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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: かないたちばな
王都学園一年目
35/36

ブルーム領・潔癖なお年頃

※32部分を入れ替えました。内容は同じです


兄様達の事情(主に下半身)と、焼きもちエラ。

第三者視点→エラ視点


 しんと静まり返った、早朝のブルーム辺境伯邸。

 そっと足跡を忍ばせ、辺りを窺いながら高い塀を乗り越える人影。

 もちろん隙なく配置された見張りはいるが、なぜか担当の兵達は不自然に明後日の方向に顔を向け、その人影から目を逸らす。


 見張りの気遣いに苦笑し、庭に人の姿がないことを確認した侵入者は、ほっと息を吐いて両腕を天に向け、疲労感の残る体をぐっと伸ばした。


「おかえり」

「っ、わぁ」


 誰もいないはずの背後から声を掛けられ、侵入者がびくりと大きな体を揺らす。


「びっくりするだろー!ルー」

「空気を読まなかったのはガオだろう」


 侵入者ーーもとい、朝帰りのオレガリオに形の良い眉を惜しげもなく顰めてみせ、ジャージ姿のルートヴィヒはちらりと館の方に目線を向けた。


「エラが帰っているんだぞ。教育に悪い」


 二人の妹であり、ブルーム辺境伯領の至宝、春告鳥、女神、紫玉の娘と褒め称える二つ名に事欠かないリーリエラが王都から帰郷したのは昨日のこと。


「今日の昼には帰ってしまうというのに、どうしてその一日の我慢ができないんだお前は」


 いつからかすっかり紫の色味をなくした青い瞳で咎めるように見られると居心地が悪いのは、同じ目の色をした母に叱られている気がするからだろうか。

 オレガリオはひょいと肩をすくめ、素直に詫びた。


「ごめん。けどエラにはまだわかんないだろ」

「いつまでエラが子供だと思っている?男女の交わりについてはひととおり知っているぞ」

「えっ」


 オレガリオが青紫の瞳を見開いて青ざめる。

 年の離れた天使のように愛らしい妹を神聖視したいのはわかるが、リーリエラはもう12歳。既に初潮もきているし、形式だけとはいえ婚約者がおり、親の元を離れて生活するのだから、戒める意味でも性教育はある程度済ませている。そもそも自然豊かなブルーム領で、生き物の営みから目を背けることはできないわけで。


「……なんでルーが把握してるんだ」

「義母上から、牽制がてらにな」


 だが、そんな報告がなくとも、リーリエラにコトネという成人した女性の意識があったことを知るルートヴィヒは、リーリエラが何も知らず無垢な少女であったとは思っていない。むしろ知っていても無垢であるエラ、マジ天使とは思っているが。


 いくらリーリエラを愛していると言っても、ルートヴィヒはけして小児性愛者ではない。可愛いが過ぎて情緒が乱れることはしょっちゅうだが、けして欲情するわけではない。うっかり欲情したとしても、暴走してリーリエラを傷つけるようなことは絶対にしないと言い切れる。


 だが悲しいことに、それはなかなか周りにーー特に養父母には、信用されていない。誠に遺憾である。

 養子であると打ち明けられた時に、ショックを受けるより先に、ならエラと結婚できるじゃないかと喜んでしまったのがまずかったか。

 まずは悲しんで領主夫妻の同情を誘ってから、エラと結婚して本当の息子になりたいという流れにもっていくべき……いや、それだとエラをダシにしている印象を与えるから反対されていただろう。


 それはさておき、とルートヴィヒは鍛錬の準備をするオレガリオに向き直る。


「朝からそんな甘い石鹸の匂いをさせてたら、どこで風呂入ってきたんだって誰でも思うぞ」

「うそ。そんな匂う?真珠亭はちょっとその辺の配慮が足りないんだよなー」


 自分の腕を鼻の前に掲げてくんくん匂いを嗅ぐオレガリオに、ルートヴィヒが呆れたように義弟を見る。


「また別の店か?せめて気に入りの一人に絞ってやれば、水揚げならできるだろう」

「いやいや。積極的に入れ込む気も、ましてや愛人とか持つ気なんてないし。変に期待させるより後腐れない方がいいんだって」

 

 薄情なのか、娼館の客としては正論なのか。

 リーリエラ以外を望むことのないルートヴィヒは判断に迷って首を傾げる。

 まぁ、見た目も金払いも、態度も悪くない客なのだから、問題はないのだろう。そもそも次期領主。


「はー…………可愛くてエロい嫁がほしい」


 薄らと明ける空を見上げ、オレガリオが切実なため息をついた。

 けして薄情なわけではない義弟の性分を思い、娼婦に対する態度は確かに彼にできる目一杯の誠実なのだろうと考えを改め、ルートヴィヒは次期当主の嫁問題に眉を顰めた。


「現実的なのは分家からの嫁取りだが」

「つっても、ギルタと製鉄業を任せたシデン大叔父のブルズ家、北の保存食品工場を任せたマルディ家には、既にすげー利益が上がってるからこれ以上力を持たせるのはなぁ」


 苦言を呈すまでもなく理解していたかと、また義弟を見くびっていたことを恥じるルートヴィヒに、気にするなとばかりににっと笑いかけ、オレガリオは言葉を続ける。


「バンブー林と農地管理のサウザン家は領内だけの流通になったし、魔物養殖のデイン家は言っても王家から値切られてるから利益はそんなでもないけど、年頃の娘がいないし。

 東の鉱山管理のウェイン家が蔑ろにされてるって拗ねてるけど、特に任せる事業もなくて魔素汁契約で縛ることもできねーから、信用するのは危ないだろ?あそこは他領との境だからちょっと浮ついてるし、息子がアレだからなぁ……」


