最終兵器 「姉」
侑汰は家に帰り一人で現状を考えていた。
いよいよヤバくなった。多分もう完全にロックオンされている。このままうやむやにごまかすのも無理だろう… あいつらの顔だけ見れば相当いい。誰に見せたって自慢できる彼女だ。でもあいつらの中身が本当に恐ろしい。
俺は今の席になってからの3週間が忘れられない… 女の子相手にあんな怖い思いをしたのは初めてだ。そもそも俺にあれだけの仕打ちをしておいて「好きになりました、付き合いましょう」と言ってくるあの根性が素晴らしい…
こうなったら殺されるのを覚悟して「お前ら嫌いだ」と言ってみるか… 無理だ、やっぱ俺にそんな勇気はない。
そう言えばアドレスがばれたのに連絡こないな……
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その頃、朱莉は真剣な表情で考えていた。どうしても確認しなければならないことがある。でもなかなか踏ん切りがつかない。「どのみち黙ってても仕方ないか…」そう呟いてスマホをとった。
「もしもし、沙奈江 朱莉だよ」
「どうしたの、急に」
「ん~… 大事な話があるんだ。ぶっちゃけ隠し事なしで話さない?」
「別にいいけど… どうしたの?」
このあたりで沙奈江にも何となく話の内容が分かってきた。
「あのさ、沙奈江,あなた侑汰君のこと好きなんでしょ?」
「そうだよ。 朱莉、あなたもでしょ?」
「私も沙奈江と同じだよ。またかぶっちゃったね…」
二人とも何となくは分かっていた。侑汰を見つめる様子をお互いが近くから見ていれば気付いて当たり前だ。
「そうだね、でも今回は前みたいなことがないようにしたいと思ってる。お互いに正面から頑張らない?」
「そうなんだけど… 前回の反省もあるんだよね。結論から言うと今回は絶対にどちらかが侑汰君と付き合えるようにしたい。前みたいにいきなり知らない人に持っていかれるのだけは嫌だって思う」
「私もそう思う。私がだめだったら朱莉と付き合ってほしいと思う」
「そしたらさ、私たちでその部分だけは手を組まない? 絶対にほかの人には渡さない」
「いいよ。私と朱莉だけの勝負だよね… ほかの人には入らせない」
「よし、それで行こう。私も沙奈江だったら負けても納得できる」
「それともう一つ、どっちが勝っても私たちは友達のまま… これでどう?」
「OK、二人だけで真剣勝負しようね。そして友達も続けよう」
「そしたらさ、明日からね…… 」
侑汰の知らないところで朱莉・沙奈江の闇協定は結ばれた。さらに、現状進んでない侑汰との関係を二人で手を組んで一気に進めていこうとなった。
とにかく3人でいつも一緒にいるようにして他の人を入らせない。そして3人で遊びに行ったりしてどんどん侑汰との仲を親密なものとしていき、そこから二人でガチンコ勝負。最終的には侑汰にどちらか一人を選んでもらう…
これが彼女たちが考えた大まかなプランだ。
侑汰と二人で遊ぶときは必ずお互いに報告する、抜け駆けはしない、たとえどちらが選ばれても恨みっこなし… 二人は前回の失敗を教訓にして、どちらかが必ず侑汰と付き合うことができるようにする。
次の日の朝、
昨日アドレスを教えたのに不思議と二人から何の連絡もなかったことを侑汰は疑問に思っていた。あいつらに限ってそんなことはあり得ない… あの二人に何かあったのかな?
