フェルン@と初ID(2/3)
このIDのラスボスである巨大ワニのギュスターヴだ。
ギュスターヴと言うワニは実際に存在した巨大なナイルワニの名前らしい。
実物は6~7mと言われているらしいのだが、今目の前に居るギュスターヴはモンスター図鑑の説明によると、15mを超える巨大なワニとのことだ。相当なデカさだ。
今回は攻撃をしなくても、ある程度近づくと攻撃態勢に入ってしまうので、目視出来たところでボスの説明に入ることにした。
「あの正面に見えるワニがボスだよ。さっきのネズミみたいに、とりあえずスキル確認してみようか」
「はい」
ここのボスの使うスキルは2種類だ。
「スキルの説明を読んで内容を理解できますか?」
「えーっと……、暴れ回るって言うスキルが範囲攻撃で、テイルアタックが吹き飛ばし攻撃ですか?」
スキルの詳細を読んで攻撃の種類を大まかに判断する作業は問題なく出来ているようだ。
筋は悪くない。
ちなみにユッキーは……。何も思い出さなかったことにしよう……。
「正解。スキルの確認方法は大丈夫みたいだね。少し補足しておくと、暴れ回るは5秒間ボスを中心とした半径5mの範囲攻撃で、5秒で最大10回ダメージを食らう可能性がある攻撃だよ。スキル攻撃の準備行動で口を大きく開けるから範囲内に居たら逃げてね。敵の範囲スキルは一応魔法時が出るからそれを頼りに範囲外に脱出してね」
「showさんも逃げますか?」
なかなかに微妙な質問をしてくる子だ……。
他のIDにおいても、ダメージ量やボスの場所を固定しておきたいなど色々な条件によって逃げたり逃げなかったりするのだ。
盾をする人によってプレイスタイルも違うので、一概に逃げる逃げないとは言い難いのだ。
「んー、今回のIDは弱いから逃げないけど、適正レベルの人だと逃げる可能性があるから何とも言えないね。フェルン@さんは後衛職でダメージを貰う理由も無いから確実に逃げてね」
「頑張ります」
「じゃあ、次に弱点を見てみようか」
初見の場合はスキルと弱点が分かれば後は何とかなることが多い。
この2つは確実に把握できるようにしなくてはいけない。
「えーっと……、雷と……、何のマークですか?もう一つの方は……?」
「あー、それは刺突だね。弓とか槍、あとはレイピアとかだね。マークの所にカーソルを合わせれば何のマークか表示されるよ」
マークの意味などが分からない場合はカーソルをマークの上に合わせると色々な情報が出てくることがある。……もちろん何も表示されないこともある。
ここれも基本なので教えておくことにしよう。
「本当だ。書いてありました。ありがとうございます」
「うん。もし、今後何か分からないことがあったら一応カーソルを合わせてみるといいよ。今みたいに何か情報が出てくることもあるので……。もちろん何も表示されないこともあるから何か分かればラッキー程度の気持ちでね」
「分かりました」
これで基本的なことは概ね教える事が出来たと思う。
他にプレイしていて不明な点や不自由な事が出てくればその都度教えてあげればいい事だろう。
「じゃあ、今回は避ける練習も兼ねて一通りボスのスキルを見てから倒すことにしましょう」
「はい、攻撃はしない方が良いですか?」
今はメイスに持ち替えてもらっているので、恐らく1発で倒してしまうことは無いとは思うのだが、念のために攻撃は控えてもらうことにしよう。
「そうだね。一通りスキルを見終わってからにしようか……。敵の範囲スキルってこんな感じで発動するんだよって言うのが分かれば良いだけだからね」
「フェルン@ちゃんは後衛だから必要ないのに……」
既に空気と化していたユッキーがボソッと呟いていた……。
「今は後衛だけど、今後気が変わって前衛職になるかもしれないだろ?……それに、ゲームを進めて行けば後衛も逃げないといけないような広範囲のスキルだってあるんだから回避の練習はしてそんはないだろ」
ユッキーはやることがなくて暇を持て余しているのだろう……。
多少遠回しな表現だが、余計なことを言わないように注意したつもりなのだが、分かってくれただろうか……?
