フェルン@と初ID(1/3)
超初心者用IDに入った俺とユッキーのフェルン@さんの3人。
死ぬことは無いと思うのだが、通常フィールドとIDとの違いをフェルン@さんに教えなければいけない。
「じゃあ、簡単にIDの説明をするね」
「はい。お願いします」
「基本的にIDはパーティー行動になります。最低限必要な職は盾、アタッカー、ヒーラーの3つです。アタッカーは物理アタッカーと魔法アタッカーに分類されます」
まずは基礎の基礎からだ。
「ボクはヒーラーですか?」
「行く行くはね。今、フェルン@さんは回復スキルを覚えていないので、今回は魔法アタッカーをやってね」
フェルン@さんはヒーラー志望のようだが、肝心の回復スキルがないのでヒーラーにはなれない。当たり前の事だ。
「はい」
「で、物理アタッカーは斬撃、打撃、刺突の3種類に分類されていて、魔法アタッカーは火、水、雷、土、風、闇、光、無に分類されます。遠距離、中距離、近距離とかもあるけど、それは立ち位置なので気にしないで大丈夫です。……ここまでは分かったかな?」
ここまでは、普通にゲームをしていれば分かる範囲なので特に問題は無いと思うのだが、念のために理解しているかどうかを聞いてみた。
「はい、大丈夫です。弱点の武器で攻撃すればダメージが上がるんですよね?」
「そうそう。ダメージが1.5倍になる。あとボスモンスターは部位破壊があってアイテムドロップ数が2~5個ランダムで増えてドロップ率も全体で10%上がるよ」
説明を省いているが、魔法の無属性攻撃が弱点のモンスターは存在しない。
無属性魔法は、モンスターには通常通りの効果しかないのだが、対プレイヤーにおいて属性耐性を多く積んでいるプレイヤーに使うことが多い。
ダメージ自体はあまり大きくは無いのだが、耐性を付けることがあまりないのでほぼ100%のダメージが通るのだ。
「でもさ、実際10%上がってないよね?ワタシ、前に欲しい武器があって、ID通ってたことあるけど、20周しても30周しても出なかったよ?」
ここで、ユッキーからツッコミが入る。
さすが、ゲームを理解していないで進めているだけの事はある。
まさに、ゲーム初心者らしい質問だ。
「あー、それはね。ユッキーの認識が間違えてるだけ。10%上がるって言うのは、例えばドロップ率1%のアイテムが、11%になるんじゃなくて、1.1%になるってことだから」
この程度の知識はこのゲームの中級者以上なら常識の範囲内の知識なので知っておいて欲しい所なのだが、今回はフェルン@さんに説明していたと言うこともあり、初心者のフェルン@さんが今後間違えた認識を持たずに済んだと言う事で大目に見ておこう。
「へー」
せっかく説明してあげたのに、あまり関心の無いような返事を返してくるユッキー……。
「どうしても欲しい武器なら、他のレア武器が出た時に他の人と交換するか、露店やオークションで買った方が早いよ」
「お金ないから買えない」
ユッキーは本当に時間を潰すためだけにゲームをしている感じなので、知識も乏しければ、ゲームスキルも低い。
恐らく、その所為で無駄な出費をしていてお金が足りなくなるのだろう……。
特に、フィールド狩りをしている時の回復薬や、ギルメンや知り合いなどとIDに行った時の復活アイテムなどの消費が激しいのだと思う。
「じゃあ、説明の続き話すよ」
ユッキーにかまっていると時間がいくらあっても足りない気がするので放置して説明の続きに入る。
「お願いします」
「他の職は、味方の能力を上げるバッファー、敵の能力を下げるデバッファー、後はデバッファーの分類で毒とか足止めとかの色々な罠を仕掛けるトラッパーとか色々あるけど、盾、ヒーラー、アタッカー、バッファー、デバッファーが居るって事を覚えておけば問題ないと思うよ」
盾においても、盾と言ったり、壁と言ったり、タンクと言ったり……。言ってる本人達は厳密な違いがあり使い分けているのかもしれないが俺からしたら全部同類だ。
「はい」
