王都四日目・前説求婚
寝て起きて、午後はとうとう、お披露目会。
昨日知り合いになったご令嬢方に会えるのは楽しみだし、ドレスも可愛くてとっても嬉しいけど、パワーゲームはやっばり憂鬱です。
しかし私の思惑はおいといて、支度をしてくれるカテラとレイド家のメイドさん達はとても楽しそうです。仕事が楽しいのは素敵なことだね。
お披露目会のドレスコードは白。
ドレスの下に着た白のブラウスの袖は身ごろと同じレース生地を重ねてふわりと膨らんだ形で、袖口から肌が見えないようになっている。
その上に重ねた、大きな黒のリボンで結ぶ白のホルターネックのドレス。これ一枚でも着れるので自慢の背筋を見せつけたいところだけど、昼の集まりで背中出せないから。後日染めてリメイク予定。もったいない精神。
細身の身ごろはほんの少し水色がかった白のコットン生地の上に、シルクの糸で編んだ花をかたどったレースの生地が重ねてある。
スカート部分はシフォンを重ねてボリュームを出しつつ、軽やか。腰で結んだリボンと手首丈の手袋も黒。
踊ると足首が見える丈にして、華奢なゴールドのチェーンに、まんまるのアメジストが煌めくアンクレット。
アクセサリーがつけにくいデザインなので、レースのリボンが大きめなのが母様のこだわりで、父様のこだわりが紫から青にグラデーションするように六つの石を並べたピアス。家族みんなの目の色だ。
おしろいを薄くはたき、ほんの少しまぶたと目の下に色を入れ、自然な色の口紅を塗ればメイクは終わり。
子供の内は多少髪を下ろしてうなじを見せないのが決まりだそうだが、せっかくのホルターネックに後ろ髪がかかるのはもったいない。
なので、右サイドから左のこめかみまでをゆったりと編み込んでうなじを隠し、くるりと巻いた後毛を出しながら残りはサイドのポニーテールを緩くくずした三つ編みにした。結んだ紐に毛先を巻きつけて隠し、白い花飾りを根元に挿して、はい出来上がり。
「かっっっんぺきですわ!んもうっ、エラ様の小悪魔ちゃん!」
「ありがとう?」
小悪魔ちゃんはよくわからんけど、カテラおよびメイドの皆さんのお力添えのおかげです。
✳︎✳︎✳︎
「……これはまた、この上なく愛らしいな」
エントランスで待っていたルートヴィヒ兄様が、私を見るなり目を瞠り、思わずと言ったように呟いた。
このところ距離を置いていた兄様だけど、基本的溺愛は健在のようで、安心するとともに一抹の不安も感じます。
そして私は私で、正装の兄様を見て固まっている。
黒のシャツに赤のベスト、ネイビーのフロックコートに細身のパンツ。靴も同色。
私のピアスと同じモチーフのピンブローチを襟につけ、タイの色は明るい紫。
そして……青灰色の前髪を後ろに撫でつけて、美しい顔立ちが惜しげもなくさらされている。
20歳を超えて少し逞しさを増した綺麗な顔が、美しい額と生え際を伴って、なにこれ神々しい。
「美しすぎるって暴力だな」
ぽそりと呟くと、後ろに従っていたカテラとメイドさん達が深く頷いた。がつんとやられてしまいましたか、そうですか。
子供が主役の集まりでよかった。通常のパーティーなら、若いお嬢さん方を超越してしまう残念な人になるところ……って、夜は大人の集まる『春を寿ぐ舞踏会』があるんだった。
ドレスコードが違うから着替えるんだろうけど、フロックコートがタキシードになったところで美麗さは変わるまい。無防備な額を隠す様にむしろドレスとか着せ……ぐふぅ。
「わーエラ様、可愛らしいですねぇ」
今日のお供はリューク。カテラはお留守番。
破顔して褒めてくれるリュークの差し出した手を払った兄様の、触ら不の誓いを破棄したらしいエスコートで馬車に乗り、王城へと向かう。
「エラ、もし第一王子がなにか話しかけてきても無視しろよ」
「いや、そんなわけにいかないでしょう」
「構わない。辺境伯と王家は一線を画すべきだ」
「わかりました」
呆れたリュークは無視して即答する。それだ、辺境伯は中立でいるべきという建前でいこう。そうしよう。
第一王子と第二王子のあれこれも、勝手にやってくれればいい。頼むから巻き込まないでほしい。
正直、自分のことでいっぱいいっぱいなのですよ。
と、回避したつもりだった数十分前が懐かしい。
思わず遠い目で、凝りに凝った天井の彫刻を見上げた。わぁ綺麗な天使が踊ってるけど、ここは地獄だよね?
……どうしてこうなる。
「こちらでお待ち下さい」
応接室っぽい部屋に案内してきた王城の女官がそう言って下がると、盛大な舌打ちが隣のルートヴィヒ兄様から響いた。部屋にはいないけど、扉の外には王城の方がいるはず。不快ではないでしょうか、兄様。
「エラ、対応は私がする。お前は口を開くな」
「そうしてもらえるとありがたいです」
王城に着いて馬車を停めるなり、兵士と女官さんに連れられて別室に連れて来られた。
それだけでもう不安がすごい。なに、これからどうなると。
「八割方第一王子派のエラ様の取り込みでしょうね」
「取り込み?」
背後に控えたリュークが小声で囁いてくる。
辺境伯領で学ぶ、訓練に慣れた耳でしか聞き取れない周波数の声。
「辺境伯令嬢で、10歳にしてこの美貌。近年の辺境伯領での特産品にも目をつけられているでしょう」
「ええ……全部不快なんだけど」
リーリエラは確かに可愛い。けど、それだけだ。
頭は良くないし、多少運動はできても辺境の兵士たちの足元にも及ばないし、なによりずっと眠い。
外見詐欺もいいとこなのに、見た目だけで判断されて勝手に期待されても困るし、自分を見てもらえない虚しさって贅沢な悩みだろうか。
それより、今まで時間をかけて築いてきた産業に乗っかって甘い汁吸おうというなら、よほど魅力的な交換条件を示してもらえるのでしょうな??