「それはそうだけど……」
ユッキーがフェルン@さんと遊びたいと言ってきたので付き合っているのに少しワガママが過ぎると思う……。
このまま放置しておくと今後、俺以外の人にも色々とわがままを言って迷惑をかけそうなので、この点についても釘を刺しておく必要があるだろう。
「ユッキーがそこまで好き勝手したいなら、このIDが終わったら解散でも俺はいいんだぞ?ユッキーが遊びたいって言ったんだから少しは我慢しろよ」
「ごめん……」
シュンとした感じで素直に謝ってきた……。ユッキーが俺に対して素直に謝罪するのは本当に珍しい事だ。
少しは反省しているようなので、今回はフェルン@さんの時間の許す限りの範囲で同行してあげてもいいだろう。
「フェルン@さん、今のは見苦しい所を見せちゃったねごめん……。こういう事はこれ以上起きないようにします。ユッキーも気を取り直していこうか」
少し空気が悪くなってしまったので、いつもより明るい感じで声をかけた。
戦闘開始の合図を出し、いつも通りボスにディスターブを使ってヘイトを稼ぐ。
今回はスキルを見終わるまで誰も攻撃をしないと言う約束なので近づくだけで良かったのだが、ついつい癖でスキルを発動してしまった。
間違えて攻撃だけはしないように気を付けよう……。目を離すと自動反撃で攻撃してきた相手に攻撃をしてしまうので少し移動したり、ジャンプしたりしながら完全に停止しないように気を付ければいいだけの話だ。
もちろん自動反撃をOFFにすればいいだけの話なのだが、通常フィールドで放置狩りをするときに再度ONに戻さないといけないのが面倒なので常時ONの状態にしてある。
放置狩りとは、死なない程度のダメージを与えてくる敵が沸く場所に放置して自動反撃を利用し、通常攻撃で敵を倒してもらう手抜きEXP稼ぎの1つだ。
人が多い場所では迷惑になるので、人の少ないchか人気の少ない場所でやるのがマナーだ。
迷惑になるような場所で狩りをしていると、叩いている途中の敵を挑発などのスキルなどを利用して放置している人よりもヘイトを稼いで敵を別の場所まで持っていき、放置狩りしている人も自動追尾で別の場所へ移されたり、大量の敵を押し付けられたりして戻ると死んでいるなどと言う事もある。
火力職は一気に大量の敵を短時間で倒すことも可能でEXP稼ぎはそれほど大変ではない。なので、放置狩りをしている人に一部の場所を占領されるのが許せない人もいると言う事だろう……。
だが、盾やヒーラーはそこまで強い攻撃スキルを習得することはあまりないので、PTを組んでもらいEXP乞食をするか放置狩りをしてチビチビとEXPをを稼がないとレベル上げが結構大変なのだ。
何が言いたいのかと言うと……、放置狩りの邪魔をしないで温かい目で優しく見守ってほしいと言う事だ。
そんな事を考えているうちに、1つ目のスキルのテイルアタックをボスが使ってきた。
レベル差がありすぎるので、ほぼノーダメージと言っても過言ではない。ただ、ノックバック効果は普通に発生するので後ろへ吹き飛ばされた。
「フェルン@さん、今のがテイルアタックです。もう1つのスキルが出るまで少し待ってください」
「結構飛ばされるんですね」
「10mくらいかな……?ヒーラーは距離感が大事だから目測で距離を測れるようになっておくと便利ですよ」
回復スキルによっては、発動者を中心に○○mの範囲内のPTメンバー全員が回復対象になるスキルなどもある。特にバッファーも兼任する場合はバフ効果が発動者からの範囲効果が多いので、おおよその距離は把握できないといけないのだ。
こういったスキルは詠唱中に魔法陣が出るので、余裕があるときならば範囲外にいるPTメンバーが自分から有効範囲内に移動するのだが、PTが広がっていた場合は中心付近で発動しなければ移動が間に合わない人も出てきてしまうのだ。
他にも盾との距離が離れすぎていると回復をする度に盾に近づくなどの無駄な行動をしないといけない事にもなってしまう。
その数秒が生死に直結してしまうことも稀にだが発生する。なので、ヒーラーの距離感と言うものは結構大切なプレイヤースキルの1つなのだ。
「はい頑張ります」
そして、しばらくするとワニが大きく口を開けた。この動作が詠唱や溜めにあたる動作なのだろう。ワニを中心に魔法陣が形成される。