「もっと言っちゃうと……、自分がどの職に分類されていて、PT募集にその職が必要とされているかだけ分かれば他の人を気にすることもないよ」
職は同じ職でも呼び方など幾つか存在する場合もあり、色々な種類があるようにも見える。
……だが、しかし、自分の職さえ把握していれば何の問題もない。
俺なら盾職でPT募集を見るときも『盾募集』などと書いてある場所に入れば良いだけだ。
なぜなら、フレンドと同じ野良PTに入るとかしない限りは他のPTメンバーなど気にしても無意味だからだ。他のメンバーの調整はPTリーダーが勝手にしてくれるのだ。
よって、自分の職種を理解し、自分の仕事さえしっかりしていれば何の問題もないと言うことになるのだ。
例外として、自分がPTリーダーでPT募集をかけるときはPTのバランスを考えて募集しなければいけなくなる。
「このゲームはジョブフリーなので、誰がどの職か分からないと思うのですが、どうやって見分ければいいのですか?」
フェルン@さんの言うように、このゲームはジョブフリーをと言うことになっている。
すなわち、スキルや武器などを変更すればいつでも違う職をすることが可能なのだ。
「んー……。武器を見ておおよその検討をつけるしか出来ないかな。盾職は盾持ってるし、ヒーラーは基本メイスで魔法職はロッドだし……。って感じかな。盾は火力職やヒーラーでも持っている人いるけど、PT募集で盾募集って書いてあれば盾職の人が来るし、来る人を信じるしかないかな」
たまに人の邪魔をするのを趣味にしている人が全く別の職やわざと弱い装備などで参加してくることもあるが、それはどうすることも出来ない。
実際に会ってから装備を確認して、そういう人だと判断したらPTからキックするしかない。
そう言った面でも野良PTは色々と面倒なので、IDは野良での募集よりも知っている人で集まった方が断然楽だ。
ゲームを始めて間もない頃は野良PTがメインになると思うが、ゲームを進めるうちに気の合う友達などと固定メンバーで回ることがメインになってくると思うので、誰がどの職かなどはあまり気にすることでもない。
しかも野良PTは地雷も多い。だが、知っている人ならそういった点も気にしないで良いし、逆もまた然り。
知り合いなら立ち回りで失敗してもテヘペロで済ませることが可能だ。
「ワタシ全く気にしたことなかった」
「まあアタッカーはボスの弱点を攻めることが出来るかどうかだけだからな。あとは1番簡単なのは、募集主に自分の職が空いてるかを直接聞けばいいかな」
頭空っぽなユッキーに答えつつ、1番簡単で尚且つ1番確実な方法を教えた。
「wisってやつで聞けばいいんですか?」
「そうそう。内緒とか秘密とかwis、囁き、ササとか色々な言い方があるから覚えておくといいよ。全部同じ意味ね。あとは、野良PTに入るときは募集主に一声かけてから入るのがマナーだから、自分の職が空いてる空いてないのどちらにせよ声をかける事。だから、自分の行きたい所の募集があったら○○職ですが、PT空いてますか?って感じで聞いて、相手から返事があった場合に申請した方が良いよ」
最低限のマナーと言うやつだ。
募集を見て無言でPTの申請をしてくる人もいるのだが、そういう人を拒否する人もいる。
もちろん気にしないと言う人もいるのだが、挨拶をしておいた方が無言で来る人よりは印象が良い。
「分かりました」
フェルン@さんの返事を確認して次の説明に移行する。
「次は経験値とかの話になるんだけど、フィールド狩りの場合は死んだらデスペナルティがあるけど、ID内はデスペナが無いです」
フィールドとIDではモンスターの強さは桁違いだ。そんな場所でデスペナが発生したら地獄以外の何物でもない。
何度も通ったIDならまだしも、初見のIDでデスペナが発生していたらとんでもないことになってしまう。
ただでさえ盾職をやる人は少ないのに、IDでデスペナが発生していたら盾をやるプレイヤーがほぼ皆無になってしまう恐れさえあるのだ。
「死に放題って事ですか?」
フェルン@さんが物騒な質問をしてきた。
