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愛され転生令嬢は、頭が悪いと罵倒されました  作者: 叶橘
転生したのにスペックダウン?
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目が覚めたら夢の中でした。


「リーリエラ!其方は今までなにを学んでいた!」


 学年最後の夜。学園主催のお茶会で、かっちりと正装を着こなしたマーシャル王太子殿下が、凛とした声で叱責を飛ばす。

 途端、賑やかだった会場がしん、と静まり返ったのにも気付かず、王太子は尚も言い募る。


「其方は王太子である私の婚約者という立場でありながら、王太子妃教育も受けずに遊び回り、学生の本分たる学業も疎かにし、先日の試験の順位は下から数えた方が早いという体たらく!

 そのような低脳で王太子妃、延いては王妃が務まると思っているのか!!」

 プラチナブロンドのさらりとした髪に、エメラルドの瞳が美しい殿下は怒り心頭といった真っ赤な顔で更に怒鳴る。

「聞いているのか!?本当に鈍臭い女だな!」

 衆目の中、名指しで罵られたリーリエラは、青ざめた顔を華奢な作りの扇に隠して立ち竦んでいた。繊細な扇の飾り紐がふるふると揺れる。


「……申し訳ございません、殿下」

 凄まじい勢いで罵られてくらくらしていたリーリエラは、なんとか謝罪の言葉をしぼり出す。

 だが仕方ない。リーリエラの試験の順位は言われた通りの下の下。低能という言葉はどうかと思うが、頭の出来が悪く、鈍臭いのもその通りなのだ。


「シャル」

 ざわざわとした音が戻る会場には聞こえないような小声で、殿下を窘めるように愛称を呼んで諫めるのは、学年主席の才女、サフィア・エラーダ子爵令嬢。

 シンプルな緑色のリボンで束ねただけの落ち着いた茶色の髪に、これまた緑の伝統的な型のドレス。

 青い瞳に度の強い眼鏡をかけた、学園きっての真面目で才媛と名高い彼女が、王太子殿下の隣に立ち、虫を見るような目でリーリエラを見下ろした。

「リーリエラ様、今回のことは流石に問題です。……まさか、マーシャル殿下を支えるべき立場の方が、追試を受けねば落第するような成績だとは」

「まったくだ!恥を知れ!」

「……申し訳ございません」

 恥だと言うならなぜ、このような場所で言及してくるのだろう。リーリエラは憤りを堪えながら再び謝罪した。

 そもそも、個人の成績や順位は通常は秘匿されるべきプライバシーである。本人と家族には通知されるが、結果が張り出されるようなこともない。

 リーリエラは王太子の婚約者であるから、成績は王国府に報告はなされているので王太子が知っていることに驚きはない。だが、まさかサフィアにまでそれを伝え、このような場で言い立てるというのは、むしろ王太子の愚挙である。


 だが、王太子は愚かどころか、入学早々に学園卒業試験を満点で修了し、全ての試験を免除されている天才的な頭脳の持ち主だ。その程度のことがわからないはずがないのに、なぜ、こんなことを?

 リーリエラは震える手を隠す為に扇を閉じ、罵倒を止めない王太子と、その隣で嘲るように瞳を眇める子爵令嬢を見ながら、表情を曇らせた。





✳︎✳︎✳︎



「うっ……眩しい」

 夕暮れのオレンジの光が目に飛び込んで、思わず呻く。

 寝返りをうって光に背を向けると、ぽふりとやたらふかふかした布団の感触に違和感を覚える。

 ん?なんだこの感触。私は硬めのマットレスが好きなのに。体が沈んでしまって動きにくいったら。

 網膜に焼き付いた影を瞬きで追い払い、起き上がろうとして布団に埋まってもがく。そして、不意に違和感をおぼえて首を傾げる。

 なにか、変だな。


「お目覚めですか?」

「っ、誰?」

 聞こえた若い女性の声に、慌てて布団をまくって身構える。

 西日の差し込む窓の木戸を閉めていた、クラシカルなロングスカートのメイド服の女性が、呆れた顔で私を見た。

 え、なに。なんでメイドさん?

「はいはい、姫様付きメイドのカテラですよ。寝ぼけてないで、ディナーの支度をなさいませ。エラ姫様」


 …………エラ姫、とは。

 もちろん私はエラでも姫でもなく早乙女 琴音という名の純日本人だ。理学部数学科を学ぶ大学生で、三連休の最終日である昨夜も、趣味である数学の難問に三日徹夜で取り組んでいた次第で……ん、あれ?