魔法ではないが魔法陣が出るのはゲームの仕様なのでご愛敬だ。
「今が前動作です。魔法陣の外に退避してくださいね」
範囲スキル準備中は魔法陣でスキルの有効範囲を教えてくれる。基本的には範囲外に逃げるのが鉄則だ。
「はい、出てます大丈夫です」
注意するまでもなく最初から範囲外に居たようだ。
その後、ワニが激しく暴れ回っているのだが、こちらはほぼノーダメージだ。
そして何事も無く範囲攻撃が終了したので攻撃指示を出す。
「フェルン@さん、攻撃して大丈夫ですよ」
攻撃指示を出した直後からフェルン@さんの詠唱が始まる。
2秒弱の詠唱が終わりサンダーボルトが放たれ、無事に命中する。ワニのHPが8割近く削られる。
一定以上弱点攻撃をしたことを示すBPも削り終わっている。
これ以上は倒すのを待つ必要な無いので遠慮なく一刀両断させてもらった。
「あーーーー!フェルン@ちゃんの練習なのにshowが攻撃したー!自分で攻撃するなとか言ってたくせにトドメ指した!show最低だ!フェルン@ちゃんに謝れ!土下座だ!土下座しろ!」
まるで鬼の首を取ったかのような勢いでユッキーが捲し立ててくる。
「もう十分練習は出来てただろ。それにBPも削り終わってたんだから待つ必要はないだろ」
肩をガックリと落とし、少し呆れながら反論する。
「それならワタシが攻撃してもよかったじゃない!」
正直この手のいちゃもんは面倒以外の何物でもない……。それと興奮しすぎて声が大きいのでうるさい。
「ユッキーの場合はBPを削り終わる前に攻撃するだろ?」
「ワタシ槍!刺突!」
恐らく弱点を攻撃できると言うアピールなのだろう……。しかし最低でも1発はフェルン@さんに攻撃させなければ練習にはならないと俺は思う。
攻撃をした後ならば攻撃をして良いとする旨をユッキーに伝えていなかったと言う部分については俺にも落ち度があることはあるのだが、それでも少しだけ、ほんの少し、それはもう無いと言っても過言ではないくらい少しだけの落ち度だと思う。
「あー……、はいはい。分かった分かった。俺が悪かったよ。次からはユッキーが攻撃していいから。但しフェルン@さんに1度は攻撃させること」
正面から相手にするのは面倒だと思ったので、適当に流しながら形だけの謝罪と次からは攻撃しても良いとする旨を伝えておいた。
「次こそはフェルン@ちゃんに良い所をみせるんだから!」
本人は張り切っているが、雑魚を一蹴したところで良い所とやらを見せることが出来るかは不明だ。
「フェルン@さん、どうでしたか?IDは一応こんな感じです」
「少し敵が弱かったですが楽しかったです」
本音なのかお世辞なのかはわからないが、一応は楽しんでくれたらしい。
ユッキーが欲求不満そうなのでフェルン@さんの今後の予定などを聞き、時間がまだあるようならもう少し付き合ってもらうことにしよう。
「フェルン@さん、まだ時間はありますか?時間に余裕があるなら1日の周回の限界回数まで回りませんか?」
同じIDは1日に5回までしか回ることが出来ない。つまり、5回が限界の回数と言う事だ。
遊びすぎに配慮したものなのか、アイテム数を調整したい運営の思惑か……?理由は分からないが1日5回までと決まっている。
先に進めばIDの種類も増えていくので、1日に6回以上IDで遊びたい場合は何種類かのIDを梯子すれば良いだけなので大した問題ではない。あくまでも1種類のIDにおいての1日の限界が5回と言うだけだ。
……とは言え、適正レベルのIDで武器やアイテム以外を取ることはあまり無いので、恐らく運営側がレアアイテムの乱獲を防ぐために回数制限を設置しているのだろう……。
中にはゲーム時間を制限したいからと言う持論を展開する人もいるのだが、ゲーム時間を制限したいのならばログイン出来る時間を制限した方が早いと俺は考えているので、アイテム乱獲防止と言う論に賛同しているのだ。
もっと言ってしまうと、このゲームはメインとしているRPG以外にもシューティングゲーム、カードゲーム、ボードゲーム、懸賞、etc……。時間を潰すだけならいくらでも潰す事は可能なので、時間制限と言う観点は違うようにも感じるのだ。
