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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: かないたちばな
転生したのにスペックダウン?
3/36

夢は強制終了されました。


 結論から言うと、死にかけた。

 焼きキノコから出た汁をひとさじ舐めただけで食べたものを全部吐き、一気に高熱が出て全身が冷たくなって震え、下腹というか骨盤まで軋むような激しい腹痛と下痢に見舞われた。全身が麻痺して弛緩し、色々乙女としてやばいことになってたので、4歳児でよかったと心底思う。

 明日になれば、残してもらった鶏ガラでスープを作れたのに、なぜそれで満足しなかった、私。


 などとそんなことを冷静に考えられる余裕はその時にはもちろんなく、朦朧とした意識のまま三日三晩生死の境を彷徨った後の感想です。




✳︎✳︎✳︎




「なんでこんなことに……」

 自分の浅はかな行動の結末に、さすがに凹む。

 心配してお世話してくれるみんなに土下座して謝りたい。

「もうわかってるだろうに」

「……だよねぇ。夢にしてはリアルすぎるもんね」

 真っ白な世界で蹲る私は、自分の持ち服には絶対選ばない白のワンピースを纏った、琴音の姿。

 呆れたような懐かしい声に振り返ることもせず、体育座りのままぎゅうと抱えた膝に顔を当てた。


「じい様、私死んだの?」

「そう、ともそうでない、とも言えるな」

「なにそのはっきりしない答え」

「事実だから仕方ない」


 顔を上げで振り返る。

 そこにいるのは、思った通りの声の主。

 白髪まじりの髪を後ろに撫でつけ、しかめ面で肩をすくめる老人。鼻先にのった老眼鏡は、本を読みながら寝落ちするせいでフレームが僅かに歪んでいる。

 くたびれるほど着た、お気に入りのかすりの作務衣は、ばあちゃんが棺桶に入れていたもの。

 懐かしくて頰が緩んだ。


「久しぶりだね、じい様。ここがあの世ってやつ?」

「違う、そこまでは来ておらん。お前が現実を認めようとせんから、私が魂の次元まで降りてきただけだ」

「……じい様、魂の実在には否定的じゃなかったっけ?」

「事実だから仕方ない」


 再び肩をすくめたじい様が、私の隣に並んで座る。両足を子供みたいに前に伸ばして、後ろに手をついて支えたいつもの体勢、いつもの並び。

 じい様の話は主に数学、あとは物理や化学とがっつり理系。昔話の代わりに科学雑誌の論文を読み聞かされ、自分の名前より先にE=mC2を書取りさせ、スケッチブックには分子モデルがぎっしりと描かれている。

 小さい頃はもちろん理解はしていなかったかど、じい様が楽しそうに喋ってるのが嬉しくて。その内容を理解できるようになると、コテンパンにされるもののじい様と議論することも楽しくて、私から話をねだったっけ。


()()()死んじまったよ」

 覚悟はしていた。だけど、やっぱり辛い。

 ぎゅっと狭くなった気道で呼吸をして、感情があふれそうになるのを押し留めた。

「……そっか。ちなみに死因は?」

「一酸化炭素中毒。ルームメイトがおっただろう。その自殺に巻き込まれたんだ」

「えっ、真鍋さんが?」

 気遣いなのだろう、前を向いたまま話すじい様を振り返る。

 真鍋さん……同じ大学の子で、学生生協の斡旋でルームシェアをしていた才媛だ。

 なんで自殺なんて。干渉しない前提だったから、何も気付かなかった。

「……お前を巻き込んだのは故意だ。でなきゃ、集中すると没頭するお前に数学の問題など渡したりせず、外に追い出すだろう」

 じい様が苦虫を噛み潰した顔で言う。

 それもそうだ。私が熱中してた問題は、真鍋さんから教えてもらったもの。巻き込んでも構わないと思われていたのはショックだけど、お陰で苦しむことはなく死……いや、やっぱ感謝するのはおかしいか。