最近、侑汰は何となく感じることがある。朱莉や沙奈江が俺に対して気があるような態度をとっているのはお互いに分かっているはずだ。なのにあの二人は仲良くやっている。むしろ最近のほうがさらに仲が良い。以前怜治を奪い合った時は壮絶な泥仕合をしたのに何故? 何かが変だ… いったい何がどうなっているんだろう…
教室に入ると二人はすでに席に座って喋っていた。
「侑汰、おはよう」
「侑汰君、おはよう。侑汰君も一緒に話そうよ」
朱莉にそう言われて俺も二人の会話に入ったが、二人がお互いを警戒する様子など少しもなかった。それどころか最早親友のような感じがした。
「侑汰君、今日もお昼は4人で食べるよ。山縣君には言ってあるからね」
「いいけど… あんまり俺ら男と一緒にいない方がいいんじゃない? 周りの目もあるし…」
「別に気にしないよ、ね~ 沙奈江」
「私も気になんないよ」
「お前らが断った男連中だって見てるかもしれないし…」
「それじゃ、私たちは勝手に告白してきたその人たちを気にしてやりたいことも我慢しないといけないの?」
沙奈江は真剣な目をして俺に言ってきた。確かにそんなのを気にする必要はない。何も彼女たちが悪いわけでもない。訴えるような目で俺を見る沙奈江を見て、俺は悪いことを言ってしまったと感じた。
「そうだな、二人がそれでいいんならそうしよう」
何となく俺の口から普通にそんな言葉が出てきた。本当はこの二人と一緒にいたくないのに… 何故なんだろう…
その日の昼休み、朱莉と沙奈江はもう周囲の目をはばからず堂々と侑汰,亮佑と弁当を一緒に食べる。みんなが喜ぶ中、侑汰一人だけがしらけた顔をしていた。
しかし、よく考えたら俺って殆どこの二人と一緒にいるんじゃない? 体育を除く授業中全て一緒、昼休みも一緒、学校内ではほぼ一緒にいることになる。もしかしたら家族よりも一緒にいる時間が長いかも… これで放課後まで一緒だったら俺って家以外ではいつもこの二人と一緒にいることになる。
これ以上一緒の時間を作りたくない侑汰がいれば、もっと作りたいと思っている二人もいる。朱莉と沙奈江がこの時間を見逃すはずがない。侑汰との仲を進めるにはむしろ放課後が最も重要である。
闇協定を結んだ二人は侑汰の放課後の時間を一番狙っている。一緒に帰り、時折遊びにも行ったりする… そうしてもっと仲良くなり、やがて侑汰の心を自分のほうへ向けさせる… これが昨日話し合った結果である。
授業もすべて終わり、帰る時間となった。二人につかまる前に侑汰は急いで帰ろうとしたが… 沙奈江が服をつかんで離さない。その間に朱莉は帰り支度を整える。今度は朱莉が侑汰を捕まえる、その間に沙奈江が帰り支度をする… 見事な連携プレイを二人は見せた。
この二人の連携を見て侑汰は理由は分からないが言いようのない不安を感じた。なぜ二人が協力してる?
「侑汰君、今日からは3人で帰ろ。みんな部活もやってないし暇だしね。えへへ」
流石にこいつは不味い、なんか知らないうちに流されるようにしか思えない…
「家の用事とかあるし一緒に帰るのはちょっと無理かな」
「でも途中までとかなら大丈夫でしょ?」
どうしよう、今日だけ断っても明日があるんだし… この先も放課後彼女たちと一緒に帰らないで済むためには…
(仕方ない、本当は使いたくなかったが最後の手段だ)
侑汰は急にスマホを取り出して連絡を入れる。朱莉と沙奈江が二人で侑汰を教室から連れ出そうとするが侑汰は教室から出ない。
そうしているうちに教室の扉がガラっと勢いよく開いた。
「侑ちゃん、帰るよ」
教室内にいたみんなは一斉にその声のほうを向いた。そして全員が固まっていた。朱莉も沙奈江も固まった。そこには見たこともないような美人が立っていた。朱莉や沙奈江でも到底かなわないような美人… 同じ学校の上級生…
「わかった、それじゃ 俺は帰るわ」
そういって侑汰は扉のほうへ歩いていく。侑汰がその女の人に近寄った時、その女の人は侑汰と手をつなぎ帰っていった。
その間、クラスにいた誰もが動かずじっとしていた。朱莉も沙奈江もあっけにとられて一言も言葉が出ない。
やがて、男子生徒が喋りだす… 「あれ、うちの学校の制服だよな?」「うちの学校にあんな美人いたっけ?」「あれは誰?」「すっげー美人!」…
朱莉も沙奈江もようやく意識が戻り何が起こったのか訳が分からずうろたえていた。そこに亮佑がやってきて朱莉たちに教えた。
「あれは侑汰の姉さんで、鈴女さんだよ」
「 「はぁ~?」 」二人同時に絶句した。
「侑ちゃん、どうしたの? いきなり連絡来たからびっくりしたよ」
「ごめん 鈴姉、ちょっと迎えに来てほしくなっちゃって…」
「絶対教室には来ないでって侑ちゃんが言ってたのにね… クスッ」
「今日は仕方がなかったんだよ… 本当だったら絶対に呼ばないよ」
「そんな冷たいこと言わないでいいでしょ? 私は毎日迎えに行ってもいいよ」
「そんなことしたらクラスがパニックになるから… お願いだからやめて…」
「それじゃ、もう行かなくていいの?」
「ごめん、しばらくはお願いするかも…」
「はいはい、迎えに来てほしかったらいつでも言って」
そういって仲睦まじく手をつなぎながら二人は帰っていった。