しかし、フィールドでの狩りが苦手な職にとってはID周回での経験値はレベル上げには必須だ。そう言う意味ではこの回数制限を作った運営を呪わずにはいられない……。
「はい、まだ大丈夫です」
フェルン@さんはまだ時間に余裕があるようだ。
普通にこなしたとしても1周5分も掛からずに終わってしまうのでフェルン@さんにPTリーダーの練習もしてもらおうと思う。
「じゃあ、せっかくなのでPTリーダーを任せてもいいですか?今後、他の人を誘ったりする時に必要になる事もあると思うので練習です」
「はい、分かりました」
「じゃあ、今からリーダー権限を譲渡するね。まずはIDをリセットしてみようか」
クリアしたIDをもう一度やる場合や、やり直したい場合はリセットをする必要がある。
リセットをせずに入ってしまうとIDに入れる回数を1回無駄に消費してしまう。このようなミスは初心者によくあるミスだ。
野良PTで特に多い事案なのだが、リセットの確認をしないまま勝手に入ってしまい規定回数を回れなくなると言う事もある。周回出来ないのはミスをした人だけなのだが、集会をする場合は上限である5回の周回で募集をするのが基本だ。なので1人でも回れないとなってしまうとそこで周回終了となる場合が多い。
どちらにしてもPTメンバーに迷惑をかける結果に変わりない。野良の場合はミスが多いと変な噂が立ってしまうこともあるので要注意だ。
「まずは、自分の顔のアイコンの所で右クリックを押す」
「はい、あっ!IDのリセットってやつですか?」
「そうそう、それそれ。あと、IDも入るときにPT用とソロ用で選べたでしょ?それでやるときも同じようにリセットをし忘れないように気を付けてね」
とは言ったものの、人間ミスした方が覚えやすいものだ。ソロで回ったときにでも盛大にミスをして注意する癖をつけてほしいものだ。
ちなみにユッキーはミスをしても次の日には忘れている……。
「はい」
システム:IDをリセットしました
無事にリセットが完了したようだ。
「OK、OK。簡単だからこれは大丈夫だね。野良の時はリセットされたことを必ず確認する事。不安なら1番初めに入らなければいいからね。特にPTリーダーの後に入れば安全だから」
他のは人が入れば基本的にはリセットされていると言う事だ。……もちろん初めに入った人がミスをしていなければの話だ。
まあその場合は初めに入った人の責任になるので後発組は文句を言われる事は少ない。もちろん絶対に言われない訳ではないので多少の注意は必要になる。
「はい。他にPTリーダーでやることはありますか?」
「今は他にやることは無いけど、最初にPTを組んだ時にアイテムの配分方法の確認と変更を忘れないようにしてね」
あまり配分方法を変更する機会は無いので、PTメンバーが集まった時と周回を開始する直前の2回は最低でも確認しておきたい。変更したつもりが変更されていなかったと言う事も無きにしも非ずなので確認は怠らないようにしたいものだ。
「ちょっと変えてみてもいいですか?」
「いいよ」
システム:アイテム配分変更
簡単な操作なので説明するまでもなく1発で出来たようだ。……むしろ出来ない人の方が稀だろう。
「ランダムでもいいけど、一応配分方法は申請に戻しておいてください」
「はい!」
システム:アイテム配分変更(申請)
この操作についても全く問題は無さそうだ。
「じゃあ、2周目行ってみようか」
「あのー……、質問いいですか?」
基本的なPTの設定を教えたので出発しようとしたとき、フェルン@さんに呼び止められた。まだ分からないことがあったのだろう。
「はい、何でしょうか?」
「経験値振り分けって何ですか?」
文字道り経験値の振り分け方法の事だ。
方式は最高レベルと平均レベルの2種類が存在する。
最高レベルはPT内で一番レベルの高い人のレベルを習得経験値の計算に使う方式だ。
経験値を稼ぐと言う点においてはメリットの無いものなのだが、フィールドを移動する際などは最高レベルに設定しておくとレベルの低い人を連れて歩くときにモンスターに絡まれなくなると言うメリットは存在する。もちろん最高レベルとモンスターとのレベル差が存在する場合に限る。
ただ、そういった場所に赴く場合は基本的に離れて歩くことは無いので必要のない設定と言えなくもない。
