王都・側近Aの休日1(デミロデオ)
学園の新年度が始まって初めての、自分にとっては側近となって二度目の、週末。
先週は、マダム・カジェンデラと側近としては先輩にあたるサフィア・エラーダ子爵令嬢に、王城と王子宮を案内された。
今週は、ロダール城の第一王子宮、執務室にただひとり。
マーシャル第一王子殿下の筆頭側近である僕、デミロデオ・ザクルー伯爵令息は深々とため息をついた。
執務室と言っても、殿下がまだ実際の執務に関わっていらっしゃらないのと、殿下が持ち込まれた趣味の玩具があちこちに並べられているため、娯楽室のようにも見える。
辛うじて名にそぐうのは、殿下の席を中央にコの字に並んだ執務机と椅子。その中で殿下の席に近い席に座り、先代の国王陛下の側近が書き残した日誌を読むのが、今日の課題だ。
先代の宰相閣下が記したそれは、行った公務、勉強、問題点など細かに書き込まれている。まだ教わっていない用語を交えた文章は読むのに時間がかかって、ページがなかなか進まない。
今日の勉強の時間が終わったら、タウンハウスで待つ従者に言って用語集か何かを用意させよう。と言うか、そのくらい用意しておくべきだろう。そもそもなぜ従者を城に連れてきてはいけないのかがわからない。それならちゃんと、代わりに世話をする人間をつけるべきではないか。
とうに切れた集中に不満ばかりが溢れ、視線は日誌から部屋にごちゃごちゃと置かれた玩具に向く。そうなると見慣れないそれらが気になってたまらなくなった。
遊びたいわけじゃなくて、殿下の趣味を知っておくためだと心の中で言い訳して立ち上がり、そっと近付く。
飾り棚の上に並んだ、見慣れない脚の付いた球体と、土台の上に大きなボウルを伏せたような形のオブジェがたくさん。一体なにをするものなのか見当もつかず、首を傾げる。
王都で流行っているんだろうか。美術品だとしても、脚付きはなんだかごつごつしてへこみだらけだし、オブジェの方もよく見ると半球の表面に小さな穴がたくさん空いているぐらいで、特に美しいわけでもない。
聡明な次期王太子殿下のことだ。何か高尚なものであることは間違いないが、いくら見つめていてもこれといった答えは思いつかない。
お忙しい殿下に私的な質問をするわけにはいかないし、側近仲間に聞くかと思ったところで、眉間に皺がぎっちりと寄ったのを自覚した。
側近『仲間』。その響きがとてつもなく苦い感情を連れてくる。
なぜなら、他の三人が自分にとる態度は、とても高位貴族に対するそれではないのだ。
それも自分にだけではない、殿下に対しても言葉を崩し、馴れ馴れしい態度をとる。
学園の同学年でもあるのを理由に、日を追うごとに目にあまる言動が増える。側近となってまだ十日ほどであるというのに、だ。
不愉快さを堪えながら、近くの椅子の背に浅く腰掛ける。手に持ったままの日誌を膝に乗せて頭を抱えた。
奴らは格下の子爵位ではあるが、皆が嫡男だ。加えて二歳の年の差もあって自分への態度を諫めることができない。
殿下への態度にはもちろん注意したが、殿下本人が『側近だが友人でもある彼らには、堅苦しい言動をして欲しくないのだ』と、むしろデミロデオが咎められる始末。
納得できない。
王家の血を継いでいることは、ザクルー伯爵家にとっての誇りだ。それこそ生まれたその日からそう教え込まれてきた。
王家が統べるこの国内において、その血は何より尊重されるべきもの。
ゆえに、王の直系であるマーシャル殿下を軽視するような言動は、即ち自分までも軽んじられているのと同じことで、殿下自身が高位貴族の身分を軽んじているとみなされかねない。
子爵令嬢を母に持つからか。それとも、乳母でもある子爵夫人の影響か。それもマダム・カジェンデラは我が領地の男爵令嬢だったのだ。
そんな環境で育てば、いくら尊き血を引いていても、考え方が低位貴族のそれであってもおかしくはない。
自分の常識が通じない苛立ちが募り、感情に任せて掴んだ日誌がぐしゃりと音を立てた。
ドアの外からばたばたとした足音が聞こえたと思ったら、次いでばんっと大きな音を立ててドアが開き、テルード・ミンディとジョージ・ガルドが大声で話しながら部屋に入って来た。
「……だから、ここらでひとつ、クトゥンに継ぐ新商品を売り出したくてさ」
「あー、親父も似たようなこと言ってたな。野菜もだいぶ広まったから、王都ならではの土産になるものをって」
ノックすらせず、僕を見てひょいと首を傾げただけの二人に苛立つ。会釈のつもりか。年上だが側近として先輩というわけでもないのに、挨拶もないのはさすがに失礼だ。
そもそも、今日と明日は学園も休みなのだから、朝から側近教育だったというのに、今はもうすぐ昼になる時間。ずいぶんな遅刻だというのにこの態度。
