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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
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5-7「しつこいですよ。水の中では獲物を逃がさないでしょうね」

 ジーラゴンでは歓待の宴が開かれた。町に繰り出せば路上で踊り子が舞い、酒瓶を片手に持った兵士たちが談笑しあっている。二つの小都市を落としてジーラゴンに入った兵たちに、ジャハーラは約束通りの休暇を与えた。そのあたりの扱いは、すべてジャハーラが決めている。頬がごっそりと削げ落ちた新兵たちの眼が今夜は生き生きとしている、とスッラリクスは思った。


(さすがは、英魔戦争の英雄――いえ、純血種と言うべきでしょうか)


 ルイドとは違う兵の扱い方を、ジャハーラはする。兵を操る方法にも様々な方法があるのだとスッラリクスは思い、あまりの当然な感想に自虐的な笑みを漏らした。恐怖だけで兵を操っているのではない。魔術だけで兵たちを扇動しているのでもない。疲労の極みまで追い込んでから、快楽の時を与える。それはわずかな時で十分だ。それだけで兵は息を吹き返し、ジャハーラの指示を聞くようになる。これも規律の一つの作り方だ。それも、完成された方法だ。


「しかし、すごい踊り子の数ですね」

「帝国軍の皆様がいらっしゃると聞いていたものですから、伝手をたどってかき集めておいたのです。村娘ばかりではありますが、これだけ集まれば華やかでしょう」


 答えたのは、ジーラゴンの領主であるラールゴールだった。引き締まった肉体を持つ三十半ばの男だ。パーマのかかった黒髪は油を塗ったかのようにてかてかと光っている。日に焼けた褐色の肌は潤いを失っておらず、どこか艶めかしい雰囲気を醸し出している。優男と言ってもいいだろう。目を合わせると同性のスッラリクスでさえどきりとする色気がある。最初はジャハーラを出迎えて接待をしていたようだが、ジャハーラはこの手の男が苦手なようで、スッラリクスに相手を押し付けてきた。やむを得ず、スッラリクスは兵たちが休暇を取っている町の中を、ラールゴールに案内させることにした。


 ラールゴールは豊満な肉体をした女性を傍に置いていた。ヴァーリーという名前らしい。

 ラールゴールは人間族でありながら帝国への臣従の道を選んだ領主だ。妻を魔都クシャイズへ人質として差し出している。それなのに愛人を侍らせているラールゴールに、スッラリクスは何とも言えない気持ちになった。妻を人質に差し出して、自分は愛人と過ごす。それでは、魔都に送られた妻に人質の価値がないと言っているような物だ。


 スッラリクスは、自分の懸念を振り払った。「歓迎します」と言って帝国軍を出迎えたラールゴールの言葉に嘘はないと、ジャハーラが言ったのだ。たしかに、ラールゴールの姿を見ているとただただ客をもてなしたいだけ、というような気もしてくる。陽気な男だったからだ。


「それでは屋台の男たちも、近隣の町や村から?」

「いえ、彼らはこの町の住民です。私を慕って住み着いてくれているのですよ。外見はちょっとばかり厳ついかもしれませんが、実に気のいい者たちです」

「なるほど、ラールゴール殿の人柄がなせる業ですね。私には到底真似できそうにない」


 ジーラゴンの男たちは、ラールゴールに似て褐色の肌をしている者が非常に多かった。鍛え上げた肉体は、帝国軍の兵たちよりもよほど頼もしく見える。

 スッラリクスはジーラゴンを訪れたことがなかった。黒竜の塔を出てクイダーナに流れ着く際にもパージュ地方を経由してきたのだ。


「そんなことはありませんよ。さあさあ、スッラリクス様も、どうぞ肉料理を味わってください。川魚も良いですが、ジーラゴン名物と言えば肉料理です。特にワニ料理がこの価格帯で楽しめるのはジーラゴンだけですよ。保存にも適していますし、そうだ、軍の方で買い取っていただけると私どもは非常に助かるのですが」

「ワ、ワニですか……」


 スッラリクスは自分の声が震えているのを感じた。そうだ、リズール川にはワニがいるのだ。スッラリクスはワニが苦手だった。食べられる食べられない、という以前の問題である。あの姿かたちを想像するだけで寒気が走る。スッラリクスは実際にワニを見たことはない。しかし黒竜の塔でワニとはどういう生物なのかは勉強している。本に描かれた獰猛な姿は、子どものころから恐怖そのものの姿だった。


「以前、この町では一匹の大ワニに百人以上が喰われたことがあるそうです。ジーラゴンを治める、ということはワニをどうやって駆除するか、ということと言っても過言ではないでしょう」