そして平均レベルはPT内での平均レベルが習得生産になる方式だ。
今は俺が74、ユッキー71、フェルン@さんが2なので、平均49レベルだ。今回はたまたま小数点が発生しなかったのだが、小数点以下がある場合は切り捨てでの計算になる。
習得計算のレベルが高いと経験値が入らなくなることはあるが、低くてはいらないと言うことは無い。
なので、平均レベルを設定していることが多い。……と言うよりは最高レベルに設定していると言う人を聞いたことがない。
残念ながら最低レベルと言う設定は無い。恐らくはレベル上げ対策だろう。
しかしながら、それでもレベルの低いキャラを連れて行き、弱いモンスターで効率良く経験値を稼ぐことも可能だ。ただし、それはそれでレベルの低いキャラを見つけたり、作ったりと色々と面倒なことは多い。
「それは、経験値をどのレベルで貰うかの設定だからあまり気にすることは無いよ。特にPTメンバーから指定が無いなら平均にしておけば大丈夫。デフォルトが平均だから触らなくても大丈夫」
フェルン@さんはしばらくの間質問と設定変更を繰り返し満足したようだ。
「だいたい分かりました。ありがとうございました」
「満足してくれたようで何よりです。じゃあ、続き行きましょうか」
ユッキーが退屈し始めている。ユッキーと無縁の説明とフェルン@さんによる設定変更でただ待っているだけだったのでそれも仕方ないのだろう。
IDの入り口横に割いていた一輪の花とその周りを飛んでいる蝶をじっと見つめたまま固まっている。もしかしたら退屈のあまり席を外しているのかもしれない……。
早めに出発することを伝え、行動に移さなければ後でどやされることは必至!!本当に面倒なヤツだ。
「あっ!ユッキーさん、お待たせしてしまってすみません」
ユッキーの様子に気が付いたフェルン@さんが少し不自然な日本語でユッキーに謝罪をする。
「全然気にしないで良いのよ!」
すかさずユッキーがフォローを入れている。……俺がフェルン@さんの立場だった場合必ず文句を言われてフォローされたためしなどないのに……。
ユッキーの面倒は人一倍見ているはずなのに……解せぬ!!
まあいつもの事なので気にしないことにしよう。
「じゃあ、今回は攻撃の指示を出さないのでフェルン@さんが良いと思ったタイミングで攻撃してみてください。直してほしい箇所があった場合は1週回ってから反省会と助言をします」
ID2周目……。
1周目と同じく中ボスの直前までの雑魚を全部釣り、纏め終わる。
そして……、1周目と同じくユッキーが暴れ回る……。
「「……」」
何も言葉にすることの出来ない俺とフェルン@さん。
硬直する2人を尻目に何かを成し遂げたかのような満足そうなユッキー……。
「ユッキー、自重しろ!フェルン@さんが最初に攻撃するって約束だろ!」
「ワタシにも見せ場作k……」
「うるさい!反省しろ!」
言い訳をする兆候が見えたのでバッサリと発言を中断させた。
たぶん……?恐らく……??きっと……???いや、絶対!!コイツには学習能力と言うものは存在しないのだろう……。
細かい事だが毎回注意していかなければならない事だろう。
ユッキーの場合、ギルドメンバーなどの身内との行動が基本なのだが、ギルドメンバーの知り合いなど他の人と一緒になる場面も存在する。
ルールはルールとして守ることを徹底させなければ他の人の迷惑になってしまうので指導はしっかりとしていかなければならないのだ。
「ボクは良いのでユッキーさん楽しんでください」
ユッキーはフェルン@さんに良い所を見せたいだけののだが、その真意は当の本人に伝わっていないようだ。
「ごめんなさい。」フェルン@ちゃん、次から攻撃して
フェルン@さんの一言で熱が冷めて冷静になったのか、一気にしおらしくなってしまった。
俺に対してもこれくらい素直になってほしいものだ……。
「じゃあ、ユッキーも納得したと言う事で再開しようか」
そしてIDの周回を再開した。
その後は何事も無く2周目も終わった……。
