ここから下で
多くの人々が通り過ぎていく街中で、一人の男がぼーっと人々の波を眺めていた。
近くの黒板には、『似顔絵師絵田一色一作品二千円』とチョークで書かれていた。
一色は、売れない画家でこうして絵師をやることで身銭を稼いでいる。
しかし、今日はまったく依頼をしてくる人間はいない。
「今日は、暇だなぁ」
一色は頬に右手を頬にあてながら、暇を潰していた。
周りの人々はそんな一色にまったくもって関心をみせる様子がなかった。
「もう店じまいしようかな」
そんなことを呟く一色。
「すいません」
誰かが意識に声をかけてくる。
「はい?」
腑抜けた顔で見上げると、ちょっとクール系で美人の女性が立っていた。
「描いてもらえますか?」
その美人さんの言葉に仕事の依頼であることを察し、一色は間抜けな表情を正した。
「あっ似顔絵ですか。ではお座り下さい」
一色は言葉と共にパイプ椅子を手で指し示した。しかし、女性は首を振った。
「あの。私の顔じゃなくて違うものを描いていただきたいのですが駄目でしょうか?」
「へっ?」
一色は想定外の回答に目が点になる。
「そ、それってなんでしょうか?」
その女性は少し顔を赤くしながら、一色の質問に答えた。
「首から下。私の今着ているこの服を描いてほしいんです。今この場所、この時間で」
女性の格好は確かに青色の艶やかな服で、どこか自分とは縁がなさそうな服だなと一色は思っていた。
「はあ。別に構いませんが」
一色は不思議に感じながらも非常に変な話でもないので受けいれた。
「ではすみませんが、少しの間立ち続けてもらって大丈夫ですが?」
女性は笑みを浮かべながら話す。
「はい」
一色は道具を取り出し手元に並べた。そして、数十枚積み重なった色紙から一枚と取り出した。
「そう言えばお名前をお伺いしてもいいでしょうか?」
女性は一瞬怪訝な表情をした。
「下の名前で構いません。余白に日付とお名前を記入させて頂きますので」
「わかりました。私の名前はアオイです」
「アオイさんですか。アオイさんそのお洋服とお似合いですね」
黒のマジックを握り色紙の上で躍らせる一色は、作業を進めながらアオイとコミュニケーションを続けた。
「ありがとうございます」
アオイは軽く頭を下げる。
「そのお洋服はどちらで?」
アオイは少し黙った。一色もその反応を肌で感じた。
「ごめんなさい。アオイさん。気分を害されたのなら、お話されなくとも大丈夫ですよ」
お客さんとのコミュニケーションは重要なことであるが、こうしてお客さんの地雷を踏み抜かないようにするのも大切だと一色は思っていた。
「大丈夫です。私、キャバクラに勤めているんです。けど、それも今日で終わり。色々と訳あって辞めることに。それで、キャバクラに勤めていた時の衣装なんかも処分しなくてはならなくて」
「そうですか」
一色の色鉛筆を握る手は止まらない。
「この衣服も気に入っているのですけど、処分しなくてはならなくて。だから、せめて絵という形でも残せればなんて思って、あなたにお願いしたんです」
少し視線をアオイに向けた。そして、当然の質問を投げかけた。
「スマホや画像では駄目なんですか?」
「わたしも最初は、それを考えたのですが、気持ちがなんかすんなりと納得できなくて。その時、ちょうどのタイミングであなたが暇そうにしてから、絵ならいいかなって」
そのアオイの発言に一色は、『暇そうね』とちょっとムッとした気持ちが出ていた。
「気分が害しました?」
「顔に出てました?」
「少し」
「それはすみません。まあ、暇そうは確かに暇だったので言い返せませんよ」
一色はそういった表情を見られたことに、きまりが悪そうにしていた。
「こちらもすみません」
「あ、いえいえ」
そんなやり取りの間も、作業はどんどんと進んでいく。
ほぼ、アウトラインは描かれており、メインカラーの青色も塗られていた。
残るは細部といったところだ。
「それにしても、その衣服が一番好きな理由とかあったりしたんですか?」
「昔、好きだった人にお前ももっといいもの着なきゃ駄目だと言われ、買ってくれたのがこの服だったの。お前には青が似合うからって。でも、その人とも会えなくなっちゃって、私も潮時かなって」
「そうなんですね。はい。完成しましたよ」
ほんの数十分で一色は絵を完成させた。その絵には、
アオイの服が綺麗に描かれており、非常に現物に近く、
けれども、少しアレンジが加わっており、メインとして使用した青色が、
他の色があるおかげで記憶に残りやすいような構図・デザインだった。
余白にはアオイという文字と今日が記入されている。
作品を両手で差し出す一色。
「ありがとう。とってもイイ感じだわ」
その作品を両手で受け取るアオイ。
ひとしりきり絵を見つめたアオイは、そのままギュッと胸に抱きしめた。
その状態が数秒続く。
数秒過ぎるとアオイはそのままバッグに絵を収め、財布を取り出し二千円を差し出した。
「確かに」
そういって一色は二千円を両手で受け取る。
「じゃあ、ありがとうございました」
そう言ってアオイは雑踏へと歩き、その中にへと消えていった。
一色はお金を収納ボックスにお格納すると、不意に空を見上げた。
「雪か」
ちらほら雪が舞い散る。この雪も一瞬。人との出会いも一瞬。
そんな想いが一色の胸を到来した。