「フェルン@さんは、ヒーラー志望だよね?ヒーラーは極力最後まで生き残らないといけない職業だよ」
死に放題なのは確かなのだが、ヒーラーが居なくなると言う事は他の職が欠けるよりもPTの全滅に直結しやすい状況になってしまうのだ。
重要度で言えば盾よりも高い。
個人的な順位で言えば、ヒーラー>>>盾>火力職>>>……>補助職と言った感じだ。
ヒーラーがバフ要員も兼任することもあるのでその場合、重要度はもっと高くなる。
盾よりもヒーラーの重要度が高い理由はヒーラーがきっちり仕事をすれば、盾が居なくなっても攻撃されている火力職のプレイヤーを重点的に回復することによって生存が可能だからだ。
そして、ヒーラーが居なければ死んだ仲間を復活させることも出来ないので、1分待ってその場で復活するか、復活アイテムを使って復活するかの2択になってしまう。
復活アイテムはお世辞にも安いとは言えないアイテムなので節約したいものだ。
もちろん1分待たずに復活することも出来るのだが、その場合はIDの入り口からの復活になるので現場まで走ることになる。それはそれで大問題だ。
「頑張ります」
「うん、頑張ってね」
理由を知ってか知らずかフェルン@さんはやる気満々だ。
ヒーラーも盾同様に希少な存在だ。
それを進んで志望しているので、やる気をなくされても困るのでとりあえず形だけでも応援はしておいた。
「あとは、フィールド狩りとの違いは、アイテムを拾わなくても良い所かな。フィールドでの狩りはモンスターを倒したときのドロップアイテムを手動で回収するか、スピードは遅いけどペットに拾ってもらわないと回収できないんだけど、IDでは自動でインベントリにないるよ」
「ボク、ペット持ってないです。アイテムは全員のカバンに入るんですか?」
まだフェルン@さんはゲームを進めたばかりと言っても過言ではないのでペットを持っていないのだろう。
後半の質問はあまりにも大雑把な質問だったので質問の意図が分からない。
1つのアイテムをドロップした場合、全員に1つずつアイテムが配られるのかと聞いているのか、それとも、ドロップしたアイテムは誰かのインベントリ内に一括で入るのかと聞いているのか、それとも別の事を聞いているのか……?
「アイテムには、白、緑、青、赤、金、紫って品質があるのね」
「はい」
「レア順は白がノーマルアイテムで緑、青、赤ってレア度が上がって、金と紫はその上のレア度でレアリティは同じくらい。同じアイテムでもレアリティが上がると能力も高くなるよ。金はたまに黄色っている人もいるから少し注意してね」
質問の意図は分からなかったのだが、1から全て教えておけばどれかは当たっているだろうという気持ちで初歩の初歩から説明し始めることにした。
「アイテムの名前の色ですか?」
「うん、そうそう。で、アイテム配分には種類があって、1つ目は、リーダーが全部総取りして後で配分する方法。2つ目は全部のアイテムを完全ランダムで配分する方法、3つ目は青以上のアイテムがドロップした場合にドロップしたアイテムが欲しい人は申請をして申請をした人の中でランダムに配分する方法。あとはフィールド限定だけど、拾った人に配分って方法もあるよ」
これがこのゲームでのアイテム分配の種類だ。
「今はどの方法ですか?」
「今はPTを組んでから特に設定変更をしてないから完全ランダムだね。PT組んだ時と配分方法を変えた時にチャットの所にシステムチャットで分配方法が一応出てるはずなんだけど、分からないときは、自分のアイコンを右クリックして、PTの設定ってところを見れば確認出来るよ」
レベルが低くてまだIDなどのチュートリアルをしていないので、この辺りの操作方法を分かっていないようだ。
「ありました。でも、配分方法を変更できませんでした」
「それはPTリーダーしか変更できないからね」
当たり前の事だが、全員が設定を変更出来てしまったら混乱がおきてしまう。
「変更してもらってもいいですか?」
