王都・側近Aの休日3(デミロデオ)
ちょいサイコ王子降臨
「ザクルー伯爵家は身分を重んじる家だと聞いている。ならば、テルード達とは違って、母の身分が低い私を見限っていたはずだ。
なのになぜ伯爵は、嫡男である其方を私の側近にしたんだ?」
突然の問いに、思わずごくりと喉が鳴る。
確かに殿下の仰る通り、ザクルー伯爵家……現当主である父様に、子爵家令嬢にすぎなかった正妃様の身分を理由に、マーシャル殿下につく気などはさらさらなかった。
まだ殿下がお生まれになったばかりの時に、乳母であったマダム・カジェンデラの生家、我が領地のセーラン男爵家の当主から今までの献身を盾に請われた時も一蹴したと言う。
辛うじて、ならばせめて第二王子殿下につかないで欲しいという話を聞き入れたのがせいぜい。
ではなぜ今更、僕にマーシャル殿下の側近になるように命じたのか。
それはきっと、先日催されたお披露目会前の茶会で、父様の学園での同級生だったという貴族達に言われた言葉が原因だったのだろう。
初めて訪れる王都の繁栄ぶりに圧倒されていた僕は、知り合いのいない茶会に疲れ、保護者達が集まるサロンのすぐ側の庭で休んでいた。
そこに僕に気付かないまま近付いて来たのが、運の悪いことに父様と同級生の方々だったのだ。
父様はいつものように、高圧的にしゃべっていた。
今思えば、高位貴族のみが集まる場所で、その中では一番下の身分であるにも関わらず、王家の血を引くからというその一点を武器にそうしていたのだ。
だけどその時の僕は、それを当然のことだと思っていた。同級生の方々も皆、父様に跪くのだろうと。
だって僕は、ずっとそう言われて育てられたのだから。
だが、隠れて見守る僕の前で、父様の同級生の方々は互いに顔を見合わせ、跪くでも怒るでもなく、心底何を言っているんだろうと言いたげな顔で、さらりと言葉を発したのだ。
『ザクルー伯爵家に王女殿下が降嫁されたのは、もう百年以上も前のことだろう?』
『それほどに遡れば、殆どの高位貴族の家に王家の血が混ざっているよ』
『そもそも、王女殿下をお迎えしておきながら、未だ伯爵位のままと言うのは如何かと思うぞ』
あまりに、衝撃的な言葉だった。なぜなら、そう言われてみればその通りでしかない言葉。
王女が降嫁した家などそれこそ王女の数だけあって、我が家はその名誉を受けても陞爵するに至らなかった伯爵家なのだと。
父様はと言えば、口をぽかんと開けて呆けた後、真っ赤になり、次いで真っ青になった。
それを見た同級生の方々は、目を瞬いて顔を見合わせ、そういえば先日の夜会ではと話をすり替えながら、父様の背を押して部屋へと戻って行ってくれたのだった。
自分が他人に同じような態度をとる前だったのが、せめてもの幸い。
父様からは王家の血を引くことを言えば、誰も何も言えなくなると聞いていたが、この様子を見れば子供の僕にでもわかる。
皆が口を噤む理由は、尊敬や畏怖などではない。
父様を見捨てるでもなく共に去るほどに、嘲るほどのこともない、戸惑いや困惑といったものなのだろう。
「……父からは、殿下の側近になるようにとだけ」
ぐっと手を握り締め、真っ直ぐに殿下を見る。
父様はきっと、空きの多いマーシャル殿下の側近なら重用されるだろうと、僕を使って立場を築こうとしているのだ。
父様自身が後見となれば、マーシャル殿下が王にならなかった時に立場がないから、まだ10歳の僕を利用するしか父様には道がなかった。
子爵風情と見下していても、我が家にはミンディ家のような財もなく、ガルド家のような肥沃な農地もなく、マイト家のような名声もない。
僕が生まれてこの方、血筋以外のザクルー伯爵家の価値を誰からも聞いたことがなかったのだから。
「……ですが、マーシャル殿下は正妃様の御子。王家の正当な継承であらせられます。お仕えするのに不足などありません」
それでも。
きっぱりと言い放つと、うっすら目が慣れた暗闇の中で殿下が首を傾げる。
それでも、高位貴族である誇りは捨てられないし、他の側近達の品位に欠ける行いは見逃せない。
自らの存在を示す道はただひとつ、殿下の信を得ることだ。
「其方に何が出来る?」
こともなげに投げられた言葉に唇を噛む。
満足されるような答えは持たないし、ザクルーに価値などないと言われたもの同然。
「今は未熟で全てが足りませんが、精進して必ず殿下のお役に立ちます!」
だから、空っぽであるとあえて隠さずに告げる。
「ザクルーが持つものは多くありませんが、それでも高位貴族の末席ではあります。先日のように、陛下に謁見となると僕が侍ることになりますし、婚約者様のように適切な意見を言えるようにしっかりと学びます!!」
「……リーリエラ嬢のように?」
「は、はい!サフィア嬢のように新しい技術をすぐに思いつくというのは難しいですが、真名の在り方や署名への影響などなら僕も知っていましたし、ご説明差し上げることはできました!」
殿下が入学式で真名を名乗ったことも知らず、初めての謁見で緊張していたために一言も発することなく御前を辞することになったが、リーリエラ嬢のした説明程度の知識なら僕にもあった。咄嗟に出てこなかっただけで。
「……デミロデオも知っていたのか」
「畏れながら、家庭教育で教わる教本にあったかと」
「そうか。マダムから教わることとは範囲が違うのだな」
落ち込んだようにため息をつく殿下。
ちょっと待て……まさか、王子なのに子爵家程度の教育しかされていないのか?
