過去話・魔石を作ろう〜考察編
過去話です
事の起こりは、ブルーム野菜の大量生産の方法を模索していた五年ほど前、私が8歳ーー琴音とリーリエラの意識が同時に存在し、尚且つ別々の意識として別れ始めた頃だ。
試しにと始めた野菜作りがうまくいき、ではこれをブルームの特産にするために範囲を広げてみよう!となった。
だけど、鑑定を使って浄化器官の交換時期を確認できるのは私だけ。広げるなら当然、誰にでも判断できるようにしなければいけない。
浄化器官は臓物ではないけどナマモノなので、土に埋めてしばらくすると当然腐る。腐るとそれまで取り込んでいた魔素の毒は、再び土に戻り作物を汚染する。
なので、こまめに交換しなくてはいけないのだが、多くの農地で消費するとなると膨大な量になる。
となると魔物をたくさん狩らなくてはならなくて、数が減ると取り合いになって値段も上がってしまう。そして、儲かるならと魔物を狩る人が増えるという悪循環に陥るらしい。
琴音の世界では、そういうふうに人間の都合で絶滅してしまった生き物がたくさんいたらしい。
この世界でも農地を浄化するのにワームを人為的に増やしたことで、農地以外の土地まで食い荒らす被害も出ていた。
故に琴音の懸念はすんなりと受け入れられた。毛皮に代わるフェイクファーの開発も然り。
そこで琴音が考えたのが、『浄化器官のリユース化』ーーつまり、浄化器官を繰り返し使用できるように加工することだった。
要は、ナマモノを腐らないようにするってことだ。
冷やす、凍らすのは農作物に影響が出るからダメだろう。溶けるし。
ならば乾燥、と天日干ししてカピカピになった浄化器官を地面に埋めてみると、土の水分で戻された。普通に腐って失敗。
そもそもの無毒化もごく弱くなってしまった。
ならば土に埋めても腐らず、復元しない物……『化石』はどうだろう?
植物の樹脂が化石になった琥珀の中に閉じ込められた虫や葉っぱなんかは、太古のままの状態を保つそうだ。
だったら、化石ができる条件下で変質させれば、浄化器官の機能も保てるのではないだろうか?
琴音の記憶によると、骨などの硬い物、条件が良ければ羽毛なども化石になるそうだ。
土や火山灰などの中に埋まったそれらが、周りの鉱物の成分がじわじわ染み込んで元の組織に置き換わり、化石……つまり鉱物になる。
何千、何万年もかけて。
更に圧力をかけるとより硬くなって長持ちすると誦じたところで、『いや時間かかりすぎだから!』と気付いた琴音ががっくりと崩れ落ちたのをつい昨日のことのように思い出す。
秒で立ち直って『いや!なんとかして化石を作ってみせる!』とどっかに引っ込んで、この時初めて琴音の意識がリーリエラの意識と別行動をしたんだ。
しっかりしていて賢い琴音だけど、時々そうやって目的を見失って夢中になることもあった。
曰く、『科学とロマンは表裏一体』なのだそう。
わかるよーな、わからんよーな。
わからないといえば。
残されたリーリエラ8歳の意識は、残された大量の情報と思考をほったらかしてルー兄様のお膝抱っこで小休止。
「ルー兄様、圧力をかけるってどういうことですか?」
「うーん。力を押し付ける……こう、ぎゅーっとするってことかな」
「きゃあ。ギブ、ギブぅ」
「ははは」
ちなみにこの時、ルートヴィヒ兄様は19歳で第一次優しい終末期。この半年ほど後に家出する。
まだ思考から帰ってこない琴音を待ちきれず、思いついたままに行動する。
つまり、ハンマーをえいやと振り下ろした。
認めよう、力のかけ方を間違えたと。
浄化器官は無惨にもぐちゃっと潰れて飛び散った。カテラの悲鳴に駆けつけた父様と母様が怪しげな肉片の(肉ではないけど)飛び散った部屋と私を見て驚き、すごく怒られた。
一人で罰掃除しながら、次の手を考える。
ぎゅーっとする、ぎゅーっと……。
そうだ、力の強い騎士達にぎゅーっとしてもらうのはどうだろう。
訓練の邪魔をしたらまた怒られるので休憩時間になるのを待ち、籠に入ったぬらぬら光る浄化器官を眺めてふと思った。
え、これぎゅってするの?せめて何かで包まない?
