フェルン@と救出部隊
~翌日~
夜になり、フェルン@さん救出の参加予定者が全員ログインしている事を確認し、ギルドチャットで呼びかけることにした。
/ギルド show:こんばんは
/ギルド show:本日の救出作戦に参加予定の方は今からshowの家まで来てください
/ギルド コタロウ:はい
/ギルド ネロ:了解なのじゃ
/ギルド えーちゃん:はーい
/ギルド オットー:うぃ
/ギルド ユッキー:準備するからちょっと待ってて
/ギルド show:なるべく急げよ。ネロさん込みで作戦をたててから出発したいから
/ギルド ユッキー:分かった
昨日言っていた時間よりは多少早いが、ほぼ予定通りの時間に集合することが出来た。
ギルドチャットで呼びかけたので、ユッキー以外の人達は集合場所である俺の家に向かっているはずだ。
家主不在でも入室することは出来るのだが、俺自身の気持ちの問題で、他の人が来る前に自宅で待機していたい。
……と言う事で、早速自宅へと向かうことにした。
家に入ってから1分も経たないうちに、ネロさんが入室してきた。
「ネロさんこんばんは」
「おばんなのじゃ」
「昨日決まったことを、他の人が来るまでの間、軽く説明しますね」
「お願いするのじゃ」
ネロさんの聞く準備も出来ているようなので、早速、昨日の決定事項を話し始めることにした。
ネロさんへの説明をしている間にも次々と集合する参加者。
「……と言うのが、昨日決まったことです」
「了解じゃ。説明お疲れさまなのじゃ」
「いえいえ、結構ネロさんに頼りきっているところも多いと思いますが、よろしくお願いします」
「因みに、ネロちゃんは何で参加しようと思ったの?」
恐らく、ユッキーが来るまでの暇つぶしなのだろう。
えーちゃんさんが、ネロさんの参加理由を聞いていた。
「ワシは、あのギルドが嫌いだからじゃのー」
「えっ?」
ネロさんの予想だにしない答えに、えーちゃんさんの隣にいたオットーさんから驚きの声があがる。
「だから、ワシ、あのギルドが嫌いなのじゃ。あそこのギルドは初心者を集めて、レアアイテムを搾取したり、初心者に嘘を教えたりすることで結構評判が悪いんじゃよ。しかし、上位ギルドじゃから信者も多く、ギルドに入団してから騙されてる人も多くてのー。でも、初心者の時から嘘を教えるので、初心者は搾取されているのに気づかんのじゃ……」
なかなか闇の深そうな話をするネロさん。
「へー、かかわったこと無いから知らなかった」
俺も、上位ギルドと言う事だけは知っていたのだが、オットーさんと同じくギルドの内情までは把握していなかった。
「初心者からレアアイテムを搾取したりはするのじゃが、一応ID巡りはするし、人数も多いから初心者同士で気の合う仲間と出会ってしまうのが現状で、あのギルドを嫌っている人はギルド名を見ただけで嫌悪感丸出しなのじゃ。そして、信者はギルドの真実を教えても、ギルドの悪口だと捉えて怒るから両者の溝は深まるばかりで困ったものなんじゃよ」
確かに、ネロさんの言う事が真実ならば、かなり厄介なギルドだ。
「遅れてごめん、お待たせしました」
ネロさんの話を聞いていた時にユッキーが到着した。
これで参加者は全員揃ったことになる。
「ユッキー、何してたの?」
遅れたと言っても、まだ昨日話していた予定時間にはなっていないのだが、ユッキーなら今や遅しと真っ先にここに来て、他の人に対して、遅いだの一刻も早く行こうだの言いだすものだと思っていたので、ついつい何をしていたのか気になってしまったので聞くことにした。
「飛べるように登録してきたの」
「お疲れなのじゃ。でも、無意味じゃよ」
「なんで?」
「2PTだからじゃよ。テレポでもう片方のPTは飛べんのじゃ」
「あっ……」
早く助けに行きたい気持ちは伝わってくるのだが、やる気が空回りしているというか、肝心の所が抜けているユッキーであった……。
「努力だけは認めるのじゃ。軽く話が終わったら各自移動するのじゃ。ユッキー達のPTはテレポ使ってもいいんじゃよ」
少しユッキーを小馬鹿にするネロさん
場の空気が少し和んだ所で話の続きをすることにした。
「ネロさん、回復がネロさん1人で大変だと思いますが、よろしくお願いします」
「ん?ワシに回復しろと?きっと唾でもつけておけば治るのじゃ」
「ファッ!?」
ネロさんのとんでも発言に変な声が出てしまった……。
「ネロちゃん前にメイス強化してたの見かけたけど、ヒーラーじゃないの?」
尤もな質問をするえーちゃんさん。俺もネロさんはヒーラーだと思っていたのだ。
「ヒーラー?何それ美味しいの?」
「因みになんですが、ネロさんのメイン武器は何ですか?」
ネロさんの職によってはPT構成などを変えなくてはいけなくなる可能性が出てくる。
「メイス(鈍器)」
「「「「えっ?」」」」
コタロウさん以外の全員から驚きの声が漏れる。
「あれ?みんな知らへんの?ネロさんは回復職やけど、運極振りの殴りヒーラーやで」
衝撃の事実をさらっと言うコタロウさん……。
知っていたなら昨日のうちに情報が欲しかった。
「この前も一緒にID回ってもろたんやけど、あまり回復してくれへんかったわ。ハハハ……」
以前ネロさんと一緒にIDを回ったことを思い出しながら話したのだろう。最後の方は乾いた笑いになっていた……。
「じゃが、死人は出なかったじゃろ?」
全く悪びれた様子もなく返答するネロさん。
「せやけど、めっちゃひやひやしてんよ。スリルがあっておもろかったけど……」
半分笑いながら、もう諦めたような感じで話すコタロウさん。
「ヒーラー()」
「えっ?と言う事は、今回ヒーラーは無しですか?」
衝撃のあまり少し眩暈がしてしまった……。
「最低限はするのじゃ、最低限は!じゃがshowさんだけだと思っておいた方がいいのじゃ。特に2PTじゃと他PTの状況は全くわからんのじゃ。どちらにせよHPが減っても気が付かないので回復は出来ないのじゃ。だからshowさんにヘイト管理を頑張ってもらうしかないのじゃよ」
「確かにPTが違うとHP表示されないから全体を把握するのは無理よね」
「ネロさんの予想では、俺はポットをどれくらい持っていけば大丈夫だと思いますか?」
「ふむ……、そうじゃのー……。10個は使わないとは思うのじゃが……」
「そんなに少なくていいんですか?」
回復を期待しないでくれと言った割にはしっかりと回復をしてくれるようなので安心した。
「まあ、showさんの頑張り次第じゃが、あの周辺の敵は範囲攻撃をしてこんので、周りが攻撃に巻き込まれることはほぼないんじゃよ。ただ、数が多くて強いから厄介なのじゃ。じゃからPKする人も基本的にはmobの出現しない反対側でやりあってるって訳なのじゃ。なので、注意するのは急に湧いてくるmobと、mob相手で弱っているプレイヤーを狩ることしか出来ん三流PK厨じゃな。本格的にPKを楽しむ連中はPKエリアまでの道中のプレイヤーを狩ることは少ないのじゃ」
「でも、三流でも強いんですよね?」
「全体で見れば強い部類には入るのじゃが、mobが多いからPK用の装備だとmobに殺される危険があるので奴らも通常の狩り装備になるのじゃ。そうなると人数が多いこっちの方が有利なのじゃ。それに奴らはビビりじゃから集団に手を出すことは少ないのじゃ」
ネロさんの説明を聞く限りでは道中は相当なことが無い限り安全と言う事だろう。
「了解です。mobはどうすればいいですか?」
「showさんの挑発系スキルは単体と範囲どっちなのじゃ?」
挑発系スキルは盾の必須スキルと言っても過言ではない。
簡単に言ってしまえば、味方に対する敵のヘイトを全て奪うだけのスキルだ。
IDのボス戦やユニークモンスターなどに特化している盾職は単体スキルを取る人が多い。
しかし、汎用性の高いのは範囲スキルの方になる。
「俺はディスターブを使うので範囲の方です。レベル1の状態ですが一応挑発も覚えています」
そして、俺は基本に忠実に範囲スキルのレベルを上限まで上げている。
「了解じゃよ。なら簡単なのじゃ。もし急に近くでmobが沸いて他の人が絡まれた時は、絡まれた人がshowさんの近くを走り回りながら逃げ続ければいいだけなのじゃ。あとはshowさんのCTが終わり次第ディスターブをずっと使えば勝手にヘイト管理できるのじゃよ」
確かに、言われたことを実行出来るなら簡単なことだ。実際に出来るかどうかはやってみないことには何とも言えないのだが……。