いやいや、マダムだって貴族の学園に通っていたのだから、家庭学習程度のことは習ったに決まっている。……だが実際、殿下は真名のことを知らなかったのだ。そんなことが……
「デミロデオ。其方が教わったことを私にも教えてくれないか」
「は、はい!もちろんです!」
「ありがとう。ああ、側近教育で忙しいのに時間をもらうのだから、きちんと礼はする。希望があれば言ってくれ」
えっ。思いがけない言葉に、不安も吹き飛んだ。これは早速チャンスだ!
礼と言っても物じゃなくてもいいはずだ。ここはなにか、領地のためになることを……そうだ!
「許されるなら、我が領地にも浄化栽培の許可をいただければと思います」
今も農地を増やし続けるガルド家には遠く及ばないし、特産と言えるわけではないが、ザクルー領にそれなりに農地はある。
今はガルド家が独占している、貴族相手の浄化野菜の取引に少しでも食い込めれば、他の家からも一目置かれるに違いない!
「ふむ。クトゥンと一般的な野菜は専売契約をしているからな……。ザクルー領の珍しい作物などはないか?」
「あ、いえ……特に珍しいものはありません」
確か、ガルドの畑のある地域とは大して気候なんかも変わらないし、領民が消費するような普通の野菜ばかりだったはず。
ああ、やっぱり侍従を連れてくることができれば、キーファスが教えてくれたのに!
「そうか。ならば、リーリエラ嬢に聞いてみるとしよう」
頭を抱えたいのを堪える僕を見て、殿下が言った思いがけないその内容に、弾かれたように顔を上げた。
「婚約者様に?……あの、なぜでしょう」
「農地の浄化方法とクトゥンはブルーム辺境伯家から譲り受けたものだ。なにか新しい作物があるかもしれない」
あっさりと言われた言葉に、え、と声が漏れた。
なにを言ってるんだ?それは殿下が発見したと聞いた。マダムから、マダム……
待て、リーリエラ嬢は陛下の御前でなんと言っていた?
ーー『カジェンデラ夫人に結納金代わりだと強要された、ブルーム産製品の権利を譲渡する旨の契約書類を破棄しますね』
そうだ、確かにブルーム家から譲渡を強要された、と……
「ブルーム辺境伯家から……譲り受けたのですか」
「ああ。ブルーム辺境伯は王家の忠臣だし、婚約者の功績は私の功績だからな。婚約の際に権利を譲渡してもらう契約をした」
殿下はにこりと笑って肯定した。
じゃあリーリエラ嬢が契約を破棄したいと言っていたのは魔物素材の話ではなかったのか。そりゃあそうだ。現にこれだけの利益を生んでいるものなのだから、いくら婚約を望んだからと言っても、好き好んで譲りたいわけない。
そもそも殿下はあの場にいて、リーリエラ嬢の『強要された』と言う言葉を聞いていたはず。なのになぜこうも平然と、婚約者の功績は自分の功績だなどと厚顔なことを言えるんだ?
「リーリエラ嬢は今日と明日はレイド伯爵家に滞在するはずだから、急ぎ手紙を送っておこう。きっといい案を教えてくれるだろう。
心配は要らない。リーリエラ嬢は頼りになる人だ」
一片の翳りもなくそう言って、殿下は綺麗に微笑んだ。
出したままだったプレタウリウムを飾り棚に戻し、そこに並べてある球体を、小さな手のひらでゆっくりと撫でる。
「これは昨年の春、辺境伯づてにリーリエラ嬢から贈られた月の模型だ。
一日を終えて沈んだ太陽を補い、夜を照らす月のように私を支えてくれるという、リーリエラ嬢の意思表明なのだろう」
「……それは」
なんて都合のいい解釈だろうか。
ごつごつと穴だらけの、月の女神の住まいとしてはなんと無骨だと眉を顰めそうになるその代物は、そんなロマンチックな物にはとても思えない。
第一、あの美しく高慢な女が、功績を奪われて国王陛下の前で堂々と非難する女が、そんな謙虚なことを思うわけがないじゃないか。
嬉しそうに、紛い物の月を見つめる殿下の姿が、どこか得体の知れないなにかに見えた。
33~35部分を32部分の前に移動しました。不手際申し訳ありません。




