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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: かないたちばな
転生したのにスペックダウン?
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夜会の後・二人の決意

リーリエラ→ルートヴィヒ視点

長めです


 夜会を早々に切り上げた兄様は、壮絶な美貌に怒りを隠すことなく、脱いだ上着を床に叩きつけた。

 それを回収するカテラの顔色は悪い。いつも通りの働きをしている彼女も、さすがにショックが大きいようだ。


「愚弄するにも程がある!奴らはブルーム領と戦争がしたいのか!?」

「落ち着いて下さい、ルートヴィヒ様。エラ様の限界がくるまでに話を聞かないと」


 リュークがとりなしてくれた通り、夜会に出席する兄様より先にレイド家に戻った私は、必死に眠気を堪えて兄様を待っていた。

 今は宵の口であり、兄様は随分早く戻ってきたのだが、今日は昼寝も短かったのでうっかり横になったら朝まで起きない自信がある。

 報告書は文書でまとめたのだけど、齟齬があれば本当に兄様は単身王城に乗り込み、王子の首を刈って来そうで怖い。


 当主である叔父様とヴィオラ嬢は王城。夜会に出るはずが家に残されたヴィンセント様が、訳もわからず不安そうにしながらも、眠気覚ましにボードゲームの相手をしてくれていた。とても集中はできなかったけど。


 兄様は整えた髪をいらいらと乱しながら、そんなヴィンセント様に向かう。

 意識の半分以上を眠気に支配された私は、こんな時でも兄様の色気は凄まじいなとぼんやりと思うが、ヴィンセント様は緊張した面持ちで姿勢を正した。



「簡潔に言う。ヴィオラ嬢は第一王子を巻き込んでやらかした償いに修道院行き。第一王子の下心のお陰でレイド家はおとがめなしだが、ヴィート様は王城でしばらく謹慎となる」

「っ、はぁ!?姉上は一体なにを」

「なかったこと、になっている。他所に迷惑はかけておらんが、エクレール伯爵には適当な名目で謝罪の品を用意しておけ。以上だ」


 目を白黒させたヴィンセント様は、詳しくを語る気のない兄様の言葉に、一旦疑問を飲み込み、頷いて立ち上がった。彼には当主代理としての差配が待っている。


「……後は、あの女の尻拭いに、リーリエラが第一王子の婚約者となる。ブルーム家当主が王都に出向いた際、正式に書面を交わすことになるだろう」

「っ!!」

 ヴィンセント様が絶望した顔で振り返った。

「そ、……それは、なんとお詫びすれば……」

 普通であれば光栄だと歓迎すべき王家との縁を、『お詫び』すると言うヴィンセント様に困った笑みを向ける。

 兄様はヴィオラ嬢の尻拭いと言ったけど、私にそんなつもりはないのだ。


「詫びは要らん。この件に関し、お前にできることはない。お前に罪を問うことはないし、許すも許さないもない」

 兄様はこともなげに言い放ち、ひらりと手を振りヴィンセント様を退室させる。


 この先どれだけブルーム家のために働いても償いにはならないし、誰の救いになることはないのだという宣告を正しく受け取り、ヴィンセント様は項垂れながら部屋を出て行った。



