朱莉の実力
ここでいったん状況整理。
現時点で朱莉と沙奈江は侑汰に惚れている。その二人の気持ちに侑汰は気付いたので、何とか回避しようと考えている。席替えしてから侑汰が知ることになった彼女たちの本質は侑汰に恐怖と嫌悪を与えた。今ではこの二人を悪魔のように恐れている。状況的には綺羅怜治を朱莉と沙奈江で取り合った時と全く同じような感じだ。
しかし、どうなってるのか知らないが毎度この二人は同じ男を同じタイミングで好きになってしまうらしい…。 さらに二人ともその男からは好かれないのも前回同様だ。ただ、彼女らの脳内では既に相思相愛となっている。
では、こんな状況に何故なったのか?
そもそも朱莉と沙奈江が侑汰に惚れることになった原因は、侑汰が彼女らに場当たり的に与えた思いやりから来ている。
侑汰は女性の心理を読むのがうまい。これは事実である。
ただ、常識で物事を考えたとき、おかしなことをしてしまったのは侑汰である。
普通に考えて無条件の優しさを与えてくれるのは親兄弟以外では恋人以外にあり得ない。実際は恋人でさえそれほど優しくはない場合も多い。そんな中、侑汰は勝手に自分の様子を見守ってくれて、尚且つ最も必要とする優しさを与えてくれる…
赤の他人でこんなことをするのは、その人に何らかの強い感情を持つ場合のみである。一般的に大好きな人を見守る場合である。そんな優しさを受けた人は自分に好意があると思うほうが当然である。
侑汰がやった行動は「あなたの事を好きな自分がこれだけ頑張ってますよ」とアピールしたようなものだ。確かに侑汰は女の子の気持ちをよく理解できるが、自分がその気持ちに応えて行動すると何が起こるのかということはまったく理解できていない。そんなことをされると、必ず相手も何らかの感情を抱く。
結果論でいうと、侑汰が彼女たちに施した気遣い、優しさを彼女たちが侑汰からの好意(愛情)と受け止め、それに対して彼女たちは愛情で応えようとしている状況だ。
このことから侑汰の想定していなかったことがどんどん起こってくるようになる。侑汰は彼女たちの気持ちを落ち着かせるためだけに気遣いや優しさを必要以上に施した。はっきり言って侑汰は恋愛を全く理解していない。
結局、侑汰は「藪蛇」をやらかした。藪を自ら突っつくような余計な真似をしなければ、怖い蛇も出てくることはない。かける必要のない優しさを二人に無条件にかけなければ、二人に惚れられることもなかった。侑汰は触れなくていい藪を自ら突っついて蛇、しかもアナコンダ級の大蛇を出させてしまった。まさに愚か者である。
侑汰は学校へ向かって歩いている。ただ、頭の中は朱莉と沙奈江にどう対処しようかということで一杯になっている。
取り敢えずスマホのアドレスだけは知られるわけにはいかない。いざとなったら忘れたことにしよう…
後は、授業が終われば速攻で家に逃げ帰る… できるだけ自然に教室から消えていくようにしよう…
侑汰の頭の中はもはや逃亡者と変わらない。
学校につくと明るい笑顔で朱莉が挨拶をしてきた。
「侑汰君おはよう」
「朱莉、おはよう。今日も可愛い笑顔だね」
いつものように取り敢えず褒める。もはや癖である。
「侑汰君たらぁ~ あんまし褒めないでよぉ~」
朱莉はそう言いながらデレデレになって頬を赤くして喜んでいる。
(よし、このまま何も聞いてこないで…)
「そういえば侑汰君、アドレス交換しよ! 私たちもう仲いい友達だしね」
(ブォホッ… 死んだ。いや、ここは踏ん張ろう!)
「ちょっと待ってね、… スマホ… あれ? どこかな…」
「どうしたの? 何処にあるかわかんないの?」
「そうなんだよ… 持ってくるのを忘れ…」
「じゃ、侑汰君のスマホ鳴らしてあげようか?」
はぁ? なに、なに、何なの? 今なんて言った?
