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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: かないたちばな
転生したのにスペックダウン?
13/36

王都五日目・大切の順番

リーリエラ視点→リューク視点


 手足を抱えるようにして丸くなり、目を瞑る。


 怖い。逃げたい。だけど、逃げたらみんなが困る。

 頭がぐるぐるする。

 どうしよう。どうしたらいい?

 胸の奥からざわざわと擦れながら溢れてくる不安に、まぶたをぎゅっと瞑って息を吐く。


(大切なことを順番に並べておくといいよ)


 どこからか、少し低い優しい声がした。

 開いた目のすぐそこで、黒髪の少女が笑う。


 大切の、順番?

 繰り返すと、その声の主は黒い瞳を細めて頷いた。


(一番大切なものを間違えないように)





✳︎✳︎✳︎




「兄様、だめ!」

 

 ぱしゃん、とグラスのワインがこぼれ、白のドレスに赤が散る。

「エラ、ドレスが」

 いきなりしがみついた私に、兄様が中身を減らしたグラスを手に僅かに目を瞠った。

「飲んじゃだめ」

 早口で伝えると、リュークが拘束した王城メイドを見上げて、強張った口を開いた。


「なぜ、あなたがここに?ヴィオラ嬢」

 兄様が驚いて、前髪で目元を隠してメイドの格好をしていたヴィオラ嬢を見た。

 彼女の手には、空のトレイ。兄様にグラスを渡しただけのエクレール伯爵は、自らのグラスを手に目を丸くしている。伯爵の侍従に視線を向けると、心得たようにその手からグラスを回収してくれた。兄様がそれを受け取る。

 その他の飲み物に異常がないを確認して、兄様に退出を促した。


「リーリエラ嬢」

 第一王子殿下が、二つのグラスを手に私の元へと歩いて来るのが見えた。


 お披露目会は既に終えている。

 10歳になった貴族の子供が名乗りを終え、国王、即妃である第二妃両陛下にご挨拶をして、無事に貴族の仲間入り果たしたと認められた。

 今はその歓談の時間だから、参加の義務はない。


 兄様と目を見交わし、仕方ないと溜息を吐く。

 内密に済ませてしまいたかったけど、殿下の後ろにはマダムが控えている。自分の顔が強張るのを感じて、慌てて取り繕った微笑みを浮かべた。

 近づいて来た殿下の目線が素早く辺りを走り、私のドレスに散った赤と拘束されたメイドの姿に目を瞠る。

「リーリエラ嬢、それは」

「ワインをこぼしてしまって」


 側にいたメイドをつかまえ、小声でなにかを告げた殿下が私を振り返った。


「休憩室は塞がっているようだ。部屋を用意しよう」

「ありがとう、ございます」

 その手のグラスを見ながら礼を言うと、それに気付いた殿下が、側に控えたマダムにグラスを渡して微笑んだ。

「特別に用意した果実水だが、またの機会に」

 その麗しい笑みに、背中がぞくりと冷たくなる。


「御前、失礼致します」

 兄様が殿下に頭を下げ、私に腕を差し出す。

 ぎこちない礼の後、兄様のエスコートでその場を後にした。

 



✳︎✳︎✳︎




「なぜお前がここにいる」

 そう尋ねる兄様の声音が侮蔑の色に染まる。

 ヴィオラ様は青ざめながらも、口を噤んだままだ。


 与えられた部屋は客室だが、締め切っているのにほんの僅か空気の流れを感じる。多分、隣室にいれば壁越しに話が聞こえるような作りなのだろうとリュークが言った。

 