元々、申請方式にするつもりだったので、フェルン@さんの要望に応え、配分方法を変更する。
システム:アイテム分配変更(申請)
「システム流れた?」
「はい、流れました」
「アイテム分配変更の後ろのカッコ内にリーダー、ランダム、申請、拾得ってそれぞれ出るから、そこを見て今どの状態か判断してね」
「はい」
「他に気を付けないといけない事として、野良PTの申請はID入る前に全員が欲しいアイテムを1つずつ言って、自分が言ったアイテム以外は申請を押さずに譲渡を押すこと。申請のボタンの下に譲渡ってボタンがあるから間違えないように注意してね」
「間違えて申請を押したらどうなりますか?」
「PTの人全員からフルボッコにされて、ギルド単位での賠償責任が発生する。トレード出来るアイテムの場合はまだトレードすれば許されますが、トレード不可のアイテムの場合だと数千G単位での賠償をさせられます」
「ボクそんなに持ってないです」
よほど重課金しているか、超貴重なレアアイテムをバンバン入手出来て売りさばけるだけの運の持ち主でなければ普通は持ち合わせなどないのでフェルン@さんが持ってないのは当たり前だ。
「だから、ギルド単位での賠償になるの。その人のミスがギルド全体の迷惑になる。不安なら30秒何もしなかった場合勝手に譲渡になるから何のボタンも押さないようにすれば大丈夫」
「でもさ、アレずっと表示されてるから邪魔じゃない?」
無駄にレベルだけ高くなって、中身は初心者以下のユッキーが何かを言っている……。
「あれは、1回目は邪魔だけど、表示された時に端の方に寄せておくと、表示位置は固定されるからその後もずっと端っこに表示されるからそこまで邪魔にはならないよ」
ユッキーは恐らくアイテムの表示位置を変更せずにずっと中央に表示させたままなのだろう。それでは邪魔以外の何物でもない……。
「へー、そうなんだ」
やはり知らなかったようだ……。
しかし、もう少し興味を持ったような返事をしてほしいものだ。
「今回も申請制にしてあるから、アイテムの申請画面が出た時にでも邪魔にならない位置にずらしておけばいいよ。フェルン@さんも中央で邪魔だと思ったらずらしておくといいよ」
「はい」
ユッキーと違い、素直な良い返事だ。
おおよその説明は終わったので出発しようと思う。
ID攻略中に不足があれば随時説明していくことにしよう。
「ユッキー、他に言うことは何かある?フェルン@さんも何か質問があれば答えますよ」
「ボクは今の所は大丈夫です」
「ユッキーは?」
「フェルン@ちゃんカワイイ」
「「…………」」
連れてこなければよかった……。
「じゃあ、行こうか。フェルン@さん、何か分からないことがあったらいつでも聞いてください。その都度答えていくので遠慮なく聞いてくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
そして、ID攻略の為、奥へ進むことにした……。
進んで間もなく、1グループ目の敵を視認することが出来た。
このIDのモンスターと俺との間には、かなりのレベル差があるので十数匹に囲まれて殴られたとしても全く痛くはない。
少しずつ進んでいくのも面倒なので、中ボスまで一気に進もうと思った時、後方で攻撃音がした。
振り返ると、フェルン@さんが蜘蛛のモンスターと戯れていた。
「フェルン@さん、攻撃は盾役の俺が一か所に敵を纏めてからにしてください」
「あっ……。ごめんなさい」
いつもは基本的に知り合いとしかIDは回らないので、阿吽の呼吸と言うか何と言うか……。
攻撃のタイミングなどは他の人が俺に合わせてくれることが多い。
普通にIDを回るときはディスターブを使ってヘイト管理をするのだが、今回はレベルが低いこともあってスキルを使うと言う事を失念していた。これについては完全に俺の落ち度だ。
しかも、フェルン@さんはこれが初IDなのだから、丁寧に教えてあげなければいけなかったのだ。