確かに野菜は広げてもいいと思う。ブルーム領の持ち出しにならない範囲で。食糧が安定生産で美味しくなるのは願ってもないことだ。
だけどそうなると、魔物からしかとれない浄化器官の確保だとか、魔物の乱獲の懸念だったり、後は交換するタイミングとか色々難しい。ある程度の対策は準備しているけど。
……鑑定の力を隠して説明するのが面倒だよなぁ。
それなりに慎重にやってきたつもりだけど、ブルーム領も私自身も、経済的及び外交的なノウハウが乏しい。そりゃ王家の力には敵わないだろう。
「リューク、ちなみに後の二割は?」
「第一ではない王族によるエラ様の取り込みです」
「え、八方塞がり」
「もし王子との婚約などというふざけた申し込みがあれば拒否するから安心しろ。王家も辺境伯領を敵に回してまでは無理強いしないだろう」
少し落ち着いたらしい兄様が、同じ周波数の声で教えてくれる。え、てか王子と婚約ってまじすか。
「だが、それに準じてリーリエラを王都で囲い込もうとする可能性はある。王都学校に通わせるために、とか」
「王都学校」
思わず復唱する。兄様二人は王都の学校には行かず、ブルーム領内の学校に通っていた。兵士としての役割が大きいためだ。
王都の学校に通うのは、よほど兄弟が多い時だけと聞いていた。あ、婚活のためだそうです。
「エラは興味を持つだろうと思っていた。不都合を排除してレイド伯爵家から通わせることは、領主夫妻も考えていらっしゃる」
兄様が優しい笑顔を浮かべてそう話したところで、扉がノックされた。
不都合とはヴィオラ様のことだろうかと思いながら、応えるリュークを見上げると、心配そうな瞳がこちらを見て励ますように細められた。
合点承知。大人しくしておりますともさ。
入ってきたのは、マーシャル第一王子殿下とカジェンデラ前子爵夫人。劣勢の第一王子の急な呼び出し。取り込む、という言葉が現実味を帯びる。
お披露目会用に王族の正装を身につけた殿下は、見ているだけなら可愛らしくて和むんだよなぁ。
権力さえなければなぁ。
「王族には辺境の血を入れぬという不文律があり、その理由は王国のため。王子殿下の一存でどうにかなると簡単に覆されては、辺境伯領の沽券に関わる。
お立場を鑑みれば発言には注意されるべきかと」
「ですが、本人が望めばその限りではないでしょう」
「まるでこちらが望んでいるような口ぶりはやめていただこう。10歳の子供の言い分を真に受けて、ブルーム領を敵に回すと?」
自己紹介とほんの少しの世間話の後、マダムが早速とばかりに第一王子との婚約の話を持ち出してきたため、ただいま兄様激おこ中。
兄様の美しさに頰を染めていたマダムも今は青ざめていて、兄様の言う通り無理強いしたりはしなさそうだけど。
そもそも、辺境伯領が中立を貫くのは王家への忠誠の証だ。辺境伯はもう一家あるけど、三つの国と面しているブルーム辺境伯領が担う防壁の役目は大きい。
そこが第一、第二のどちらかに肩入れなんかしたら、一気にパワーバランスが崩れる。もちろんそれを狙っての婚約の打診だろうけど、これははっきり言って悪手だ。
この手を選ぶ事自体が、王への叛意ととられてもおかしくはないのだから。そうなればもちろんブルーム領も巻き添えだ。
やだ、なんの得にもならないじゃないか。
なにやら口をもぐもぐして指先をくるくるしていた第一王子が、ひた、と視線を私に合わせてくる。なんだか気まずいのでへらりと愛想笑い。
第一の口がぱかりと開く。あ、なんかスイッチ入った気がするな、と呑気に思っていたら、王子殿下がとんでもないことを言い出した。
「僕が婿入りする」
「は?」
「なにを仰るの!」
あ、マダムが一番驚いている。そりゃそうだ、王太子に近づくために婚約を打診したのに、それを降りるとはこれ如何に。
「僕が王位継承権を持ったままブルーム辺境伯と縁を結ぼうとすれば、間違いなく無用な疑いをかけられるだろう。僕がリーリエラ嬢に婚約を申し込んだのは後ろ盾が欲しいわけでも、王太子になりたいからというわけでもない」
隣で兄様が目を見開いたのがわかる。
そうなの、第一王子は実は賢いみたいなんだよねぇ。
「いま僕は弟の後塵を配している。それは周りの力が大きいが、僕自身が望んでいないからでもある。僕は王位も、国も、望まない。国のため、民のためを思うなら無益な争いを避けるために、王位継承権を放棄する。それが僕にできる一番の」
「そんなわけないでしょう!?正当な王位継承者は正妃様の御子様であるあなたです、マーシャル殿下!国王陛下もそれを望んでいらっしゃいます!」
「陛下には僕から話をする。わかってくださるまで何度でも」
第一王子は、口論を続けようとするマダムを制し、幼さの残る麗しいお顔を私に向け、真摯な口ぶりで告げた。
「僕が望むのは君だけだ、リーリエラ嬢」
え。めんどい。




