過去話・魔石を作ろう〜寄り道編
諸々ふんわり設定なのでご了承ください
地理関係、設定変更しました。
広大なブルーム領にある山脈は、それぞれ性質が違う。
隣国との境でもある北東の山脈は、恵みが豊かな魔物の生息地。最北の山々は万年雪が積もる神聖な場所。東には鉱山、特に領の南側は固形燃料である火岩の採れる炭鉱だ。
この世界は火岩が主なエネルギーで、ブルームが国内産出量の六割を占めている。故にブルーム領になにか瑕疵があれば、王家に真っ先に狙われる場所はここだろう。
本日、目指すのは領都の西、鉱山のふもとの工業町ギルタ。
刀作りだけでなく日用品や装飾品など、いくつもの工房が集まっている、小さいながらブルーム領随一のものづくりの町。
石畳の道と赤い煉瓦作りの厳つい建物に、その店の業種を表したいろんな形をした鉄製の看板がぶら下がっているのが可愛い。
街を飛び交う人々の会話は、大声で少し荒っぽいものだけど臆する人はいなくて、むしろテンポのいい気楽な掛け合いがあちこちに飛び交う、活気に溢れて賑やかところだ。
そんなギルタの誇る鍛治工房のひとつ。ブルーム領で一番、つまり王国一の刀匠ボルグ師の工房。
轟々と火岩の燃える炉の前で金属の鳴る音が高く響く。刀匠の大槌が炉で真っ赤に熱した玉鋼を叩くと、火花が散った。
刀匠の真剣な作業を同じような真摯さと熱量で見つめる男衆の逞しい背中を、子守要員に選ばれた若い職人のサフルくんに手を繋がれながらしらっとした目で見守る。
私もかぶりつきで見たいのに、刀匠の親方に『ガキは危ないから近付くな!』と止められたのだ。手が繋がれているのは友好のしるしではなく正に繋ぎだ。
はいはい、どうせガキですよ。
「サフルくんはガキじゃないのに近付けないの?」
領主の娘の扱いに困って立ち尽くしているサフルくんを見上げて尋ねる。成人しているサフルくんも、親方に炉への接近禁止を言い渡されていた一人。
領主の娘の言葉に赤銅色の短髪がびくりとして、慌てて私の前に膝をついた。そんなにビビらんでも。
「俺はまだ見習いになったばっかりなんで」
「そうなの?見習いって学校卒業したくらいから始めるのかと」
辺りを見回すと、同じように炉への接近禁止の成人前の見習い達が数人働いている。
ブルーム領の学校は、入学は王都学園と同じ12歳からだけど、期間は三年間。貴族に限らず騎士も職人も農民も誰でも通える。
そして卒業後は、それぞれの希望する進路に進むのだ。職人や商人の見習いとか、騎士学校とかが多い。
初等教育と高等教育についてはこれからの課題だな。
「親が商人なんで俺もそっちに進もうと思ってたんすけど、性格的に向いてなかったみたいでクビになっちゃって。いい機会なんで、色々やってみようかと……わっ!?」
「なんでも損得勘定で人を見るのが苦痛だったらしいんで、ならウチに来いって親方が連れて来たんですよ」
通りがかった年配の職人さんがそう言って、サフルくんの赤毛をぐしゃぐしゃとかき回す。
「サフルみたいな赤毛には火の神の加護があるんでね」
「火の神の加護?」
「鍛治師に火の色が縁起がいいってだけですよ」
ぐしゃっとなった髪を撫でつけながら、サフルくんは肩をすくめる。鍛治に縁があるって言われて嬉しそうじゃないところを見ると、どうしてもこの仕事がしたいって訳じゃないみたいだな。
でも丁度よく、話が聞けそうな人が来た!
職人さんから浄化器官の鍛錬、即ち浄化器官入りの玉鋼を作ることに意見が欲しい。事情を説明して助言を求めると、目を瞬いたゴッタさんとサフルくんが顔を見合わせて眉を顰める。
「想像もつかねぇことを言い出す姫さんだな。鉄ってのは自然の恵みだ。それを作り出そうなんざ、突拍子もなくて助言もなにもないさ」
「え?」
うわ、びっくりした。琴音が急にぐいっと身を乗り出してきたような感じ。
「自然の恵みって……製鉄はするでしょう?採掘した鉄鉱石と石灰石なんかを溶鉱炉で」
「なんのことだ?鉄は鉄、鋼は鋼。そのまんまで採掘される」
そんなわけ、と琴音が疑いながら、指さされた鉄の塊を鑑定する。
『鉄の塊 ★★★』
琴音がじっとりとした目で睨むと追加情報が出る。
『鉄鉱石と石灰岩などの鉱物が火岩による超加熱で還元反応を起こし、銑鉄となったもの』
「製鉄の手順はそのままに加工が不要……だと?」
愕然と呟く琴音。
勝手にできるなら便利だと思うんだけど、だめなのかな?
