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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
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5-4「猛獣の前に、餌を用意してやるというわけか」

 リズール川は、クイダーナ地方とルノア大平原を区切る大河である。リガ山脈から湧き出た水が南に向かってゆっくりと流れていく。川は凍り付いていない。それは、船を使わずに渡るのは難しいということでもある。

 スッラリクスは川沿いの町ジーラゴンにつくと、行軍中に飛ばした使者たちが持ち帰った情報を整理した。地図を広げ、駒を置く。


「熱心なことだ」


 ジャハーラがやってきて言った。伴は連れていない。

 スッラリクスはなるべく自分からジャハーラの下を訪れるようにしていた。自分の考えを理解してもらう。戦術的な軍事に関しては口を挟まないが、大局的な戦略に関しては意見を言う。それを繰り返すうちに、ジャハーラの方からスッラリクスの所へ来て意見を聞くようになっていった。


「調略はどうなっている」


 ジャハーラの問いに、スッラリクスは「ご説明します」と答えた。


「花の都リダルーンをはじめとする南東の都市群に、偽の軍令を出してあります」

「内容は?」

「先んじて農業都市ユニケーに軍を動かすように、という内容です」


 王国軍がクイダーナへ攻め入ってくるには、山脈を越えてルノア大平原の北東に入り、さらに西進せねばならない。農業都市ユニケーはその行路にある大都市であり、王国軍は間違いなく通過するだろう。先んじて軍をユニケーへ動かしておけ、というのは十分にあり得る指示だった。


「なるほど、ドルク族か」


 ルノア大平原の南東側、という言葉でジャハーラは閃いたようだ。スッラリクスは頷いた。大平原の南東に勢力を持つドルク族は、英魔戦争以前から独立を保っている。ルノア大平原において、唯一「王国側につかない」と言い切れる勢力だった。


「しかしドルク族は動くだろうか。百を超える部族に分かれてしまい、まとめられる長はいないと聞いたが」


 ドルク族は、かつては大平原に覇を唱えた民族であった。人間族でありながら、魔族に匹敵する戦闘力を持ち、「人であって人でない」とまで噂されていた。

 しかし英魔戦争が終わった後に、ルージェ王国によって指導者が討たれ、それからは部族ごとにまとまりを欠いていた。それぞれ数百人の程度の兵力を擁するにすぎず、まとまった軍事行動を起こすことはなかった。それでも、彼らを全滅させようと軍を動かせば、外敵に対してはまとまって対抗するだろう。下手につつけば新たな指導者を生みかねない。それで、ルージェ王国にも放置され続けてきた。


「私もそう思っていました。ですが実際には、昨年統一され、まとまった集団になっています」


 魔都攻略の以前に、奴隷商人のダルハーンから手に入れた情報だった。


「すでに商人たちを介して、ドルク族に武器を届けさせています。周辺都市の防備が手薄になれば、ドルク族は動くでしょう。これでルノア大平原の南東側付近の都市は身動きしにくくなるはずです」


 ドルク族が暴れまわり勢力を拡大してくれれば、それだけ王国軍は徴兵が厳しくなるだろう。特にルノア大平原の南側から徴兵ができなくなれば、王国軍の総兵力は半減してもおかしくはない。スッラリクスの狙いはそこにあった。


「猛獣の前に、餌を用意してやるというわけか」


 ジャハーラは満足そうに髭を撫でた。スッラリクスの民政の腕や戦略に関して、ジャハーラは文句を言わない。しかしそれでもスッラリクスは試されていると感じ続けていた。頭の中にあることに関してはもう、疑っていないのだろう。いまジャハーラがスッラリクスを試しているのは、戦略の為にどこまで非情になれるのか、ということだ。

 花の都リダルーンをはじめとするルノア大平原南東部の諸都市を罠にかける。兵を北へ送って手薄になったところを、ドルク族は容赦なく襲うだろう。ドルク族が噂通りの民族であるならば、徹底して略奪の限りを尽くすはずだ。それがわかっていて非情に徹することができるか。ジャハーラはそれを試そうとしている。


「ご存知の通り、ルノア大平原はそれぞれの都市が自立して点在しているという形になっています。現状では圧倒的に王国軍が有利である以上、どの都市も進んで我々に味方しようとはしません。動かせるとしたらドルク族しかいないでしょう」


