王都・契約破棄報告
前話、順番入れ替えのみです。すみません!
「魔物素材のアレ、破棄したから」
夕方、王都のレイド伯爵邸に着くなり、出迎えてくれた叔父様がにこにこ笑いながらそう言った。
「アレ?」
怪訝な顔で、機嫌のいい美中年を見上げると、ひらりと書類の控えを渡される。
なになに?アレって浄化器官の取引の契約のことか。……え、待って。契約を破棄?叔父様がブルーム辺境伯代理で、カジェンデラ前子爵夫人が第一王子代理?まぁ、委任してるしこっちは困らないけど、なにを勝手にという気持ちは否めな……ああ、だからこの含みのある笑顔か。
なにやらかしたの夫人。野菜もコットンも、マーシャル殿下の事業を支える全てに関わる重要なものでしょうに。
「ブルーム辺境伯には昨日、ちゃんと鳥を飛ばしたよ。エラと入れ替わりになったみたいだね」
「……なにがあったんです?」
ならば、勝手をした叔父様への説教は母様からの返信に任せることにして、とりあえず移動しながら事情を聞く。
「実はねぇ」
にこりと笑みを深めた叔父様の説明にため息を吐く。
「夫人のブルーム辺境伯家への侮辱が原因でしたか。納得です」
それはもう破棄でいい。
うーん、言うに事欠いて、『武力だけの野蛮な無価値の領地』かぁ。
確かに武力で脳筋だけど、国の防衛とか隣国との外交には貢献してると思うんだよなぁ。
侮辱と言っても当事者とか大勢に向けてのものじゃない非公式の会話の中で、それも制裁が終わった話だと蒸し返しづらく、抗議しにくい。
だけどこれは夫人の無知で済む話じゃないよなぁ。せめてマーシャル殿下や側近達にちゃんとした教育係がついていれば安心なんだけど。
……まぁ、とりあえず浄化石のことはまだバレていないみたいで良かった。ほんとはエコで安全で便利だし広めたいんだけど、魔石と作り方が同じだから慎重にならざるを得ないのだ。
作り方がバレたところで、火の加護の炉とか、鍛錬の技術とか、騎士の剛腕とかはブルームにしかないものは、流石の転生チートでもすぐにはどうにもならないだろうけど。
琴音を見ればどれだけ異世界人が優秀なのかはわかるし、琴音の記憶によれば、琴音は本物の天才の出来には遠く及ばないらしいから。
……え、サフィア嬢とマーシャル殿下のコンビってヤバくない?
ちょっと焦ったところで、ルー兄様の美声が蘇る。
『結局、なるようにしかならん』
……うん、そうだよね。
琴音にしても、サフィア嬢の中の人にしても、私が望んだわけでも呼んだわけでもない。世界の意思、とルー兄様は言ったけど、確かにそうなんだ。
もし、サフィア嬢の力でマーシャル殿下が力をつけるなら、それは私にとっていいことではないかもしれないけど、それが運命ってことだ。
……平民だったサフィア嬢が夫人に取り込まれたのが、自分の失言のせいってことは置いといて。
それにしても、夫人がそんなにシルクに食いつくとは思わなかったなぁ。意外。側妃殿下に対抗心とかなのかな?うーん、それはもっと意外か。
直接文句言われるかもしれないけど、叔父様の言うようにブルーム辺境伯領の事業だから、表向きは私に権限ないし。
別にあげたくないって訳じゃないよ?面子とかって話ならわかる。
とは言え、試作中のため生産量の問題と、ブルームシルク……もといワームシルクは防御力が抜群に優れている。ドレスより辺境伯領の護りに使うのが最優先。ない袖は振れない。
あ、でも『シルク』を皆がちゃんとシルクって発音できるんだから、どこかに存在しているんだと思うんだ。
繭を作る地下は人間の力ではたどり着けない深さだけど、ワームは国中どこにでもいるわけだし。
うちみたいに、掘削中に古い巣を偶々掘り当てた、ってこともなくはないだろう。
うーん、もうちょっと早ければ、入学前にシルク捜索の旅ができたのに。
「契約破棄には流石にマダムも慌てていたけど、まぁミンディ子爵家もなかなか手広くやってるからね。他に流通路を見つけるんじゃないかな。ダメならミンディかガルドの名で、ブルーム辺境伯家に契約を持ちかけて来る、とかはあるかもしれない」
「なるほど」
遺恨を残して破棄したのだから、夫人から再契約を申し込まれることはない。
土地の浄化は食の安全に関わることで、美味しいものが広まるのは大歓迎。今は貴族にだけ卸している美味しい野菜を平民にももっと広めることを条件に、受け入れるのはやぶさかではない。
「他にたくさん魔物が出る地域といえば、南のエディンバラ辺境伯領に、リンドール侯爵領の飛び地……王家の領地にも大きな森がありましたね」
「後の二つは、騎士団の修練場になっている西の地だな。野生の魔物だ。生息数も、倒す手間も、解体の手間も、ブルーム領の足元にも及ばない」
王都はロダール王国のほぼ中央だから、北東のブルーム辺境領とはいずれも逆の方角になる。うーん、動線が勿体ない。
「分けて仕入れるとなると、運搬費も関税も余分にかかりますし……。中立派とは言え、リンドール侯爵やエディンバラ辺境伯にはお値引きする理由はないですよねぇ」
相当なコストがかかるから、値上がりは避けられないだろうな。それも儲けが増えるわけじゃない値上げ。貴族だってはいはいと受け入れはしないだろうから、ガルド家も大変だろう。