「リーリエラ」

 兄様にひやりとした声で呼ばれ、背筋が伸びる。

 数日ぶりに聞く冷たい声。

 吹き飛んだ眠気に膝の上の手を握りしめ、体ごと兄様の方を向いた。


「……なぜ婚約を承諾することになった」

 兄様の綺麗な青の目に浮かぶのは、痛みを堪える色。その後ろに控えたリュークも、ひどく悔やんだ顔をしている。

 怒っているわけじゃない。止められなかった自分達に無力感を堪えていることがわかる。

 ……私と同じだ。



「時間を稼ぐためです」

 予想外の答えだったのか、怪訝な顔をする兄様とリュークをまっすぐ見つめ、整理した思いを一つずつ伝える。

 求められているのは、綺麗な言葉じゃなくて、自分の気持ちを伝えることだ。


「婚約は避けられたし、レイド家を切り捨ててもそうするべきだったことは理解しています」

 膝の上で握り締めた手のひらが、僅かに震える。

 決断することは怖かった。

 間違っているかもしれないと、力が足りないと不安しかなかった。


「私ひとりで決断すべきではないということも。でも、立ち止まったら押し流される、と感じました」

 領地の父様達を読んでも、王都に来るには日にちがかかる。

 夫人の言う冤罪がどうなるのかがわからない以上、兄様に欠片でも自分のせいだなんて思って欲しくなくて、兄様を呼ばなかった。


「カジェンデラ夫人は、今まで私の側にいてくれた大人達とは違う。自分の目的のために、他人の気持ちなんて考えずにいろんな人を巻き込んで踏みにじる人」

 能面のような笑みが蘇る。

 昨日、茶会で会った時は違ったと思う。

 自分の大切な主君を、他人が理解してくれたことを純粋に喜んでいたように見えた。

 だけど今日は、自分の欲求のために、サフィア嬢やヴィオラ嬢を駒のように扱うところを見せつけられた。


「第一王子殿下のことはまだよく知りません。無邪気にも見えるけど、自分の思うように場を操ることには躊躇しない」

 昨日の無邪気に知的好奇心をぶつけてくる姿と、周りに壁を作る姿。

 そして今日の、自分の欲求を通すための振る舞いーーそして、媚薬入りのグラスを持つ姿が浮かぶ。


 二人ともどちらが本当とかじゃなくて、特に悪人じゃなくても目的のためならどんな手段も使うだけ。

 それが貴族で、王族だということなのだろうか。

 

「……今回避けても、必ず私の大切なものを、より容赦なく奪われる気がしました」


 漠然とした予感は、ただの不安なのかもしれない。

 ひとりで勝手に決めたのはもちろん早計だし、迷惑をかけることで、傷付けることだ。


 得るべき承認なんてなにひとつ得ていない。

 だけど私が承諾した時点で、両家に断る理由はなくなった。

 第一王子と王家にとってはこの上ない後ろ盾で、ブルーム家にとっては『紫玉の娘』の意志。

 兄様がヴィンセント様に告げたように、この婚約は恙無く整うことになるだろう。


 大きく息を吐き、一度伏せた顔をまっすぐに上げる。

 そこにある兄様のしかめ面に、ちくりと胸が痛んだけど、視線に、言葉に、ありったけの気持ちを込めた。

 


「だから婚約を承知しました。

 一人で決めることではないことも、私はまだ子供で思慮が足りないことも、自覚しています。だけど」


 瞳を伏せ、夫人との話を思い出す。

 蘇る憤りに呼吸が詰まるけど、負けたくない。


「あの人達の狙いとか、思惑とかはどうでもいい。私は私のために生きる」


 決意を込めた瞳で、兄様を見上げる。


「学んで、力をつけます。ブルーム領を護るために。

 そのための時間稼ぎです」


 瞬きもせず見返した兄様が、かたく、唇を引き結ぶ。

 わかって欲しい。

 だけど、なぜだろう。同じくらい、止めて欲しいと思ってしまうのは。


「……お前の意志は、何より尊い。私に否やはない」


 見つめた兄様の目が薄らと滲む。

 自分で決めたことなのに、ほんの少し胸が軋んだけと、笑った。


「ありがとう、兄様」





✳︎✳︎✳︎




 琥珀でグラスを満たす。


 初春の夜は冷えるが、ブルーム領に比べると王都はまだ暖かい。

 それでもひやりとした空気に晒されたレイド家の内庭で、朧気な雲を薄らと纏った月に照らされたルートヴィヒは、自ら注いだ酒の瓶を手に持ったままグラスを呷った。

 どかりと座った椅子が軋む。


「……何をしているのだろうな、私は」


 表情を出すことのない己は、よく知らない周りからは冷静沈着だと評される。

 直情型脳筋の多い土地柄である故郷では、よく知る周りからは知性派と見做されている。

 確かに周りに比べれば冷静な方で、知性派ではあるが、本来の自分がけして理性的でないことは自分がよくわかっている。

 これと決めたものに対してひどく直情的になるところは、母に似たせいだと恨んでみる。

 