辺りを見回すと、真っ黒な板がたくさん置いてある。これは竹炭でできた板で、消臭マットとして更衣室に敷いて使っている。
ブルーム領の竹は直径二メートルぐらいあって柔らかく、のしておけば平たくなる。
未使用の新しいそれを二枚借りてきて、間にいくつかの浄化器官を挟んで縄でぐるぐると巻く。これならぎゅっとしやすいだろう。
「エラ、どうした?なにか作るのに忙しいのでは?」
「父様、これを思いっきりぎゅってしてください!」
「おお、いいぞ!」
しばらくして休憩にきた父様にお願いすると、喜んで手伝ってくれた。逞しい胸板にあてがい、いつものハグのように二本の腕で包み込む。
「ぎゅっ」
可愛らしい擬音とともに、浄化器官は竹炭マットと一緒に粉砕された。真っ二つとかじゃない。粉砕だ。粉々になって舞い散った。
しかもバキッとかじゃない。ぼひゅっという謎の破壊音がした。
怯えた私が、しばらく父様のハグを拒否したことは仕方ないと思う。
さあ、次だ。
琴音は鉱物の成分が染み込むって言っていた。
染み込む……しみこむ……思い浮かべていると、味がしみて美味しい煮物は弱火でじっくり煮込むのがポイントだという、料理長の声がお告げのように閃いた。
それだ。
浄化器官を水で煮込んでみた。鉱物の成分というのがよくわからないけど、石みたいにするのだからと石を一緒に入れてみる。
数十分後、浄化器官こ中の魔素が溶け出して、からっぽの浄化器官と毒液ができた。石は特に変化なしだったので取り出すと、鍋の中の液体が急にぶわっと溢れてきた。
びっくりして鍋をひっくり返す大惨事が起きたのだけど、近くに置いていた予備の浄化器官にうまくかかり、毒液の魔素を無害化してくれた。
一同ホッと胸を撫で下ろしました。
突沸、というらしく、たまたま入れた石が多孔質の石だったので突沸を防いでいた、というのは後から琴音から聞いた話。
それはさておき不思議なことに、浄化器官はたっぷり煮込んでも熱くならなかった。更に煮えたり見た目に変わったりもしない。
もしかして、すごく熱に強い?
そこで、琴音がすごいすごいと興奮しながら戻ってくる。
曰く、浄化器官って重さとか魔物の種類とかで吸収の限界量が決まってると思うんだけど、生きてる時に魔物が摂取する食事と魔素量はそれぞれ違うため、今までは正確なデータがとれなかった。
けど加熱したり他の浄化器官を使って貯まってる分をゼロにする方法がわかったから、限界量のデータがとれる。鑑定を使わなくても交換する目安がわかるようになったと。
目標は『浄化器官を繰り返し使える加工』だけど、その目安がわかれば他の畑にも使うことができると言う。
あと、細切れになっても粉々になっても吸収した毒が出てこなかったので、広げても問題なさそうだと。
浄化器官を使った畑の無毒化計画の最低ラインに到達したってことらしい。
ちなみに父様が粉砕した竹炭と浄化器官の混ざったものは、鑑定したら魔素あたりの特効薬になっていた。まぁこの世界の人、危機意識が強くて魔素食べないけど。
それから琴音が手動の真空ポンプというものを作って、高圧で水分を飛ばす方法を試したけど、これはうまくいかなかった。
真空にするのは常温で沸騰させるためだから、加熱したのと同じ結果なのは想定内、だそうだ。
凍らせる方法があれば凍らせて真空にすると、フリーズドライという食材を長持ちさせて軽くする技術に繋がるらしい。お湯をかければ元に戻るそうだから、遠征の食糧に便利かもしれない。
ブルーム領の北端の山端には氷室があると言うと、まずは実験に行きたいと琴音が喜ぶ。うまくいったら加工するための設備を山の方に作ればいいかも。
その場合の問題は、大量生産と運搬方法。
ブルーム領には足漕ぎ式の戦車もあるけど、動力は基本的に馬や牛だ。足漕ぎの荷馬車となると漕ぐ人がたくさんいるだろうから、たくさんは積めないだろう。
騎士に荷車引かせる方が確実かもしれない。みんな喜んでやりそうだなと考えていたら、琴音が笑った。
