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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: かないたちばな
王都学園一年目
29/36

王都・契約破棄申請

久々更新…

一話が長くなっていたので今後は短めにしようと思います。


 足早に歩くカジェンデラ前子爵夫人の姿に、王城のメイドは優雅さを損なわない素早い動きで、廊下の端に寄って視線を下げる。

 メイドとはいえ実家の爵位は彼女達の方が上。令嬢達が自分へと向ける目上の者への態度は、カジェンデラ前子爵夫人エリス・カジェンデラの自尊心を少なからず満たしていた。


 だが今はそれどころではない。


「レイド伯爵様。少しよろしくて?」

 政務棟の廊下の先、都合よく現れた目当ての男に、荒らげそうになる声を抑えて呼びかける。

 腹の奥が煮えくりかえるような怒りを覚えてはいても、誰にも賞賛される自らの立ち居振る舞いは忘れてはならない。

 それが前子爵夫人という立場でありながら、王太子の家庭教師に取り立てられた自負と矜持だと、エリスは自らを律する。


「ええ、構いませんよ」

 にこりと微笑む美丈夫は、宰相の筆頭文官であるヴィート・レイド伯爵。

 自分とさほど変わらない年齢のはずなのに、ひどく若々しく美しい造作を忌々しく見上げながら、エリスは辺りを素早く見回す。

 伯爵の侍従らしき書類の束を抱えた人物が、数歩下がった場所に控える他に目立った人影のないことを確認し、もう一歩、彼に向けて詰め寄った。


「ブルームシルクなる布について、なぜわたくしに知らせがなかったのですか?」

 声をひそめながらも批判の色はしっかりとにじませ、受けたばかりの屈辱に内心で歯噛みする。

「おや、お耳の早い。まだ試作段階の品ですのに」

「耳が早いもなにも、先程のお茶会で側妃殿下がそのドレスをお召しでした」

 白々しく青い目を瞠ってみせるヴィート・レイド伯爵に、先程まで参加していた側妃カトレア主催のお茶会の記憶がよみがえる。



『可愛らしい小鳥からの贈り物ですの。ブルームシルクという新しい布地だそうですわ』

 美しく上品な光沢のあるドレスを纏い、何食わぬ顔でそうのたまったカトレア妃。

 明言せずとも出所を冠した贈り物の名称に贈り主を察するは容易く、いくつもの目がこちらを向く。

 エリスが纏うのは暖かみのあるベージュのクトゥンのドレス。第一王子の側近に加わったミンディ子爵家から、挨拶がわりにと贈られた流行のデザイン。

 高位貴族のお茶会であっても見劣りするはずのないその品に向けられる視線が、『ブルームの新製品なのに、なぜ婚約者の側近が着ていないのかしら?』という訝しげなものに変わるのを感じ、素知らぬ顔でやり過ごすしかなかったのが、どれだけ屈辱だったか。



 ヴィートはその言葉に、思わず緩みそうになる頰を抑えて真顔を作る。

 お茶会に配した王の侍女によって、そこでの会話や様子は王の側近らに報告され共有済みだ。女性の集まる場での情報網や影響力は軽視できないと知っているから。

 なので、宰相の懐刀であるヴィートも、なんならエリス本人よりよほど茶会の詳細を知っている。


 例えば、カトレア妃がエラを例えるのに『小鳥』と呼んだその意味を、居並ぶ高位貴族の婦人方がどう捉えたか。

 大空を舞う自由なそれであれば何の含みもないが、この場合に思い浮かべる『小鳥』とは籠の中のそれであり、強者に捕食される象徴。

 つまり、第一王子派に囚われ、食い物にされている可哀想な娘、とエリスをあてこすっているのだ。

 もっとも、我が姪は籠など蹴破る類であるし、派閥の争いなど二の次で、ただ効果的な宣伝のためにカトレア妃に贈っただけだがと、口元を緩めたままエリスを見下ろした。


 『第一王子の婚約者が第二王子の母に贈り物をし、それを高位貴族の茶会で披露した』という事実は、『中立派の立場を貫くブルーム辺境伯家が、第一王子派にあるわけではないことを示した』ということ。

 皆の関心をひく品を手に入れそびれたことに憤る女心を否定はしないが、安泰とは言い難い第一王子陣営を取り仕切る人が、その事態に気づいた素振りもない日和っぷり。

 里帰り中の可愛い姪っ子ならばなんと言葉を返すだろうかと考えると、ただまっすぐ正論をぶつけるだけだろうとすぐに思い浮かんだ。


 即ち『ブルームシルクはブルーム領の産業。その全権限は父である辺境伯にあり、私には試作段階の品をどうこうする権利はありません。第一王子の婚約者とはいえ、ブルーム辺境伯家の忠誠は王家のものですので、妃殿下に献上することは当然のこと』ーーこんな具合に。