 ガーデンテーブルに酒瓶を置こうとして、そういえば先程怒りにまかせて破壊したのだと思い当たった。

 木片にまで粉砕された成れの果てを蹴り飛ばし、喉が焼けそうな強い酒を瓶ごと煽る。


 天井を仰いだまま、愛しい少女の姿を思い浮かべる。

 お前を護りたいのは私の方だ。

 色惚け女ヴィオラなど、叔父に遠慮などせずさっさと殺しておけばよかった。

 王子など、その家庭教師にしか過ぎない愚かな女などに、あの素晴らしい笑顔を脅かされるなど。

 私がいたことがリーリエラを苦しめたなど、認めたくはない。自分で自分が許せない。


「そうだ、今から狩りに行こう」

 王子と、あの女を。エラを怖がらせた生きる価値もない者たちを。


 仄暗い愉悦を覚えながらゆらりと立ち上がった時、肩を叩かれた。気配に気付かなかったのは酔いのせいだろう。

 誰だ?邪魔をするならーー

 不機嫌な声で応えた後、ゆっくりと振り返る。


「うわっ、酒臭っ」

「……エラ?」


 顔を顰めたのは、愛しい少女。

 毒気を抜かれ、目を瞬いた。

 今は深夜。月は頂点を越え、眠り姫もかくやというリーリエラが起きているはずもない刻限だ。

 ただ、今日の出来事はさすがのリーリエラでも眠るどころではない程であってもおかしくはないが。


「……眠れないのか」

「いいえ、いつも通りぐっすり」

 呆れた愛しさの混じった笑みを浮かべたリーリエラは、破壊されたテーブルの残骸を見ながら不可解な返事をした。


「初めまして……でいいかな。私は早乙女琴音。リーリエラの中で、ずっと一緒に生きていたの」

「サオト……?」

 酔っているからか、エラが何を言っているかわからず首を傾げる。

「あ、琴音で。……困ったな。ルートヴィヒさん結構酔ってるね?」

「酔ってはいるが、そもそもエラの言うことが謎すぎる」


 ぐらぐらと揺れるエラに苦言を呈すと、エラが大きなため息を吐いて私の手を引いて椅子へと座らせた。

 離れようとするエラを抱き上げ、膝へと座らせるとものすごい勢いで暴れる。

 掌底で殴られ、薄らと酔いの醒める私の上から降りたエラは、顔を真っ赤にして怒り出した。


「だから、エラはぐっすり寝てて、その間に琴音である私がエラの体を借りてるんです!」

「なるほど、それでコトネで初めましてか」

「変な触り方したら言い訳できないからね!」

 うんうん頷いて理解を示すと、エラ……コトネが半眼で睨んでくる。

「確かに、エラとは表情の作り方が違うようだ」

「え、なにその見分け方。きも」

「肝……?」

「いえ、なんでも。できれば素面の時に話したかったんだけど、あまり時間もないんで聞いてください」

 水の入ったグラスを差し出しながら、コトネはほんの少し目線をずらす。

 首を傾げると、「くそぅ酔っ払いのしどけなさ垂れ流しムカつく」とか呟いている。なにか垂れ流しているだろうか……大丈夫に思えるが。


「まず、あのおばさ……カジェンデラさんに言われたことの補足があります」

 気を取り直して話し出したコトネから、ブルーム野菜とティオルの権利を要求されたことを聞く。

 王家に知られただろうことはヴィート様から聞いてはいたが、まさか流通の権利ではなく、産業の権利そのものを要求してくるとは。

 一度は収まった怒りが再び湧いてくる。なんなんだあの女の厚顔さは!?


「エラとしては、美味しい野菜が国に広まるのは大歓迎でも、鑑定……毒がないことを判断する力のことは秘密にしたいので」

 淡々としたコトネの言葉に気を引き締める。

 怒るのは後だ。今はコトネと話し合うべき時間。


「それがエラの意志ならブルーム家は尊重するし、力の秘匿には私も賛成だ。王家にとっては有益だが、逆に毒を防げなかった時にエラに累が及ぶかもしれない」

「ありがとうございます。でも綿製品の注ぎ込んだ資金の回収はしないとだから」


 それから一通り王家……第一王子派との利益供与について話した後、コトネは居住まいを正した。

 なんだろうと眺めていると、決意がこもった眼差しが向く。


「ここからが本題です。エラとは私の過去や人格、思考パターンを共有していたから、私がいなくなってもエラにはある程度影響は残ると思うけど、今までとは様子が変わってくるはず」

