フェルン@と天空城案内
そして、約束の日の18時……。
プルルルル………。
携帯に着信があった。
着信元を見るとユッキーからであった。
「おかけになった電話は現在使われておr……」
相手がユッキーだったので居留守を使ってみた。
「ちょっと!今、時間が無いから!ふざけてる時間無いから!」
理由は分からないが、何やら急いでいるようだ。
因みに、ユッキーはまだログインしていない。約束の時間まで2時間無いのに仕方の無いヤツだ……。
「いきなり何?」
面倒事が標準装備でついて来るユッキーがこれほど急いているのは意外と珍しい。
人を急かすことはあっても、ユッキー自身はマイペースに事を進める人間だ。
……と言う事は、いつも以上に面倒なことに巻き込まれる予感しかしない。
「残業で、まだまだ帰れそうにないの!」
「ふーん、おつかれ」
どうやら、仕事が終わらないようだ。
『まだ帰れない』ではなく『まだまだ帰れない』と言う事は、相当拘束時間が長いのだと予想される。
「お願い。助けて!」
「いや、無理だろ。会社違うし、取引先でもないから」
もっと言えば、職種も全く違うので手伝いようがない。
そもそも部外者が手伝いなんてできるわけがない。
「フェルン@ちゃんとのデートの日なの!今日デートなの!」
昨日”街案内”の約束をした現場に俺は居たし、今日同行する約束をしているので知っている。
「へー、大変だね。上司にデートだから帰らせてってお願いすれば?無理なら俺が代わりにフェルン@さんと”デート”するからこっちは気にしないで仕事頑張れ」
「絶対に行くから!急いで仕事終わらせていくから!待ってて!」
「俺は良いけど、フェルン@さんの事も待たせるの?どれくらい遅れるの?」
「それは……」
言葉に行き詰ってしまったユッキー。予想はしていたが、まだ相当仕事が残っているのだろう……。
「さっき時間が無いって言ってたけど、仕事戻らないでいいの?」
「分かってるわよ!仕事終わらせて急いでいくから、先に案内しておいてよ!”案内”よ”あ・ん・な・い”」
わざわざ案内を強調しないでもいい。
残念ながら、俺にはそっち系の趣味はないのでデートと言われたとしても全く嬉しくない。
「はいはい、先に”デート”しておくから”デート”が終わったタイミングを見計らって合流してね」
「案内!案内だからね!あんn……」
ツーツーツー……。
これ以上話をしていても面倒な上に、ユッキーの合流時間が遅くなるだけだ。
通話を強制終了させてもらった。
そして、19時……。
待ち合わせ時間までまだ少し時間はあるのだが、ユッキーが来ないことが確定した以上俺が遅刻する訳にはいかないので、待ち合わせ場所に向かうことにした。
待ち合わせ場所に着くとフェルン@さんは既に待ち合わせ場所に来ていた。
「ごめーん、待った?」
「ボクも今来たところです」
ある程度狙って放った言葉なのだが、予想以上に待ち合わせのテンプレ会話になってしまった……。
一応録画もしておいたのでユッキーにメールを送るとしよう。
件名は『フェルン@さんとのデートの待ち合わせ』でいいだろう。
「ユッキーは仕事で遅くなるって連絡があったから、フェルン@さんの準備が出来てるなら先に回っておこうか」
「はい、よろしくお願いします」
ユッキーが案内役だと思っていたので、今は完全にノープランの状態だ。
重要な場所から案内した方が良いのかと考えたのだが、どうせ街全体を案内する予定なので、下手に案内するよりはぐるっと1周する感じで案内した方が良いと思ったので、今いる場所から反時計回りに案内していくことにした。
初めに露店エリア……。
プレイヤーが勝手に色々な品を出品できるバザーのような場所だ。
一応、プレイヤー間の暗黙のルールである程度のアイテムの区分けはされているのだが、人と品の量が多すぎて目当ての品を探し当てるのが一苦労だ。
オークションと違い、手数料が不要なのがメリットなのだが、手数料分安くなっているかと言ったらそういう訳でもないので割安感はあまりない。
しかし、オークションと違いお手軽に出品出来るので掘り出し物が見つかる可能性もある。暇なときに時間潰しにも利用できる。
次に、オークション、ゲームセンター、マイホーム、etc……。
1周回り終わって、最後に中央広場に来た。
ここは主にイベントなどで使われることがある場所だ。
週2回行われるGM達との懇談会もこの場所で行われることが多い。
意識してゆっくりと案内をしたのだが40分程度で天空城の案内が終わってしまった……。
自分にしては頑張って時間を稼いだ方だと思う。
しかし、ユッキーはまだ仕事が終わっていないようで連絡が無い……。
「フェルン@さん、一応大雑把だけど案内はこれで終わりなんだけど、そこのカフェで少し話しませんか?」
フェルン@さんに声をかけた後にカフェ方向へ移動し、空いていた席に座る。
話すことは特には無いのだが、このまま『はい、さようなら』と別れたら後でユッキーに何を言われるか分かったもんじゃない……。
故にフェルン@さんをここに引き留めるためだけの時間稼ぎだ!!