「電話番号は山縣君から聞いたんで…(ピッピィ)今鳴らしてるよ~」
侑汰の鞄の中からしっかりスマホの着信音が聞こえる…
「侑汰君、鞄の中みたいだね、えへへ」
「……そう…みたいだね…」
俺の考えは蜂蜜より甘かった… 朱莉は本気だ… やっぱりこいつ怖ぇ~…
「あったあった、はい、俺のスマホ…」
俺は完全にあきらめてスマホを差し出した。もう何でも好きにやってくれ…
画面のロックを解除して好きにアドレス交換をさせていたがいつまでも弄っている。何してんの?って感じで見てみるとすべてのデータを確認中だった。アドレス帳から画像フォルダ、SNSなどなど…
「はいもう終了、あんまり変なとこまで見ないで…」
「えへへ~ ちょっと操作間違えちゃった~」
この確信犯が… 見られて困るデータもないんで別にいいけど…
朱莉は俺のスマホを弄っているときの顔は真剣そのものだった。両手を使って凄まじい速度でデータを見ていた。
「侑汰君、中学生のとき可愛かったんだね~」
なんですと…? お前何言ってんの?
「山縣君から中学時代とかの写メ、全部送ってもらっちゃった。キャハハ」
…… あいつ、まさか…
「そういえば、侑汰君の家って結構学校から近いんだね」
やっぱり… 亮佑、お前だけは絶対に許さん! 朱莉に聞かれてホイホイ俺の家教えてんじゃねーよ!
俺は完璧に朱莉を甘く見すぎてた。あいつのやり方は半端ない… アドレスどころか家まで知られた…
「そうそう侑汰君、今日からお昼ご飯は私と沙奈江と侑汰君と山縣君の4人で食べるからね。山縣君がどうしてもって言ってきちゃってね… 仕方ないからOKしちゃった。へへッ」
たった1日で朱莉は状況をここまで変えた。あいつが本気出したら本当にすごい… あっという間に追い込まれた。
その後すぐに亮佑が俺に話しかけてきた。
「侑汰! なんかよ、朱莉が俺のこと色々聞きに来たんだよ… しかもすっごい可愛い顔してさぁ~ あいつ絶対俺に気があるぜ! 俺ど~しよ? 朱莉が俺の彼女か~…」
亮佑、100×死ね (100回死ね)
朱莉は本当に悪魔だ。可愛い顔を利用して亮祐から俺の情報をすべて抜き取りやがった。けど、普通ここまでやる?
朝のHR後、今度は沙奈江が俺に言ってきた。
「侑汰、スマホ貸して…」
「どうぞ…」
もう抵抗する気力も意味もない…
沙奈江もニコニコしながらアドレスを交換している。
午前の授業が終わりお昼休みになった。
親友の亮佑は大喜び… 顔をニヤニヤさせながらすぐに席を立って朱莉の元へ来た。
「ほれ、侑汰も早く弁当食べるぞ」
俺を完全に売り飛ばしてくれた優しい親友がわざわざ声をかけてくれた。涙が出てきた…
亮佑は浮かれて早くも朱莉と喋りだし、俺を完全に無視してやがる。朱莉と沙奈江の間の席、すなわち自分の席に俺はいる。
妙に沙奈江が静かなのでそっちを見ると… 顔をほんのり赤くして恥ずかしそうに俯いている沙奈江がそこにいた。その姿はまるで初めて恋した幼い少女のよう… そこには俺の席をけり飛ばしていた勇ましい沙奈江の姿はなかった…
俺は入学してから沙奈江のそんな顔を初めてみた。
こいつなんでこんな顔してんの?… 何を意識してんの?
朱莉を見ても沙奈江を見ても確定した。俺は完全にロックオンされた。
「そういえば四方も八条もあんなけ告られてまだ誰とも付き合ってないの?」
亮佑が一番してほしくない質問をピンポイントでする。本当に殺してやりたい…
「私ね、好きな人ができちゃったんだ… だから今は全部断ってるの。好きな人からの告白だったらすぐにOKしちゃうんだけどね…」
朱莉はそう言った言葉の最後の方でしっかり俺を見ていた。簡単に言うと俺から早く告って来いと言っている。
「私も好きな人がいるから全部断ってる。好きな人からの告白を待ってるんだ…」
沙奈江はそう言いながら、みんなの見えないところで俺の服の裾をぐいぐい引っ張る。
「え~、朱莉って好きな人がいるのか~。 それって俺のことだったりしない?」
自信ありげに亮佑は胸を張って言ったが、誰も聞いてなかった。
亮佑のあほのせいで弁当タイムがなぜか俺への告白タイムに変化した。しかし、あの二人の行動は物凄くあざとい。話の大事な部分になると俺の顔しか見ていない。それにまったく気付いてない亮佑は救いようがない…
俺もそろそろ覚悟が必要だ。逃げ切れなかったらどうしたらいいんだろう? あいつらには勝てる気がしない…