「ワインに何を入れた」

 この問いにも口を噤むヴィオラ嬢。

 座り心地のいい長椅子に姿勢良く座りながら、彼女は狂気に近いぎらぎらした目を兄様に向ける。


 兄様がエクレール伯爵から回収したグラスを手に、隣に座る私を見た。

 私は改めて鑑定の力を使い、浮かんだ文字を読み上げる。


「ハブパトラーー南方の薬草と魔物の体液を使った媚薬」

「毒の方がまだましだな」

 兄様が顔を顰め、ヴィオラ嬢が目を瞠った。

 薬の名前を聞いたリュークが思い当たったという顔をしたので、兄様は扉の前に控えたリュークに尋ねる。


「どの程度の効果が?」

「飲んだ後に目が合った者を、男女の見境なく押し倒すくらいですね。既成事実を作るには十分かと」

「違うわ!それは真実の愛を得る薬よ!」

 ヴィオラ嬢がリュークの言葉を遮って叫ぶ。


「媚薬だなんて、そんな低俗なものじゃない!ルートヴィヒ様にわたくしの心からの愛を伝えるための、神聖な……!」

「リューク、この材料の()()とは」

「尿と精液ですねぇ。フェロモン的な効果ですかね」

 リュークへの質問と同時に兄様に両耳を塞がれた私は、皆の嘔吐きそうな顔を首を傾げながら見守る。

 ほんの僅か、壁の向こうで揺らいだ気配も。


「神聖な愛の薬であろうが、魔物の排泄物であろうが、こそこそと飲み物に盛った時点でそれはただの加虐で、人の心を踏みにじる卑劣な行いだ。恥を知れ」

 なにか吐き捨てるように言う兄様の視線は、壁の向こうに向いている。よほどヴィオラ嬢を直視したくないのだろうか。

 廊下から聞こえる足音に身をよじると、兄様の両手が離れて音が戻った。


「ルートヴィヒ様っ、」

 ヴィオラ嬢の悲痛な声にかぶせるように扉がノックされ、応えたリュークが兄様に確認して扉を開けた。

「……失礼致します」

 硬い表情で入ってきたのは、ヴィート叔父様だ。

 今夜の夜会の支度途中で慌てて来たのだろう。無礼にならない程度に撫でつけた髪と、きちんと正装に身を包んだ格好がちぐはぐだ。


「お父様!」

 助けが来たとばかりに目を輝かせたヴィオラ嬢には目もくれず、叔父様は黙って床に片膝を着き、俯けた顔をそれより低く下げた。

 数日前に見た土下座ではない。この国の貴族としての最も重い謝罪を示す姿勢で。


「ルートヴィヒ・ブルーム辺境伯令息様。この度は我が娘の愚かな振る舞いによって甚大なるご迷惑をお掛け致したこと、心よりお詫び申し上げます」

「お父様……?」

「この責任は、私の命で贖う覚悟です」

「っ、な、にを」

 叔父様の言葉に思わず立ち上がって信じられないといった顔をするヴィオラ嬢に、私はそれこそ信じられないといった顔を向ける。


「まだおわかりにならないの、ヴィオラ嬢」

「リーリエラ様……?」

 困惑の浮かぶヴィオラ嬢を冷たい瞳で見下して、私は彼女を断罪した。


「王家主催の、国中の貴族の子女が貴族として認められる栄誉の場で、王家の威信の元にふるまわれた飲み物に、あなたは薬を盛った」

「っ!!」

 初めて気付いたと言うような、幼い子供がするような、愚かを過ぎて無垢とすら感じるような驚愕を、ヴィオラ嬢はその顔に浮かべて私を見た。


「辺境伯の血筋たる兄様への加害行為に加え、王家への反逆行為。

 あなたの父であり、当主であり、伯爵たる叔父様が、その命をもって償うほどの重罪です。

 ーーもちろん、あなた自身もそれ相応に」

「でっ、でも!!王族も、ご存知でらっしゃるのよ!?わたくし、お話ししたもの!」