「元の形が鉄鉱石なのは変わらないでしょ!そんなまぐれ任せにしてたら、その内掘り尽くしちゃうよ!?鉄は再利用できる資源なのに!」
「再利用?どういうことだ?」
そしてゴッタさんが食いついた。
どうも琴音の言う通り、鉄の採掘量が減っているらしい。
「採掘量が?そんな報告は受けていないが」
そうなると刀工に釘付けだった父様や兄様達も、それどころじゃないとこちらにやってくる。
「減ってるって言っても今の採掘場所の話であって、全体的に掘り尽くしたわけじゃないんでさ!」
大事になって慌てて否定したゴッタさんの話では、町の鉱夫さんが最近純度の高い鉄が見つかりにくいとぼやいていたらしい。
純度の低いものや、それこそ鉄鉱石なんかはゴロゴロ採れるらしいが、製鉄という手段がないため、それはただの屑として鉱山に捨ておかれていると。
数年すれば、それも自然に精錬されるのかもしれないけど、つまり自然に精錬される量と需要が合わないってことだ。
それは確かに、まぐれ任せにしてる場合じゃないな。
資源の確保や製鉄の説明を琴音に任せて、なんとなく偉い人達から追いやられる形になったサフルくんに目をやる。と言っても今は身体の主体が琴音なので、私の意識を向けるというのが正しいのかな。
どうしていいかわからずオロオロしているのが丸わかりのサフルくんは、確かに商人には向かないかもしれない。いつでも足元掬えちゃいそう。
本人は火の加護なんて縁起の話って言ってたけど、燃えるような赤毛なだけでなく瞳も炎の色だ。
私の紫目も縁起物なので、勝手に仲間意識を感じてしまう。
その後、急遽鉱山の視察に行くことが決まった。鑑定結果で、採掘された鉄が自然環境化で精錬されていることは証明されている。
実際に鉱山に必要な材料が揃っていることを確認し、それらを採取。今日は一泊して、明日試験的に製鉄を行う。溶鉱炉は鋳造用のものを使う。なんでも、鍛造より鋳造の方が高温になるそうだ。
環境や設備は整っていると思う、と琴音。
とはいえ、本や情報を一度見たら覚えられるという琴音でも、さすがになんでも見たことがあるってわけではないし、そもそもこの世界とはことわりが違う可能性もあるそうだ。
だけどそこはこちらの世界のやり方を研究すればいい話だし、結果まで琴音が背負う必要はないと思う。
そういう技術があるって情報だけでお釣りがくるよ。
鉱山の視察には、期待しながらも半信半疑、胡散臭そうな顔をしているボルグ師とゴッタさんが同行してくれる。ボルグ師は鍛治職代表、ゴッタさんは鉱夫さんとの顔繋ぎ役だ。
ところで、早朝に出発し、徒歩で街を視察した後、早めに昼食をとってからの刀工見学からの、馬車にコトコト揺られている今は既に昼過ぎ。
つまり、活動限界だ。
いやいや、ここで退場はマズイ。なんせこれから始まるのは琴音が我を忘れる実験タイムだ。
いくら家族に、琴音由来の知識をさすが女神に愛されるウチの子マジ天使と認識されているにしても、誤魔化せないほどに暴走するに違いな……
「エラ、眠いのか?兄様が抱っこしてやろうな」
必死に目を開けていたというのに、ルー兄様がひょいっと膝上抱っこして、背中ぽんぽんで寝かしつけようとしてきた。
「にぃさま、やめてぇ……ねむっちゃう」
ほとんど白目でゆらゆらしながら抗議すると、安定感ありすぎの胸板でぎゅっと抱きしめられた。
「着いたら起こしてやるから」
「うう……」
鉱山までは馬車で二十分ぐらいって言ってましたよ?そんな効率的っていう短時間の昼寝で私の睡眠欲が払拭されるとでも思ってぐぅ。
目が覚めると、真っ暗な部屋のベッドに寝かされていた。
「ほぉら、寝過ごした」
フッ、と口端を上げて呟く。
「大丈夫だよ、私が起きてたから」
琴音の意識がうーんと伸びをしながら言った。
どうやら、ここはギルタの宿の一室で、今はもう真夜中らしい。
慣れない視察で疲れたんだね、と琴音が笑って、寝ていた間のことを話してくれた。
鉱山に着いて起きたのは琴音。
父様とルー兄様が鉱山の責任者と話をしている間に、一足先にガオ兄様、ボルグ師、ゴッタさんとで現場に向かい鉱山をこっそり『鑑定』。
鉄ができている環境が同一であることをボルグ師にも目視の範囲で確認してもらい、採掘できるものを一通り持って帰って来たそうだ。
そして、琴音とボルグ師が溢れるパッションのままに帰ってきて精錬の実験を行い、成功。え、早い。
しかも純度は天然の精錬より上で、原料の無駄も少ない。
すぐさま製鉄事業を起こすことになり、偉い大人の話し合いで関わる人員の選出をギルタ側に指示し、父様とガオ兄様は領都に戻って急ぎ話を詰めることになった。今まとめている来期予算に関わるらしいので超急ぎで帰って行ったらしい。
え、でもなんでルー兄様じゃなくてガオ兄様と一緒なんだろ?予算とか新事業ならルー兄様担当じゃ。
「それはね、まだエラがなにかやらかすだろうからだよ。ガオ兄様じゃ手に負えないって判断だよ」
「心外!やらかすのは琴音でしょ!」
「失礼な!私はやらかさないよ!」
「なにか始めるのは琴音でしょ!」
「どっちにしても見た目はエラでしょ!」
うぐ。ちなみに今も見た目は一人芝居だわ。
製鉄に時間を取られて目的が果たせてないので、もう一日残ることにしたらしい。保護者というならルー兄様も未成年だけど、父様付きの成人している護衛が残ってくれた。
「明日はいよいよ実験だよ!」
琴音が嬉しそうに笑った。