「いなくなる?コトネはエラの別人格ではないのか」

「うーん、今はエラの前世である私の意識が残っているだけで、エラの人格ではないかな。思い出した頃は主人格だった時もあるけど、エラの成長とともに少しずつ離れていってる感じで。

 会話も今は寝ぼけてる時なんかにできるくらいだし、それに」

 一旦言葉を切ったコトネが、思案げに眉を寄せる。

 それだけでエラとは違う顔に見えるのが不思議だ。

「これからは、琴音の世界とこの世界の常識はだいぶ違うから、私の記憶があることがエラの妨げになる気がする」


「だがコトネはとても聡明だと感じた。エラの聡明な部分はコトネの影響だったのだろう?ならばエラの武器だと思うが」

 なにを懸念しているのだろうと首を傾げると、顔を上げたコトネが例えば、と口を開いた。


「エラの睡眠時間が長いのは、二人分の意識をとどめるのにエネルギーを使うせいなの。睡眠時間の長さは敵がいる時には致命的でしょ?

 それに貴族社会を渡るのには、貴族として生まれ育ったエラの本能に任せる方がきっと上手くいく。ブルーム領に戻ったら、お母さんに貴族との社交を叩き込んでもらって欲しいです。

 あと、これが一番重要なことだけど」

 コトネがごそごそと取り出したのは数冊のノートだった。エラが……コトネが樹皮から作り出した紙と木炭から作り出した細いチョークのおかげで領内に広まったものだ。


「私の記憶にあることで、便利なものとか試したいこととかを書いてある。私が消えても祖父の……素材等の知識は残るはずだからーーじい様は懐広いし。上手く使えば、役に立つこともあると思う」

「なぜ、私に?エラの方がコトネと記憶を共有した分、使いこなせるのでは」

「エラはこの先、いろんなところで目をつけられるはずだから、分散できる方がいい」

 なるほど、とコトネの言葉に頷く。


「エラがあの人達を怖がったのは、私のせいかもしれない。私のいた世界では……勝手な人がいなかったとは言わないけど、虚偽とか圧力かけたりとかは罰せられて当たり前っていうのが基本だから。

 あんな人たちと結婚したって幸せになれるわけない。だから、いざと言う時の手段や武器は準備しておきたいの」


 そう言いながらコトネが示したページに目を通して、完全に酔いが醒める。理解が追いつかない。なんだ、この想像力の限界を超えた思考は。


「……よくわからんが、すごいな。これが実現すればこちらの有利は間違いない」

「でしょう?いざとなったら、エラを奪い返しちゃえばいいと思うの」

「それはそのつもりだが」

 平然と答えると、呆れ混じりの笑みが返る。


「でしょうね。あなたとエラは、血が繋がっていないのでしょう?」

「……なぜ、そう思う」

「夜、お父さんとお母さんが話してるの聞いたから。ルートヴィヒさんの成人の前くらいかな」

「……コトネは忍び寄るのが上手いのだな」


 確かに、私が生まれてすぐに引き取った養子であることを知らされたのは、成人する前夜のことだった。

 成人の儀で次期当主と定められれば、後頭部のこめかみの高さで髪を結び、いざという時の指示役であることを示す。

 元より当主を継ぐ気はなかったため、ずっと短いままだった髪を見ながら顔を曇らせた養父は、俺の母が自身の妹であり、俺を産むと同時に命を落としたと続けたのだ。


 苦い気持ちでコトネを見つめると、エラは知らないから、と付け足される。


「でもエラはエラで、本能で目覚めてるっぽいし……うまくいくといいね?」


 にこりと屈託なく笑うその顔は、やはりエラではなくコトネのもので、記憶を辿れば時折覗いていたことを思い出す。

 ブルーム領の発展を、まるで姉のような目で見守っていたコトネを。


「コトネ」

「っ、わ?なに、どうしたの」

 椅子から立ち上がりコトネに深く頭を下げると、わかりやすく慌てる。

「エラと共に生きてくれて、ありがとう」


 ゆっくり顔を上げると、驚いて目を見開いたコトネが、薄らと滲んだそれを瞬きで消して、笑った。


「こちらこそ」




次話で一章終了、

二章は時間が飛んで学園編の予定です

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