王都・布石と献身
時間軸が前後するので本文中に記載しています
最後はカジェンデラ夫人視点。
◆王都五日目・お披露目会:リーリエラ
「ブルーム辺境伯令嬢。此度の縁を嬉しく思う」
お披露目会、国王陛下への挨拶。初対面です。
いきなり国王陛下にこんなことを言われてごらん?
違うって言える?OKしてませんよって言える?
国王だよ?
外堀埋めるにしてもタチが悪い。
第一王子との信頼関係とか、一生築けないなって思いましたね。ええ。
「わたくし、ぞんじません」
眉を下げて困った顔をして、たどたどしく言ってやった。
ええ、言うよ?誰にだって言うよ。断ったもの。違うもの。
陛下はおや、と少し目を見開いて、「では、そのうちちゃんと話をしよう」とやんわりと仰いました。
とりあえず、不本意な感じが伝わったなら幸いです。
これはまずい、と思ったので、正妃ではないため一つ末席で、能面笑顔で控えてらっしゃる側妃殿下に目線を送った。挨拶をしたいけど初対面だから失礼かしら、みたいなやつ。
側妃殿下にしてみれば、私はライバルの最終兵器みたいなものだけど、さすがに表情を崩すことなく、さりげない仕草で私を御前に招いてくださった。
「お披露目おめでとう。ブルーム辺境伯令嬢。素敵なドレスですこと」
「ありがとうございます、妃殿下。お母様と一緒に考えました」
無邪気に笑うと、妃殿下の目がすぅと細くなる。
なんかこう、至るところで品定めされちゃうよね、王都って。
「ええ、本当に素敵。……惜しいこと」
「王都の流行は妃殿下の茶会で生まれると伺いました」
敵とみなされてることを感じたけど、慌てずに笑みの種類を変える。
協力してくれとは言わない。だけど、私はあなたの敵にはならない。
絶対に、第一王子達の思う通りになんてさせない。
「わたくし、新しい物を作るのが好きなのです」
ドレスの裾が靴を隠すまで膝を曲げ、淑女の礼をする。負荷は大きくなるが、私の体幹が仕事してくれるから大丈夫。
「是非、尽力させてくださいませ。妃殿下」
◆お披露目会後・呼び出し :ヴィート・レイド伯爵
「……レイド家だけではない」
ルートヴィヒが、特殊な訓練をした者にしか聞き取れない周波数で呟く。壁の向こうにいる王家の手の者に聞こえないようにだ。
この部屋を手配したのは第一王子殿下だというが、彼にはまだ手足が少ない。いるのは国王陛下の配下だろう。
「正気の沙汰とは思えんが、ブルーム辺境伯家との関係も切り捨てようとしているようだな」
「どういうことだ、ルートヴィヒ」
思いがけない言葉に、ゆっくりと顔色の悪い顔を上げた。ぎらりと瞳が光る。
同じように周波数を変えた言葉で話すと、リーリエラが驚いて目を瞬いた。
伊達にブルーム領に入り浸っていたわけではない。
勿論姉様に会うのが唯一にして絶対の目的だが、姉様の嫁いだブルーム領に敵対心もあって、片っ端から鍛錬に参加しては技を盗んでやった。
……体力的なのとか、戦闘時じゃないやつだ。
更には言葉を掻き消すように泣き叫んでいるヴィオラの声に紛れ、ルートヴィヒに説明を求める目を向ける。
急に宰相閣下から緊急だと呼び出されたと思ったら、ルートヴィヒは激怒してるしリーリエラは冷たいし、馬鹿娘はわかってないし。
あーもう、なんかやらかしたんだろうなぁ。一度注意された後だから次は実刑かなぁと頭を抱えていたら、先ほどのルートヴィヒの不穏な発言。
さぁ、まずは状況の把握から。
「王城に着いてから第一王子に呼び出され、エラとの婚約を打診された。無論断ったが、家庭教師はエラが望めば辺境伯家との不文律には触れないと考えていた。
お披露目会の名乗りの後、ヴィオラが王城メイドに化けて、私に媚薬入りのグラスを渡して来たところを捕まえた。薬は飲んでない」
ヴィオラ……ほんとに馬鹿なの?やらかすならなんで家でやんないの?王城って、一番やらかしちゃいけないとこでしょうが。
ルーが絡まなきゃちゃんとした子だと思ってたが、違ったのか?それとももう壊れてしまったのかな。
それとも……便利に使われた、かな。
「更には第一王子がエラに渡そうとしたグラスにも、同じ媚薬を入れていたらしい」
「なっ!?辺境伯家の献身をなんだと思っているんだ!?」
辺境伯の役目はなにも他国の迎撃だけではない。
その攻撃力で侵攻の抑止力となり、他国との交易の繋となり、なにより魔物を討伐し都市に入るのを防いでいる。