「すみません、フェルン@さんが初めてだから教えておくべきでした。今回はフェルン@さんも分かるように攻撃するタイミングで指示を出しますので、そのタイミングで攻撃を開始してください。俺が止まったらそろそろかな?って思ってください。何回かやればタイミングも分かってくると思います」
少ししょんぼりとした様子でフェルン@さんが謝罪してきたこともあり、多少、罪悪感に苛まれたので、今回は俺の落ち度だと言う事を強調し、謝罪と共に攻撃のタイミングを指示することを伝えておいた。
「そうね、フェルン@ちゃんは悪くないわね。showが100%悪い。全責任はshowにある。土下座して謝罪しろ」
ユッキーが何か喚いている……。
俺が悪いのは認めるが、100%と言われると流石に少しイラッとする……。今日は無理だが、後で事故を装って敵を全部擦り付けてぶっころばすことにしようと心に刻んでおいた。
「じゃあ、気を取り直していこうか。フェルン@さん、ここの敵は弱いから失敗しても気にしないで大丈夫だから練習だと思って行こうか」
フェルン@さんに再出発の合図を出す。もちろん、ユッキーへの反応はしない。この件については、無視しておこうと思う。
「はい。頑張ります」
フェルン@さんの返事を受け、気を取り直して進むことにした。
今回は初期のIDと言う事で中ボスまでの雑魚は全部一気に釣って行こうと思う。
小分けにしようとも考えたのだが、そもそもで敵のグループ数も中ボスまでの間に3つほどしかなかったはずだ。
今、1グループ撃破してしまったので、中ボスまでは残り2グループ。小分けにしてしまうと纏める作業を待つと言う練習にはならないと考え中ボスまで進めることにした。
そして、中ボス直前……。
雑魚も纏まったので、立ち止まって攻撃の指示を出す。
……が、次の瞬間、ユッキーが無慈悲な範囲攻撃で雑魚を一蹴してしまった。
「「……」」
何も言う事が無く、ただ呆然と立ち尽くす俺とフェルン@さん……。
「ユッキー、少しは考えてよ……。今はフェルン@さんの練習も兼ねてるんだから、そんな事したら何の練習にもならないでしょ?」
ユッキーに注意をしたが、事の本質を理解出来ただろうか……?
「あっ……。ごめんなさい」
どうやら理解してくれたようだ。
本質と言ってもフェルン@さんにIDでの立ち回りの練習をしたいと言う事と、フェルン@さんが何もしないで後ろをついて来るだけのつまらない作業にならないと言う事の2点だけだ。
今回は『誰のためにIDに来たのか』と言う事が重要なのだ。
決してユッキーとフェルン@さんが一緒に居る時間を作るためではない。絶対に間違えてはいけないことだ。
ユッキーとフェルン@さんが一緒に行動する時間が増えているのは、フェルン@さんにIDを教えると言う事の副産物でしかないのだ。
断じてユッキーの為ではない。
しかし、今回の件はユッキーも少しは反省しているようなのでこれ以上の追及はしないでおいてやろう。
そして、少し先に進むと中ボスの姿を視認することが出来る。
ID自体が短いと言うこともあり、ユッキーが暴れ回った目の前は既に中ボスの目の前であった。
「フェルン@さん、今、前に見えてる巨大なネズミが中ボスだから。少し説明するから、これ以上前に出ないように注意してね」
ここの中ボスは攻撃を仕掛けない限りは反撃してこないのだが、IDによっては近づくだけで攻撃態勢を取ってくる場合もある。
盾よりも前に出ないことは絶対条件の1つだ。……死なない自信があるなら話は別だ。
「はい」
これから、フェルン@さんにボス戦での注意点などをレクチャーする時間だ。
「中ボスにターゲットを合わせてみて」
「はい、合わせました」
まずはボスの弱点などを見る方法から説明する。
「上にボスの顔と名前、HPの表示はある?」
「あります」
「じゃあ、ボスの顔の左下にマークがあるのは見えるかな?それがボスの弱点になるから覚えておいてね。」
フェルン@さんはヒーラー希望なので、厳密に言うと弱点を覚える必要はないのだが、いつか心変わりして火力職をやりたいと言う日が来るかもしれない。
