週末・ブルーム辺境伯邸にて
すいません、長いです。8,000字↑
「帰ったか!エラぁぁぁぁーーーー!」
「いま迎えに行くぞぉぉぉーーーー!」
到着したブルーム領の輸送基地でびゃっきーを撫でて労っていると、ホームに続く階段を凄まじい勢いで駆け降りてくる足音と地上からの連絡管から絶叫が響いた。びゃっきーが迷惑そうに耳を伏せる。
どうやら到着の知らせを号令に、父様と兄様による螺旋階段駆け下り競争が始まったようだ。うん、ここは地下五十メートル。
先に着いた人だけがおかえりのハグができるそうだ。そう父様が叫んでるのを聞いて、少しだけ遠くを見つめる。愛されてるのありがたいね。
到着の知らせというのは、特殊な魔石を使った仕組みだ。背中に瘤を持つ魔物から作る魔石はいくつかの塊がくっついたような形で、ひとつずつ綺麗に割ることができる。そのひとつに純度の高い魔素が触れると、残りの欠片も連動して光るのだ。
地下通路の数箇所にその欠片のひとつを埋めてあり、残りをブルーム領とレイド家等が持っている。
埋めてある場所を白虎が通過すると、光って知らせる仕組み。
「びゃっきー、ご飯食べてくよね?」
「ぐわぁう」
半日走ってくれたびゃっきーから雪橇を外してお家にお誘いすると、嬉しそうに一声鳴く。みるみる縮んで小型犬サイズになったびゃっきーを前向きに抱き上げ、ぶらんぶらん揺れるもふもふの下半身を楽しみながら階段の方に向かった。私は昇降機で上がるけどな。
寒いところに住んでいる白虎は、春のブルーム領の気候には合わないけど、このサイズなら保冷箱の中でもくつろげるだろう。
コンテナの荷物は輸送担当の人達に任せて、カテラと共に階段を下から見上げると、遥か上方からでっかい図体で軽快に階段を駆け降りてくる二人の姿が見えてきた。
うん、氷点下の世界でタンクトップ姿の父様とガオ兄様から噴き出た汗が瞬間で凍結し、照明が乱反射してキラキラと輝いている。季節感がおかしくなる……いや、今は春だった。もう既におかしいや。
濃い塩水は氷点下でもそう簡単には凍らないはずという琴音の言葉を思い返していると、螺旋階段の中央、昇降機のための空間をひらりと長身の影が降りてきた。
え。今、飛び降り……?
目を丸くする私の前にふわりと音もなく着地したのは、背中から漆黒の翼が生えた長身に黒のロングコートを纏ったルー兄様。胸まで伸びた前髪を、何事もなかったように首を振って後ろにさらっと流す流麗な仕草。
「エラ。無事の到着、なにより」
麗しい造作の薄い唇が弧を描く。離れていたのは十日ほどだというのに、ぎゅっと胸が締め付けられるほどに恋しかったことに気付いた。
「白虎の長よ、感謝する」
「ゴルゥア」
言葉の出ない私に首を傾げつつ、ルー兄様が私に抱かれるびゃっきーに視線を合わせて騎士の礼をとる。そして喉を逸らして撫でろと要求するびゃっきーに応えて優しい手つきでモフりだす。
あ、ズルい、と思ったところではっと我に返った。
「ただいま戻りました、ルー兄様」
「ああ。おかえり」
二年前から優しさを取り戻したルー兄様にいつものようにハグを求めかけて……躊躇う。再度首を傾げるルー兄様の胸に、慌てて額を押し付けた。
「……エラ?」
なぜだか甘く聞こえるルー兄様の呼ぶ声に、ばっと顔を上げてハグを躊躇った原因を指さした。
「兄様、羽生えてます!?」
「先日、大鴉をテイムしてな。試してみた」
黒一色のコートをよく見ると、肩の後ろに大きな蝙蝠に似た魔物がしがみついている。
「……鴉?」
「クロと名付けた」
「いえ、名ではなく……鴉?」
思わずルー兄様の肩越しに覗き込むようにして、クロと目を合わせた。大きな耳にくしゃっと潰れたような小さな顔、つぶらな瞳に鋭い牙。……カラス……ではない。やはり見た目はコウモリだ。