 ジャハーラが頷いたのを確認して、スッラリクスは地図の上に戦力を示す駒を二つ並べた。


「このまま進軍すれば、ルノア大平原の北部で王国軍とぶつかることになります」

「リズール川を越えてルノア大平原に攻め込むというのだな」

「ええ。そして道中の都市を片っ端から破壊します」

「これは驚いたな、軍師殿の口からそんな言葉が出るとは」

「いくつも方法を考えました。しかし、これが最も合理的なのです」

「破壊して、どうする」

「民を東へ東へ誘導します。南側へ逃さないように追い込めば、民は自然と東へ向かうでしょう」


 スッラリクスは軍を表している駒とは別の駒を取り出して、ルノア大平原の西から東に向かって移動させた。農業都市ユニケーの付近で、駒を止める。そこには王国軍を指し示す駒が置いてある。


「なるほど、王国軍の兵糧事情を圧迫するというのだな」

「それだけではありません。王国軍だけでなく大勢の民が移動してくれば、さすがの大都市ユニケーといえど収容しきれるはずがない。軍を外へ出せば兵は疲労しますし、かといって民を収容しなければ王国軍の名声は地に落ちる」


 ジャハーラは声をあげて笑った。


「南東でドルク族が暴れれば周辺都市の民も逃げ出すから、その一部はさらにユニケーに集まる、というわけか。まさに悪魔の考えたような作戦だな」

「しかし、それだけの策を弄しても勝てないでしょう。我が軍は一万五千。それも半数以上が実戦経験のない新兵です。対して敵は十万近い兵力を動かしてきます。それも、短期で終わるのであればそこまで兵糧の心配をする必要もない。さらに言えば平野での戦いです。搦め手を用いることが難しい」


 スッラリクスは農業都市ユニケーのそばに、帝国軍を指し示す駒を置いた。平野での戦い。見晴らしがいいからこそ、伏兵を用いることもできない。都市のいくつかを寝返らせることができればまだしも、王国軍が圧倒的に有利なこの状況下で、魔族の味方をしようとする都市などあるはずがない。


「では、どうする」

「ルノア大平原の中ほどまで攻め込み、破壊できる限りの都市を破壊したら引き返します」

「引き返すだと?」

「はい。リズール川まで引き返します」


 スッラリクスは駒を動かした。


「ちょうどいま滞在しているジーラゴンと、川の中州に位置する城塞都市ゾゾドギア。この二か所を拠点として、王国軍の侵攻を喰いとめるのです」

「……なるほど、その為に周辺都市を破壊しておくというのだな」

「はい。敵は補給路を伸ばさざるを得なくなります。そして農業都市ユニケーには破壊された都市から民が流入します。敵も悠長にはしていられないでしょう」

「無理にでも川を渡ってくる、と言っているのだな」


 スッラリクスは頷いた。


「町を破壊し、王国軍と戦わずに引き返して川を渡るとなると、新兵どもは連れていけないな。引き返している最中に、敵に後方を襲われれば一たまりもない」

「ジーラゴンとゾゾドギアに分けて残していくのが賢明でしょう。防備を固めさせておくのです。特に城塞都市ゾゾドギアは英魔戦争から一度も軍事利用されていません。大幅に手を加える必要があります」


 ジャハーラはしばらく目を閉じて何かを考えているようだったが、直に眼を開けた。


「だが、この作戦では勝てない。いくら敵の補給路を伸ばすことに成功しても、そこを攻撃する部隊がいなければ意味がない。一手足りないな」

「わかっています。それに関しては一つ賭けをしています」

「賭けに勝つと、味方の軍勢が現れるとでも言うのか」

「ええ」


 ジャハーラはまたしても、声をあげて笑った。しかし眼は笑っていない。まただ、とスッラリクスは思った。また、ジャハーラは自分を試そうとしている。

 ルイドとは違う威圧感を持つ男だ、とスッラリクスは思った。

活動報告にてお知らせさせていただきましたが、更新を週1ペースに変更させていただきます。

毎週、土日のどちらかでの更新となります。次回更新は6/1(土)になり、その次は6/8(土)もしくは6/9(日)となります。

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