「何か分からなかったことがあれば答えるよ。分かる範囲でだけど。あっ、イスをダブルクリックすれば座れるよ」
フェルン@さんが付いてきたことを確認し、時間稼ぎのための会話を始める。
「マイホームが分からなかったのですが、ホームは持っていた方が良いですか?」
フェルン@さんはレベルが低いので、ホーム機能を理解していなかったようだ。
話のネタが出来たので、遠慮なく説明させてもらうことにしよう……。
「ホームは大きな街に行けば、ほぼ作る事の出来る自分専用の根城の事だよ。ホームを作っておけばホーム間の移動は無料で出来るようになるよ。……ただし、毎月1日に家賃を払わないといけないけどね。家賃は場所によって1G~10Gかかるよ。因みに、ここのホームは毎月1G」
無料で移動出来るのは非常に便利なのだが、毎月の家賃を考えるとそれも考え物だ……。
大抵の人は自分の拠点とする場所(基本的に自分のレベルにあった狩場の近く)にホームを作り、レベルが上がると解約して次のホームを作ると言った感じの人が多い。
移動が無料なので、レベルの低い人のお手伝いをする機会の多いプレイヤーにとっては結構お得なのだが、あまり移動をしないプレイヤーにとっては1つあれば十分と言った代物なのだ。
「移動に使うだけですか?」
「そんなことは無いよ。内装を変えて遊んだり、ホームパーティも開けるし、アイテムの保管も出来るから倉庫として持ってる人も多いよ」
ホームの内装を凝って人に見せびらかす人も一定数いるが、基本的には倉庫として持つ人が多い。
勿論その場合は一番家賃の安いホームを借りることになる。
因みに、一番家賃の安いホームは……。
ギルドタウンのホームだ!なんと驚きの家賃0円!
ただし、ギルドレベル4以上でギルドタウンを作っていることが必要条件だ。
俺のギルド『人外同盟』は、ギルドレベル3になったばかりの弱小ギルドだ。察して欲しい……。
もう少し頑張らないといけないな……。
「それと気を付けない事があって、ホームを解約したり家賃滞納したりすると内装が全部なくなるから、そこは注意してね。無くなるのは全部解約した時だから、1つでも何処かにホームを残しておけば大丈夫。家賃滞納は3カ月でホーム没収ね」
せっかく内装にお金をかけたのに、ホームの場所を変えるために新しい場所に契約する前に解約してしまい、内装が消えてしまったという話はよく聞く話だ。
解約時に注意が出るのだが、拠点を変えるときによく読みもせずにクリックしてしまったり、誤操作で解約してしまうケースもあるらしい。
運営にお願いをすると内装を返してもらえるという噂を聞くが、戻してもらえない可能性もあるので、わざと解約して戻ってくるか実験してみる気はない……。
その他にも、露店とオークションの違いなど色々と時間稼ぎをしている途中にユッキーから秘密チャットが届いた。
/wis from ユッキー:今どこ?