とはいえ、私の知識は琴音のそれが混ざってこちらのそれとは違うことが多い。鑑定を使うまでもない。ルー兄様が鴉と言うなら鴉だ。ていうか、クロだ。
「おかえり、エラ!カテラもお疲れ様」
「ただいま帰りました、父様。ガオ兄様」
「おかえり!エラ、二年ぶりの王都はどうだ?」
追いついてきた父様とガオ兄様は少し息を乱しているぐらいで平然としている。恐ろしい体力。一礼したカテラもさすがに引いている。
勝負は父様が勝ったみたいだけど、二人に平等にハグをした。だって甘えたいんだもん。
22歳になったガオ兄様のお嫁さんは見つからないけど、当主が元気いっぱいでブルーム領は安泰です。
◆
「思った以上に面倒なのねぇ……」
母様がほうっと淑女らしく優雅にため息をつく。
大きめの保冷箱に入って、マリブの骨つき肉をうにゃうにゃ言いながら食べるびゃっきー(小)を横目に見ながら、こくこくと頷き、散々愚痴って渇いた喉を潤す。
昼下がりのティータイム。
サンルームの大きなソファに父様と母様に挟まれて座る私は、飲み終えたカップをテーブルに置いて二人の腕に腕を絡めて存分に甘える。
ああ鋼の筋肉と甘い香りのサンドイッチ落ち着く。
「エラがここまで甘えるのは珍しいなぁ。ヴィートは甘やかしてくれんのか?」
「人目がなければそこそこは。でも叔父様は細身ですから」
「そうよね。物足りないわよね」
分厚い手のひらで頭をがしがし撫でられ、がくがく揺れながら答えると、父様の手の経穴をズガッとひと衝きして止めた母様がため息と共に同意してくれる。
「しかし、まだ一週間だろう。それなのにそこまでエラに精神的負担をかけるとは」
「まだ一週間だからこそ、じゃない?殿下も側近の子達も、これからしっかりするだろうし」
ルー兄様がこめかみを押さえて穏やかでない表情をしている隣で、ガオ兄様はとりなすように眉を下げて笑う。悩みの吹き飛ぶ、脳天……明るい笑顔だ。美徳である。
「あとはサフィアとかいう子か。今更エラの悪いデマ話を吹き込まれたところで、この二年間それなりに信頼を築いてきたんだろう?」
「とはいえ、吹き込む相手が養祖母で後見人で上司で指導役なのでは、文通のみの交流では敵わないのではなくて?」
母様がどこかひんやりとした眼差しで言う。人間関係でなにかあったのかな。
「入学式の朝までは好意的だったのですよ。プレゼントしたシルクのリボンも嬉しそうに受け取ってくださったし。様子が変わったのはその後で……」
学園の校舎を見た時。あの時から所作が乱れて、様子がおかしくなったと告げると、皆も不思議そうにする中、ガオ兄様がぱっと顔を輝かせた。
「もしかして、制服姿の殿下に恋に落ちて、婚約者のエラに嫉妬したんじゃじゃないか?制服男子は魅力三倍増って言うし!」
「増しすぎだろう。どこの統計だ、それは…………メイド長、俺の学生時代の制服はまだとってあるか?」
「着るの?三倍増したいの?それ以上増されると俺が困るんだけど」
普段着ている騎士服が既に制服じゃないだろうかと思いながら、お見合い相手が四人続けてルー兄様に一目惚れした過去を持つガオ兄様の涙目に、場が沈黙に包まれた。
「……サフィア嬢のあれは、恋などではありませんよ。身分や立場への嫉妬というのは、否定できませんけど」
何事もなかったように話を続けて、気まずい空気を誤魔化すように首を傾げると、一番それにのっかりたいだろうガオ兄様が少し大袈裟に不満の声を上げる。
「ええー?なんで言い切れんの?」
ガオ兄様って意外と恋の話とか好きなんだろうか。恋愛結婚は諦めてるって公言してるのに。ないものねだり?