なので、覚えておいて損は無い。……と言う事で一応説明しておくことにしたのだ。
「はい」
「今回は斬撃と火属性が弱点だね。ボスには基本2種類の弱点があるから、初めて行くIDではボスの弱点の確認は忘れないようにすること」
ここは、初期の初期であるチュートリアル的なIDだ。
中ボスの弱点も最初に選ばれることの多い武器である剣系統の斬撃と、魔法系も使いやすさから選ばれることの多い火属性が弱点に選ばれている。
ただし、ここのIDは1人で来る人も多いので、弱点となる属性を持ち合わせていないままクリアしてしまう人も結構多いのも事実だ。
しかし、このレベル帯は一瞬で駆け抜ける事が可能なレベル帯なので、特にドロップ率を高くしてレア度の高いアイテムを獲得できたとしても使わないまま終わることも多々あるのだ。
つまり、このIDで弱点を攻める意味は特にないと言う事だ……。
「次に、ボスの顔の右下に本みたいなマークがあるの分かるかな?」
「えーっと……、あっ……。あります。オレンジ色のやつですよね?」
「そうそう。それを右クリックしてみて」
「ドロップアイテムの一覧とスキルの一覧が出てきました」
平たく言えばモンスター情報だ。
「これはフィールドのモンスターでも見れるから暇なときに確認するといいよ。ドロップ情報と使うスキルを見ることが出来るよ。ドロップアイテムは上のアイテムはレア度が高くて、下に行くほどレア度が下がってドロップしやすいアイテムって事だから」
「へー」
何故かユッキーが返事をしてくる。
まさか、ユッキーが知らなかったと言うことは無いだろう……。
「ユッキーは知ってないといけない事だからな」
「だって、いつもはshowが立ち回り方を教えてくれるからそんな所見たこと無いもん」
まさか……、知らなかったようだ。
語尾を『もん』とか言いながら少し可愛らしく言い訳をしているが、普通ドロップ情報くらいは見るだろう……。
……あと、可愛くない。
しかし、反論すると後々面倒臭そうなのでスルーしておくことにした。
「まあいいや……。攻略されているIDは情報持ってる人が教えてくれることが多いからスキル情報は時間があるときだけでもいいよ。ドロップ一覧は欲しい武器とかをチェックするのに必要だから極力見た方が良いよ。特に野良PTだと始めに欲しいアイテムを言っておかないといけないからドロップアイテムが分からないと損するよ」
「はい!」
素直ないい返事だ。ユッキーにも少しは見習ってほしい……。
「フェルン@さん、さっきからメイス持ちだけど、ロッドは持ってない?」
ヒーラー志望なのでメイスを持っているのだろう。
「ちょっと待ってください。さっき拾ったかもしれません」
つまり、持っていなかったと言う事だろう。まあ自分の希望職以外の武器を持っていないと言う事はざらにある。
ドロップしていない可能性もあるので、俺もインベントリ内を確認してみる。
「白いやつでも大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。今は一応魔法アタッカーだからメイスより火力の出るロッドを持った方がやりやすいと思っただけだから」
どうやらドロップしていたようだ。
ちなみに、俺は持っていなかった……。
「ワタシ緑あるわよ」
ユッキーが1つ上のランクのロッドを持っていたようだ。
「フェルン@さんにあげろよ」
「言われるまでもなく上げる予定よ!ここで出たアイテムは最後には全部プレゼントするつもりよ!」
まあ、このレベル帯のアイテムは使うことは無いので俺も最後にフェルン@さんが使いそうなアイテムは渡すつもりだった。
もちろん、ユッキーのように下心があるわけではない。売っても二束三文なので、ゴミ処理ついでに渡すつもりだっただけだ。
「ありがとうございます。ユッキーさん」
どうやら、無事トレードが完了したようだ。
フェルン@さんも早速ロッドを装備している。
お礼を言われ、少し興奮気味にハァハァしているユッキー……。
ユッキーの事はこのまま放置して中ボス戦に挑むことにする。