 ようやく自らの行いを知ったヴィオラ嬢は、ひどく取り乱しながらそう叫ぶ。

 ……その点はヴィオラ嬢の言う通りだと思う。

 厳重な警備のお披露目会に入り込んだことも、王城のメイドの衣装を用意することも、王城に協力者がいなければ彼女一人じゃ成し得ない。

 だけどそれは、王族でなくても王城に勤める者であればいい。例えばーー文官である叔父様だとか。


「彼らがそれを認めると思うの」

「どういう意味……っ」

 混乱するヴィオラ嬢に説明する。

「あなたを巻き込んだのは、レイド伯爵家ごと後腐れなく切り捨てられるからだよ、ヴィオラ嬢」

「っっ、いや……いやぁぁぁあっ!!」

 かぶりを振ったヴィオラ嬢が、わぁわぁ泣き叫びながら床に突っ伏した。



 叔父様がゆっくりと顔を上げ、ぎらりと光る瞳で兄様を睨んだ。

「……レイド家ごと、切り捨てるだと……?」

「お前の娘の愚行の果てだ」

「っ、ふざけるな!そもそもはお前が立場も弁えず、役目を果たさないからだろう!!」

「っ、叔父様!?」


 突如、叔父様が兄様に飛びかかった。兄様の綺麗な顔に叔父様の拳がめりこみ、思わず悲鳴をあげる。

 すぐさまリュークが叔父様を押さえ込み、兄様から引き剥がした。

 泣いていたヴィオラ嬢までが驚いて、ぐしゃぐしゃの顔を上げる。


「兄様っ」

 慌てて兄様に駆け寄ると、一歩よろけただけの兄様に制される。

「文官風情の拳だ。大事ない」

「ブルーム領の脳筋男め!!恋心を踏みにじってここまで追い詰めたくせに、被害者面をするな!!」

「お父様……っ」

 唾を飛ばして喚く叔父様にヴィオラ嬢が駆け寄った。


「ごめんなさい、お父様!私が悪いの!ルートヴィヒ様を責めないで!」

「ヴィオラ……」

 涙ながらに訴えるヴィオラ嬢に、叔父様は痛ましげな色を浮かべた顔を歪めた。

「でも……怒ってくれて、ありがとう。わたくし、お父様の言う通りに嫁ぎます……」

「……本当に、愚かな娘だね」


 叔父様が溜息と共に呟き、ヴィオラ嬢を優しく抱きしめた。



 顔を顰めた兄様が口を開く前に扉がノックされる。

 訪れたのは第一王子殿下と叔父様の上司である宰相閣下。

 ヴィオラ様は王城の貴族牢で一晩反省することになり、叔父様の侍従と王城の兵士に大人しく連れて行かれた。

「リーリエラ嬢は申し訳ないが、別室で待機してもらえるだろうか」

「わかりました」

 気にはなるが、私は今回の件の当事者ではない。……まぁ、実際には被害を免れただけではあるけど。


「リューク、エラに付け」

「ブルーム令息殿、護衛は近衛にさせる。侍従殿にも話を聞きたいのでな」

 殿下の言葉に兄様の柳眉が不機嫌そうに上がる。少しは隠そうよ、兄様。


 退室の挨拶をしてメイドさんと共に部屋を出ると、近衛の正装をした壮年の兵士が待っていた。

 今日はお披露目会と春を寿ぐ舞踏会と、国中の貴族が集まる忙しい日だ。宰相閣下も正装でいらした。

 そんな日に余計な仕事を増やして申し訳ない。


 罪悪感を覚えながら案内された部屋に入ると、そこには能面のような笑顔を貼り付けたマダム・カジェンデラがいて、罪悪感とかふっとんだ。


「お待ちしておりましたわ、リーリエラ様」


 知らず知らずに握り締めた拳に汗がにじむ。

 大丈夫、と心の中で呟いて息を吐いて、どくどくと騒がしい鼓動を意識的に緩めた。


ーー大丈夫なように、する。




✳︎✳︎✳︎



 