/wis to ユッキー:中央のカフェだよ
/wis from ユッキー:すぐ行く
どうやら時間稼ぎは成功したようだ。
これで文句を言われないで済みそうだ。
しかし、普通にユッキーを待つのも癪なので少し悪戯をすることにした。
「フェルン@さん、今からユッキーが来るみたいだから、少し移動していいかな?あと出来ればデートしてる風の雰囲気出して。出来たらでいいから」
「努力します」
フェルン@さんの了解も取れたので、少し移動をして2人掛けの席に移動をした。
テーブルに飲み物なども置けるので、カップル用の飲み物なども置いてみた。1つのコップにストローが2本刺さっているやつだ。
飲み物などをダブルクリックすれば飲食可能だ。ホームパーティとは違いカフェでは飲み食いするアクションだけで、バフが付くわけではない。
そうこう準備をしているとユッキーが到着した。
「フェルン@ちゃん、遅れてごめんね」
「ちょっと!フェルちゃん!この女誰よ!ま、まさか、私って人がありながら……。酷いわ!フェルちゃん!」
少し棒読みっぽい、大根役者の迷演技ここに極まれり!
「おい、show……。テメーどう言うつもりだ!?」
ユッキーの声のトーンがいつもより低く、ドスが利いている……。
そして、何より圧がひどい……。
「showさん誤解です」
フェルン@さんはそんなユッキーはどこ吹く風と少し乗ってくれている。
……が、俺に負けず劣らずの迷演技だ。
かと言って、大根役者が2人だったと言う理由でこの茶番劇を終わらせてしまうのは、自分に負けたような気がして嫌だったので止むを得ず続行することにした……。
「私、知ってるわよ。あなた、私のフェルちゃんにちょっかい出してるユッキーさんでしょ……?でも、残念ねユッキーさん……。見ての通り、あなたの席は無いわよ。あっちに行ってちょうだい!」
「show、オマエ覚えておけよ!絶対に許さんからな!」
ユッキーの発する一言一句から怒りが伝わってくる。
「ユッキーさんまだ分からないの?私達、ラブラブなのよ!この飲み物とか見ても分からないの!?あなたの入る好きなんて1ミリも無いのよ!」
今しがた用意した小道具を指しながらユッキーを挑発する。
「マジ許すまじ!その席変われshow!!」
ユッキーの背後に怒りの炎が見えそうなくらいに、怒っているのが分かる……。
「嫌よ!キャー、フェルちゃん助けてー!」
「本当にふざけんなよテメー!さっきから気持ち悪い声出しやがって!後で絶対にシバキ倒すからな!」
かなり棒読み&変な裏声で助けを求めながら、フェルン@さんの様子をチラ見するが、呑気に飲み物を飲んでいた。
小芝居に飽きたのか、どう乗っかればいいのか分からずに放棄したのか、あるいは他の理由か……。
真偽は分からないが、フェルン@さんは飽きているようだ。
これ以上ユッキーを怒らせてしまっては本当にブッ飛ばされかねないので、俺もジュースを飲んで一休みすることにした。
とは言っても、俺の種族はデュラハンなので頭は無い。どうやって飲んでいるかも気になるので見ようとした瞬間……。
「あっ……」
ユッキーの声にならないような声が聞こえた。
良く考えたら、今回用意した飲み物はカップル専用の飲み物だ!