「じゃあ、行こうかフェルン@さん。ユッキーはステイ」
「はい」
「分かってるわよ!」
フェルン@さんとユッキーから返答があったので戦闘開始だ。
まずはボス戦でのセオリー通りに盾である俺が中ボスことエノアーマウスにディスターブを使い挑発する。
これでヘイトは完全に俺の支配下にあるので後はフェルン@さんが攻撃するのみだ。
毒系の攻撃を使ってくるので、毒になったときは毒消しアイテムを使うか、回復アイテムで回復をし続けて我慢するか、スキルで解毒するかの3択なのだが、今回は毒になるとしても俺以外の人は毒になる心配はないので特に気にする必要はないだろう。
毒の攻撃以外は範囲攻撃などの厄介な攻撃もないので、普通に叩いていれば大丈夫だ。
そして、計画通りにディスターブを使いエノアーマウスのターゲットを俺に固定したところでフェルン@さんに攻撃の指示を出す。
「フェルン@さん、攻撃お願いします」
攻撃の指示を受け、フェルン@さんの魔法詠唱が始まる。
詠唱時間1秒……。ファイヤーボールだ。
さっきの説明内容をしっかりと把握していたみたいで、ちゃんと弱点の火属性の魔法を使っている。
……そして、ファイヤーボールが着弾した瞬間、エノアーマウスのHPが一瞬で溶けてなくなってしまった……。
「「えっ……?」」
俺とユッキーは驚きのあまり声にならない声を出す……。
そう、俺達は忘れていたのだ……。フェルン@さんのステータスの高さを……。
前回、見聞きした時はレベル2で通常の10倍以上のステータスの上昇率があると言う予想だった。
つまり、レベルは2なのだが、中身は10レベル以上のステータスを有すると言う事なのだ。
そんな人間が一番初めの初歩の初歩のIDで敵が弱いとはいえ、しっかりと魔法攻撃専用の武器を持っているのだ……。結果は、今、目にした通りのものだ。
ダメージ量を見ている暇がなかったので何とも言えないのだが、メイスを持っていても結果は変わらなかったかもしれない……。
「あー……、そういえば、エノアーマウスって言う名前は巨大なって意味のenormousって言う単語を捩ったものらしいよ」
沈黙が重かったので、とりあえず何かを口に出さないといけないと思い、ゲーム豆知識的なことを言ってみた。
「へー、そうなんだー」
俺もユッキーも若干棒読み気味なのだが、沈黙が続いて変な空気になるよりは断然マシだ。
「武器を変えるとかなり強くなるんですね。最初のIDだから中ボスも弱いんですか?」
何も知らずに呑気なことを言っているフェルン@さん……。
「そ、そうだね……。最初だから少し弱いかもね……。あとはフェルン@さんのステータスが同レベルの人より少し高いってのも理由かもね」
正直返答に困ったのだが、強いことは悪い事ではない。
相槌を打ちつつ、フェルン@さんが他の人よりも強いと言う事をそれとなく教えていた。
中ボスは瞬殺されてしまったので、このIDのボスまで一気に進むことにした。
さっきのフェルン@さんの火力を見る限りでは、ここからボスの直前までの雑魚を全部釣ったとしても一瞬で蒸発させてしまいそうだ……。
「フェルン@さん、ロッドだと強すぎるからメイス装備にしておこうか」
さっきメイスからロッドに変えてもらったばかりなのだが、立ち回りの練習と言う一面もあるので、ロッドからメイスへ武器を戻す提案をしてみた。
「メイスでも大丈夫ですか?」
「火力は十分にあったし、俺はこの程度のレベルならいくら叩かれても全然痛くないから問題ないよ。だけど、雑魚は単体攻撃だけだと少し時間がかかるかもしれないので、フェルン@さん、範囲攻撃があれば雑魚は範囲攻撃で攻撃してもらっても大丈夫ですか?」
メイスに持ち替えた場合、回復スキルを習得していないフェルン@さんはただ弱体化するだけなのだ。
……だが、ロッドを持たせておくよりは立ち回りの練習ができる可能性はメイスの方が高いのでメイスで問題がないと返答しておいた。
ロッドだと確実に一撃で屠ってしまう……。
「サンドショットとゲイルがあります」