「タンパク質の構造変化……でも加熱しても凝固しない、安定性が高いタンパク質……」
ああ、また琴音が難しいことを考えてる。
ごめん、そろそろお昼寝したいと琴音に告げても聞こえていないみたい。
「とはいえ、超高熱ならさすがに……?」
カテラがぶつぶついってる私の体を抱っこして、部屋に運んでくれたので、実験用のエプロンドレスを脱いでワンピースの形をした寝間着を頭からかぶってベッドに入った。
琴音はまだ思考に耽っているが、私は眠い。むしろ琴音の思考が深まるにつれ、どんどん意識が薄くなっていく。
おやすみなさーい……
「そうだ!」
寝ていたのに何故か自分の声で目が覚めた。
いや、違う。琴音だ。起きててなにか考えていたらしい。
「鍛錬だよ、エラ!刀を打つみたいにするの、試してみたい!」
いつもは頭の中だけで話し合うのに、興奮で琴音の大声が響き渡る。うう、眠い……。
刀なら刀工の工房があると答えると、琴音の意識が歓喜に包まれた。
欠伸しながら昼寝から目覚めると、翌日の午後、父様が執務の合間に刀工の工房に連れて行ってくれることになっていた。
早い。琴音の勢いがすごかったんだろうなぁ。
ルー兄様とガオ兄様も一緒だそうだ。ブルームの誇る産業なので機会があれば是非とも行ってみたかったとのこと。
この世界の武器は大量生産ができる鋳造が一般的で、鍛錬して作る技術は辺境領ぐらいにしか残ってないという。
そうなんだ。普通にみんな使ってるから、そんなに貴重だと思わなかった。
なんせ内乱は百年近く起こっていなくて、強い魔物があちこちにいるわけではない。外国とのいざこざは辺境領任せ。そりゃあ国の軍事予算は減るよね。
各領地が私兵を抱えていたり、護衛をメインに活動している傭兵集団はあるが、人間相手なら鋳造した剣を使い捨てにする方がコスパと使い勝手がいいらしい。
母様は留守番だけど、みんなとのお出かけにうきうきしていると、急に琴音が「あれ……?」って声を上げた。
「冷静に考えたら、浄化器官は鉱物じゃないし火を入れて叩いても変わらないか」
うん?
「だよね。鉱物化しようって段階だったもんね。まずそこをクリアしてからだったわ。
あちゃーちょっと先走っちゃった。ごめんねエラ今日は別の実験しようか」
いや、切り替えられても、もう向かう準備終わってるから。
なにより男衆の盛り上がりがえらいことになっているから、今更視察中止とか言えないよ!?
「エラ姫様、その籠は荷馬車に積まなくていいのですか?」
「あ、お願い」
ええー、出かけないで家で実験しようよ。
うってかわってお出かけに不満げな琴音をスルーして、手に持っていた籠をカテラに渡す。
実験中の琴音はなかなかワガママだ。なんだか駄々こねる妹を宥めるお姉さんの気分になっちゃうのは、末っ子の憧れ的なやつなのか。いつも宥められている方なのは認めたくないものだな。
手に持っていた籠の中には、とりあえず実験でできたものを全て詰め込んでいる。
煮込んだ浄化器官と、抽出した毒液から魔素毒を抜いた魔素汁(仮)。真空ポンプと、圧をかけた浄化器官。
それと、父様が破砕した竹炭と浄化器官の混ざった粉……と、思い返していたところでふと思う。
『魔素あたりの特効薬』ということは、粉砕されても魔素毒を吸収するという特性はそのままだということだ。
竹炭、つまり炭素が含まれていて浄化器官と同じく魔素毒を吸うこの粉を、こうなんかぎゅっとして固めたりとかして、琴音の言う『鍛錬』をすれば……?
「人工ダイヤモンド!たたら製鉄!」
黙って私の思考を聞いていた琴音が叫ぶ。
また難しそうなことを言い出した……。
「竹炭だから炭素だ!刀を作るなら玉鋼を作れるはずで、鋼の精製をしているはず。高温で砂鉄から純度の高い鋼を作る……真空超高圧……」
うん、よくわかんないけど、予定通り刀工さんに会いに行くのでいいんだよね?と問いかけると、全力で頷く琴音にいろんな意味でため息を吐き、竹炭マットを何枚か荷物に追加するようにカテラに頼んだ。