「じゃあ、showちゃんの周りに固まりながら動けばいいのかしら?」
「それは、あまりお勧めしないのじゃよ。一か所に固まっていると倒せればラッキー程度に思ってるプレイヤーが遠距離の範囲攻撃を打ってくることもあるのじゃ。特に後衛は柔らかいから付かず離れずの距離である程度分散した方がいいのじゃ」
聞けば納得出来る内容なのだが、結構距離感が難しい気がする。まあ今回の後衛はえーちゃんさんしか居ないので、えーちゃんさんが上手く立ち回ってくれるだろう。
「大丈夫!えーちゃんさんは僕が守るから!」
久しぶりに喋ったと思ったらブレない言うか何と言うか……。
「それは良いんじゃが、こっちからは仕掛けないので、相手が100%先制してくることだけは忘れてはいかんのじゃ。攻撃してくるような敵がいればソイツをスタンさせてほしいのじゃ。そうすればワシが殴り殺すのじゃよ」
何気なく恐ろしいことを言いだすネロさん。
「ヒーラー()」
「倒す順番はプレイヤー優先で余裕のある時にmobを倒すのじゃ」
「了解です」
進む手順の確認なども終了したので、出発することにしようと思う。
「じゃあ、行きましょうか。集合場所はワープポイント周辺でいいですか?」
「うむ……。それで大丈夫なのじゃ」
「じゃあ、各自集合場所まで移動お願いします」
そして、全員が移動を始めようとするが……。
「ユッキー、テレポは使わんのか?」
笑いながらユッキーを馬鹿にすることを忘れないネロさん。
「使うわよ!使えばいいんでしょ!行きましょう、えーちゃんさん!オットーさん!」
少し不貞腐れた感じで答えるユッキー。
他の人たちからも笑い声が漏れる。
「はーい。ユッキーPT送ってね」
少し笑いながらえーちゃんさんが返事をする。
「僕も」
爆笑しながら、何とか返事をするオットーさん。
そして、目の前から消えるユッキーとえーちゃんさん……。
「おいてかれた……」
少しショボーンとした声になるオットーさん。
対応があまりにも酷かった為にユッキーに置いて行かれてしまったのだろう。
「各自、集合場所に向かうのじゃ。とは言っても、ワープゲートを使うだけじゃから数分で着くのじゃ」
オットーさんが置いて行かれたと言う事を笑いながら、残ったメンバーに移動を促すネロさん。
どうやら、ネロさんのツボに入ったようで、しばらく笑いをかみ殺すような音が漏れていた……。
~集合場所~
「全員集合したね、じゃあ、早速出発しましょう」
「1つ聞き忘れてたんだけど、死んだ場合どうすればいいの?」
「ワシが復活させるから安心して死ぬといいのじゃ」
「安心しては死なないけど、了解」
ユッキーが言うように、安心して死ぬことは出来ない。なぜなら、デスペナがあるからだ。
しかし、ネロさんは蘇生スキルを習得しているようなので、その点は安心することが出来た。
そして、出発をするのだが、ここから先は目的地まで3つのエリアを横断しなければならない。
そのうち2つは通常エリア、最後の1つはPKエリアとなっている。
3か所ともmobの数は多く、1体1体の強さも決して弱い訳ではない。つまり、これから先は全く油断することが出来ないと言う事だ。
特に最後のエリアはmobに加え、プレイヤーと遭遇した場合はプレイヤーとも同時に対峙しなければならなくなる可能性も出てくるので、恐らく道中で一番の鬼門となる場所だろう。
早速街を出て、1つ目のエリアに入る……。
「ここのmobは近距離多めで遠距離は少ないのじゃが、近距離のmobが多すぎて遠距離のmobに攻撃されていることに気が付かないこともあるのじゃ。攻撃が当たった場合は近距離範囲攻撃が当たったと思わずに、遠距離攻撃を疑うのも忘れんようにするのじゃ。showさんは遠距離mobを見つけたら近づいて攻撃じゃ」
ネロさんが移動をしながら簡単にエリアの特徴などを説明してくれている。
「了解です」
因みに、遠距離の敵に近づく理由は、遠距離の敵に近づけば一緒に近距離の敵もついてくるので纏めて殲滅することが出来るので効率がいいと言う事が一番の理由だ。
ネロさんの説明に有った通り、遠距離の敵が少なかったので2つ目のエリアとの境界が見える位置まで簡単に辿り着くことが出来た。
「もっと強いのかと思ったら、結構余裕ですね」
「まだ、ここは湧き時間も遅いし、こっちは数が居るからのー」
そして、特に何の問題もなく2つ目のエリアへと突入する。
「ここからは、少し状況が変わるのじゃ。遠距離物理と魔法攻撃のmobが多くなるからshowさんの腕の見せ所じゃ」
「IDと同じ感じで大丈夫ですか?」
遠距離の敵が何か所かに分かれている場合、まずは全ての敵のヘイトを盾に集中させ、一直線に走る。
その後、遠距離の敵が同じような位置で纏とまってついて来るようになったタイミングで反転する。
反転して遠距離の敵へと近づくことで全部の敵を1か所に纏めることが出来る。
これが一般的なIDでの敵の纏め方だ。
しかし、通常フィールドでは面倒なので何人かで狩りをする時も各個撃破してしまうことが多い。
「大丈夫じゃよ」
「了解」
ネロさんの了承も取れたのでいつも通り実行する。
「showさん、結構上手いんじゃね。今までPT組む機会が無かったから知らんかったのじゃ」
ネロさんと俺とではレベル差がありすぎてPTを組む機会はほぼ無い。
ネロさんの様な上級者に褒められるのは嬉しいものだ。
そして、敵の種類が変わっただけで2つ目のエリアも問題なく踏破することが出来た。
いよいよ、目的地1歩手前のPKエリアへと突入する。
ここが一番問題となりそうな場所だ。
「ここからは、mob以外にもプレイヤーにも気を付けるんじゃぞ」
「はい」
頭では理解していたが、いざ言葉にされると否が応でもプレイヤーの存在を意識することとなる。
エリアを跨いだ瞬間に雰囲気がガラリと変わった事を実感させられる……。
まず、目視することが出来る範囲にいる敵の量が先程とは違い、結構な数いるのだ。
見える範囲ですら、近距離攻撃っぽい敵から遠距離攻撃っぽいの敵まで種類が豊富だ。
「敵の量が増えましたね。遠距離も多そうなので、纏めてる最中に他の遠距離に絡まれそうで面倒ですね」
「回復するから頑張るのじゃ」
ここまで敵の量が多いと、1か所に纏めてもすぐに他の遠距離攻撃を仕掛けてくる敵に別の場所から攻撃されてしまう。
ネロさんの回復を信じて攻撃を耐えながら、殲滅と纏める作業を地道にやっていくしかない。
「はい、行きます」
ネロさんへの返事と皆への合図をし、特攻する。
そして、敵を纏めている最中に事件は起きた……。
「ぐっ、結構ダメージ痛いな」
俺とは別のPTなので確認することは出来ないのだが、どうやらHPの減りが激しいらしい。
「大丈夫ですか?」
「結構一気に削られたからプレイヤーに攻撃されたかと思ったけど、見当たらないからたぶん遠距離モンスターかな」
「すみません、量が多くてヘイト取れない敵も多いみたいで……」
「大丈夫気にしないでいいよ」
CTが終わり次第ディスターブを使ってはいるのだが、スキルの有効範囲外に居る敵が相当数いるようだ。
そして、敵を1か所に纏め終わったのを確認して、ユッキーが槍を振り回し、えーちゃんさんが範囲魔法を使った瞬間……。
俺とネロさんに大ダメージ……。コタロウさんに至ってはHPの全てを失った……。
「「「えっ?」」」
何が起きたのかが理解できず、俺達3人は驚きの声をあげた。
「敵襲!?」
慌てた様子で周囲を確認するユッキー。
「あー…。分かったのじゃ、スキルキャンセル!全員攻撃を中止するのじゃ!」
ネロさんは何かを理解したようで、全員に対して攻撃の中断の指示を出す。
「どうしたのネロちゃん」
「ここはPKエリアじゃ。そして、ワシ達は違うPTじゃから、範囲攻撃されるとそれぞれのPTにダメージが入ってしまうのじゃ」
PKエリアと言う事は、ここに入る前に確認もしたので理解はしていたのだが、一緒に行動をしていたので仲間だと信じ込んでしまっていた……。(実際仲間なのだが)
「「あっ……」」
どうやら、ユッキーとえーちゃんさんも自分達のやらかしたことを理解したようだ。
「ワイ、完全な被害者や」
横たわったままの状態で話すコタロウさん。
「コタちゃん、ごめんなさい!」
「コタロウさん、ごめん」
必死に謝る2人。
「えーちゃんは悪くないよ。全部ユッキーの所為」