「リーリエラは生まれ変わりってやつ?」

「驚くなかれ、なんと異世界転生というやつだ」

「異世界?じい様が死ぬ前にハマってたアニメの?」

「そうそれ。ラノベなんかでも流行っただろう。

 魂の実在を量子物理学で論じることができるんだから、異世界が実在するかも解析できんかと思ってな」

 私がばあちゃんから聞いたのは、じい様がアニメとか漫画とかを見ながらツッコミが止まらなくて煩いってことだったけど。そこを越えたのか。

 じい様の思考は昔からリベラルだ。そこに随分と助けられていた。


「異世界転生、ねぇ。リーリエラの世界は、普通に中世ヨーロッパって感じだけど」

 リーリエラの生活を思い返してみても、魔法とかなかったしなぁ。味付けが塩しかないのは異世界といえないこともないけど。

「琴音は猟の様子を見てなかったか?カロとかいうのはどう見ても魔物だっただろう」

「魔物」

 え、焼いて美味しく食べたやつ。もちろん塩味。

「いつも食べてる肉もマリブとかいう魔物だし、米もアハラージャという魔物に寄生して生えるものだ」

「うぇ」

 じい様が知りたくなかった現実を突き付けてくる。

 お高い牛肉だと思ってたし、米も水田育ちかと。だって和牛と日本米の味だった。

「木に生えたキノコなど、魔素が強くて当たって当然だ。気を付けろよ」

「え、なにそれ。よっぽど安全な感じするのに!?」

 大地の恵みが毒なら狩猟生活しかないじゃないか!

 ……ああ、だから塩しかないのか……?


「お前は昔から妙なところで味に煩かったからな」

 じい様が愕然とする私をみて顎をひねる。懐かしい仕草だ。

「このまま帰すのは心配だ。ひとつサービスしてやろう」

「え、なに?あ、調味料?」

 ここに来て肉体の苦痛から開放されたら、あっという間に味付けへの願望が戻ってくる。人間とは浅ましいものだ。

「祖父の愛……『鑑定』スキルを授けよう」

「エッ。やめてやめてじい様のキャラが壊れる」

 じい様の手からふわりと光が生まれて、私の視界の上の方ーー額の辺りに吸い込まれていく。

 百歩譲ってスキルの神様的な立ち位置だとしても、作務衣にビーサンの神様とか逆に嫌だ。

「故人にキャラなど不要。まぁ毒があるかや処理の仕方、元の世界の何の代用になるか、わかるのはその程度だが」

「あっ、めちゃ助かるやつ。ありがとう!」

 じい様アニメとかでいろいろ詳しい。

 今回のキノコのような目に合わないと言うのは大きい。自業自得なのはわかってるから言わないで。

 


「後は……今後のことだな」

 じい様がほんの少し、表情を引き締めた。

 科学の負の側面を語る時に似ている気がした。

「琴音の記憶が戻ったのは、リーリエラの脳がある程度育ったからだ。

 私が言うと祖父の欲目のようでなんだが、琴音の脳は出来がいい。瞬間記憶能力含め、常人とはレベルを逸しておる。

 それを常人の、それも幼児の脳に移し替えるとしたら、危険極まりないことはわかるだろう?」

 目を瞬きながら、頷く。え、私って脳レベルで賢かったの?あまり周りと関わらなかったから、単なる勉強の成果だと思っていた。

「幼児の脳は、要不要なくスポンジ並みに知識を吸収する。だがこれからは、リーリエラの成長と経験に従い能力は精査され取捨選択を経て、今ある記憶も少しずつ失われていくだろう。