「マーシャル殿下とサフィア嬢が一緒にいても、瞳孔も開かないし、心拍数も体温も変化しないもの」
「うん?」
「自覚したばかりの好意を向ける人が側にいて、ドキドキせずに平常心なんて、ありえなくないですか?寧ろサフィア嬢はユージーン様の方がお気に入りなのではないかしら」
ユージーン様は言動が軽薄で、よく女子と話しているところを見かける。それは捉え方を変えるととっつきやすいとも言えるし、サフィア嬢も話しかけられて嬉しそうにしていると思う。
「成る程。さすがの洞察力だな」
「恋バナなのに理論的すぎて悲しい……エラはちゃんと同級生ときゃっきゃできてるの」
「当たり前じゃないですか。女の子はみんなお花で可愛くて楽しいです」
「やだ妹がイケメン」
「これはガオよりモテるわね……」
「ガオ、エラに弟子入りすればよくないか」
「両親が酷い」
両手で顔を覆って泣き真似をするガオ兄様のために、女心のレクチャーの準備をしておこうと決心する。妹が王族入りする家の次期当主とは言え、結婚相手との間に愛情があるにこしたことはない。見た目は十分格好いいのだから。
ただルー兄様と比べられがちなのと、王都の淑女はムキムキの筋肉美に拒否感を持つ方が多いというだけで。
まぁどうしようもなければ、ブルーム家の親戚筋とかもあるしね。お嬢さんも筋肉量多めだけど。
「サフィア嬢や側近の至らない部分は、教育でこれからだとしても」
「問題は殿下か」
それはそうだ。なんせ、国で一番尊い家のお子様。
教育が足りていないというのは失態でしかなく、言い訳にもならない。そしてカトレア様に仄めかされたように、私が素知らぬ顔をするわけにはいかない部分だ。
「殿下からは側近の紹介もされてないんですよね、実は」
ぽろりとこぼすと、さすがに皆が目を丸くする。
「普通、顔合わせをするだろう」
「共に政務に当たる際はどうするつもりなんだ」
「聡明な子供だと思ったが、どうやら客観的な視点に欠けるようだな」
男性陣の非難に母様が額を覆うように手を当てる。
「普通も教わらなければわからないものよ。
御母堂が儚くなられたとはいえ、常識を教えてフォローするのは教育係の最低限の役目だわ。いくら子爵位でもそのくらいはわかるはずなのに」
「まったくだ、王が夫人の不足を咎めないのであれば、それはエラと我が辺境伯家に対する怠慢だ」
父様の目に怒りが宿って、部屋の空気がビリビリと尖る。
マダム・カジェンデラの……過失であれば尚更タチが悪く、単なる力不足だとその程度の人材しか側に置いていない王家に対し、ブルーム家への誠意ない態度に憤りを感じ得ない。ブルーム辺境伯家当主夫妻にそう判断させざるを得ない現状に溜息をつく。そのくらいマダムの行動は非常識で、それを見逃す王家の意志を疑うものだ。
「エラを蔑ろにするのも王家の意志、というわけか」
「私を、という訳ではないのかもしれません」
マダムは大人でも自分より爵位が上の人を入れたくないのでは、というカトレア様の見解を伝えると、皆が呆れたり憮然としたりと忙しい。
「上も何も、子爵では上の方が多いじゃないか」
「夫人はなにか溢れる才能や図抜けた知性でも持ち合わせているのか?」
「さぁ……。二年前ですが、自分のことを殿下の母も同じと言ってましたし、プライドが高いのは間違いないです。けど、私の殿下に対する助言はすんなりと受け入れられましたが」
二年前のことは正直琴音にお任せのところが多くて記憶はあまり定かではないのだけど……
「思えば、王家の権威を否定した時から敵意を向けられたかもしれません」
ルー兄様に冤罪をかけられてキレた時、あれは私の意識だったから覚えている。
あ、王家の立場の人に王家貶めたって、やらかしてるわ私。
「やはり俺も王都に」
顔色を悪くしたルー兄様が慌てたように立ち上がるが、母様が即座にそれを制した。
「ルーまでブルームを離れては、誰に足元を掬われるかわからないわ。エラの帰る場所を失くすつもりなの?」
母様の言葉にルー兄様が拳を握り、もどかしげに私を見る。どこか熱のこもる眼差しにどきりとした。
父様が立ち上がり、ルー兄様の肩に手をかける。宥めるようにぽんぽんとたたき、頭を下げた。思わず目を瞠る。