完全に無意識だったが、フェルン@さんが美味しそうに飲んでいたのと、頭のない自分がどのように飲むのか見たかっただけなのだが、今の状況はフェルン@さんと俺がカップル専用の飲み物を一緒に飲んでいるという事実があるだけだ。
しかも、今までの演技の事もあるので、事態はさらに深刻だ……。
「ユ、ユッキー!誤解!これは違う!今のは無意識!本当に無意識だから!」
焦りの所為で、物凄く早口になってしまった。
「その焦り様……。完全に黒ね……」
焦っているのは当たってるが、黒と言うのは完全に誤解だ。
ユッキーに変な誤解を与えないように、急いで説明をしようとしたからだ。
どうにかして、ユッキーの誤解を解かなければならない。誤解を解かなければ後ろから刺されてしまうかもしれない……。
「フェルン@さん!フェルン@さんからも何か言ってください!」
残された手段はフェルン@さん本人の口から誤解を解いてもらうと言う事しかない。
ユッキーでも本人の口から説明されれば納得するだろう。
と言う事でフェルン@さんに助け舟を求めたのだが……。
「えっ?どういうことですか?」
どうやら状況を理解していないようだ……。
「俺とフェルン@さんは何もないって証言してください。お願いします」
「誤解も何も無いと思いますが……。showさんはユッキーさんの事が好きなんですよね?」
「はぁ!?」
あまりにも唐突で的外れな発言に声が上擦ってしまった。
フェルン@とラブラブと言う誤解以上に不名誉で不愉快な誤解。
これは絶対に会ってはならない誤解だ。何としても釈明し、誤解を解かなければならない問題だ。
「ない!それは、ない!絶対にないから!」
「好きな女の子に意地悪なことをする小学生みたいな感じじゃないんですか?」
どうやら、好きな女の子のスカートをめくり泣かせてしまう系男子のような感じだと思われているようだ……。
「24!俺、24!そんな子供じゃないから!24だから!」
24でそんなことをしていたら、見た目は大人中身は子供で某名探偵の逆バージョンになってしまう……。
「そういう事にしておきます」
絶対に信じてもらえていないと分かる返事。
な得しているようにも聞こえるが、100%意地悪小学生男子の位置付けをされてしまっているだろう。
恐らくこれ以上反論しても結果は変わらないのだと感じさせる。この誤解は今後の行動で少しずつ解いていかなければいかないものなのだろう……。
一緒に行動することがあれば、そう遅くないうちに誤解も解けると思う。
そして、ユッキーのヤバさにも気が付いてくれることだろう……。と信じたい……。
「フェルン@さん、本当に違うからね。……で、ユッキー来たけど、どうするの?フェルン@さんと会えたから満足した?街の案内は終わってるよ」
既に今日の予定は消化し終わっているので、今後の予定は何もないのだ。
ユッキーがやることがあるのかを聞いてみた。
「おーい、ユッキー?」
反応が無い……。
「ハッ!!あまりに突然の事で思考停止してた。……で、実際の所、showはワタシの事好きなの?」
コイツは自分の位置付けを理解していないのだろうか?
突然の事で思考停止したとか言っていたが、元から色々な意味で腐って使い物にならない脳みそなのだろう。
マジでキレそうになった発言だが、俺も24と言ういい歳の大人だ。冷静に対応しなければいけない……。
「うるせぇぞ!黙れクソアマ!小さい頃からの付き合いで、俺がオマエに1ミリも異性として興味が無いことは分かってるだろ!寝言は寝てから言え!」
頑張ってみたが、冷静な対応は無理だった……。
ユッキーがドヤ顔で迫ってくるのをイメージしてしまって、ついつい冷静さを保つことが出来なかった。
「幼馴染なんですか?」
フェルン@さんが少し興味を持ったようだ。
「小学校の頃にユッキーが転校してきてからの腐れ縁。ユッキーが面倒事を起こして、俺が毎回尻拭いをしないといけないって言う最低の関係だよ」
そう、困った時だけはすぐ駆け寄ってくる最低な女……。それがユッキーだ!
「show?そんなこと言って良いのかな?アンタのはず魁夷過去も知ってるって事を忘れてもらっては困るのだよ?」
/wis from ユッキー:オマエ、フェルン@ちゃんの前でワタシに恥をかかせたら
/wis from ユッキー:色々とあること無い事言いふらすからな。マジ覚えておけよ!
不穏な言葉とともにユッキーからの熱烈なラブレター(呪詛)が届いた。
ここで怒らせると、無いこと無い事言われそうなので、これ以上は怒らせないようにしなくてはいけない。
あること無いことならばまだ多少はこちらに非があるので許せる部分もあるのだが、ユッキーの場合は完全な嘘で塗り固められた事をあたかも真実のように周りに吹聴するから厄介なのだ。
脅迫に虚言……本当に最低な女だ!