訳の分からない、とんでも理論でえーちゃんさんを擁護するオットーさんなのだが、どう考えてもえーちゃんさんの方がユッキーよりもレベルが高いので、えーちゃんさんの方が責任は大きいだろう……。
「さっき、オットーさんのHPを削ったのは俺の範囲攻撃だったんですね……。あの時に気が付くべきでした。すみません」
盾職も一応近距離範囲攻撃を持っているのだが、範囲が狭いのでユッキーには当たらずにオットーさんだけ有効範囲内に居たのだろう。
「でも、どうするの?敵の数が多すぎて範囲攻撃使わないと倒すスピードが間に合わないよ?」
ユッキーの言う通り、単体攻撃では倒しきることは出来ないだろう……。
こうして悠長に話をしているうちにも、敵は湧き続け、すでに囲まれ始めている……。
「んー…、走り抜けるしかなさそうじゃのー」
少し考えた後にネロさんが答えを出す。ゆっくり考えている暇も無いので、一番手っ取り早い方法を提案したのだろう。
「ネロちゃん、回復間に合うの?」
「微妙じゃが、showさんだけなら何とかなるかもしれんのじゃよ。showさんはディスターブを打てるだけ打って出来るだけ多くの攻撃をshowさんに集中させるのじゃ。showさんを含め全員回復は届かないと思って躊躇なくポットがぶ飲みするのじゃ」
簡単に言えば俺にサンドバックになれと言う事だ。
「分かりました。それで行きましょう」
考えている余裕もなさそうなので了承して、目的地へ向け一直線に走り始めた。
「かなり痛いですが、今の所ネロさんの回復だけで間に合ってますね」
「他プレイヤーに遭遇してないのが大きいのじゃ」
初めの凡ミスで死にかけたが(実際死人も出たのだが……)その後は順調に進んでいた。
そして、いよいよ目的地の集落を目視することが出来る位置まで辿り着き、少し安堵した瞬間、どこからともなく魔法攻撃が飛んできた……。
「あー…。やられた」
敵の攻撃でHPがかなり減っていたと言うこともあり、1発で沈まされてしまった……。
「オットーさん、スタン攻撃お願いするのじゃ!」
ネロさんの指示が飛ぶ。
「どこ?」
……が、まだオットーさんは敵プレイヤーを捕捉することが出来ていない。
「右じゃ!」
ネロさんが敵プレイヤーの居る方向に走りながらオットーさんに位置を知らせる。
ネロさんの進む先を見据え、敵プレイヤーを見つけたオットーさんのスタン攻撃が敵プレイヤーに当たる。
「ナイス!」
その後は出発前に言っていた通り、ネロさんがタコ殴りにして敵プレイヤーを倒していた……。
ヒーラーって何だろう……。
「ネロさーん、復活させてください」
死んでいるのを忘れ去られていそうだったので、取り敢えず声をかけておいた。
「今、生き返らせるのじゃ。他の人は安全エリアに避難しておくのじゃ」
ネロさんの指示で全員が集落へと移動した。
集落へ入ると全員無事に辿り着いていることが確認できた。
「それにしても、ネロちゃんの攻撃力凄かったね」
えーちゃんが先程の戦闘を振り返りながらネロさんの事を褒めていた。
「回復量かなり凄かったです。何か特殊なバフでもあるんですか?」
出発前に回復は出来ないと言っていた割には物凄い回復量だったので、回復量をあげるアイテムなどを使っていたのかを質問してみた。
「それは、ワシが運極振りしとるからだからじゃな」
簡潔に答えてくれたのだが、全く意味が分からない……。
「どういうことですか?」
「えーっとじゃな……。運と言うのはクリティカルに関係するんじゃよ。今のワシのステータスじゃと、クリティカル発生率が約92%で、クリティカルダメージが296%になっておるのじゃ」
運がクリティカル関係のステータスであることは俺も理解している。
そして、運極振りと言うだけあって、運に振っていない俺と比べるとかなりクリティカル面のステータスが高いことが分かる。
「ふむふむ」
「そうなると、通常攻撃のダメージ量が増えるのは分かるじゃろ?」
「はい、クリティカルが296%ってことはクリティカルが出れば約3倍の攻撃力って事ですからね」
そして発生率が92%と言う事は、ほぼほぼクリティカルが発生し続けていると考えて問題ないだろう。
「そうじゃ。で、クリティカルは回復スキルにも発生するのじゃよ。じゃから回復量も3倍になる訳じゃ」
ここまで丁寧に説明してもらってやっと理解することが出来た。
「なるほどー。そういう事だったんですね。運振り最強ですね」
回復スキルにもクリティカルが発生しているのは初めて知った。
前に、魔法攻撃にはクリティカルと言うものは存在しないとどこかで聞いた記憶があったので、回復にも存在しないものだと勝手に思い込んでいたのだ。
「それがそうでもないんじゃよ」
「なんで?」
ユッキーも興味を持っていたらしく、横からネロさんに質問してきた。
「何故ヒーラーが精神に振るか分かるかのー?」
「回復量をあげるためですよね?」
ユッキーはしばらく考えていたのだが、答える様子が無かったので代わりに俺が答えた。
恐らくユッキーは理由が分からなかったのだろう。
レベルが上がった際に自由に振ることの出来るステータスポイントは……
物理火力職は力に振り、物理攻撃力をあげる。
魔法火力職は知力に振り、魔法攻撃力をあげる。
盾は持久力に振り、HPと物理防御力をあげるパターンと、
俊敏に振り、回避をあげるパターンの2種類がある。後者は回避盾と呼ばれたりもするものだ。
これがオーソドックスなポイントの振り分けになる。
そして、今話をしているヒーラーは精神に振り、回復量をあげると言うのが基本になっている。
勿論、ネロさんの様に変化球を投げる人もいる。
有名なものを挙げれば、物理火力職で俊敏に振り、攻撃力よりも攻撃回数をあげるパターンや、殴りウィザードと呼ばれる魔法職に見せかけたネタ職などがある。
「基本的にはそうなのじゃが、回復スキルは他の同じレベル帯のスキルに比べてMP消費が激しいのじゃよ。そういった理由もあって、最終的には精神に振ってMPの最大値をあげておかなければ、すぐにMPが枯渇してしまうのじゃ」
「言われてみると、確かにネロさんのMPは少ないですね」
ネロさんのMP量は他のヒーラーと比べ、かなり少ないと感じる。
「そういう訳で一長一短な訳じゃよ」
「火力職も運振りにした方がいいですか?」
オットーさんも運振りの話に興味を持ったようだ。
「ダメとは言わんが、素直に力に振った方がいいとワシは思うのじゃ。魔法職はクリティカルが発生しないから知力一択じゃな」
どうやら、俺が聞いたような気がしていた記憶は正しかったようだ。
恐らく、最後の一言はえーちゃんさんに向けたものだろう。
「どうしてですか?」
「クリティカルダメージの最大が300%なのに対して、物理攻撃力の最大が500%だからじゃな」
簡潔に力振りの理由を説明してくれた。
「なるほど」
「しかし、一番ダメなのは両方取ろうとすることじゃな。確かに、クリティカルがある程度高い確率で発生して、尚且つ通常攻撃も高い場合はかなり強いのじゃが、振り分けに失敗するとかなり弱くなってしまうのじゃ。そのバランスを取るのは難しいのじゃよ。上級者は装備のエンチャントなどでバランスを取っておるがのー」
「脳筋職だと思っていましたが、物理火力も意外と難しいんですね」
「誰が脳筋や!!」
コタロウさんから鋭いツッコミが入った。
ナチュラルに火力職をディスってしまっていた……。
「すみません!すみません!全っっっ然っそう言うつもりはなかったんです!」
急いで謝罪した。
「今回だけは許したる」
コタロウさんはツッコミを入れてきた割には、あまり怒ってはいなかったみたいで、簡単に許してもらうことが出来た。
ノリでツッコミを入れただけだったのだろう。
「結構難しいわね」
ユッキーが呟いたのだが、コイツは本当に脳筋なので考えるだけ時間の無駄だろう……。
「難しく考えんでも、困ったときはどれか1つに絞ればいいだけじゃ。ある程度までならそれで大丈夫じゃ。足りないと感じてきたら装備で調整すればいいだけなのじゃ。対人をしたり、IDタイムトライアル的なことをしない限りはそれで充分なのじゃ」
「説明ありがとうございました。かなり分かり易かったです」
「それにワシは対人装備じゃったから、さっきのプレイヤーに対しても攻撃力に補正がかかっていて、プレイヤーに対しての攻撃力が通常装備よりかなり上がっていたという訳じゃ」
簡単に言っているが、装備を変える時間的余裕などあっただろか……?