南の辺境伯も役割は同じだが国境を接する国が多い分だけ、ブルーム辺境伯の果たす役割は大きい。
機嫌を損ねて……などと器の小さいことは、あの男であれば言わないだろうが、エラの尊厳を穢したりするなら容赦はーー
「それでお前は、なぜ娘を野放しにしていた?」
「……すまない。ヴィオラの部屋の前に立てた見張りからは、部屋から出たという報告はなかったんだ」
「一昨日、王都の市場でお忍びのヴィオラ嬢を見ましたよ。お借りした護衛の方は確証が得られないようでしたので、なかったことにしましたが」
エラがヴィオラを見かけた場所を聞いて頭を抱えた。
「その辺りは薬の問屋街だ。怪しげな店もいくつかある」
「ここまでのことを引き起こすとは思わなかったが、第一王子があれに協力するのが想定外だ。
王城への侵入は間違いなく王子の手引き。あの場で混入させたのは、目撃者を用意するためだろうな」
ルーが嫌そうに顔を顰める。多分俺も同じ顔をしている。
ヴィオラがどこまで本気で『真の愛を得られる』と思っていたのかはわからないけど、人前で薬の効果でやらかしていれば、レイド家にもブルーム家にも醜聞でしかない。
「あと、今日挨拶されたエラーダ家の養子は、私がその時市場で会った平民なんです。昨日、その娘の居場所を知るのにレイド家に使いを出したはずなので、ヴィオラ嬢はその見返りに取り入ったのかもしれません」
「どういうことだ」
「報告せず申し訳ありません。こんなことになると思わなくて」
ルーの怒りの片鱗に、エラが気まずげに肩をすくめる。カジェンデラの手の者が来た?家の者からは聞いていないぞ。
ああ、またルーが怒るな……仕方ない。言うか。
「……昨夜、レイド家にと頂いたブルーム野菜とティオルの数が合わないと報告があった。もしかしたら」
「王家に取り入るのに渡したのかもしれないと?」
「目新しく画期的な産業だ。第一王子の負の噂を払拭するには効果的だろう」
ただ、それは王家のーー第一王子本人と、それを推す国王陛下にとっての益であって、ブルーム領にとっては……。
姉様の顔が浮かんで、思わず蹲る。
エラは美味しい野菜や作物が広がることについては、利益を得ることより歓迎すべきだと言った後で、俺を慰めるように笑いかけてくれる。
姉様に似た天使の笑顔だ。うちの姪、優しい。
「タオルは…領外に流通させるのにだいぶ設備投資をしましたが、幸いなことに、開発コストがそれほどかかっていません。本当にダメージを喰らうようなものは、そもそも領外に持ち出しませんから」
そして賢い。え、この子ほんとに10歳なの。
ヴィオラ、泣いてないでお前、少しは見習って?
「最優先は、目先のものではなく、未来に繋がる利益です。しばらく辛酸を舐める羽目にはなりますが、それは最終的な勝利への布石。
横取りの話があった時は、せいぜい悔しがってみせることにします」
……さすが、辺境領の娘だこと。
さて、と。
んじゃ、そろそろやりますか。
「っ、ふざけるな!そもそもはお前が立場も弁えず、役目を果たさないからだろう!!」
「っ、叔父様!?」
ルートヴィヒに殴りかかると、エラがとても悲しそうな顔をした。
ごめんね、リーリエラ。
だが、俺まで第一王子殿下に敵対するわけにはいかない。あれは、今までうまく回せなかった歯車の回し方を識ってしまったらしい。
いざという時のために、俺一人くらいは国の中枢に関わっておかねばならない。
『欲しいものは欲しいのですよ』
酒を酌み交わした夜、なんの含みもなくルートヴィヒが言ったことを思い出す。
だから心配しないで、姉様。
そうすべき時がきたら、必ずエラを護る。
俺も、ルートヴィヒも。
✳︎✳︎✳︎
「リ、リーリエラ嬢が辺境伯領に帰るとは、どど、どういうことだ!」
激昂して怒鳴るマーシャル王子に、驚いて目を丸くする。
もっと幼い頃は、思うように意思を伝えられず、このように癇癪を起こすことはあったが、成長と共に治まって久しい。
リーリエラ・ブルーム。あの娘が関わることで、マーシャル殿下はひとつ成長された。
今まで関わることを厭うていた周囲にも目を向け、他人の能力に我慢して合わせることを心がけ、自身の立太子にようやく執着をみせた。
いい傾向だわ。
わたくしは微笑む。
「お静かに。ゆっくり呼吸をしましょう」