「ユッキー ハ イイ オンナ ダ。 イッショニ イルト タノシイナー」
全く感情のこもっていない棒読みだ。
自分の役者としての実力のなさが実感できる。役者ではないので当たり前なのだが……。
「まぁ今回はとりあえず許しておいてあげるわ。それより、時間があるならID行かない?簡単な所でもいいから」
上から目線なのが何ともええないくらいムカつくが、何とか許してもらえたらしい……。
それよりも気になるのは後半部分だ。
フェルン@さんは初心者なので、恐らくIDに行ったことが無いだろう。
IDに入るためのレベル制限はないのだが、普通にやっていた場合はレベル5になったときに1番初めのチュートリアル的なID内でクリア可能なクエストを受注出来るようになる。
裏を返せば、レベル5までIDに行く必要が無いと言う事だ。
そして、フェルン@さんはまだそのレベルに達していないので、クエスト消化でIDに行った可能性は無いと言う事だ。
しかし、前のギルドで他の人と何らかの理由でIDに行っている可能性もある。……が、レベルやスキルの事を考えるとパワーレベリング以外での可能性はほぼ0と考えていいと思う。
何はともあれフェルン@さんに聞くのが1番早い。ID経験者かどうかを聞いてから色々と決めることにした。
そもそもで、フェルン@さんに時間がない可能性もあるのだ。
「フェルン@さん、まだ時間ありますか?ユッキーも合流したので、よかったらID一緒に行きませんか?」
「時間はあるんですが、ボク、弱いので何も出来ません」
そう、それが1番難しい問題なのだ。
ただIDに行けばいい訳ではない。フェルン@さんを誘っていくからには、フェルン@さん自身がある程度楽しめる場所にしなくてはいけない。
後ろをただついて来るだけでいいよ。と言うのは簡単なのだが、誘っておいてソレは違う気がする……。
「フェルン@さんはIDに行ったことがありますか?」
「まだないです」
予想通りまだIDには行ったことが無いようだ。
「他のゲームでのダンジョン経験は?」
「オンラインゲームはこのゲームが初めてなので、オフラインのRPGのダンジョン以外は分からないです」
オンラインゲーム自体初めてと言う事は、ゲーム自体初心者と言ってもいいだろう。
オフラインのRPGとオンラインのRPGは似ているようで結構勝手が違うものだ。
しかも、オフラインのRPGはターン制の作品が多いので、リアルタイム制のバトルシステム自体になれていない可能性もある……。
「んー……。ユッキーはフェルン@さんと一緒ならどこでもいいの?」
「もちのろん!」
即答かつ元気のいい返事だ。
「じゃあ、1番初めの超初心者用ダンジョンでもいい?」
「そんな所行ってどうするの?出来ればもう少し長い所がいいんだけど」
どこでもいいと言っていたくせに……。とは言うもののフェルン@さんと少しでも一緒に行動したいがためのID提案だったと考えれば、少しでも長い方が良いというのも仕方がないのだろう。
まあ普通に何故そんなダンジョンチュートリアル的な場所に行くのか疑問に対して、明確な答えがあるのでユッキーも納得してくれると思う。
「フェルン@さんをせっかく誘ってるんだから、フェルン@さんが楽しめるところがいいだろ?それにオンラインゲームもこれが初めてって言ってるんだからゲームシステムにも慣れてもらうために練習が必要だろ?ユッキーだってIDに誘われて後ろついて来るだけでいいよって言われても面白くないだろ?」
「それはそうだけど……。でも、やっぱりもう少し長いところがいい……」
フェルン@さんと一緒に居たいと言う感情と、フェルン@さんに楽しんでほしいという感情がせめぎあっているのだろう。
納得しているようなそうでないような……。ユッキーらしくない煮え切らない返事を返してきた。
「時間があるようなら他のID行っても良いし、1日の最大回数の5回周回出来ればある程度時間も経つだろ?それで納得しろよ」
このまま時間を無駄に消費しても意味がないので妥協案を出して納得させることにした。