「攻撃されてから一瞬で装備を変えるなんて芸当、俺には無理ですよ」
「いや、初めから対人装備だっただけじゃぞ?」
なんかさらっと恐ろしいことを言うなこと人は……。
「えーっと……、その割にはモンスターもサクサク倒していた気がするのですが……?」
ここまで来る間の3つのエリアのうち、2つは通常エリアだ。3つめは走り抜けたが、1つ目と2つ目のエリアは普通に敵を倒して進んできた。
それを考えると、ネロさんが強すぎて呆れてしまう。
「それは、ワシ1人で倒した訳じゃないからじゃよ」
「あー…。そうですね」
最後にプレイヤーを瞬殺したことが印象的すぎて、一番大切なことが頭から抜け落ちていた。
アタッカーはネロさんの他に4人居たと言う事だ。
良く考えると、ネロさんは単体攻撃主体なので、通常モンスターは他の人たちで討伐したと考えるのが妥当だろう。
そう考えるとユッキー以外の3人も相当高い攻撃力の持ち主と言うことになる。
レベル差が結構あるので、ギルドメンバーとはチャットで話すばかりで一緒に狩りをする機会は少ない。
なので、個々のメンバーの実力を把握しきれていないのだ。
今後どんなことがおきるか分からないので、機会があれば積極的にギルドメンバーと色々な場所に行こうと思う。
ユッキーとはレベルが近いので良く一緒になるのだが、実力のほどは……………。
今は考えないでおこう……。
話も一段落ついたところで、本題に戻しておこう。
「これからどうする?」
そう、今回の目的であるフェルン@さんを見つけださなければいけないのだ!
「手分けしてフェルン@ちゃんを探す?」
「ユッキー、何か手掛かり無いの?」
「ごめん、そういった情報は持ってない」
これに関しては、ユッキーを責めることは出来ない。
俺も掲示板を一通り覗いてみたのだが、毎日目撃場所が変わるので固定の場所にはいないと言う事だ。
情報がないなら、やることは1つだ。
手当たり次第に探すだけ。そう、ひたすら探すだけだ。
幸い、この集落はあまり広くはないので、手分けして探せば短時間で見つかるはずだ。
……フェルン@さんがログインしていればの話だが……。
しばらく2人1組で集落を探し始めることにした。
俺とユッキーは真っ直ぐ、えーちゃんさんとオットーさんは時計回り、ネロさんとコタロウさんは半時計回りで反対側のPKエリア前までフェルン@さんを探しながら向かうという作戦を取った。
発見した場合は一緒に同行してもらい、発見できなかった場合はPKエリア入口であるゲート前で待機すると言う流れになる。
俺たちは一番短いルートになるので、反対側まで5分くらいで到着した。
残念ながら、俺達の通ってきたルートではフェルン@さんを発見することは出来なかった……。
2~3分程度待ったところでネロさんとコタロウさんが、その後1分くらいでえーちゃんさんとオットーさんが到着したのだが、フェルン@さんの姿を確認することは出来なかった。
「こっちはいませんでした」
「私たちの方も居なかったわ」
「ワシらの方もじゃ」
そんなことは無いとは思ったのだが、フェルン@さんを発見したがついてこなかったと言う可能性も考え確認したのだが、そんな万が一の事態も起きていなかった……。
「まだ、INしてないのかしら?」
えーちゃんさんの言う通り、まだログインしていない可能性も残っている。
他にも昨日の目撃情報から今までの間に何かがあって脱出することに成功した。と言う事も考えられる。
後者はかなり確率の低い話だとは思うのだが……。
「チャットしてみれば分かるんじゃない?」
フェルン@さんを見つけることに考えが集中しすぎていて、一番簡単な方法を見落としていた。
オットーさんの言う通り、フェルン@さんに直接チャットで話しかけて、反応があればログインしていることが確定するので続けて話をすればいいし、反応が無ければまだログインしていないか席を外しているか、または返事をしたくないのかなどの理由が考えられるため、時間を置くことも視野に入れて行動すればいいだけの話だ。
「そうですね。チャットすればいいだけの話でしたね。ちょっと内緒してみます」
/wis to フェルン@:こんばんは、フェルン@さん今チャット出来ますか?
/wis from フェルン@:こんばんは何でしょうか?
反応があった。どうやらログインしているようだ。
「返事来たよ」
一応、この場にいる全員に反応があったことを口頭で説明する。
「show、ナイス」
/wis to フェルン@:助けに来たのですが、どこにいますか?
/wis from フェルン@:最近そう言って順番を抜かす人が多いので少し待ってください
/wis from フェルン@:あなたの前に4人居ます
…………?
返事は帰ってきているので、俺に対しての返事で間違いないと思うのだが、話が全くかみ合っていない気がする……。
フェルン@さんが何を言っているのかが理解できずに頭の上にクエッションマークが浮んでしまった……。
正直、思考停止状態だったので、他の人の意見を聞きくために現状として帰ってきた返事をそのまま伝えてみた。
「返事は帰ってきたのですが、先に4人居るから少し待ってと言われたのですが……。話が噛み合っていないようなのですが、皆さんどう思いますか?」
「他にもフェルン@ちゃんを助けに来た人がいるってこと?」
「それなら、このまま解散でいいんだけど、何かそう言って順番を抜かす人がいるとかも言ってたので違う気がするんだよな……」
上手く言葉にはできないのだが、フェルン@さんを助けに来た人たちではない。
そんな確信にも似た何とも言えない感覚があるのだ。
「でも、少し待てば会えるって事なんでしょ?」
「フェルン@さんの言う通りならばそう言うことになるんだけど……、無事脱出したら会えないよ?」
「あっ……、そうだね……」
何故か少し残念そうなユッキー。
当初の目的がフェルン@さんをこの場から脱出させると言う事なのだから、それはそれでいいと思うのだが……。
そんなことを考えていて、さっき思った違和感が分かった。
そうだ、フェルン@さんを他の人が救出に来たというなら、俺達に会う必要は全くないのだ。
そんな簡単な事なのに俺はすぐに気が付くことが出来なかった……。
そして、そうこうしているうちにフェルン@さんから再度連絡が来た。
/wis from フェルン@:おまたせしました。今から西門近くのゲートへ向かいます
/wis to フェルン@:了解です。今から向かいます。
俺たちが今いるのが南なので、ネロさん達が探して来た方向へ少し戻ることになる。
「フェルン@さんから連絡が来ました。西門に居るそうです」
「じゃあ、早速行こう、早く行こう!今すぐ行こう!」
ユッキーが何故か興奮気味にまくしたてながら、待ち合わせ場所に向かうことを提案してきた。
ユッキーに言われるまでもなく、西門には向かうのだが、ユッキーは気が付いているのだろうか……。
フェルン@さんの言っていたことが本当だとすると、俺達の前に4人と会っていて、フェルン@さんは今現在この集落の西門近くへ向かっている……。
つまり、誰もフェルン@さんをこの場から救出した訳ではないと言うことになるのだ。
もしかしたら、俺達の前に合った4人と今合流していて、脱出をする段階に居て、一応声をかけた俺たちにも挨拶だけをすると言う事なのかもしれないが、可能性は低いと思う。
なぜならこの場から脱出する方法は3つ考えられる。
1つ目はフェルン@さんにお金を渡してワープしてもらう。
2つ目はフェルン@さんを連れてこの集落まで来た道を歩いて帰る。
3つ目は俺達が今回実行しようと考えてきた方法と同じく、フェルン@さんをPTに入れた状態でテレポートを使って帰るという方法だ。
1つ目の方法ならフェルン@さんにお金を渡して帰ってもらえばいいだけなので、フェルン@さんが西門に来る必要はない。俺達と会うと言うだけの理由ならばワープゲートの所まで俺達行けばいいだけの話なのだ。
そして、2つ目の方法は来た道を引き返すのであれば、西門ではなく南門から帰るはずだ。わざわざ西門で会う必要が全くないのだ。
なぜなら、南門以外の門の先は全てつながっていてPKエリアが広がっているだけの行き止まり状態だからだ。
PKする人がPKエリアに入った瞬間に鉢合わせすることがあまり無いように入口が3か所あるだけなのだ。
3つ目の方法にしても、わざわざ西門に移動せずとも中央に大きな広場があるのでそっちで待ち合わせた方が分かり易いのだ。
なのでフェルン@さんとの待ち合わせ場所が西門と言うのはかなり不自然なのだ。
「言われなくてもすぐ行くから、とりあえず落ち着け!」
ユッキーは気が付いている様子もないので、俺の考察は伝えずに、ユッキーを落ち着かせることにした。
ユッキーも少し落ち着きを取り戻したので、フェルン@さんとの待ち合わせ場所に早速向かうことにした。
「あっ!いた!フェルン@ちゃん居たよ!」
ユッキーがフェルン@を見つけ、俺達に報告するのだが、正直言うと声が大きすぎてうるさい。
ユッキーの大好きなショタに会えて嬉しいのは分かるのだが、もう少し声のボリュームを落としてほしい。
しかし、このままのテンションのユッキーをフェルン@さんに会わせてドン引きされても困るので、ユッキーの頭を冷やす意味も込め、ユッキーには少し待機してもらうことにする。
「ユッキー待って」
「何!?」
かなり不機嫌そうな感じの返事が返ってきた。
「ユッキーが居ると、落ち着いて話が出来ないかもしれないからちょっと待って」