恐れながら殿下の背に手を添え、ゆっくりと撫でる。興奮して紅潮した肉の薄い頰が、次第に元の白さを取り戻した。
「リーリエラ様はまだ10歳の子供です。親元で過ごされるのは当然のこと」
「そそ、それでは、会えない」
「リーリエラ様はまだ正式な婚約者というわけではございません。急いて辺境伯の機嫌を損ねては、婚約自体が為せなくなりますよ」
「……次はいつ会える?いつになったら一緒にいられる?」
熱に浮かされたような瞳と言葉に、思わずため息を吐きたくなりました。
リーリエラ様は確かに愛らしく聡明な方。
マーシャル殿下とお並びになられた時は、一対の天の細工のように思えました。
……ですが所詮、国の外れの田舎貴族。野蛮な攻撃性は隠せません。権威だけは上位であっても、所詮は辺境伯。王家への忠誠が足りないのが言動につぶさに現れています。
特に、第一王子の教育係たるわたくしへの不敬……とても許せるものではありません。
わたくしは亡き正妃様の乳姉妹であり、マーシャル殿下の育ての母。
ただの前子爵夫人などではないのです。
「来年度の春の夜会に同伴するようわたくしから申し付けますし、再来年には学園に入られます。そうすれば、毎日会えますよ」
「そんなに先……なら、ぼ、僕が辺境伯領に行くというのは」
「お立場をお考えください。辺境伯領までは馬車で片道七日もかかります。それだけ王都を空けることになれば、その先に側妃や第二王子がなにを企むか」
恋は病のようなもの。
今の殿下のお側にリーリエラ様が侍ることは、間違いなく悪手。
それに、この殿下の様子を見れば、辺境伯が足元を見てくる可能性もあります。
嫡男でもない美貌の長男を王都に同行させるのです。美しい子供を使って、より上位の貴族に取り入るつもりに違いないのですから。
「辺境伯風情に調子に乗らせていけません」
「風情とは無礼であろう。国の護りは肝要だ」
「護りなど。隣国とは友好関係で平和そのものではありませんか」
むしろ辺境伯領の軍備など、隣国を挑発する原因になりはしないかと心配なほどです。
殿方はなぜ物理的な力に頼るのか。
人を縛るのは、物理ではなく心理だというのに。
わたくしはそっとマーシャル殿下の目線に合わせて屈みます。
澄んだエメラルドの瞳とわたくしの目をまっすぐに合わせ、優しく言い聞かせます。
マーシャル殿下は賢い方ですが、子供は子供。それも、生まれてすぐに母親を失った子供です。
「あなたのためにちょうどよいのです。
リーリエラ様が田舎で大人しくしてくださる間に、あなたの実績を積み上げましょう。辺境伯領で実践されている美味しい作物の栽培方法と、画期的な布製品の生産方法を、殿下の名で王都に広めるのです」
リーリエラ様が帰る前に詳細を伺わなければいけません。辺境伯領から文官を呼ぶ手筈も整えなければ。
マーシャル殿下にはまだ側近が少なく、こちらから視察を出すにも信頼に足る者がおりません。
……そうね。レイド伯爵を味方に引き込むのはどうでしょう。今回の令嬢の件で、殿下に恩を感じているはず。
ルートヴィヒ様と仲違いしたとはいえ、辺境伯領とは外戚ですし、よい駒となるに違いありません。
「だが、それはリーリエラ嬢の実績だろう?」
「婚約者なのです。同じですよ」
「……そうだろうか」
「殿下」
腑に落ちない顔をする殿下の両肩に手を置き、慈愛に満ちた微笑みを浮かべました。
「あなたが王子であるから、王に準じる者であるから望みが叶えられるのです。立太子されなかったら、誰もあなたの言う通りには動きません」
ぐらり、と瞳が揺れます。
マーシャル殿下の純粋な恋心を利用するようで心が痛みますが、あれは純粋なだけでは手に入らないものです。かえすがえすも、あの愚かな娘が持ってきた薬を、あれに飲ませられなかったことが残念でなりません。
「力をおつけなさい。その聡明さで周りを取り込み、あなたが次代の王になるのです。
でなければ、リーリエラ様は手に入りませんよ」
マーシャル殿下はぐ、と唇を噛んで頷きました。
王たる者、清濁合わせ飲むことができれば完全なのですが、10歳でらっしゃる殿下にはまだご理解いただけないでしょう。
それでもあなたは、王になる。
それが運命です。
ーーそうすれば、わたくしの望みも叶うの。
一章完結です
二章で終わります