「うん……」
一応納得はしてみたいなのだが、釘を刺しておかなければいけない事もある。
「時間があればだからな!時間があれば!」
フェルン@さんがログアウトする時間になれば、1周で終了もありえると理解してもらわないといけない事だ。
「分かってるわよ!」
納得している、していないにかかわらず、言質は取ったので、後でもめることは無いだろう。
「あっ!それから、ユッキーはボスまでは基本攻撃禁止な!ボスも俺がOK出すまで攻撃禁止だから」
「何でよ!」
当然文句を言ってくると思った……。
「ユっき-が攻撃したら一瞬で終わっちゃうだろ?それは高レベルIDで後ろついて来るのと変わらないだろ?」
まあ、そういう事である。
「分かったわよ」
これは意外と早く納得してもらえたようだ。
ただ、さっきから返答に少し不貞腐れている感がにじみ出ている。
「フェルン@さんも最初1番簡単なIDに行って動き方を覚えて、時間を考えながらもっと難しい所に行くか、同じIDを回るかを決める感じで良いですか?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
フェルン@さんも提案した条件で大丈夫なようなので早速出発しようと思う。
「フェルン@さん、ゲートを使っていける場所で登録してある場所は何処がありますか?」
「スタート地点と助けてもらった所と、ここの3ヵ所です」
聞いた限りでは、始まりの村からほとんど動いていないと考えていいようだ。
「じゃあ、スタート地点に集合しましょう」
「show、なんて場所だっけ?」
ユッキーが移動先を質問してきた。
ゲートで移動は出来るのだが、移動先は選択しなければいけない。
故に移動先の町などの名前を憶えておかなければならないのだ。
し・か・し!
ゲートで移動する場合、移動先の選択肢もランダムに並んでいるわけではない。
1番初めの村は当然、選択肢の1番上にある場所だ。わざわざ聞く必要もないのだ。
「ファース島のハジマールって村だよ。ってか1番初めの村なんだから1番上に来るのくらい考えれば分かるだろ」
一応村の名前などの情報は教えたのだが、ついでなので最後に小言も付け加えておいた。
少しは考えてから口に出したり、行動に移したりしてほしいと言うことの表れだ。
しかし、ここの運営の名前の付け方は結構いい加減というか、安直と言うか……。
もっと捻った名前を付けてほしいものだ。
1stで始まるって……。まあ覚えやすいから良いんだけどね。
「ありがとう。じゃあ行こう」
ユッキーは俺の小言の事も村の名前の事も特に気にしていないようなので、さっさと移動することにした。
「そういえば、あくまでも都市伝説みたいな物なんだけど、ここのゲートの話、知ってる?」
天空城のテートまで到着したので、ゲーム内でまことしやかにささやかれている、都市伝説的な話をすることにした。
「ワタシは知らない」
どうやらユッキーは知らないようだ。
フェルン@さんは初めてここに来たと言う事なので知る由もないだろう。
「えーっと……。ここのゲートって他の場所のゲートと違いがあるんだけど、分かる?」
「どこに行くにも同じ金額って事?」
「まあそれもそうだけど、見た目の話」
ユッキーは少しズレている所があるので、会話をしていると疲れることがたまにある。
「あっ!ゲートがないです」
少しの沈黙の後に、フェルン@さんがズバリ正解を言い当てた。
「フェルン@さん、よくわかったね。正解だよ。ここは飛ばしてくれる人は他の場所と同じく居るんだけど、ゲートそのものがないんだよ」
「へー。全然気にしてなかった」
ユッキーがあまり興味なさそうに返事をする。
「で、噂になってる事って言うのが、どうやって他の場所に飛んでいるのか?って事なの」
「どうやって、他の場所に行くんですか?実はゲートは必要ないとかですか?」
フェルン@さんは少し興味があるようだ。
ゲートがいらないという推理は恐らく、魔力だけで人を他の場所に転移出来るという考えだろう。
