週末・じゃあって言ってからが長いやつ
前半まだ愚痴続きます
いつもより短め
馬車が停まり、外から馬車の扉が開く。
到着したのはレイド伯爵家。迎えに出てくれたカテラの姿に思わず頰が緩む。
「お帰りなさいませ、エラ姫様」
「わーん!カテラぁ!」
「はいはい、お疲れなのですね」
嘘泣きでカテラの胸元にしがみつくと、呆れた声と共を背中を撫でられた。癒し。
うん、やっぱり平凡な12歳の子供には、今の状況は頭が忙しいと思うのね。いっぱい考えてほんと疲れる。裏の裏読むとか無理だってば。
……琴音がいてくれたらなぁ。
ついつい甘えたことを考える。四歳から思考の大部分を任せていたから、琴音が消えて二年も経つのに未だに頼りたくなってしまうのは悪い癖だ。
「エラ。早く出ないと、いくら『雪橇』でも遅くなってしまうよ」
「そうでした!」
叔父様の声にはっとして、急ぎ足で中庭に向かう。
屋敷にぐるりと囲まれたその場所に建てられた、石造りの小屋。見た目は用具倉庫かなにかというような小屋だけど、実は魔物素材建築のちょっとやそっとじゃ壊せない丈夫な造り。
叔父様が複製不可の三連珠の鍵を使って扉を開くと、地下への階段が伸びている。
小さな小屋の幅目一杯を使った、ゆったりとした螺旋階段の中心には運搬用の昇降機。
滑車は丈夫な魔物素材でできた特別製で、そこにかかるワイヤーロープは、琴音の知識とブルーム騎士の剛腕のコラボ作品。
階段を降りる前に、カテラがもこもこ魔獣の毛皮のコートを着せてくれる。
魔物の毛皮製品は昔からのブルーム特産品だったのだけど、琴音の助言でフェイクファーも開発して、比較的安価なのもあって高評価。
地下はすごく寒いので、どうしても重装備になる。
「まぁっ!エラ様、もう髪が傷んでいるではありませんか!王城のメイドとやらはなにをしているのです?」
カテラがフードを被せてくれついでに、私の髪をチェックして憤慨している。
「王都の水が合わないみたいなの」
自然あふれる辺境領の水で育った私には、王都の地下水は少々刺激が強いみたいで、髪や肌が傷むだけでなく、飲んだら三口ほどでお腹をこわす。
だからハーブの鉢植えを持ち込んでいるわけだけど、普通水差しの中には湯ざましを入れるものなので問題ないはずなのだ。となると、オイルの質もわざとかなぁ?って思っちゃうよね。
あと掃除洗濯しながら私の持ち物を勝手にチェックしてるみたいで、机やクローゼットの中の物が頻繁に動かされている。洗い上がった洗濯物はカゴで置いておく決まりなので、開ける必要はない。
王城のメイドなら、迂闊に触ったり触った痕跡を残すような初歩的なミスはしないだろうから、どんな選抜があって私の担当に決まったのかは是非聞いてみたいところだ。
予想だけど、入ったばかりのーーそれも多分、第一王子の予算に口出しできるカジェンデラ夫人が、私につけるために雇った、とかだ。メイドがつくのは婚約者特権らしいから。
目的は監視か嫌がらせか、荷物を漁って目新しい商品がないか探らせるためだろう。
夫人に不信感を持たせるためにカトレア妃が、って可能性も捨てきれないけど、王城の雇用だからそこは調べられるはず。
同じように防寒具を着せてもらっているカテラを見ながらそう言うと、叔父様が眉間にギッチリと皺を寄せて、「調べておく」と低い声で言った。
「叔父様はいらっしゃらないんですか?」
「うん。今日は見送りだけにしておくよ」
防寒具を着る様子のない叔父様に尋ねると、残念そうな顔で肩を落とした後、曖昧な笑みを浮かべた。
「さすがに今は王都を空けられない。こちらも計画を修正しないとだから」
こちら。一応婚約者なので、ブルーム家は第一王子派と見做されているが、レイド伯爵家は公平な立場を貫く中立派に属している。