「攻撃のタイミングは問題無いね。立ち位置は少し近いからもう少し離れた方が良いかも。スキルを打った時にターゲットがギリギリ入るくらいの立ち位置で大丈夫だよ。そっちの方が攻撃が避けやすくて安全だからね。魔法攻撃の場合は敵が全部入る所でヒーラーの場合は基本的に盾の人が入れば大丈夫。例外でPTメンバーが広がる場合があるからその時はなるべく中心で少し歩けば全員回復出来る位置がいいね」
今のレベル帯でなら何の問題も無い立ち位置なのだが、今後ゲームを進めた時にHPや防御力の低い魔法アタッカーやヒーラーの場合、ボス戦において攻撃力の高いボスの攻撃1発で沈められる場面などが存在することもある。
防具をしっかりと強化していれば問題は無いのだが、色々な理由で強化が追い付かない場合も多々存在する。
攻撃を避けると言うのはプレイヤーの行動次第でどうにでもなるので回避スキルは磨いておいて損は無い。
「はい、頑張ります」
「ユッキー、白品質の槍拾ったから次からコレ装備すれば?そうすればフェルン@さんの後に攻撃しなくても大丈夫じゃない?」
ユッキーには攻撃を自重しろとは言ったものの、今はユッキーが後ろを着いてくるだけになっていて、ユッキーの言う"良い所"とやらをフェルン@さんに見せることが出来ない。
日頃の行いがアレなので同情をするつもりは無いのだが、武士の情けと言うか何と言うか俺の優しさだ。
「いいわよ別に……。いらない」
親切心で手を差し伸べったつもりだったのだが、拒否されてしまった。
少し意固地になっているのかもしれない。
「フェルン@さんに前衛職との連携パターンも教えたいんだよ」
フェルン@さんを引き合いに出せばユッキーの態度も少しは軟化するだろうと言う考えだ。
フェルン@さんに前衛との連携を教えると言うのは建前でも何でもなく真実だ。ただ、ユッキーが上手くやれるかどうかと言う点で不安要素が多すぎるので成功すればラッキー程度の認識だ。
「仕方ないわね。showがそこまで言うなら使ってあげてもいいわ」
予想以上に簡単に折れてくれた。
前々から分かっていたことだが……。コイツちょろいな。
「スキルの変更が出来るなら初めの方に習得できる弱いスキルにするか、スタン効果持ちのダメージが少ないスキルにしてよ。そうすれば"フェルン@さんも"きっと喜ぶよ」
意図的に『フェルン@さんも』と言う部分を強調して提案をしてみた。
「仕方ないわね。ショートカット変更するから少し待って」
いつもはここまで素直に話を聞く様な人物ではないのに……。やはりちょろい。……と言うか扱いやすい。
「いいのよ~。フェルン@ちゃんは全然気にしないで大丈夫よ。こんなの何の手間でもないから」
フェルン@さんにお礼を言われ、1オクターブくらい声のトーンが上がって返事をするユッキー。
ここまであからさまに対尾言うが変わると頭がおかしいとしか思えなくなってくる。
しかし、フェルン@さんを使うとここまでユッキーの事を御しやすいと判明したのは今日1番の成果かもしれない。
ショタ好きもここまで来ると犯罪ギリギリだろう……。リアルでこんなことをしないようにある程度の監視が必要な気がする……。
数分後……。
「お待たせ、待った?」
何か聞き覚えのあるセリフだな。つい数時間前に聞いた気がする。
「俺も今来たところ」
「デートか!?それならオマエじゃなくてフェルン@ちゃんに言われたいわ!」
ユッキーの鋭いツッコミが入る。狙ってやったのかと思ったが、どうやら普通に出たセリフだったようだ。
「はいはい。準備ができたなら行こうか」
ユッキーのツッコミを軽く受け流しID周回を続行する。
そして、IDへ入って少し進んだ所であることに気が付く……。
「あれ?フェルン@さん、リセットしましたか?」
そう、そこに居るはずの敵が居ないのだ。
「あっ……。ごめんなさい!」
どうやらリセットをし忘れていたようだ。
恐らく、俺とユッキーの会話に気を取られてリセットをすると言う意識自体なかったのだろう。
「いいのよ、フェルン@ちゃんは悪くない。確認しないでIDに突入したshowが全部悪いのよ。フェルン@ちゃんは気にしないでね」
100%俺が悪いと言われると反論したくなるのだが、フェルン@さんは今回がリーダー初体験で尚且つIDの周回も初めてだ。
よって、今回のミスの大半は確認作業を怠った俺に非があるのだろう。ユッキーに反論すると色々と面倒な予感しかしないので今回は素直に謝罪することにした。