「それで食べるようになったのですか、あのモンスターを」

「もちろんそれもありますが、食べてみたら案外美味かったから食べ始めたんじゃないかな、と私は思っています。とはいっても、ワニを食べ始めたのは私の曽祖父より前の代ですから、本当のところはわかりませんが」


 そう言ってラールゴールはにこにこと笑った。それから、ラールゴールはタレの話をした。ジーラゴンに住む者たちは、家ごとに違ったタレを持っているという。


「家庭ごとの秘伝のタレというわけですね。それは店でも同じことが言えます。ただ焼いてタレに絡めて出すだけでも、タレの味が違うから店ごとに違った味わいで提供できるのですね。商人の皆様がジーラゴンで長めに滞在してくださるのも、自分の好みの味を探せるから、という所も強いのでしょうね。そうそう、ワニといえば生のまま食べても非常に美味ですよ。……おや、スッラリクス様、お顔の色が優れないようですが」

「いえ、大丈夫です。それより、今でもリズール川にワニは棲息しているのですか」

「もちろんです。毎日仕留めてすべての店に行き渡らせても、なおワニ肉が余る程でして。帝国軍の皆様がいらっしゃると聞いていたもので、先週から二十頭近くは仕留めさせた程ですよ。最も大きなワニなど私の身長の三倍はある体長でして」


 スッラリクスは血の気が引くのを何とか耐えた。想像しないように努める。そんなに巨大なワニを毎日仕留めているのであれば、ジーラゴンの男たちが筋骨隆々としているのも分かる気がする。ヴァーリーが「何か買ってきましょうか」と言うのに対し、スッラリクスは再度「いえ、大丈夫です」と答えた。


「人を喰らうこともあるのですよね、やつらは」

「ええ、ええ。ですので、陸に上がってきたのが見つかれば、すぐに殺します。あの短い脚で、獲物に襲い掛かるときは俊敏ですから油断はできません」

「どうやって殺すのですか。ワニの背中は銃の弾さえ弾くと聞きますが」

「頑丈ではありますが、決して倒せないというわけではありません。力を込めた斧の一撃なら切断できることもありますし、運が良ければ投げ槍や矢が突き刺さることもあります」

「つまり、決定打になるような対処法はないのですね。たとえば痺れ薬など」

「ありません。ワニは人間をはるかに凌ぐ免疫力を持っているのですよ。ワニに効く痺れ薬などあったら、それこそ軍の方が黙って見過ごすはずがないでしょう」

「では弱点は?」

「目です。あそこだけはワニも鱗で覆われているわけではありませんからね。後はそうですね、ひたすら逃げることです。ワニは陸上ではあまり長時間走ってはいられません。逃げ続けていれば、いずれ追うのを諦めてくれます」

「陸上では、ということは、水の中では……?」

「しつこいですよ。水の中では獲物を逃がさないでしょうね」


 スッラリクスはぞっとした。リズール川を歩いて渡る? いったい何を考えていたのだ、という気持ちにさえなる。


「船でなくば、移動できないということですね」


 ああ、そういうことですか、とラールゴールは頷いてみせた。


「さすがはスッラリクス様、兵たちが休んでらっしゃる時でも軍事のことをお考えとは。いやはや、食事の話をしていた自分がお恥ずかしい」

「いや、恥ずかしいのは私の方です。リズール川のことに関して、あまりに私は無知だ。知っているつもりになっていました。お願いします、教えてください。船は、ワニに襲われることはあるのですか?」

「小船は襲われることがあります。しかし、商人様たちを乗せてリズール川を越えるのも我らの大事な商い。大型の船はそういった事故が起きないようにしてあります、ご安心ください」

「何か工夫でも?」

「船底を深くしたんですよ。そして船を取り囲むように柵を設置してあります。それでワニが飛び掛かってこれないようにしています。あとは……そうだ、ルーン・アイテムを使っています。といってもお守り程度の物ですが」

「ワニ除けの? どういう内容なのですか?」

「正直、詳しいことは私にはわかりかねます。しかし、精霊術師によれば音を出すルーン・アイテムだとかで。我々には何も聞こえませんが、ワニには聴こえている音を発するルーン・アイテムだとか何とか。眉唾物ですが、ないよりはマシというわけで、大型の船にはだいたいついています」


 なるほど、とスッラリクスは頷いた。


「私には情報が不足しているようです。ジーラゴンで所有する船について、詳しく教えていただけますか。それから城塞都市ゾゾドギアのことも」

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