叔父様は王都での後見人ではあるが、レイド伯爵家は表面上、ブルーム家と距離を置いていることになっているし、そうでなければレイド家ごと取り込まれて、嫡男のヴィンセント様がマーシャル殿下の側近に選ばれていただろう。
そうなると今みたいに側近の質で頭を悩ませずに済んだだろうけど、また違う面倒があっただろう。
ううむ。王都のいざこざが次々湧いてきて、使い過ぎた頭が割れそう。
「じゃあ、明日の夜に帰りますね」
「うん。姉様によろしくね。お土産も渡してね」
「必ずや」
名残惜しそうな叔父様と別れ、昼食用の保温箱に入れたお弁当を持ったカテラと二人で、昇降機で更に下へと向かう。
吐く息まで凍るので首元のもふもふに鼻まで埋めて、巻き取られるワイヤーロープがしゃあっと擽ったい摩擦音を立てるのに首をすくめた。ぞわってするよね。
やがて満ちた冷気が僅かに覗く肌を刺す頃、辿り着いた真っ直ぐ伸びる地下通路。その表面は完全に氷で覆われている。故に極寒。農作物の保存なんかにも役立つのだけど。
そしてそこで待機しているのはーー巨大な真っ白い毛皮を持つ魔物、白虎。
三連珠の鍵、深さ約五十メートルの地下通路、ワイヤーロープの昇降機。そして白虎と雪橇。
ふふふふふ。ここはズバリ、ブルーム領からの荷物を運ぶ極秘の輸送基地である!すごい!かっこいい!
ブルーム領と王都は、通常馬車で七日、馬を乗り換えて四日、鳥を使った郵便で三日かかる。
だけど白虎が氷の上を引く雪橇なら、半日足らずで着くのだ!すごい!速い!
「びゃっきー」
『ゴルゥア』
白虎のびゃっきー。名を呼ぶと即座に返ってくる、ずんっとお腹に響く低音。おっさんの恫喝に似てるけど、これは甘えている声です。
青の瞳孔が縦に入った黄金色の瞳を細め、完全防寒の真っ白な毛皮に守られた肉球で凍った地面を踏み、ぐぐっと体を伸ばす様は大型の猫のようでかっこかわいい。
「大型過ぎますけどね」
「角もあるしね」
そう。白虎には大きく平たい双角がある。
ぐるりと大きく回転する角で空気の流れを読んでとらえ、ハンドルとブレーキの役割を兼ね備えた大きく太い尻尾で舵を取る。
雪橇もとい、びゃっきーに繋いだ客車ならぬ客艇に乗り込む。その後ろは王都のお土産を載せたコンテナ艇が連結されている。
超抗圧素材でできているので、高速で走っても安心安全、潰れたりひしゃげたりしない頑丈さ。
素材はブルーム領の山々で採れる多種多様な鉱物。
琴音の残してくれた鑑定の力を使って適切な加工法や利用法を見抜き、鉱物の加工はブルーム辺境伯領が誇る熟練の職人達が引き受けてくれた。
薬缶やお鍋から、武器や防具、戦車に至るまで、辺境の地で脈々と技を磨いてきた彼らに金属加工はお手の物だ。
これもまた琴音とブルーム領のコラボ作品。
びゃっきーが全身の毛を逆立たせてると、真っ平らの氷の上に魔力が通って薄らと輝いた。氷の道の表面に摩擦を軽減した層ができたのだ。
この上の移動速度は通常の十倍にもなるという。超低温なので馬とか生身で走るのは難しいけど。
プラス、雪の中を超高速で移動する白虎は、魔物の中でも高位の『魔獣』と呼ばれる生き物で、長距離移動も寒いのもへっちゃら。
その中でもびゃっきーは、その白虎の王、即ち『神獣』なのだ!
なぜ魔物を、それも神格化した魔獣すらを従えることができるのか。
それは、琴音が土地の浄化に使う浄化器官をリユース可能にするべく作り出した『魔石』のおかげ。正確には、魔石を作り出す過程での、思いもよらない副産物。
そして、この二年間の私とブルーム領が得た中で、最も大きなーー転生チートと筋肉チートが生み出した、なんかもう異次元の力なのである。
出発が遠い…