「リーリエラ嬢の対処が早かったから、ほとんど騒ぎにはなっていない。今回のことは僕の心に留めておこうと思う」

 長椅子に座った第一王子が、落ち着いた口調で告げる。王族であるとはいえ、10歳とは思えない態度だ。

 護衛として主人の後ろに立ちながら、油断なく気配を探った。壁の向こうに二人。

 王子の護衛か、宰相閣下から話が流れたのか。


「なにを押し付けがましい。痛い腹を探られたくないのはそちらでしょう」

 主人であるルートヴィヒ様はといえば、大人気なくも不機嫌さを隠さずに、鼻を鳴らして王子を睥睨する。

「さすが剛の雄、ブルーム家の令息。血の気の多いことだ」

「辺境領の者は守る為の研鑽を欠かしませんので」


 早速バチバチだな。ルートヴィヒ様の態度は、第一王子がリーリエラ様にアプローチしているせいだが。

 王子の隣に座った、リヒトル公爵である宰相閣下が物言いたげにして、結局は口を閉じた。

 不敬な態度を諫めようとしたものの、ヴィオラ様が王城に入り込んでいたことに思うところがあるーーはっきり言えば、王子の関与を知っているのだろう。


 リーリエラ様にも同じ媚薬を仕込んだ飲み物を渡そうとしたことまでは、きっとあの家庭教師に隠蔽されただろうけど。

 まだ10歳の子供だ。考えなしに『愛を得る薬』を使おうとしたのだと信じたい。

 だけど日常的にリーリエラ様と接している身としては、10歳だからと侮れないことも知っている。

 休憩室が塞がっていることを知っていたのも、この盗み聞き専用部屋へ案内するための方便だった方が、気持ち的には救われる。



「……殿下の温情に感謝いたします」

 レイド伯爵が第一王子に頭を下げた。娘の愚行をなかったことにしてもらうのだから、これから頭が上がらなくなるだろう。

 とはいえ、宰相の懐刀と呼ばれるヴィート様だ。

 父親とリーリエラ様に命で贖うほどの罪だと説かれても尚、ルートヴィヒ様を諦めることだけで贖罪になると考えるような娘を野放しはしないだろうとは思ったが。


「娘は西の山奥の修道院に送り、当主の座は息子に譲って私は領地に戻ります」

 西の山奥の修道院行きーーそれは、ほぼ罪人として扱うのと同じということだ。だが、その重い処分より、ヴィート様本人の隠居宣言の方が一大事らしい。

 宰相閣下が目を剥いてヴィート様を見る。


「ヴィオラ嬢についてや当主の件は僕の関わることではないが、筆頭文官たるレイド殿に隠居されては国政に影響が出る。考え直してはもらえないか」

 第一王子がちらりと宰相閣下を見て、とりなす言葉をかけた。

 実際にまみえた殿下は噂に聞くような不出来とは思えなかったが、リーリエラさまが言うようにそれ以上の能力がありそうだ。

 警戒した方がいいだろう。護衛としてではなく、立ち回りの話だ。


「ですが……」

 ヴィート様が憔悴した表情で王子と宰相を交互に見やる。……この人も狸だよな。

「あなたが隠居したとなると、いろんな人になにがあったと勘ぐられる羽目になって、この件が僕の手から離れてしまうよ」

 王子がにこりと笑いヴィート様を諫めるのに、ルートヴィヒ様はこの上なく不快そうに眉を顰める。


「当家としては隠すことはなにもない。国王陛下の裁きのもと、全てを詳らかにしていただくことに、なんの不都合もありませんが」

「……辺境伯令息殿は随分と刺々しいのだな」

「辺境の脳筋一族ゆえ、駆け引きは不得手なのです」

 王都の貴族間で囁かれる悪口を逆手に取り、ルートヴィヒ様が不遜に言う。

 本当はルートヴィヒ様はブルーム家きっての頭脳派だ。ある一点を除いては……

 

「リーリエラ嬢は違うだろう。美しく聡明だ」

 あ。やば。一点突かれちゃった。

 リーリエラ様を褒められて、ルートヴィヒ様の敵対スイッチが入った。目付きが鋭すぎる。

 もうバレているとは思うが、この人も十分ヴィオラ様やヴィート様のことを言えない、偏愛狂いだ。よく三年も触れ合いを我慢したものだと思う。


「殿下。よもや今回の件で恩を売って、妹を手に入れようなどとはお考えではありますまいな?そのように当家を侮るのであれば」

「……話が進まないな。頭が痛くなる」

 第一王子が初めて不快そうに表情を歪め、言葉を遮った。

 図星?それとも、リーリエラ様への思いを侮辱されたと気に障ったのか。


 だが、否定はしていない。

 ただ今回の件を不問にするかわりにと、リーリエラ様と王家の婚約を辺境伯が了承することは絶対にない。レイド家には、リーリエラ様と天秤にかけるほどの価値すらないのだ。

 それをわかっているから、隠し部屋で聞き耳を立てる王子の手の者にも事の次第を隠さなかった。

 ヴィオラ様がなんらかのトラブルを起こすことは想定内で、一番避けたいのはそれが王家のカードにされることだ。

 その手は通じないとはっきりさせた上で、早々に切り捨てたいーーそれが、ヴィオラ様とレイド家に対するブルーム家の総意。


 だからこそ、リーリエラ様が同じ条件で婚約を了承するばずもない。

 リーリエラ様は優しい子だが、それ以上に賢い人だ。自分の立場をよく理解している。

 でなければ、尋問も制止も無視してリーリエラ様の護衛を優先していた。


 大丈夫、なはずだ。


 ルートヴィヒ様と睨み合う第一王子を窺いながら、あの家庭教師が側にいないことを不審に思う。

 宰相閣下が保護者代わりとはいえ、閣下自身は中立の立場だ。敵ではないが味方もない。


 王子の数少ない側近で、亡くなった正妃の乳姉妹だったという子爵夫人。正妃の忘れ形見である第一王子に尽くすことは当然だといえる。

 王子が真にリーリエラ様を妻にと望むなら。


 ほぼ確実に、夫人はリーリエラ様と相対しているだろう。王城に顔見知りのいないリーリエラ様の相手に、面識のある夫人が選ばれることは不自然ではない。


 エラ様。

 今からでも向かうべきだろうかとそわそわする俺に、ルートヴィヒ様が短く呟いた。


「想定内だ」




 そして、その夜の春を寿ぐ夜会。

 まことしやかに囁かれたマーシャル第一王子とリーリエラ様婚約の噂が、場の話題をさらったのだった。




 


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