「何よ失礼ね!落ち着いて話すくらい出来るわよ!」
反論してくるのだが、既に落ち着いていない時点で恐らく無理だろう……。
「無理ね」
「無理だろ」
「無理やろ」
「無理じゃな」
全員の意見は一致したようだ。
「そこまで言うなら、落ち着いてること証明するわよ!今からワタシ1人で話してくるから皆はここで見てなさい!」
ユッキーが今にも走り出しそうな勢いで意味不明な理論で反論してきた。
「ユッキー!stay!」
えーちゃんさんがユッキーを呼び止めるが、完全に犬扱いだ……。
「何よ!じゃあ、どうすればいいのよ!?」
ユッキーが半ギレ状態で質問をしてくる。
「ユッキーが暴走しないように私達で見ておくからshowちゃん行ってきて」
「なんでshowなのよ!」
ユッキーは俺が行くことに不満なようだ……。
たぶん誰が行くことになっても不満なのだろうが……。
「コタちゃんは関西弁がきついから、フェルちゃんが標準語圏内の人だった時に、コタちゃんが何を言っているのか分からない時があったら大変だし、オットーは威圧的すぎる。私が行くとユッキーが納得しないだろうしって考えると、showちゃんかネロちゃんになるんだけど、そうなるとチャットでやり取りしたshowちゃんかなって」
最後の一言が全てのような気もする。チャットでやり取りをした俺が行かないことには始まらない。
あとは他の人も行くか行かないかと言う話だけだが、ユッキーをここに待たせておくには他の人も残った方が説得しやすいと言う事だろう。
「僕、そんなに威圧的?」
「オットーさんは分かるが、ワイの関西弁が何言っとるか分らんとかえげつないわー」
オットーさんもコタロウさんも弾かれた理由に少し不満を持っているようだ。
「えーちゃんさんの意見で異論がなければ、俺が1人で行ってきますよ」
これ以上ここで時間を取るのは得策ではない。
フェルン@さんは既に到着しているので、あまり待たせるのも良くない。
「ワ・タ・シ・は!?」
えーちゃんさんの意見を聞いてもユッキーは諦めきれないようだ……。
「脱出する話をフェルン@さんにまずは説明をして、その後にゆっくり話せる時間を作ってから呼ぶから待っててよ。早く行かないとフェルン@さんに迷惑でしょ?」
フェルン@さんが西門にいることを確認してから既に結構な時間が経ってしまっている。
このままこの話が平行線を辿り続け、待ち合わせがいたずらと判断した場合、フェルン@さんが西門から居なくなってしまう可能性も出てくる。
とりあえず、フェルン@さんの前に顔だけでも出しておかなければならない。
時は一刻を争うので、ユッキーの返事を待たずに俺はフェルン@さんの元へ急いだ。
「こんばんは、フェルン@さん、お待たせしてすみませんでした」
……………………。
…………。
……。
あれ……?返事がない……。
席を外してしまっているのだろうか?
ユッキーに教えられて観た動画でも気になってはいたのだが、フェルン@さんのキャラはかなりしっかりと作られている。
このゲームのキャラ作りの方法は、身長や体型などをかなり細かく設定出来るようになっている。それとは別に、キャラを作りこみたい人向けに、髪や顔などの各パーツを自分で1から作ることも可能なのだ。
勿論、他のゲームのように最初から用意されているものから選択して簡単に作ることも可能だ。
たぶんフェルン@さんは手作りのキャラだろう。
結構細部まで丁寧に作り込んであるようだ。フェルン@さんは席を外しているようなので、俺はじっくりと観察させてもらうことにした。
かなりの作り込み具合に感心しながら、フェルン@さんの周りをグルグルと回っていたその時……
/wis from フェルン@:聞こえていますか?ボイスチャット出来ませんか?
/wis from フェルン@:さっきから声をかけているのですが、マイク無いですか?
ボイスチャットはゲームのシステムとして最初から入っている。マイクがあれば誰とでも話せる。
設定で最大で半径100mまで声が届かせることが出来る。
俺は一緒に遊んでいる人としか基本的にはボイスチャットで話をすることはしないので、ゲーム内でのボイスチャットシステムを使用している。
ここまで来る間もユッキー達と普通に話していたので、しっかり作動しているはずなのだが……?
/wis to フェルン@:このゲームのシステム以外のボイチャ用のソフト使っていますか?
フェルン@さんが違うものを使っている可能性を考えてチャットで質問をしてみた。
/wis from フェルン@:このゲームに初めから入っているやつです
あれ?……と思ったが、よく考えると俺が設定を変えていたから話せないだけだと気が付いた。
設定はボイスチャットの届く範囲とメンバーを設定することが出来る。
俺の場合、ギルドメンバーとPTメンバー、フレンドはONにしていたのだが、一般をOFFにしていたのだ。
なので、フェルン@さんの声が聞こえなかったと言う訳だ。
一般をOFFにした理由は、他の人の声が入りすぎて五月蝿いと言う理由だ。
/wis to フェルン@:ごめんなさい、一般をOFFにしているのでフレンド申請します
フェルン@さんに説明をし、フレンドの申請を送る。
無事にフェルン@さんに承諾してもらうことが出来たので、ボイスチャットで話すことが出来るようになった。
「お手数おかけしてすみません。フェルン@さん聞こえますか?」
「はい、聞こえます。さっきは何をしてたんですか?」
声を聴く限りでは結構幼い感じもする。もしかしたら小学生なのだろうか……?
それよりも、フェルン@さんの言う”さっき”とは、フェルン@さんのキャラの観察のために周りをまわっていたことだろう……。
席を外していると思ってじっくりと観察していたのが見られていたと言う事だ。物凄く恥ずかしい……。
「あー……、えーっとですね……。キャラの作り込みが凄かったので感心していたんです。じっくり観察してしまってすみません。一応声をかけたのですが、返事がなかったので戻ってくるまで参考にしようかなと観察していたのですが、こちらが設定を切っていただけでした。すみません」
早口で捲し立てるように言い訳をしてしまった。
「謝らないで大丈夫です。じゃあ、行きましょうか」
ジロジロ見ていたことは気にしていないようなのだが、どこに行くと言うのだろうか……?
「ちょっと待ってください!どこに行くんですか?」
「PKエリアですが?」
この場からフェルン@さんを救出に来たと言うのに、何故PKエリアへと足を運ばないといけないのか理解不能だった。
「先程もチャットでお話をしたと思うんですが、俺達はフェルン@さんをここから脱出させるため、ここへ来ました。何故PKエリアへ行くんですか?」
「えっ?あれ本気で言ってたんですか?時間がないとかで順番を待てなかったんじゃなかったんですか?」
「そうだ!そう言えば、それが気になってたんです。俺の前に4人居るとか言ってたので、他の人と脱出するものだと思っていたんです。他の方はどうしたんですか?」
順番だの何だの意味の分からないことが多かったので、俺の前の4人の話などを聞いてみることにした。
「前の人達はPKポイントを稼ぐためにボクを殺しただけです」
このゲームにはいろいろなポイントが存在する。
RPGの部分の話で言えば、各種チーム戦、武器の制作数や薬の製作数、モンスター討伐実績などなど、1週間毎にカウントされていて上位のプレイヤーは色々なアイテムなどが貰えたりするのだ。
その中でも、PKポイントは特殊で、上位に入らなくても1ポイント(1キル)毎に10Gを獲得することの出来るポイントだ。
しかしPKポイントは1週間のうち、同じプレイヤーを2回倒しても2ポイントとはならない。
つまり同じプレイヤーを何度倒しても1ポイントとしてカウントされるだけなのだ。
これは、PKエリアに入った時に発生するロード中のタイムラグなどによる出入り口付近での待ち伏せ対策と言われている。
しかし、元々入口付近で待機するプレイヤーは少ない。
何故なら、タイムラグがあることは十分に考慮されていて、フィールドなどを跨いで移動した際は5秒間無敵状態なのだ。
つまり、入り口付近で待機してPKしようとするとかなり高確率で返り討ちに会ってしまうという訳だ。
少し脱線してしまったが、詰まる所フェルン@さんは殺されるために引っ張りだこだったと言うことになる。
それが何週間も続いていたと考えるとかなり残酷な話だ。
「それは大変でしたね。でも、もう大丈夫ですよ。フェルン@さんが望むなら、俺たちが安全な場所まで連れて行きます。俺の他に5人一緒に来ているんですが、呼んでいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
フェルン@さんの許可が取れたので、皆を呼ぼうとしたとき……
「ヒッ」
フェルン@さんが押し殺したような小さな叫び声とともに何処かへ逃げていってしまった。
何が起きたのか理解できずに立ち尽くしていると……。
「フェルン@ちゃーん。待ってよー。どこ行くのー?」
ユッキーが待ちきれなくなったのだろう。フェルン@さんへ恐ろしい勢いで迫っていたのだ……。
「やだー!来ないでー」
フェルン@さんは悲鳴に近い叫び声をあげながら逃げる。
何処からどう見てもユッキーから逃げているようだ。
ユッキーとフェルン@さんはまだフレンド登録していないので、ユっキーの声はフェルン@さんには届いていないのだが、本能で危険を察知したのだろうか……?