とは言え、一番の問題は金額じゃなく、浄化器官の安全性だ。
浄化器官には処理できる魔素の容量がある。
マーシャル殿下の研究で導かれた浄化の規定量だけど、あれは『ブルーム領で養殖された魔物』の浄化器官を『生きているときに吸収した魔素を魔石で吸い取って』出荷した物。
それに気付かず、『他領の野生の魔物』の浄化器官を『取り込まれた魔素量の個体差を配慮せず』に使用した場合、どうなるか。
まず間違いなく、今までのデータ通りにはいかなくなる。
ブルーム領より暖かい気候ばかりだ。冷蔵技術や運送技術、そして魔力を吸い取る方法は今はまだ明かせない。
家同士の魔素汁契約を結べばなんとか……
「放っておきなさい」
がちゃん、と三連珠の鍵がかかる音に我に返る。
いつの間にか、地下通路の出入り口まで戻ってきていたらしい。
ちなみにびゃっきーには王都は暑いらしく、地下から上がるのを嫌がったので、ご飯はカテラに任せて来た。
「放っておけと言われても。大規模な魔素中毒がおきますよ」
不満を隠さずに叔父様を見上げると、酷く冷たい眼差しが返ってくる。え、なに。怖い。思わず息を飲む。
「エディンバラ辺境伯やリンドール侯爵は、ブルーム家に引き継ぎを求めてくるだろうから、危険については話しておけばいい。
だが、第一王子派には、権利をーー責任を得るということがどういうことなのか、一度思い知らせておくべきだ」
ああ。叔父様むちゃくちゃ怒ってる。
いや、マダムには私も怒ってるよ?二年前からずっと許してないよ?だけど、それとこれとは別問題だ。
「でも、被害を被るのは消費者です。命に関わる」
「消費者は王都の貴族だ。今の第一王子派の愚かな孤立の原因。その結果があの、ブルーム家を侮った身勝手な強要に」
「でもそれは夫人の独断で、叔父様の暴走です!」
思わず声を荒らげ叔父様の言葉を遮ると、目を瞬いた叔父様が、すっと身を屈めて私と視線を合わせた。母様と同じ青い瞳の中で、紺の瞳孔がすぅっと縮む。
びくりと小さく肩を揺らすと、叔父様が優しい声でそうだね、と呟いた。
「じゃあ、君の手札を殿下に明かす?浄化石も魔石も、この上なく強力な力だ。第一王子の軛から逃れても、誰もがエラのことを欲しがるだろうね?ブルーム領もその標的だ。
酷いやり方で君を縛る第一王子派と、見ず知らずの貴族を守るために、自らがんじがらめになって故郷を危険に晒すなんて、さすが雪解けの天使だね?可愛いエラ」
叔父様の指摘に、ぐっと喉が詰まる。
家族とブルーム辺境伯領を守るのがやっとの私に、他に手を伸ばす余裕なんてない。
叔父様がこんなに怒っているのは、私の行動が、叔父様の大事な姉様を危険に晒す可能性があるからか。
だけど、私の優先順位のトップは、今でも家族とブルーム領。それは決して変わることはない。
「……私が誰かのものになっても、ブルーム領には手を出させません」
「へぇ?姉様からブルーム辺境伯家の意思は聞いているよ。エラは家族からの言いつけを守らないの?」
「勿論、ブルーム領には戻りたいし、護るために犠牲になりたいわけじゃないです。でも」
「でも?」
ルー兄様のために戻らない方がいい、とは言えず口をつぐむ。
今日、自覚したばかりの想いがさらに強くなって押し寄せる。私のこの汚い想いは、ルー兄様を傷付けてしまうから。
「エラ?」
訝しげな叔父様の瞳に、はっと我に返った。
「……なんでもありません。寮に戻ります」
「夕飯は?カテラを待たないの」
「適当に済ませます。カテラには」
早口で言って、封じられた扉の魔石に目をやる。まだカテラが上がって来る合図はない。
「また、連絡します」
雪橇の中で言ったことは、カテラを酷く困らせた。
なんとか取り繕って口止めしたけど、ずっと側にいてくれたカテラには、私の本気もバレているはず。
今の私の顔を見たら、また心配させてしまう。
「そう。適当な軽食を馬車に用意してある。すぐ出せるから持ってお行き」
夕飯に誘っておきながら、断られた準備は万端。
報告に対する私の反応と発言も、自分の言葉に機嫌を損ねてすぐ帰ろうとすることすら、見透かされている。
腹が立つほど優秀な人だ。
「あとはこれ。今朝届いた、マーシャル殿下からのお手紙だよ。甘やかさないようにね」
「…………失礼します」
憂鬱な手土産と、釘を刺すことも忘れない叔父様にぷいと顔を背け、馬車に向かって踵を返した。
叔父様は母様の味方であって、私の味方ではない。
そのことを、胸に刻みつけて。
「…………これは、驚いた」
ほっそりとしているが筋肉のついた肩を、ぷんぷんと怒らせて立ち去っていく姪の後ろ姿を見送り、ヴィートは珍しく心底驚いた顔をして呟く。
愛しい姉に似た面差しは、今日ばかりは、驚くほどに自分に似ていた。
手に入らないものに焦がれ、幾度諦めたつもりで、でも決して消えることのない思慕と熱情。
「同じなのは、ルーの方だと思ってたよ」
ふっと笑んで、知らないうちに握りしめていた拳を解き、手のひらを見つめる。
「可哀想なエラ」
とりあえずひと段落…モヤモヤしたまま…
閑話挟んで新章です。