「すまん。お前はこの地の頭脳だ。今はお前とエラの生み出したあれこれの影響が大きすぎて、この地を手薄にするわけにはいかん。ーー今はまだ」
「……今は?」
「辺境の守護者として王家に忠誠を誓う気持ちに変わりはないが、言いなりになるだけが忠臣とは思わん」
「離反も辞さない、と?」
「エラを求めたのはあちらの政略だ。それ相応の扱いをするべきを果たさないというなら、契約などいつでも無効にしてやる」
「父様!?」
納得したように頷きソファに座り直すルー兄様と、父様の大きな背中を交互に見やりながら困惑する私に、ガオ兄様が強い光を宿した瞳を向けてきた。いつにない兄様の迫力に息を呑む。
「リーリエラ。これだけは言っておく」
母様が優しく私の背に添えた手の温もりに、あわてて詰めていた息を吐く。
父様とルー兄様の真剣な眼差しも注がれて、これからの言葉がブルーム本家の総意であることを識り、背中を伸ばした。
「エラの目的はブルーム家を守ることなのだろうが、俺たちは違う。
俺たちの目的は、エラを取り戻すことだ」
ガオ兄様の言葉に目を瞠った。
頭も感情も真っ白になった後、じわじわと色が戻りだす。
胸が詰まったように苦しくなり、熱を持った息を吐くと母様が背中から抱きしめてくれる。
私一人が我慢すれば全てうまくいくなんて、いつの間にこんなに思い上がっていたんだろう。
家族皆が悔しい思いをして、私のために怒ってくれていて、一番大事なのは物を優先するフリで諦めた私自身のことを、諦めないでいてくれた。
言葉の出ない私に、ガオ兄様がいつものように能天気な顔で笑う。
「まぁ、エラが心からマーシャル殿下を慕ってるのなら話は別だけどな!」
「……今は何とも」
ここで恋バナに持っていくのか。じとりとした目で見ると、揶揄う気を隠さない顔で嘯いてくる。
「エラは面食いだから、どうなるかなー」
「面食いなのとルー兄様が理想なのは別次元の話ですよ?」
「っ、エラ、今のもう一度……」
「俺の見合いも、あからさまに王家との繋がりを求める家からのは断るように仕向けてる。別に俺がモテないわけじゃないからな!?」
「仕向けてるって言っても、ルーを見せて一目惚れさせる手が百発百中よ?」
「ガオがモテてないのは否定できないな」
「生産者が本気で酷い!!」
「エラ、もう一度……」
「ルー兄様は理想の兄様です」
わいわいとひとしきり騒いで皆で笑った後、立ったままでいた父様が私の前にしゃがみ込んだ。
厳つい顔に浮かぶ優しい笑みと、頰を撫でる分厚い手のひらに目を細める。
「ブルーム家の立場や面子は気にしなくていい。
お前の献身と、お前の扱いが目に余るところは周囲に見せつけておけ。やつらの無能さを思い知らせるのに丁度いいからな」
「はい!」
大きく頷く私をもう一度撫で、再び立ち上がった父様が大きく皆を見回す。
「守秘契約で縛っているとは言え、魔石やテイム、雪橇については今後もしばらく、我が手の届かない範囲に広げるつもりはない。
魔石の効果はまだまだ未知数だし、思いがけないことに使われてからでは遅い。無論、過剰に濫用もしない。
勝手に地下通路を作った領地には申し訳ないが、適当な理由をつけて取引を優遇していこう。
維持にもそれなりにコストがかかるし環境保全の懸念もある。未来のことを考えると、魔石頼りになりすぎるのもいけない。
そもそもテイムしたとはいえ生き物だから、きまぐれだしなぁ」
「ミャウ」
父様の言葉に、ゴロゴロと喉を鳴らしたびゃっきーが応える。サイズが小さい時は声も可愛い。
地下通路はたまに貨物の運搬には使うけど、基本的には私の里帰りのためのものなのだ。
「実際にはブルーム家は中立だ。表立ってマーシャル殿下を支持することはない。だが、エラを護ることに力は惜しまない。これが、ブルームの総意だ。忘れるなよ!」
◆
「ルー兄様」
夕飯まで一旦解散することになったので、ルー兄様を呼び止める。
食事と昼寝を終えたびゃっきーを地下通路に送って行くのに、クロの力を借りたいと思ったのだ。
鷹揚に頷いた兄様が、耳元で声をひそめる。
「丁度よかった、二人で話したい」
びゃっきーを抱き、ルー兄様と並んで歩く。
少し前から成長期がきて、兄様の胸のあたりまでぐんと背が伸びた。このまま肩ぐらいまではいけるだろうか。