今から言う答えを思うと、なんて平和的な考えなんだ。……などと考えてしまう。
「あくまでも噂なんだけど……、紐無しバンジー」
「えっ?」
「だ・か・ら・紐無しバンジー!」
「聞こえてるわよ!どう言う事か説明しろって事だよ!」
さっきまで興味無さ気にしていたくせに、この言い草だよ……。
「天空城は世界各地の上空を飛んでいて、他の場所に移動する場合は、ここから飛び降りるって噂。だから、作りもドーナツ状の足場があって、その中央に少し足場が出てる感じの設計でしょ?」
「言われてみればそんな形ね」
「……で、」個々のゲートの管理人は、その中央に出っ張ってる足場の根本部分に居るから、ここに来ている人を突き落としてるって噂」
「マ?」
「あくまでも噂ね。う・わ・さ。初めに都市伝説みたいな物って言っただろ」
これは、実際に運営に問い合わせた人がいるらしく、真相はドーナツ状の足場が大きなゲートになっていて、プレイヤーはそこに飛び込んでいるという設定らしい。
天空城のゲート料金が一定なのも、実はゲートになっている足場は魔力を増強する作用のある特殊な鉱石が使われていて、以前は立っていたらしいのだが、天空城は上空に浮き上がる際に揺れで倒れてしまい、そのままの状態で使っているとのことだ。
ついでに、元の立っている状態に戻す計画もあったらしいのだが、この特殊な鉱石はとても重いらしく、戻すには結構なお金と手間がかかると言う事で、『天空城の国王がこのままでいいんじゃね?』的な軽いノリで倒れたまま使うことに決定したらしい。
「じゃあ、ここから移動すると、落下ダメージあるんですか?」
「このゲームは落下ダメージが無いから気にしないで大丈夫だよ。それに今の話は完全にデマだって運営に否定されてるし。……じゃあ、行こうか」
フェルン@さんは噂話を信じてしまった(?)らしく、落下ダメージを気にしていたので、否定しておいた。
「おい!最後にサラッと何言うとんねん!」
ユッキーが何か騒いでいるが、気にしないことにした。
~ハジマール~
「着いたね。早速出発しようか」
全員が揃ったことを確認して声をかける。
町から町はだいたい3つ~5つのエリアを間に挟んでいる。
このスタート地点も例外ではなく、目的地である次の城下町までは間に3つの通常エリアが存在する。
始まりの村周辺なのでモンスターを討伐する必要もない。
……と言うよりも、俺とユッキーのレベルが高めなので、むしろモンスターが逃げていくので近づくことすらないだろう。
ただ歩いていくだけなので、5分もかからずに目的地に着くと思う。
道中暇だったので、少し会話をしながら歩くことにした。
「フェルン@さんは、どこまで行ったことがありますか?」
「反対側の行き止まりまでと、こっちはここまでです。次へはまだ行ったことは無いです」
ハジマールから反対側へ進むと行き止まりになっている。
チュートリアルに使われるだけの練習エリアだ。
1つ目のエリアで基本動作のチュートリアルが終了し、2つ目のエリアでカカシ(攻撃してこない敵)が適当に並んでいるので色々と練習するという感じだ。
こっち側のモンスターもまだ序盤と言う事で、プレイヤー側から攻撃を仕掛けない限りモンスターから攻撃してくることは無い。
範囲攻撃でもしない限り安全なエリアと言ってもいいだろう。
まあここの適正レベルのプレイヤーは範囲攻撃などまだ覚えられないのだが、範囲攻撃を覚えられるようなレベルになったときはこの周辺のモンスターはただの雑魚だ。
要するに、この周辺では死ぬ方が難しいと言う事だ。
「ネコちゃんこっちに来ない……」
色々と考えていたら、フェルン@さんが残念そうな声で何かを呟いていた。
「ネコ?」
「はい、あそこに居るネコです。いつもは寄ってくるんです」
フェルン@さんが言う方向を見るとネコ(モンスター)が居た。
「あー、レベル差の所為だね。俺とユッキーが居るからこっちに来ることは無いね」
「レベル差ですか?」
フェルン@さんはレベル差でモンスターの挙動が変わることを知らないようだ。