ユッキーのボイスチャットの設定が一般をONにした状態なら会話が出来るはずなので、ここまで一方的に逃げられると言うことは無いだろう。
「ユッキー!少し止まって!」
せっかくまとまりかけた話だったが、このままでは破綻してしまう。
ユッキーに止まるように促すが、既に暴走状態のユッキーには俺の声が届いていないようだ。
「何で追いかけてくるのー!!」
フェルン@さんはフェルン@さんで逃げるのに精一杯の様子だ。
ユッキーもユッキーで全く止まる気配がない……。どうしたものか……。
「showちゃん、ごめんなさい、これ以上は待機させることが出来なかったの」
えーちゃんさんが謝罪とともに駆け寄ってきた。
「ユッキーをどうにかして止めたいんですけど、どうすればいいですかね?」
えーちゃんさんの後に続き、他の皆もこっちに来ていたので知恵を借りることにした。
「ユッキーの家に乗り込めば?」
オットーさんが本気か冗談かは分からないが、提案をしてくれたのだが、俺の家とユッキーの家では片道30分程度の距離があるので現実的ではない。
「少し遠いので、今すぐは無理です」
本気か冗談か判断が付かなかったので、一応、しっかりと却下しておく。
「じゃあ、電話!」
えーちゃんさんがオットーさんの提案を参考にしたのか意見を出してくれた。
「今、かけてみます」
えーちゃんさんの提案を聞いて、すぐに携帯を鳴らす。
プルルルル……
プルルルル……
プルルルル……
一向に出る気配がない……。
「ダメです。出ません。追いかけてるのに夢中なのか、携帯を近くに置いていないのか……」
携帯を鳴らし続けながら、出ないことを報告する。
ユッキーを止める手立てがなく、途方に暮れていたその時……。
システム:ネロがユッキーに決闘を申し込みました
ネロさんがユッキーに対して、決闘を申し込んだのだ。
言って駄目なら実力行使と言う事なのだろうか……?
システム:ユッキーはネロからの決闘を拒否しました
当たり前のことだが、ユッキーがネロさんの決闘に乗ってくるわけがなかった。
システム:ネロがユッキーに決闘を申し込みました
しかし、ネロさんは諦めずに再度ユッキーに決闘を申し込んだのだ。
システム:ユッキーはネロからの決闘を拒否しました
結果は変わらず、ユッキーもネロさんの決闘を拒否した。
システム:ネロがユッキーに決闘を申し込みました
間髪入れずに、またもや決闘を申し込むネロさん
「ネロさん、ユッキーが決闘を受けることは無いと思いますよ」
システム:ユッキーはネロからの決闘を拒否しました
結果は見ての通り、拒否だ。
システム:ネロがユッキーに決闘を申し込みました
ネロさんは何を考えているのか、拒否されるであろう決闘をまたも申し込む……。
「決闘を虚子されていいんじゃよ。拒否するのにはマウス操作で拒否を押さんといかんのじゃ。キーボード操作でも方向転換が難しくなるから、フェルン@さんとの距離は必然的に開くのじゃ」
システム:ユッキーはネロからの決闘を拒否しました
確かに、言われてみると、ユッキーとフェルン@さんとの距離は少しずつだが離れ始めているようだった。
システム:showがユッキーに決闘を申し込みました
システム:ユッキーはshowからの決闘を拒否しました
弾幕は多い方が良いはずだ。他の人達にも手伝ってもらうことにしよう。
「皆さんも手伝ってください。ユッキーを止めないと話になりません」
システム:えーちゃんがユッキーに決闘を申し込みました
システム:ユッキーがえーちゃんからの決闘を拒否しました
システム:コタロウがユッキーに決闘を申し込みました
他の人もネロさんの言っていた事を理解していたようで、早速行動に移してくれた。
「もー!!!!!!!さっきから何!!?」
ついに、ユッキーがキレて足を止めた。
システム:ユッキーはコタロウからの決闘を拒否しました
「やっと止まった。ユッキー落ち着け。お前が追いかけると話にならないから、そのまま止まってろ。ってか何で、お前逃げられてるの?何かしたの?」
「まだ何もしてないわよ!」
”まだ”と言うところが物凄く気になる……。これからも何もするな。
「決闘はユッキーを止めるために仕方なかったんだよ。って言うかユッキーが電話に出てれば、俺達もこんなことしないですんだんだぞ」
ユッキーが停止したのを理解したのか、フェルン@さんもようやく足を止めた。
しかし、こちらに近づいてくることは無く、結構遠くの方から様子を窺っている状態だった。
フェルン@さんには謝罪と事情説明をしなければならないだろう……。
システム:オットーがユッキーに決闘を申し込みました
「もう止まってるでしょ!」
システム:ユッキーはオットーからの決闘を拒否しました
ユッキーがキレながらオットーさんからの決闘を拒否した。
「ごめんごめん、手が滑った」
爆笑しながらオットーさんはユッキーに謝罪しているが、確実に確信犯だ。
「フェルン@さん、大丈夫ですか?聞こえますか?すみません、ユッキーは俺の知り合いです。暴れ回ってすみません」
ユッキーにかまっている暇はないので、急いでフェルン@さんへ謝罪しておく。
「本当に大丈夫ですか?」
無事フェルン@さんから返事を貰うことが出来た。
「もう追いかけないと思うので、たぶん大丈夫です。さっきの話の続きをしても大丈夫ですか?」
「はい、でも、showさんだけがこっちに来るか、このままの状態でも大丈夫ですか?」
フェルン@さんがどれだけ警戒しているのか分からないが、このままでは話が進まなそうだったので、フェルン@さんの所へ俺が行くことにした。
「了解です。今から俺だけがそっちに行きます」
フェルン@さんに説明をして、約束通り俺だけがフェルン@さんの所へ到着した。
「ごめんなさい、ボク、ホラーが苦手で……。特にグロ系は苦手なので……」
本能的にユッキーがヤバいやつだと認識した訳ではなく、ユッキーの見た目がNGだったと言う事だ。
ユッキー哀れだな……。
「そう言う事だったんですね。じゃあ、ユッキーとコタロウさん以外はこっちに来てもらっても大丈夫ですか?とりあえず話がしたいので」
「ちょっと!何でワタシがダメなのよ!!」
フェルン@さんとフレンド登録をしていないので、ユッキーには俺の声しか聞こえていない。
その所為で、自分がなぜNGなのか理解できずに吠えている。
「フェルン@さんはグロホラーが苦手なんだってさ。だから、ユッキーとコタロウさんはその場で待機してください」
「show!あんたがキャラ作成の時にゾンビでいいんじゃね?とか軽い気持ちで言ったからこんなことになったんだからな!絶対に許さんぞ!末代まで呪うから覚えておけよコノヤロー!」
そんなことを言われても、キャラ作成時点でフェルン@さんと出会うなんてことは知らないし、フェルン@さんがグロホラーが苦手だなんてことはそれ以上に知る由が無い。
それに、最終的に決めたのはユッキーだ。俺が末代まで呪われる謂れは無い。
それに、キャンキャンうるさいので、いい加減静かにしてほしい。
ユッキーが騒いでいる間に、そんな事はどこ吹く風と、ネロさん、えーちゃんさん、オットーさんが到着した。
「フェルン@さん、今からここからの脱出方法などの流れを話するので、ネロさん、えーちゃんさん、オットーさんの3人とフレンド登録してもらっていいですか?」
そして、無事にフレンド登録が完了した。
「話と言っても、ユッキー達のPTに入ってテレポを使ってもらうだけじゃがのー」
ネロさんが身も蓋も無いことを言う。
「でも、その前にやっておかないことが……」
オットーさんが、然も事ありげに言い出した。
たぶん、PTのリーダーがユッキーになっているので、フェルン@さんに納得してもらうとか、それでも近づくのが無理なら、オットーさんかえーちゃんさんがPTリーダーになるしかないとか、そういった類の話だろう……。
「ユッキー!僕、フェルン@さんとフレンド登録したよー!」
オットーさんがユッキーに向かい自慢(?)をし始めた。
ユッキーをからかいたかっただけのようだ……。
「えー、良いなー」
本当に羨ましそうな声がユッキーから聞こえてきた。
「ワシもフレンド登録したのじゃ!」
オットーさんに続き、ネロさんも同調してユッキーをからかう。
「うらやましね!」
ユッキーは少しイライラした様子で返事をしてきた。
「ユッキー!私もフェルちゃんとお友達になったよー」
えーちゃんさんも追随した。
「もう分かったわよ!」
ついにユッキーがキレた。
「まあまあ、ユッキー、天丼は2回が基本や。2回までは許さんとあかん」
コタロウさんが冷静にツッコミを入れている。
「showちゃん、ユッキーのテレポートでフェルン@ちゃんを連れて帰るのは良いんだけど、その前にいくつか気になってたことがあるんだけどいい?」
えーちゃんさんは何か疑問に思うことがあったようだ。
「はい、大丈夫です。なんでしょうか?」
「まずはね。フェルちゃんは何でキャラを作りなおさなかったのかなって。レベル2ならキャラを作りなおして初めからやった方が早いんじゃないのかなって思ってたの」
確かに、こんな場所に2カ月近くもの間、身動きも出来ずに居るならキャラを作りなおして1から始めた方が効率的だ。
「それな!」
オットーさんがえーちゃんさんの意見に賛同した。
「フェルン@さん、何か理由でもあったんですか?」
フェルン@さんも聞こえていただろうが、確認の意味を込めて俺から再度聞いてみた。
「やり直しも考えたんですが、キャラ作成に4時間以上かかってしまった為、もう1回作るのが嫌だったので頑張ってワープ費用を集めていました」
キャラ作りに4時間以上とは……。かなり作り込んだのか、慣れていなかったので時間がかかったのかは謎だが、相当な作業量であったことは間違いないだろう。
その甲斐あっての事だろうが、フェルン@さんのキャラクターは、キャラ作成など全く分からない俺の目から見ても、かなり作り込まれていると思う程に素晴らしい出来だと思う。
