食べて排泄する時に魔素を浄化してくれているから。ワームはミミズなのかな。
自生する植物を食べるマリブを人が食べても大丈夫なのも同じで、魔物は浄化器官と呼ばれる臓器で魔素を浄化するのだそうだ。
人間の体内には魔素を浄化する器官がないから、魔素を含んだものを食べると中毒を起こすと。成る程。
けど、だ。
魔素を浄化した畑で採れた野菜は、星1も納得の味気なさ。
それに比べて、あの時口にしたキノコの汁はーーめちゃうまでした。あ、もちろんもう野生のキノコは二度と食べないけど!だけどキノコは食べたい。美味しいから。
で、その土をもらって、キノコ栽培実験をしてみたのです。食用キノコはほだ木栽培のイメージが強いけど、土にもキノコは生えるからね。
森のキノコを無毒な土で栽培し鑑定すると、見事無毒のキノコが出来上がった!ヒラタケに似ていると。
で、そうなると、もちろん食べるよね?
けど、さすがに前科持ちの私が、カテラや兄様の監視の目を盗んで調理は難しい。鑑定ができるとか、毒がないキノコって言っても信じられないだろうし。
そこで。リーリエラがよく寝る子で寝ると途中で起きることはないことを逆手に取り、夜寝たフリでカテラをやり過ごした後でこっそり火鉢の炭火で炙って食べた。申し訳ないとは思っている。
そこまでしてようやく、待ちに待ったわって、そりゃもう期待してるわけですよね。ようやく食べられる!って。料理の味にはプロセスも関わるもんね。
うん……味気なかったよね。
知ってたんだけどね。星1だったからね。ちなみに、魔素のあるキノコは星3。
ん?つまり、うまみってもしかして魔素なんじゃ?なんて、絶望的な答えにたどり着いた時はどうしようかと思った。具体的には、もう魔素食っちゃおうかなと思った。
まぁでも、魔素イコールうまみと仮定して。
じゃあ、逆に無毒なもの……マリブの肉や、魔物に寄生するという米が美味いのはなんでだという疑問が湧いた。牛骨スープもうまみが出たのだから。
……もしかして、魔素の毒になる成分とうまみになる成分は別物なのでは?
つまり、魔素を無毒化すればうまみが残る……?
琴音は理系と言っても、実験とかよりこうやって考察するのが中心で、むしろ計算以外は文系向きじゃないかと思う。
そしてリーリエラは系統としては体育会系。そのためか、野生の勘というか閃きというか、琴音が体験した事のない思考パターンが増えた。
思考のスピードはかなり遅くなるだろうけど、前世の知識が消えない限り、それをこの世界に適応していくことは難しくない気がする。鑑定ありきだけどね。
ただ、リーリエラに転生してからというもの、行動から思慮深さが時折なくなる。間違いなく、リーリエラの『考えるよりまず行動』という脳筋の影響だ。
要するに、家畜の魔物をもらって掻っ捌いた。
ケトトという小さな鳥ーーウズラみたいな魔物で、卵と肉が食用になる。
琴音ならまずは文献を調べる。魔素を浄化する器官とか、仕組みとかを。
まぁ、器官は特定してるけど仕組みはよくわかってないっていう状態だったから、回り道せずに済んだと言える。
けど、結構自分でも引いたわ。
なんていうか、急に……あーもういい、考えるのめんどくさい、とりあえずやっとくか!ってなったんだよね。
ああ、こうやって少しずつ琴音が消えていくのかもしれない、と覚悟をしたんだけど、結局今のところは琴音が消えるというより、リーリエラの自我が琴音とは別に存在しているという感じかな。
7歳頃には、同一ではない人格を互いに受け入れ合いながら、琴音とリーリエラの比率が1:1に近づいていたというか。
……うん、まぁ、個人の感想ですって感じ。
で、話を戻すけど、細かいことは長くなるからまたの機会にってことで、ケトトを掻っ捌いた結果、魔物の浄化器官って臓器が魔素に含まれる毒素をなんとかしてくれることがわかって、試しに直接その臓器を森の土に埋めてみた。
あ、見た目も臓物とは違うし、有機肥料でしょ?グロくないよ?
無毒化を確認したところで、収穫の早い葉物野菜を植えて育ててみたら……なんということでしょう!星4の無毒野菜が採れたではありませんか!
ワームを使った無毒化は、魔素そのものを除外してしまうため、美味しくはならないみたいだ。
そんなわけで、ブルーム領……試験的に、領主直轄の畑で収穫される野菜の品質が上がり、うまみたっぷりの料理を作れるようになったのだ!
次の目標は香辛料なのだけど、栽培がされていない自生のものを探すとなると、さすがにすぐには難しいので待機中。
けど、鶏ガラ、牛骨、コンソメと、うまみ増し増し料理ができるようになっただけで大進歩だよね!
道中の食事や王都の料理になにかヒントがあるかもしれないし、王様のパーティー料理なんて否が応でも期待しちゃうでしょう!
準備は大変だったけど、それが楽しみで頑張った。
ルートヴィヒ兄様と二人きりも気まずいけど、それを楽しみに頑張る!
「言っておくが」
「はい」
翌朝、食事を終えて馬車に乗り込むと、ルートヴィヒ兄様が私と視線を合わさないまま口を開いた。
「お前の考案した料理や改良した素材は他領には出回っていない」
「そうですね…………え、それってつまり」
「この先の食事は、塩味だ」
「えええ!?」
あ。
心折れそう。