 琴音の培ってきたもの全て、は残せない」


 じい様の丸い目がつるりと光る。

 ああ、寂しいな。と、単純にそれだけを思った。

「……じい様も、残らないの」

「……そうさな」

 じい様の顔に苦笑が浮かぶ。

 それで言えば、二十歳だった私より七十過ぎたじい様の方が、培ったものは大きいはずだ。

 じい様に教えてもらったこと、子供みたいに目を輝かせて語っていた姿を思い出す。

 この記憶もいつか、消えてしまうのだろうか。

 寂しさを堪えて、苦笑する。

 じい様の目に、じい様そっくりの笑みを浮かべた琴音わたしが映っていた。


「仕方ないね。死んだんだから」

 隣のじい様に寄りかかると、くたびれた絣の懐かしい肌触りを頰に感じる。

「うむ。仕方ない」

「うん。……だから、頑張って生きるよ」

「いい心がけだな」

 ぐるりと肩を回って、じい様の皺だらけの柔らかな手が頭を撫でる。

 私の一番の理解者だったじい様。

 失敗するのも後悔するのも、うまくいかないのも生きていれば当たり前。

 私が私らしく生きることを、単純に真っ直ぐに肯定してくれた人。



「……さて、部屋着で出てきてしまったことだし、そろそろ戻らんとな」

「うん、でもその格好で来てくれて嬉しい。それを選んだばあちゃんはさすがだね」

「生きてる時はこればかり着て叱られてばっかりだったがな」

 じい様の目が優しく下がり、笑う。

 ふわりと互いの体が浮かび上がって違う方向に引っ張られていく。

 ああ、お別れだ。


「じい様」

「じゃあな、琴音。元気でやれ」

「来てくれてありがとう!気を付けて帰ってね!」


 大声で叫んだ拍子にぽろりと涙がこぼれたけど、思い切り笑って手を振る。

 大事な人との別れは辛い。

 だから、今度は長生きするよ、じい様。

 リーリエラを愛してくれる、優しい人達のために。


 私は額を押さえて、じい様が消えていった彼方を見つめる。

 祖父の愛、確かに受け取ったよ。





✳︎✳︎✳︎




 まだぼんやりと痺れの残る体の感覚。

 ああ、戻ったのか。


 重たいまぶたをなんとか持ち上げ、うすらと霞む視界で辺りを見ると、どうやらリーリエラの自室らしい。

 じわじわと焦点を結ぶ視界の中、窓の位置から差し込む光はない。どうやら夜らしい。

 側で揺らぐ小さなランプの炎。

 体が重くて、ゆっくりと首を回すのがせいぜいだから、それだけ見えた。


 ……いや、待て。

 視力を取り戻した私の目に、ぴたりとくっついて眠る綺麗な顔が映る。

「……る、に、さま……?」

 舌がもつれてうまく呼べなかった名前に、長い睫毛が揺れた。

 誰かが私の手を握っている。ゆっくりと反対を向くと、ベッドサイドの椅子に座ってベッドに頭をもたせかけた、これまた美しい顔。

「……かあ、さま」

 じゃあ、この足の上の重みは……

「ぐぇ」

 渾身の力を込めて足を動かすと、聞き慣れたガオにいさまの情けない呻き声が上がった。


「……エラ?」

 温かな手のひらが、そっと確かめるような私の頬を撫でた。

 ゆっくりと顔の向きが変わって、ルーにいさまのぱっちり開いた目と目が合う。

「ルー、にいさま」

 呼びかける声はかすれてしまったけど、ルーにいさまにはちゃんと届いて、その瞳がみるみる潤んでいくのを見て胸が詰まる。

「エラ!よかった!」

 両手で顔を覆ったルーにいさまの声が、涙で揺れた。

「エラ……?」

「起きたのか!?」

 かあさまと、ガオにいさまが飛び起きて私の顔を覗き込む。

「かあ、さま、ガオ……」

「目が覚めたのね!どれだけ心配したか……っ」

「エラぁぁあ!」

 次々に手のひらが私の頭を撫で、頬を撫で、手を握る。

 ばたばたと部屋の外が騒がしくなり、扉が勢いよく開く。


「エラが目覚めたのか!?」

「あなた!ええ、そう、エラの目が覚めたの!」

「姫様!」

「よかった……!」

 たくさんの人の気配に、まだぼんやりとする頭でも、どれだけ心配をかけてしまったかを思い知る。

「エラ、顔を見せてくれ」

「とう、さま」

 父様の厳しい顔がぐしゃりと歪んで、額への口付けと一緒にぽたぼたと涙が落ちるのを感じて、母様の手を握り返した。

 長生きするどころじゃない。今、この時点でこんなに悲しませてしまった。


「姫様、申し訳ありません!私が目を離したばかりに……っ」

「カテラ……ううん、ちがう……わたし、が、わるい、の」

 たくさんの人が、声をかけてくれる。

 夜中なのに、誰かが伝えたわけでもないのに、みんなが。


「ごめ、なさ……っ」

 あふれる涙で、謝罪の声が詰まる。

「っ、めん、なっ……ごめん、なさっっいぃ……」

 何度も繰り返し、うまく言えなくてまた泣いて、撫でる手に頬を寄せ、降ってくるキスにまた泣きじゃくった。

 たくさんの泣き声が、目覚めを喜ぶ声が、それに重なるのを聞きながら、押し寄せてくる強い眠気に抗えず、ゆっくりと目を閉じる。


「エラ!?」

「意識が戻れば、最悪の事態はないそうだ」

 慌てたルーにいさまを父様が宥める声に、安心して眠りに落ちた。


 鶏ガラはまだ残っているだろうか。

 そんなことをちらりと考えながら。






切り替えの速さ、みたいなのも能力かなと。

次話、時間が飛びます。幼児編はここまで。


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