しかし、ここに2カ月留まるなら、再度4時間かけた方がやはり良かったのではないかとも思う。
「でも、ワープ費用貯めてたって言っても、ずっとここに居たんでしょ?どうやって貯めてたの?」
えーちゃんさんは次の質問に移行していた。
「ログインして貰える1TDPを貯めて課金アイテムを買った分をオークションで売ってました。それと、外に行ったついでに拾ったアイテムも売ってました」
フェルン@さんの言う事を補足すると、このゲームをするには、毎月500円を支払わなければならない。
ログインボーナスとして1TDPを貰えるのは7日周期になっている。TDPはこのゲームの課金通貨だ。
フェルン@さんがここに滞在して2カ月なので8TDPを獲得している計算になる。
毎月の基本料金とは別に課金をすればTDPを買うことも出来る。
100TDPが500円で購入出来るので、1TDP5円と言う計算だ。
ゲーム内では1TDPは10~20Gの価値とされている。
つまり、フェルン@さんは80~160G分のTDPがあり、外でアイテムを拾っていたと言う事なので、結構お金は貯まっている計算になる。
俺達が助けに来なくても、遅かれ早かれ自力で脱出出来ていたと言う事だ。
「2カ月でどの程度貯まったんですか?」
今後、金策が必要になることもあるかもしれないので、興味本位で現在の所持金を聞いてみた。
「えーっと……、74G52Sです」
俺の予想した値よりも、かなり少ない。
「1TDPの品物が10~20Gで取引されているので100Gくらいは貯まっていると思ったんですが、まだ売れていない商品とかがあるんですか?」
あくまでも、俺が計算したのは出品したアイテムが完売していた時の金額だ。売れていない品があったのだろう。
「商品は全部売れたのですが、オークション券を購入するのに5TDP使ったので残った5TDPで買った物と拾ったものを売って74Gです」
フェルン@さんが説明してくれたおかげで、金額がするない理由を理解することが出来た。
計算が10TDPと言うことはここに来る前に2TDP持っていたと言う事だろう。
大きめの街へ行けば、オークション会場があるのでオークション券は必要が無い。
残念ながらこの集落に、オークション会場と言うものは存在しない。なのでフェルン@さんはオークション券を購入する必要があったと言う事だ。
オークション券はいつでもどこでもオークション画面を開くことの出来ると言うアイテムだ。1度使うと24時間以内なら何度でもオークション画面を開くことが出来る。
大抵のひとはオークション会場まで足を運んで出品、落札をする。
正直、このアイテムを使ったという人を俺は見たことが無かった。
オークション会場まで足を運ぶ時間がないと言うことは、まずあり得ないことだからだ。
IDの途中や狩りの途中でアイテムを売りたくなったとしても、IDの攻略をし終わってからや、狩りにある程度区切りがついた時にオークション会場に足を運べばいいだけの話なのだ。
それを待てないほど急ぎでお金が必要になることはほぼ無いと言ってもいいだろう。
稀にお金が必要になることがあったとしても、世界チャットで取引をして直接アイテム売買をした方が早いからだ。
よって、オークション券が必要となる場面は皆無と言っても過言ではない。
フェルン@さんの所持金が74Gと言う事だったので、全商品の合計が80G程度でオークションの手数料が売上の10%取られるので、72G+拾ったアイテムで74Gと言う事だろう。
「結構貯まってますね。俺達が来なくてもあと少しで自力脱出出来ましたね」
オークション券を最低でも後1回は買わなければいけないと言う事を計算すると、あと少しで言っても2~3カ月はかかるのだが、この頑張りは褒めておかなければいけない様な気がした……。
「でも、まだ目標金額の半分くらいだったので、まだまだでした」
どうやら、フェルン@さんはここからのワープ代をしっかりと把握していたらしく、謙遜したような答えが返ってきた。
「じゃあ、早速戻りましょうか。ユッキーにPTを送ってもらいますので少し待ってください」
ここで長々と話をしていても時間の無駄なのでさっさと戻ろうと思う。
「showちゃん、ちょっと待って。最後に1つだけ聞きたいんだけどいい?」
えーちゃんさんはまだ聞きたいことがあったようだ。
まあ1つくらいなら時間もあまりとられないと思うので了承しておくことにした。
「フェルン@さんに時間があるなら大丈夫ですよ」
「はい、ボクは大丈夫です」
フェルン@さんはまだ時間があるようで、快く了承してくれた。
「フェルちゃんはレベル2だけど、ここまで来るまでの間モンスターを倒さなかったの?倒してたならレベル上がってるとおもんだけど……?」
言われてみるとその通りだ。
えーちゃんさんも動画を観たので分かっているとは思うのだが、ここまでの道中、狼士達はモンスターを倒していた。
レベル2のフェルン@さんならレベルが1桁変わってもおかしくないくらいの経験値は入っていたはずなのだ。
「言われてみれば変ですね」
「あと、ヒールを覚えられないって言ってたのも気になるのよね」
1つと言っていた質問が2つに増えたが、ここはあえてスルーしておこう。
「スキル画面のSS撮って送ってもらえばええんちゃう?」
いつの間にかコタロウさんが横に来ていた。
「コタロウさん、フェルン@さんが居やがるので、こっちに来たらだm……」
コタロウさんに声をかけながら横を向くと、コタロウさんはウサギのお面をかぶっていた。
「ユッキーとおっても暇やねん」
「まあフェルン@さんが怖がっていないようなので良しとします」
グロい部分を隠しているのでフェルン@さん的にも問題ないのだろう。
「showー!顔を隠せる顔アバター装備持ってない!?」
ユッキーはコタロウさんがこっちに来ても大丈夫なことを確認し、顔アバターを探しているようだ。
どうやらユッキーは顔を隠せるようなアバター装備を持っていないらしい。
「紙袋ならあるよ。他は無い」
俺も持っている頭に付けることの出来るアバター装備を確認したのだが、顔を隠すことの出来るものは紙袋しかなかった。王冠や髪飾りなどはいくつか持っていたのだが、グロい部分は隠れないのでダメだ。
「なんでもいいから頂戴」
「いくらなら出せる?」
タダで貰おうとしているような言い方だったので、少しお金を貰おうと思う。
拾った装備なのでタダでもいいのだが、貰えて当たり前と思っている言い方と態度が気に食わなかったので売ることにしたのだ。
「1Gなら」
ユッキーが安めの金額を提示してきた。
「10Gなら考える」
紙袋相場は3~5G程度なのだが、状況が状況なので吹っ掛けてみることにした。
「高い!」
「別にユッキーが1人でそっちに居たいなら、俺は売らなくてもいいんだぜ~。ユッキーがこっちに来たくないなら好きにすれば~」
いつも馬鹿にされることが多いので、ここぞとばかりに煽った感じで交渉することにした。
「ぐぬぬ……」
本当に悔しそうだ。
「ユッキー、鉄仮面で良いなら上げるわよ」
心優しいえーちゃんさんがユッキーに救いの手を差し伸べてしまった……。
「本当!えーちゃん大好き!!」
先程までの悔しそうな感じとは打って変わって、かなり嬉しそうな声で反応している。
そして、えーちゃんとのトレードが終わったユッキーが鉄仮面をかぶって近寄ってきたのだ。
「なんで、そんなド派手なドレス着てるの?」
「全身隠せる衣装がこれしかなかったのよ!」
ド派手なドレスに鉄仮面。なかなかシュールな光景だ。
個性的と言うか、ある意味先程よりも怖い。妙なオーラを出しているという意味で……。
「show、紙袋も試してみたいからチョット貸して」
「えっ?装備したらロックかかって返してもらえなくなるじゃん。やだよ」
「ちっ、バレたか」
油断も隙も無いヤツだ。
「何?ユッキー、せっかくあげたのに嫌だったの?今すぐ脱いでもいいのよ?」
えーちゃんさんが親切心であげた鉄仮面にユッキーが不満を持っていると思われたのだろう。
えーちゃんさんが少し不機嫌そうにユっキーに迫っている。
「いえ!大満足であります!ありがとうございます!えーちゃん様最高です!このご恩は一生忘れません!」
えーちゃんさんに、鉄仮面を脱ぐように迫られたことに焦り必死で取り繕っている。
騒がしいユッキーが合流出来たところでフェルン@さんからメールが届いた。
見るとスキル画面のSSのようだ。
見た瞬間、明らかにおかしいことに気が付いた。
「ネロさん、ちょっといいですか?フェルン@さんのスキルツリーが俺の知ってるものと別物なんですが、何か分かりますか?今、メール送るので見てください」
この中で1番の知識人であろうネロさんに相談することにした。
「なんじゃ?これはワシも知らん……。ツリーですらないんじゃが……?」
そう、ネロさんの言う通りツリー構造ですらないのだ。
普通スキルはツリー状に紐づけされていて、上級スキルを覚えるには、その下のランクのスキルを規定レベルまで上げると解放されるようになっている。
しかし、フェルン@さんのスキルツリーは全てのスキルが順番に並べられているだけで、ツリー構造ではないのだ。単純なスキルの羅列と言って良いだろう。
「私も見たい」
「分かりました。ここに居る全員に一応送ります」
えーちゃんさんが興味を持ったので、ついでに他の人にも送ることにした。
「左の選択欄は同じだと思うんだけど、モンスターとボスって選択肢はなに?」
画像を見たオットーさんが質問をしていた。
俺もまだじっくりとは見ていなかったので、気が付かなかった。
オットーさんが言うように、俺のスキルツリーにもモンスターとボスと言う2つの選択肢は存在しない。
「モンスターはモンスターが使うスキルです。ボスはまだ真っ黒なのでボクも分かりません」
フェルン@さんがオットーさんに答えているのだが、当たり前のことを言っているだけのような気がする……。
そもそも、モンスターの使うスキルって何だ!?