土属性と風属性の範囲攻撃だ。
初期の頃の魔法範囲攻撃はこの2つしかない。
しかし、ここまでスキルを覚えておきながら、何故肝心の回復スキルを覚えられないのかが本当に謎だ……。
「じゃあ大丈夫ですね。ゲイルは自分からの直線範囲になるので、指定した敵を中心に範囲攻撃が使えるサンドショットの方が今回は使いやすいと思いますよ。使えるなら両方使っても大丈夫です」
スキルを覚えていると言う事は使ったこともあると思うので説明は不要だと思うのだが、万が一スキルを把握していない場合を考え、今回は個人的にオススメのサンドショットを推すことにした。
正直、さっきの火力を見る限りではどっちでもいい気がする……。
「はい」
フェルン@さんの返答を確認してボス直前までの雑魚を一気に釣る……。
ここはID自他短いこともあり、中ボスからラスボスまで3~4匹のグループが5つあるだけだった。
雑魚を纏め終わったところで、フェルン@さんに攻撃指示を出す。
「フェルン@さん、攻撃して大丈夫ですよ」
1~2秒の詠唱後にサンドショットが放たれる。
その後、すぐに次の詠唱に入っているので恐らくゲイルも打つつもりだろう……。
ちなみに、サンドショットの時点で雑魚の半分近くは倒されていて、残りの敵も虫の息だ。
そして、フェルン@さんがゲイルを発動し、雑魚処理が無事終了した。
時間にして約4秒の出来事である……。
「め、メイスでも問題なかったね」
ある程度予想はしていたのだが、違う意味で大問題だ。レベルと強さの乖離が酷すぎる……。
しかし、強すぎるのが問題とか言ってしまうと文句を言っているように聞こえる気がしたので、ロッドじゃなくても大丈夫だったと言う事だけを伝えておいた。
さて……、火力は強すぎて困るくらいなので攻略については何の問題もないのだが、ボスも瞬殺だと思うとやはり問題があるような気もする……。
だが、これ以上火力を落としてもらうには素手になってもらうしかないので、そこは諦めてボスの説明に移ることにした……。
「じゃあ、ここのラスボスの説明をするね」
「はい、お願いします」
「ここは、ここの門はボスを攻撃したタイミングで閉まるから万が一死んだ場合はアイテムで復活するかヒーラーに起こしてもらう事。……と言うより、ID内で自動復活すると入口に戻されてPTメンバーと離散しちゃうから、合流に時間がかかる場合はアイテム復活かヒーラーの蘇生スキルで生き返らせてもらうのが鉄則。特にボス戦は全滅してやり直しとか言われない限りは絶対に入口に戻らない事。距離が離れすぎると経験値も貰えなくなるからね」
本当にPTが全滅した場合は例外中の例外扱いだ。もし、全滅した場合でも条件によっては全員その場でアイテムを使い復活することも十分にあり得るのだ。ID内では入口からやり直すなどと言う甘い考えは捨てておいた方が良いのだ。
全滅した場合でもアイテムを使ってその場で復活するのは、ID内での移動距離の問題だ。場所によっては戻るまでに10分近く時間がかかることもあるので時間短縮のために入口には戻らないと言う判断だ。
「はい、分かりました。万が一ヒーラーが死んだ場合はどうしたらいいですか?」
「6人以上で入れるIDではヒーラーが2人以上いる場合があるから、それは別の話だけど、ヒーラーはアイテムで復活。基本的にヒーラーは死なないように敵に八以下づかない、攻撃しないと言うのが原則。ヒーラーは何が何でも生き延びて死ぬとしても一番最後……。妥協したとしても盾よりも先に死ぬことは絶対にダメ」
復活させる側が死んだら元も子もない……。
回復スキルもヘイトが高いので、武器の装飾などでヘイトを下げる工夫をしないといけないのだが、今はまだ教える必要はないと思うので、今後教える機会があるなら、その時に教える事にしようと思う。
「じゃあ、ボスの説明を続けたいから、とりあえず門をくぐろうか」
「はい」
そして門をくぐり、このIDのボスの姿を捉えることが出来た……。
-To Be Continued-