「モンスターのレベルが±5以内が適正レベルってやつで、通常の動きをするの。……で、こっちのレベルが6以上高くなるとモンスターは逃げる。逆にモンスターのレベルが6以上高くなると通常反応する場所より遠くに居ても襲ってくるって感じ」
かなりざっくりとだが、レベル差による挙動の変化を教えてあげた。
「ちなみに、適正レベルだとモンスターの名前は白、こっちが6以上高いと青、モンスター側が6以上高いと赤で表示されるから見ただけでも判断出来るよ」
ターゲットとして指定しなくてもぱっと見でのレベル差の変化もついでに教えておいた。
「分かりました。後で遊びに来ます……」
少ししょんぼりとしたような声でフェルン@さんが返事をしてきた。
「ちょっとshow、何か良い方法無いの?」
ユッキーが小声で話しかけてきた。
小声で話しかけても普通に声をかけても有効範囲に居れば聞こえるので一緒なのだが、条件反射と言うのか癖と言うのか……。コッソリと秘策がないのかを聞きたかったのだろう。
「んー……。俺とユッキーのレベルに反応してるだけだから、フェルン@さんが1人で近づいて行けばワンチャンあると思うけど……」
ここまでのレベル差のあるPTを組むことがない上に、俺は基本的にID周回の時以外はPTを組むことが殆どない。
よって、レベル差のあるPTを組んでいた場合、フィールドモンスターがどのように動くのかを理解していない。
例え通常の動きをしたとしても、逃げなくなるだけでモンスターから近づいてくることはこのレベル帯では無いので、あくまでも近づけるチャンスがあると言うだけだ。
もっと言えば、逃げてるモンスターに無理矢理近づいて行けば攻撃も可能だ。
「フェルン@ちゃん、ワタシとshowは少し離れてみるから、1人で近づいてみたら?」
俺の意見を聞いて、ユッキーがフェルン@さんに提案をしていた。
「いいんですか?」
「別にいいよ」
フェルン@さんが尋ねてきたので容認した。
俺の返事を聞いてフェルン@さんがモンスターに近づいて行った。
どうやら、PTを組んでいる状態でもモンスターの挙動は個人のレベルに依存しているらしく、フェルン@が近づいても逃げる素振りは見せなかった。
「にゃー、にゃー」
フェルン@さんがモンスターと戯れている(ただ攻撃されているだけ)
しかし、俺は見逃さなかった。フェルン@さんがネコと戯れるために1発攻撃をしていたことを……。
「カワイイ……。すごくカワイイ……」
さっきから隣で少し興奮しているような声が聞こえてくる。
ブツブツ言っているので正直気味が悪い。
しばらくすると、フェルン@さんが戻ってきた。
「ありがとうございました。堪能できました」
俺達の近くに来たところでモンスターは逃げていった。
戯れるのに攻撃しただけでトドメは刺さないようだ……。
「ダメージは少ないみたいだから、遊ぶなら防具を外した方が良いよ。攻撃をされ続けてると耐久がなくなって修理費がかかるからね」
毎日こんなことをしていると、フェルン@さんの防具の耐久が心配だったので、防具を外して遊ぶことを提案しておいた。
「脱がす気!!?」
隣の変態が過剰反応を見せた……。
確かに変態の言う事も一理ある。防具を外すと下着姿になってしまう。
何処に変態が潜んでいるのか分からないので、防具を外しても大丈夫なように、後ほど使わないアバター装備をプレゼントすることにしよう。
ここで少し時間を取られたが、道中はモンスターからの攻撃の心配がなく、討伐時間は0なのですぐに目的地のサイショー王国に到着した。
ちなみに、最初なのか最少なのかは謎だ。
同じ規模の王国はいくつか点在しているので恐らく最初と言う事だろう。
通常のIDは町中には無く、フィールドに入口があるのだが、チュートリアル的なIDなので町中にあるのだろう。
ID名は『王国の地下水路』
平たく言えば、下水道探索だ。
「じゃあ、行こうか」
フェルン@さんのIDデビュー戦が今始まる……。
-To Be Continued-