顔を見上げると、兄様も私を見て少し顔を寄せてくる。今日も美人だ。
ちょっと頬を熱くした私に、兄様は周波数を変えて話しかけてくる。
「オウインの話だが」
あ、真面目な話ですね。二人で話したいと言うことは、きっと兄様も同じように思っているんだろう。
「コトネのノートに記述がある。文字を彫刻してハンコを作り、インクを着けてオウインする。複数作って文章を組み合わせればインサツも可能、と」
「やっぱり、サフィア嬢は琴音の世界の」
同じ技術があっても同じ名称の可能性は低いだろう。
ただ別人の記憶が入っているだけではない。サフィア嬢は琴音と同じ世界の人間の転生者だ。
「つまり、サフィア嬢の中にもコトネと同じような別の人格があると?……確かコトネは前世の記憶だと言っていたが」
「私の場合、琴音の記憶が戻ったのは四歳の時でした。朝の訓練で気を失った時」
「ああ、あの組み手の途中で寝てしまって投げ飛ばされた時だな」
「多分、寝てしまう前になにか思い出すきっかけがあったんですよ!琴音の世界の言葉では『異世界転生』というそうです。『テイム』と同じで、空想の世界のことらしいですが」
くっ。兄様に寝坊助だったことを思い出させないために、気を失ったって包んだのに、あっさりひん剥かれた。
まぁ、兄様はもう15歳だったから、普通に覚えているだろうけど。
内心、羞恥に悶える私をよそに、ルー兄様は真剣な顔で眉を顰める。
「実際にエラの例がある以上、空想の産物と笑うことはできない。前世の記憶が戻ったのだとすれば、性格が変わったのも頷けるしな。コトネと違って、ずいぶん無礼な人格だが」
「琴音と同じ知識を待っているとすれば、サフィア嬢を放置するのは危険です。琴音みたいに慎重でいてくれればいいのですが」
「そうだな……より一層、情報が必要になるか」
ブルーム領には、琴音の知識を利用する際の決まりがある。
ひとつ、実現させるのは『この世界と共存できるもの』だけにすること。
今の技術の延長、なりかわる技術者や生産者の補償、自然への影響。世界は影響し合って成立している。
急速な進歩は思いもしない事象に繋がり、無闇に振えばなにを傷付けるかわからない諸刃の剣となりうる。
琴音の世界は便利なものがたくさんあるけど、それで破壊されたり失ったものもたくさんあったという。
広めてしまえば、便利さに慣れてしまえば、それをなかったことにするのは難しい。だから、広める前にどんな影響がでるかをきちんと精査すること。
そして世界のバランスを崩しかねない、巨大すぎる力は持たないこと。ブルーム家ですら、血を繋いでいった未来で、その力を律し続けられるかどうかわからないのだ。
神獣のテイムは正直グレーだと思う……。
だけど、サフィア嬢はそれらを気にしないかもしれない。彼女一人では実現するには難しい。
だけど優秀な頭脳は二人分あって、そして王家の力もある。はっきり言って、脅威だ。
そして、二例目が発覚したことで、他にも転生者がいる可能性も出てきた。
そうなれば、そう容易く思い通りにはならないだろう。
「エラ」
「っ、」
気が付けば足が止まっていた。
我に返る一瞬の隙にルー兄様に抱き上げられ、腕の中のびゃっきーに身を擦り寄せられた。
「不安に思うことはわかる。だが」
片腕子供抱っこで抱えられたから、ルー兄様の顔は私の目線の下にある。新鮮な気持ちで青い瞳を見下ろすと、その奥に光る紫の光に気付く。
吸い寄せられるように見つめると、少し怖く思えるほどに冴え冴えとした美しさに、心が剥き出しにされるような気さえする。
「琴音やサフィアの別人格。確かにそれらは異次元のもの。だが、それがこの世界に現れたのは、この世界の意志であって、エラや琴音の責任ではない」
「…………そう、でしょうか」
兄様の言葉が、胸にすとんと落ちる。
だけどそうだと言い切ってしまうには不安が残って、思わず眉を下げて兄様の首に抱きついた。
「ふぎゃっ」
挟まれたびゃっきーが不満げに小さく唸る。
「ああ。結局は、なるようにしかならん」
抱きしめるように回されたもう片方の腕の力強さとは裏腹に、達観した言葉を吐いてルー兄様が笑った。
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