「すまぬ。フェルン@さんは慣れてないから確認するべきでした」
「今日はやけに素直ね。いつもは責任を認めないくせに。ま、まさかshow、オマエ、フェルン@ちゃんの好感度上げのために……」
いつもはこのクズ野郎の言いがかりに近い苦情を聞かされているので謝らないだけだ。素直に非を認めるところは認めている……と思う。
そして、今回の件も俺から言わせれば言いがかりに近いものを感じている。まったくもって迷惑な話だ。
「あーあーあー何も聞こえなーい。フェルン@さん、さっさと戻ってリセットし直しましょうか」
まともに相手をしても疲れるだけだ。ここは適当にあしらっておこう
「show、テメー無視すんな!!」
ユッキーの口がだんだん悪くなっていく。……と言うよりもこの口の悪い方がユッキー本来の姿だ。
今まではフェルン@さんが居たために"多少は"猫を被っていたようだが(全く被りきれていないのだが)それがだんだんとボロを出し始めてきたようだ。
「フェルン@様の御前で在らせられるぞ!口の利き方には気を付けよ!」
良い機会なのでこの際いつもの口の悪さを少しは直すきっかけにしてもらおう。
ただ、普通に注意しても反発されるだけだと思うので少しおふざけを入れながらそれとなく気が付いてもらうと言う魂胆である。
「……。ち、違うのよフェルン@ちゃん!今のはshowが訳の分からn…………」
しばらく考え込んだ後にユッキーがフェルン@さんに何やら言い訳をしているようだが、IDを出てしまった為に最後の方は何を言っているのか聞き取れなかった。
まあ聞いたところで碌なことは言っていないと思うので聞く必要もないだろう。
ユッキーの言い訳タイムも終了したようでフェルン@さんとユッキーもIDから出てきた。
全員が出てきたのでフェルン@さんにIDのリセットを頼む。
「フェルン@さんリセットお願いします」
システム:IDをリセットしました
今回はしっかりとチャット欄でIDがリセットされていることを確認してからID内へと入る。
当たり前だが、今回はちゃんとリセットがされているようだ。
前回同様、中ボス前までの雑魚を釣り1か所に纏める。
雑魚が纏まったところでユッキーが範囲攻撃を発動する。
そして……。
敵を1撃で全滅されてしまった……。
武器とスキルを弱くした程度で調整出来る範囲のレベル差ではなかったようだ。
しかし、ダメージ量はかなり減っていたので中ボスとラスボスは1撃で倒れない気はする。
「うん、まあ雑魚は仕方ないかな。ユッキーは中ボスとラスボスは火力の低いスキルで攻撃してね。スキル後は自動攻撃するから移動したりして攻撃しないように注意してね。そうすればフェルン@さんとの連携も出来ると思うから」
「そうする。ごめんね、フェルン@ちゃん。雑魚倒しちゃって」
ユッキーが素直だ。これはかなり珍しい事だ。珍しくて明日雨が降るんじゃないだろうか?と言うレベルではない。明日地球が滅亡してしまうのではないかと心配してしまうようなレベルだ。
いつもこれくらい素直ならリアルではもっとモテている事だろう。
個人的にユッキーの見た目は中の上くらいは有ると思っている。しかし、そのポテンシャルをマイナスまでもっていくだけの腐れ脳とショタへの熱き想い。
ショタ×ショタ最高などと言った残念発言をしなければ良いのだが、ユッキーの性格上それは無理な事なのだろう。
まあそれが出来ないから周りの男にドン引きされてモテないと言う事には気が付いて欲しいものだ。趣味がどうこう言うつもりは無いのだが、時と場合には細心の注意を払ってほしいものだ。
黙っていれば男共が寄ってくるだけの美貌は持っているだけに本当に残念な女だと思う。
「気にしないでも大丈夫です」
フェルン@さんが短い返事をユッキーに返す。
フェルン@さんは気にしていないようなので、さっさと中ボス戦に挑むことにする。
「じゃあ、行くね」
ディスターブを発動し、中ボスのターゲットを俺に固定する。
……が、しかし、ユッキーが攻撃をしない。
恐らく1撃で倒してしまうことが少しトラウマになっているのだろう。
「倒したら倒したで仕方がないから攻撃しろよ」
「でも……」
本当にめんどくせー!!!!!!!!