普通はそんなものは覚えることが出来ない。
「ネロさん分かりますか?」
「分からんのじゃ」
ネロさんが分からないのだ、俺が分かる訳がなかった。
「どんなスキルがあるの?」
「今覚えているのは、体当たり、強打、猫パンチです」
えーちゃんさんの質問に答えたフェルン@さんなのだが、俺はどのスキルも知らなかった……。
「そのスキルは強いの?」
「体当たりと強打は1.01倍の攻撃力で攻撃するって書いてあります。猫パンチは2回攻撃します」
スキル内容を聞いてみたのだが、……正直弱い!弱すぎる!
猫パンチは使えなくもないのだが、他のスキルは論外。ごみスキルにも程がある。
「もしかして、その3種類ってスタート地点の村の周辺にいるネコとかウサギのスキルじゃない?」
「ふむ……。そうかもしれんのー。ウサギは体当たりをしてきた記憶があるのじゃ」
オットーさんの意見に同意するネロさん。
「これって、SPいくつ使うの?」
こんな極弱スキルを習得するのに必要なポイント数が気になったので質問してみた。
正直0ポイントでも必要のないスキルだ。
「必要なスキルポイントは全部1じゃないんですか?」
「あー……、そうか、まだフェルン@さんのレベルが低いから1しか使うスキルが無いんだね。でも、SPは後々足りなくなってくるから体当たりとか強打みたいな弱いスキルは取らないほうがいいですよ」
レベルが低いうちは覚えられるスキルが少ないので全部のスキルを取っても余る。しかし、レベルが上がって強力なスキルを取っていくとどうしてもSPが不足するのだ。
よって、自分の好きな職業(武器)のスキルを中心に取っていくことになってしまう。
しかも、1つの職業を極めたいなら尚の事だ。
例えば、盾職を極めたい場合、自分がどのようなスタイルの盾になるかを決めなければいけない。
盾で言うなら大きく2種類で、体力と防御をあげてサンドバック状態で攻撃を耐えるオーソドックスな盾と、素早さなどを上げることで敵からの攻撃が当たらないようにすることでダメージを抑える所謂回避盾と言われる部類の盾職だ。
そして、何も考えずに盾をやりたいと言って両方のスキルを取っていくと、体力と防御が低めで、敵の攻撃がよく当たる弱い盾の出来上がりという訳だ。
スキルだけではなく、ステータスを振る場合も統一していかなければならない。
スキルやステータスは振りなおしの出来るアイテムもあるが、基本的に課金アイテムなので振りなおしは極力ない方向でゲームを勧めた方がいいだろう。
「スキルポイントは沢山必要になるんですね。1レベルで20以上入るので余るものだと思ってました」
何かの言い間違いか、俺の聞き間違いだろか……?
「ん?今20って言った?2じゃなくて20?」
「はい、レベルが上がったときに26か7くらい貰いました」
「ネロさん……?」
「ワシももう分からんから振らんでほしいのじゃが、バグかのー?あとで運営に問い合わせるといいのじゃ。ワシも時間のある時に問い合わせてみるから、フェルン@さんも問い合わせるといいのじゃ。レベルが上がりにくいのもバグかもしれんのじゃよ。そのついでにスキルの事も聞いてみるといいのじゃ。何かしらの返答は来ると思うのじゃ」
ネロさんも完全にお手上げ状態のようで、匙を投げてしまっている。
しかし、ここの運営はかなり親切なので何か疑問に思うことがあれば運営に直接聞くのが一番だろう。
この前、ゲームの攻略方法が分からないときにダメ元で聞いてみ時に、攻略のヒントをくれるくらいには親切だ。他のゲームでは絶対に教えてくれない。
「じゃあ、話も一段落ついたので帰還しましょうか」
このまま話し続けると長くなりそうなので、帰ることを提案した。
「ねえ、時間があるなら歩いて帰らない?」
ユッキーがフェルン@さんをPTに入れてテレポートをして、その後各自自分の登録地点へワープすれば終了なのだが、えーちゃんさんが歩いて帰ることを提案してきたのだ。
「何かあるんですか?」
えーちゃんさんの意図が分からなかったので、質問した。
「フェルちゃんのレベルが本当に上がらないのかを見たいだけよ。時間がないなら気にしなくていいわよ」
そう言われると俺としても気になるところだ。
フェルン@さんがOKなら歩いて帰りたい。
「フェルン@さん、まだ時間ありますか?時間がないなら一瞬で買えることも出来ますが……」
「時間はまだ大丈夫です」
フェルン@さんのが了解してくれたので歩いて帰ることにした。
「ユッキー、フェルン@さんをPTに入れてあげて」
「とっくに入ってるわよ!」
いつもは何もしないのに、こう言ったお仕事だけはお早いようで何よりです。
「徒歩ならチャンネルを変えんといかんのじゃ」
ネロさんがチャンネルを変える提案をしてきた。
「何故ですか?」
「ここに来る場合はほとんどの人が1chか2ch」を使うのじゃ。帰るときは8~10ch」を使うのが基本なのじゃ。行きと帰りで鉢合わせしてしまって無用な戦闘を避けるためじゃよ」
「じゃあ、8ch」でいいわね」
ネロさんの説明を受け、ユッキーがチャンネルを決める。
「それはダメなのじゃ」
ユッキーの提案を受け、ネロさんが早々に拒否をする。
「何で?」
「行きと帰りのチャンネルが違うのは鉢合わせを避けるためと言ったじゃろう。そこにワシ達が行ったら鉢合わせする確率も高いのじゃよ。じゃからワシ達はあまり使われていない3~7ch」を使うのが得策なのじゃ」
「じゃあ、4ch」ですね」
ネロさんの説明を受け、今度は俺がチャンネルの提案をした。
「いやよ!4は数が悪いわ!他のチャンネルにしましょう!」
「ユッキーさあ、ネロさんの話聞いてた?他のプレイヤーと会わないように、わざわざ4って言ったんだよ。3~7ch」だって少ないってだけで人がいるかもしれないだろ?そうしたら、より人が避けそうな4って言うのが最善の選択だろ?」
「せやな。ワイもshowさんの意見に賛成や」
「ワシはどのチャンネルでも大丈夫じゃ」
コタロウさんとネロさんの賛成(?)意見を聞いて、えーちゃんさん、オットーさん、それに続きフェルン@さんも賛成してくれた。
他の人の賛成を聞いて、駄々をこねるだけ無駄と思ったのか、初めからこだわりが無かったのかは不明だが、ユッキーも渋々ながら反対することを諦めた。
「じゃあ、すぐに4chへ移動しましょう」
ユッキーの合図で全員がチャンネルの移動を開始する。
今からフェルン@さん脱出計画が実行されることになる……。
- To Be Continued -