 オレガリオが指折り数えながら挙げたのが、分家筋からの嫁取りを迷う理由。

 リーリエラと琴音が生み出した事業は秘匿性が高いものが多く、隣国との対応と自国の防衛を担うブルーム本家が常に目を光らせるのは難しいため、魔素を含んだインクを使って縛る契約を交わしている。


 だが、東の火岩坑を管理するウェイン家は、その産業の重要性からか、ここ数年増長している。その位置からも他領と通じやすいことも原因の一つだろう。

 そんな相手に、いくら契約で縛るためと言っても、リーリエラの生み出す事業を任せるつもりはないし、信用はできない。次期領主の妻を娶るなど、以ての外だ。


「まぁ一番の問題は、エラの婚約がなんとかなってからじゃないと、王子妃の身内ってことで近付いてくるやつばっかってことだな。もーほんと、妹がモテモテだと困るわー」

「俺はお前が独り身でいてくれる方が助かるが」


 お手上げ、と空を仰ぐオレガリオをよそに、ルートヴィヒは満足げな笑みを浮かべてオレガリオに相対する。

 ルートヴィヒとて引くて数多の適齢期だが、先ずは当主の結婚。それを補う形で相手を選ぶ、という名目で跳ね除け続けている。

 もちろん、結婚するなら相手はただ一人。


「……まだ当分は、ないぞ」


 いつものように組手の型をなぞりながら、ルートヴィヒの雄弁な無表情を正しく読んで、オレガリオが苦い顔で釘を刺す。

 オレガリオがルートヴィヒと四半分しか血の繋がりがないことを聞いたのは成人の儀の際だが、リーリエラにはそれよりも早く伝えることになるだろう。

 だがそれは王家との婚約解消の後だ。


 それまでリーリエラに操を立て、兄妹として離れて見守るしかできないことは、健全な男性としては幸せなことなのだろうかと、オレガリオは慮る。

 だが、他の女に余所見をするような男に、可愛い妹をやるつもりもないのも事実で。

 

「今はまだ、いい」

「まぁ、ルー兄がいいならいいんだけどさ」


 こともなげに返されて、思わず苦笑する。

 煩悩まみれの常人でしかない自分には、この潔癖な義兄も天使な妹もどこか崇高ななにかで、できればそういう生々しい話からはなるべく遠ざかっていて欲しくもある。


「当分はまだ、俺を見合い失敗の理由に使うといい」

「それな。俺とルーはタイプも違うし、そもそもあっちから申し込まれてるのに、見合い相手がルーに横恋慕して云々って嘘の理由をエラがまったく疑わないのなんで」

「…………」

「無言ヤメテ」


 


✳︎ ✳︎ ✳︎



「姫様、またいつでも帰れますからね」


 王都に戻る雪橇の中、黙り込んだ私を心配してくれたのか、カテラが優しく頭を撫でてくれる。


「…………うん。でも、あんまり頻繁に帰るのはよくないから。王子妃教育も始まるし」

「姫様……」

「叔父様の家にはいっぱい行くよ。カテラに会いに行く」

「……なにかありましたか?エラ様」


 向かいの座席に座るカテラに甘えてその胸に顔を埋めると、抱いた胸のモヤモヤはカテラにはすぐバレた。


「……私、ブルーム領に戻らない方がいいのかもしれない」

「エラ様?なにを」

「学園を卒業したら、だけどね。私、…………私、ブルーム領には戻りたくない」


 カテラが言葉を失う。

 自分で言っておきながら、ひどく胸が痛くて涙が出る。


 今朝、久しぶりの兄様達と一緒な鍛錬に、わくわくしながら向かった先で、兄様達の話を聞いた。

 いつもならすぐ気配に気付く兄様達が話していたのは、ガオ兄様の婚活事情。

 それだけなら昨日も父様から聞いたことなのだけど、どうやら私は、ガオ兄様のことをいつまでも少年のように思っていたらしい。


 ルー兄様の清廉なそれとは違う、気怠げな匂い立つような男の色気を纏ったガオ兄様は、娼館帰りだと言って。

 それにひどくショックを受けて、慌ててその場を離れた。



「……ガオ兄様ですら、こんなに嫌なんだもの。ルー兄様だったら……そんなの」


 誰か別の女の人が、ルー兄様の隣にいると考えただけで涙が止まらなくなる。どうしよう、そんなの嫌だ。


「ご結婚なさったとしても、お二人にとってエラ様はずっと特別な存在に変わりはないですよ」

「それは、わかってる。でも」

 膝の上の拳を、二つ合わせて握りしめる。

「でも、私は……違うひとが側にいる兄様を見たら、引き離すためなら私はきっと……」

「エラ様」

「王子殿下との婚約解消は、父様に言われたからちゃんとする。でも、その後はブルーム領を出ることも考えて、準備する。そのために……」


 ふうっと息を吐いて、顔を上げる。

 心配そうなカテラに向かって、ぎこちない笑みを浮かべて涙を拭う。



「王子殿下を、躾けてみようと思う」





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