「フェルン@さん、ユッキーに攻撃するよう言ってください」
俺が言っても素直に言う事を聞かないので、フェルン@さんに任せることにした。
これでもダメならユッキーの事はほっておいて普通に倒してしまおうと思う。
「ユッキーさん、攻撃してください」
フェルン@さんの声に反応してユッキーが攻撃をする。
ユッキーの使ったスキルが3秒間のスタン効果付きの弱い攻撃だったのでボスを1撃で倒さずにすんでいた。……とは言っても残りHPは1~2割程度だ。
「大丈夫だっただろ?フェルン@さん攻撃してください」
フェルン@さんが詠唱の後、ファイヤーボールを発動する。
中ボスに直撃し倒すことには成功したのだが、ユッキーが攻撃を躊躇った所為で前衛と後衛の連携を見せると言う点については全く役に立つものではなかった。
そして、ラスボスまでの道のりは何の問題もなく終了した。
「ユッキー、ラスボスはしっかり攻撃しろよ」
「分かったわよ」
ユッキーからの返事を確認したところでフェルン@さんに連携の指示を出す。
「今回はすぐに倒しちゃうから今後の役には立たないかもしれませんが、一応前衛と後衛の連携の練習なのでユッキーが攻撃してから魔法攻撃してください。慣れれば詠唱時間とかを計算して、前衛が攻撃した瞬間に魔法攻撃が当たるようになると思いますが、今は物理火力の後に魔法攻撃が当たる感じで攻撃出来るようにしましょう」
「頑張ります」
特に物理攻撃から魔法攻撃の順番で攻撃しなければいけないという訳ではないのだが、物理攻撃系のスキルは敵防御ダウン系のデバフ付きスキルを初手で使うことが多い。因みに魔法攻撃は移動速度減少や火傷や毒などのDoTの追加効果のスキルが多い。
デバッファーが居ればそれも気にしないでも良いのだが、今回は居ないので雰囲気だけでも感じてもらう為に物理攻撃からの魔法攻撃の連携を取ることにした。
勿論ユッキーがデバフ付きの攻撃をしている訳ではない。ユッキーは単純に一番弱いスキルを使っているだけだ。それがたまたまスタン効果が付いていただけだ。まあ結果オーライな感じはする。
準備も整ったので、いざ、ラスボス戦だ。
今回はユッキーに攻撃するように釘を刺したので攻撃しないと言う事はないだろう。
「じゃあ行きます」
ワニにディスターブを使いヘイトを稼いだ所でタイミング良くユッキーが攻撃する。
流石に前衛職をずっとやってきただけあって飛び出すタイミングはバッチリだ。
……が、スキルを使ってワニのHPを8割程度削ったのちに追い打ちの通常攻撃……。
あっけなく沈むワニ……。
フェルン@さんはもちろん詠唱中だったのだが、ボスが居なくなってしまったので詠唱は強制キャンセルで、何も出来なかったと言う結果だけが残った。
「プッ……。クククククク……」
失態続きのユッキーに対してフェルン@さんはどうやら笑いを堪えることが出来なかったらしい。
最初に我慢しきれずに噴き出す声と、その後に押し殺しているようだが、漏れ出す笑い声。結構ツボに入っているのかもしれない。
フェルン@さんは笑っているので特に気にしている様子は無いのかもしれないが、一応ユッキーのしでかした事については注意をしなければならない。
「おい!ユッキー!」
本当にコイツは学習能力と言うものが無いな……。と思いながらも半ば諦め気味だが、注意する為に声をかける。
「あ、いや、これは……。違うの!本当にそんなつもりは無くて、いや、本当に、うん。違う違う。何かの手違い。1発で倒れなかった安心感とか……、ほら、ねっ!」
ユッキーが早口で何か言い訳を言っているようだが、中身は全くない。
個人的には何が『ねっ!』だ!!とツッコミを入れたい所なのだが、ユッキー本人も悪いことをしてしまったと言う自覚はあるようなので、今回はあまり攻めずに収めることにしよう。
何より、フェルン@さんがさっきからずっと笑っていることを考えると、怒ってはいないだろうからこれ以上事を荒立てる必要もないだろうと言う判断だ。
「フェルン@さん、どうしますか?この役立たず」
「面白かったです」
一応お伺いを立ててみたが、やはり怒ってはいないようだ。
「ごめんね、フェルン@ちゃん」
「大丈夫です。気にしないでください」
ユッキーもしっかりと反省をしたうえで謝っているし、フェルン@さんも気にしていない様子。
俺からはこれ以上何も言う事はないだろう。
「ありがとう!マイエンジェル」
……前言撤回!流石に少し調子に乗ってウザイから注意しておくか。
「ちゃんと反省しろ!」
「分かってるわよ!次はちゃんとやるから安心して!」
これ以上不安な安心しては人生で聞いたことがない。
ユッキーも多少は反省しているようなので最後の1周くらいは、しっかりと完璧な立ち回りをしたいものだ……。
-To Be Continued-