新国王にクビにされた縫製師の俺。いや、戻ってこいと言われても今更遅いからな!
「ビオケイン、お前クビな」
「は?」
新しく即位された国王陛下との、初めての謁見。その場で俺は、いきなりそう宣言された。
「父上はお前を重宝していたようだが、お前より腕のいい『縫製師』ならいくらでも知っている。気がついたら城の外でフラフラしてるお前よりも、俺は自分が見込んだ奴に城内の衣装を任せたいからな」
「……はあ。それでよろしいのですか、陛下」
新王陛下のお言葉に、一瞬あっけにとられた。
俺の職業は、縫製師。ま、要は縫い物の専門家だ。王族がまとう衣装とか、使用人の服装とか、あと近衛隊の兵装とかをデザインしたり、重要なものは自ら作製したりするのが仕事。
先王陛下は俺の能力を見込んで、色々と便宜を図ってくれた。俺も陛下の恩に報いるべく、そのお好みに合わせて衣装をデザインしたり自分で納得の行く素材を探しに行ったりしたもんだ。
……どうやらそれが、新王陛下には面白くなかったらしい。あと多分、好みの問題。
「お前のデザインは地味すぎて、俺の好みじゃないんだよ。即位式典の衣装だけは父上がお前に命じて準備してくれてたものだから我慢して着てやったが、あれが最後だ」
「陛下がそういうお考えであれば、私には申し上げることはございません」
要するに、今の陛下は派手好きなんだよね。金糸や宝石をふんだんに使ったり、すべすべした高い布だったりが好みだってのは俺が関与しない、普段着見ればわかる。今後はどうやらその路線を、儀式や謁見の際にも取り入れたいらしい。
だって今、目の前で王座に腰を下ろしてる陛下の衣装がそういうデザインだから。もちろん、俺が作ったものじゃない。
「このまま城を出て、どこへなりと行くが良い。ああ、王都からも出ていけ。目障りだ」
「仰せのままに」
えらく乱暴だな、というのは王太子殿下だったときから分かってるよ。そのたびごとに先王陛下や王妃殿下……今の王太妃殿下に叱られてたのになあ。この方を王座に座らせて大丈夫かね、この国。
と、このまま城を出ろって言われても困るな。私物だけ持って帰らせてもらおう、と俺は申し出た。
「縫製室に、私物がございます。そちらを引き取りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、それは許可しよう。もっとも、部屋の前にまとめて放り出してあると思うが」
「承知いたしました。では、御前を失礼いたします。お世話になりました」
本当に、えらく乱暴な方だ。やれやれ、と肩をすくめることもせずに俺は、新王陛下の前を辞した。荷物持ってさっさと逃げたいけれど、同僚たちに挨拶していかないといけないしな。
すぐに王都を離れたんで、その後の話を俺は伝聞でしか知らないんだけどさ。
「ビオケインを解雇した、と? 愚か者!」
新しい縫製師を王太后殿下に紹介した国王陛下、思いっきり怒鳴られたらしい。王太后殿下は先王陛下同様、ものすごく良くしてくださった方だからなあ。
「は、ははうえ?」
「お前はビオケインの何を見ていたのですか! 即位用式服に施された守護と繁栄の『魔法縫製』に気づかなかったと!?」
王太后殿下は、国王陛下に全力往復ビンタ食らわせた後、さっさと王都離れて南の別荘に引っ込んだ。
ここらへんを教えてくれたのは、別荘に引っ込んだ後の王太后殿下からの依頼を持ってきてくれた侍従さんだった。いや、俺の今いる街が王太后殿下の別荘の近くだったんだよね。というか、場所調べてきただろ、殿下。
「いやはや。まさか、国王陛下が魔法縫製を感じ取れないとはわたくしも思っておりませんで」
「まあ、分かりにくいように縫い込みましたけど」
「さすがはビオケイン様でございますな。ですが、着用されたのであれば僅かなりとも感じ取れるはず」
依頼書を受け取った俺に、侍従さんはにこにこと上機嫌である。まあ、この人も今の陛下が王太子だった頃からわがままに振り回されてたもんなあ。
魔法縫製。縫製師の中でもごく一部の者だけがたどり着ける境地、と言っていい。要は、縫う服にいろんな魔法の力を含ませる技術である。俺が先王陛下に雇用されていたのは、この技術がものを言った……ま、俺の作る服が先王陛下の好みだったからでもあるんだけど。
王族の皆様方が幸せに、平穏に、安全に暮らしていけるように。
その王族に仕える侍従や使用人、そして近衛兵たちが無事に任務を終わらせることができるように。
その願いと守りの力をこめた服を考え、作り、縫い上げるのが俺の縫製師としての仕事だった。
「今の陛下が重用しておられる縫製師の方も、腕はよろしいのですが魔法縫製のほうは……」
「と言っても、俺以外に魔法縫製の原図を製図できる人って、今王都には」
「おりません。ビオケイン様の解雇を知って、皆離れられましたので」
マジかー。確か二人くらいいたはずだぞ、俺クビになった日。
いや……たかが服に魔法の力縫い込めるだけならまだ、いいんだけどさ。
「ビオケイン様の魔法縫製結界のお力を、今の陛下には先王陛下からお伝えいただいているはずなのですが」
「多分、眉唾ものだって思っているんじゃないですかね……」
そう。
俺は国土を布地に見立てて、国自体を守る結界を張っている。厳密には、数代に一度縫製師に依頼してそういった結界を張るのだそうだけれど。
「ですが、今回の代替わりを期に帝国がこちらを狙っているようです」
「……知ってる人たちに害が及ぶのは、嫌ですね」
王国の隣りにある帝国は、数代前から王国の国土を狙っている。こちらのほうが気候が温暖で食糧生産がしやすい、ってのはでかいからな。
そのために俺や、昔の縫製師たちは王族の庇護のもとに結界を張っているんだけど。
「ビオケイン様は、あなた様のお心のままにお進みください。そう、王太后殿下から言付かっております」
「ありがとうございます、とお伝え下さい」
帝国と正面からぶつかるのは、今の陛下におまかせするさ。
俺は俺の守りたい者だけを守るから。
王都から俺について移住してきた、街の人たちを。
というか、今王都って人どれくらいいるんだろ?
『ビオケインよ。貴様の縫製師としての腕を見込み、王都への帰参を命ずる』
国王陛下からの命令書を読みながら俺は、いい加減にしやがれわがまま陛下、と胸の中だけで悪態をついた。