「貴族女性を統べる妃殿下へ新商品をお贈りすることに、なにか不思議がありましょうか?」

 意地が悪いと自覚しながら、リーリエラなら触れないだろう女性としての上下を指摘してやると、カッとしたエリスは表情を取り繕うことも忘れて目をつり上げた。

「婚約者たるマーシャル第一王子殿下の元に、報告すらないのはなぜだと聞いているのです!」

 ヴィートは、今度こそ思わずと言ったように目を瞬き、軽薄な仕草で肩をすくめた。

 献上と言いつつ、その対象は王子殿下ではなく自身だ。それはただのたかりであり、どれだけ卑しい行いかすら気付かないとは。


「そりゃあ、また手柄を横取りされてはかなわないからでしょう」

「無礼な……!」

「失礼。明け透けにすぎましたか」

 激昂を受け流すように美しく微笑まれて言葉に詰まる。失礼と詫びながらも一切の訂正がないことを不快に思いつつも、淑女としての佇まいを正した。



 ヴィート・レイドは食えない男。

 二年前の事件を不問にすることで恩を売ったものの、隠居すると言い出した国王陛下と宰相の覚えめでたいこの男は、二人の引き留めに応じたことで、中立の立場を確立した。

 ルートヴィヒ・ブルームと袂を分かち、ブルーム家を憎んでいるこの男を、第一王子派に取り込めたならさぞかし心強かったはずなのに。


「……言葉は正しくお使い下さい。野菜もクトゥンも、王都に流通させるまでに市場を整えたのはこちらです。それを横取りなどと」

「整えようとした矢先に介入し、権利も利益を一切を取り上げておきながら、横取りではないと」

 言葉を遮るように追及され、ぎりっと奥歯を噛み締める。

「貴方も関わっているでしょうっ」

「ミンディ家とガルド家に繋ぎをつけたことなら、返せと言われた借りを返したに過ぎませんし、()()()が整えたと仰った舌の根も乾かぬうちに、他人の伝手を利用したとバラすのは些か」

 みっともないのでは、とは飲み込んで、こちらに責任の一端を押し付けようとする言葉をいなす。


 レイド伯爵家に累が及ばなかったのは国王陛下の自発的な采配であるので、本来なら返す必要などない借りである。

 しかし、販路開拓までブルーム家に押し付けられては堪らないので、貢献と見せかけ、服飾業と農業に力を持つ子爵家を第一王子派に引き込んだのだ。

 まぁそこの嫡男には、礼どころか挨拶すらされなかったが。

 


「代わりに、王家との取引を結んで差し上げたでしょう!マーシャル殿下の温情で、ブルーム辺境領に一任するよう取り計らったのですよ!」

 温情ねぇ、と心の中で呟きながら、ヴィートは洗練された仕草で、慄く口元を手で押さえる。

「……まさかそれは、魔物素材の融通のことを仰っておられる?」

 ようやく思い知ったかと溜飲を下げたエリスが、高慢な様子で眉を上げた。

「ええ、それ以外にあって?武力を誇るなどと野蛮なだけのあの地に、他に利用価値などないでしょうに」


 嘲るというには純粋なまでに見下した瞳でくすりと笑んでから、だがすぐに主君の婚約者である娘を思い返す。

 あれだけは確かに価値がないとは言えない。

 王家の血を継いだ殿下に見劣りしない美しい外見と所作と、同い年の令嬢にも慕われる社交性。

 なにより殿下自身に欲しいと野望を抱かせ、情緒の安定のきっかけとなったこと。

 声をかけてみれば、聡明なマーシャル殿下の価値をわかる者。殿下の独り言のような拙い会話をうまく誘導して殿下の興味を満たし、これまで噛み合わなかった歯車を機能させたこと。


 だが王子の婚約という、栄誉ある申し出を惜しむそぶりすらなくはねつけた、その一点だけで彼女は罪人と成り果てた。

 野菜もクトゥンも、本来そちらから差し出すべきだというのに不遜にもごねたので、その償いにと取り上げてやった。

 その代わりにと、他に役に立つわけでもない魔物素材にわざわざ値段をつけての買取を約束してやったのだ。無論、野菜とクトゥンで得るはずの利益とは比べ物になるまいが、それなりに大きな収益となるのだから。


「魔物素材の取引を破棄されたくなければ、すぐにわたくしにブルームシルクを献上するようにとリーリエラ嬢に伝えなさい!」

 だからこの取引を損ねたいはずはない。そう確信を持って、エリス・カジェンデラはぐんと背筋を伸ばして、傲慢に命じた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 王子にではなく自分に寄越せってホントに何様なんだか···どうみても王子の為ってより王子利用して自分の欲満たしてるよね!ヽ(`Д´)ノプンプン 今年最後の更新ですかね?お疲れ様でした(*^…
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