 首を傾げる私をベッドから追い立て、着ていたパジャマっぽい服を脱がされる。ひぃっ。叫ぶ間もなくドレスと呼ぶ方が近いワンピースを着せるメイド……カテラの動きは手慣れていて無駄がない。

「姫様?まだ眠いですか?ですけど、お昼前から眠ってらっしゃいましたからね。夜、眠れなくなりますよ」

 眠って……あ、そうか。夢か。

 ショートスリーパーであるとはいえさすがに三徹は無理だったのか、寝落ちからの明晰夢ってやつだな。やたら明瞭なのが不思議だけど、この状況は夢でしかあり得ない。

 納得してうんうん頷いていると、髪を結えない動くなとヘアブラシで小突かれた。あれ、痛い。






「リーリエラ!大丈夫かぁぁあぁあ!?」

「ふぐっ」

 カテラに連れて来られた大きな扉の部屋。

 扉が開くなり、大きな声と共に誰かに抱きすくめられた。ご立派な腹筋に鼻がぶつかる。あれ、痛い。

「ガオ、エラは寝ていただけだ。心配いらない」

「あっ」

 平坦な印象を受ける声の後、べりっと抱きついていた体が剥がされ、ひょいっと持ち上げられた。視線が一気に高くなるが、なぜか怖くない。

「だがエラ。組み手中に突然寝るのは危ない。うっかりお前を投げ飛ばした兵士達が、泣き叫んでいたぞ」

 身に覚えのないこと……って、うおぅ。

 目の前にある麗しい顔にビビる。

 さらさらの青灰色ブルーグレーの短髪に、紫がかった青の美しい切れ長の瞳。整った鼻梁に薄い唇。無表情だけど凄い美形である。やだ眼福。


「ルー!エラ返せよー!俺が抱っこする!」

「いやぁ」

 さっきガオと呼ばれた細マッチョが、私に手を伸ばしてくるが、体が勝手にそれを避けた。

「エラ……エラが逃げた……」

 亜麻色のまっすぐな髪を後ろで縛り、幼さを残した面立ちの中で、涼しげな印象のある青紫の瞳に涙がにじむ。おいおい泣く程か。

「ガオの抱っこは危ない。エラは賢いな」

 ルーと呼ばれたご機嫌な美形に優しく頭を撫でられ、あれこの人もしかして過保護?とその顔を見返した。

 澄んだ瞳に、キョトンとした表情の少女の顔が映っている。……いや、幼女?

「危なくない!もう潰さないから!」

「前科がある。信用できない」

 どうやら、ガオに潰されたことがあるらしい。怖。

 あ、だから反射的に避けたのか。

 すたすたと大きなテーブルを回り込み、少し高めに作られた椅子に座らせてもらう。

 私専用らしいその椅子に座った瞬間、ぶわ、と情報が溢れた。


 ふむふむ、この夢の中の私は、リーリエラという名で、ブルーム辺境伯家の二女という設定らしい。エラは愛称だ。

 4歳になったばかりだが、私と違ってものすごく運動ができるっぽいのが、ちょっと動いただけでわかる。運動不足で猫背気味のリアルの私とは違い、ひとりでにぴんと伸びる姿勢が辛くない。4歳児の体幹ではない。

 というのも、このブルーム辺境伯領は三つの他国と接している広大な土地だ。

 なので侵略に備えて、皆が戦えるか身を守れるだけの力を身につけるのが当たり前。リーリエラより小さな子供も日頃から鍛錬を積んでいる。

 そして、このテーブルを一緒に囲んでるのがうちの家族。さっきのルー兄様……ルートヴィヒが長男15歳、ガオ兄様……オレガリオが次男14歳。年齢差が一年ない年子だ。

 辺境伯であり領主であるガチムチの美丈夫なサムザラムお父様と、素手で猪を倒せるとは思えない儚げな美人であるマルグレッドお母様、そして末娘の私。

 18歳のシンシアナお姉様は、私が生まれてすぐ、三つある隣国の内、友好関係にある東の大国の侯爵家に嫁がれたらしい。

 ……と、一瞬で理解した。夢なのに設定細かいなぁ。


「ありがとうございます、ルーにいさま」

 気を取り直し、運んでくれたルートヴィヒににこりと笑ってお礼を言うと、美形の顔がやに下がった。

 崩れても美形だけど、どんだけ妹好きなのか。

「いいなぁ……俺もエラににっこりされたい……」

 隣の席でオレガリオがガックリしたので無視しておいた。なんせお昼を食べ損ねてるので、えらい空腹なのだ。夢だけど。


「さあ、騒ぐのはこのくらいにして、食事にしましょう」

 にこにこと見守っていたお母様の合図の声に、使用人が一斉に動き出す。滑らかな動きだ。驚くことに足音が立たない。

 目の前に置かれた前菜は色鮮やかな謎野菜混じりの緑の魚のカルパッチョ。塩が美味しい。

 スープはベーコンと根野菜。塩が美味しい。メインはやっぱり肉。豪快に焼いたステーキに塩が美味しい。

 主食はパン。バゲットみたいな固めのパン。塩とオリーブ油っぽいオイルが小皿で添えてある。いいお肉だから米が欲しいなぁ。目が覚めたらご飯炊こう。

 デザートは果物。うんうん、素材の味。

「ご馳走様でした」

 美味しかったと満足して、食後は居間に移動して、なぜか父様のお膝に座らされて家族で団欒し、お風呂では恥ずかしがる間もなくカテラに洗われて拭かれて寝巻きを着せられた。うん、まぁ4歳だから仕方ないな。

 それにしても、青臭い匂いの石鹸で全身洗われるのはちょっと苦痛。薬草が入っているらしい。起きたらお気に入りのオレンジの香りの入浴剤でバスタイムにしよう。

 そう思いながら、ふかふかのベッドに潜り込む。

 この体にはこの柔らかさがちょうど良いらしく、違和感はあるのだけど、秒で寝落ちた。


 そして目が覚めーー


「……なぜだ」

 まだ、私はリーリエラのままだった。




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