だが教育係のマダム・カジェンデラも、朝の内にほんの少し顔を出して、他の側近達とこの日誌を読むようにとだけ言って去っただけ。
殿下は王太子教育で忙しいのだろうから仕方ないのだろうけれど、僕だってまだ十歳で、側近が何をするということから学んでいる段階だ。
確かに側近の日誌は実際の仕事について学ぶ善い教材なのだろうが、なぜ先代の王が二十歳を越えてからのものしかないのか。せめて学生時代のものを用意してくれたならいいのに。
イライラしている内に、さっきまでデミロデオが座っていた席にテルードが座る。ジョージはその隣に。
あっ、と思ったが、自分は棚の前の席の椅子に、行儀悪くもたれかかっている状態だ。今更その席の占有権を主張するわけにはいかない。
仕方なく、末席であったその席に着く。
「なんか殿下、新しい商品のネタとかねーのかな」
「でもそれだと権利とかで撥ねられるじゃん。丸投げされんのに割合わないよなー」
決められた昼食の時間まであと少しだ。
一向に口を止めようとしない二人を放って、日誌に目を戻す。あんな奴らと一緒にされたくないその一心で意識を集中する。
だが、それを遮るように再びドアが開いた。
またもノックのないそれに眉を顰めて顔を上げると、入ってきたのはマーシャル第一王子とサフィア・エラーダ子爵令嬢だった。慌てて立ち上がって頭を下げる。
「おはよう、みんな早いな」
「殿下!おはようございます」
もう昼だ。けして早くはない。
そう疑問に思いながらも、殿下がおはようと言ったらおはようなのだと挨拶をすると、座ったまま体を捻っただけのテルードとジョージが鼻で笑う。
「もう昼だぞ。おはようはないだろう」
「っ!?」
側近どころか貴族としてあり得ない、無礼な態度と口調に思わず目を剥く。いくら砕けたものでいいと言われていても限度がある。
それに、こいつらも今来たばかりのくせに。サフィア嬢のように殿下と一緒に行動していたわけでもないみたいだし。
もやもやとするデミロデオをよそに、殿下は二人の態度を気にする素振りも見せずに、無警戒な顔ではにかんだ。
「はは、そうだな。起きてすぐだから、つい」
「えっ」
「あら、どうしたの?ロディ」
「あ、いえ、殿下は王太子教育で席を外しておられるのだとばかり」
馴れ馴れしいのはこのサフィア嬢も同じだ。
子爵令嬢風情にロディという勝手な愛称で呼ばれるのは不愉快なことなのだが、愛らしい顔で見つめられると文句も言えなくなる。それより殿下だ。
起きてすぐ、と言われて見ると、後ろ頭にびょこんと寝癖がついている。こんな時間まで寝ていた?いやそれより寝癖だと?王子なのに?メイドは何をしているんだ?
呆然としている僕に、殿下はなにを言ってるんだコイツとばかりの訝しげな視線を向けてくる。
「いや?昨日授業を終えてからの学習で、今日の分まで済ませてある。マダムが今日は昼前からの茶会で忙しいそうだから」
「そうでしたか。もうお済みとは、さすがで……」
「側妃様のお茶会だよな?ちゃんとうちのドレス着て行ってくれた?」
なら、サボったわけではないか、と納得して賞賛しようとした僕の言葉にかぶせて、テルードが会話に乱入してきた。
「ええ。ベージュのクトゥンのドレスよね?お義祖母様ってば張り切って朝から支度していたわ」
明らかなマナー違反にムッとしてテルードを見るが、尋ねられたサフィア嬢は気にした様子もなくにっこりと笑って答える。
は?マダムに厳しくマナーを躾けられたと聞いていたが、注意もしないのか?
それにいくら側妃殿下のお茶会の支度があるとは言え、なぜ前もって代わりの指導役を手配しないんだ?
「へぇ!意外だなー」
「マダムは忙しくて、社交の機会が少ないから。ゆっくり羽を伸ばしてほしいと思っ」
「側妃様が気に入って注文してくれるといいんだけどなー」
テルード!?こいつ、殿下のお言葉にまでかぶせてきただと?しかも会話になっていない勝手な発言だ。え、正気か?
ミンディ商会は確かに王家御用達だが、それはクトゥンを占有しているからってだけで、流行を作り出す立場である側妃殿下の服飾は一切手掛けていない。
いくら派閥が違っても王家に縁がある店だ。妃殿下を納得させるだけの腕があれば、間違いなくドレスの一枚くらいはオーダーしている。そうじゃないってことは、そういうことなのだ。
万が一、側妃殿下がオマエの店の商品を気に入ったとして、前子爵夫人にすぎないマダムのドレスを真似るわけない。
それに殿下も、側妃殿下のお茶会で羽を伸ばせるわけがないだろう!?第二王子派の貴族夫人が集まる場所だぞ?隙なんて見せたら即アウトに決まってるじゃないか!!
あまりに突っ込みどころの多い会話に眩暈がしてくる。なんなんだ、これが本当に次期王太子とその側近の会話なのか?
呆然とする僕の耳に、正午を知らせる鐘の音が聞こえた。




