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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
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5-2「若かったのです。何でもできるという気がしていた」

 英魔戦争で勝利しユーガリアの覇権を握ったルージェ王国だが、その内側は一枚岩とは言い難かった。

 戦争にかかる多額の費用、兵を出した実力者たちへの爵位と領地の授与、ルーン・アイテムの分配。クイダーナ帝国が作り上げてきた特権階級を破壊することは、新たな特権階級を作り上げることに他ならなかった。


 ユーガリア全土をまとめ上げるには、あまりに貴族家や商人たちの思惑が煩雑に絡み合っていた。

 現国王ビブルデッドは、この問題に取り組んできた。荒れた地方都市の領主を罷免し、中央から新たな領主を派遣した。三年間で実績が上がれば爵位を授与し、新たな領主に命ずる。この取り組みは一定の効果を上げたが、どうしても公爵家には手出しができないでいた。英魔戦争における五騎士は、言ってしまえば建国の英雄たちなのである。


 ――その結果が、リズ公爵の無能な統治であり、クイダーナ帝国の復活を招いた。


「王国騎士団に出撃を、どうかお命じください」


 ランデリードは帝国復活の報を受けると、すぐに国王ビブルデッドに拝謁し王国騎士団の出撃許可を求めた。国王は人払いをした。兄弟で会話する時には、常に二人きりにする。それが国王なりの弟への配慮だった。


 兄ビブルデッドは王家特有の茶髪を長く伸ばしている。四十に近づいて兄は老け始めた、とランデリードは思った。茶髪には白髪が混じり始めている。ランデリードの茶髪はまだ色を失っていない。

 兄は老いてしまった。つまらない貴族たちに足を引っ張られ、必要以上に老いてしまった。ランデリードは兄の白髪を見るたびにそう思った。


「帝国復活の報は、すでにパージュ大公にも入っているはずです。大公は北からクイダーナへ攻め入るでしょう。我らも軍を動かしましょう。騎士団が中心となってクイダーナを衝きます。二方面の戦いに持ち込んでしまえば、帝国に勝機はありません」


 ランデリードの言葉に、国王は頷いた。


「王国騎士団を率いて出動せよ。しかし、ルーン・アイテムの盗難についてはどうする? もし東の魔法都市や黒竜の塔が帝国復活の裏で暗躍しているとすれば、軍を西へ動かしたのを機として動き出すことも考えられる」

「兄上の仰る通りです。しかし、帝国が復活したのであれば国家の一大事。貴族たちに所有するルーン・アイテムを持って参集を呼びかけられます」

「なるほど。それで被害の規模がどれだけ出ているのか確かめられるか」

「はい。被害状況を確認する機会になります。それから魔法都市に監視をつけましょう。東側の有力貴族を中心に動かすのです。東側の兵まで動員しなくとも、十分に帝国に対応できるでしょう」


 ビブルデッドは再び「なるほど」と頷いた。


「いつもお前には迷惑をかける」

「兄上が国をまとめ、おれがその敵となる者を斬る。そう約束したではありませんか。それに、おれたちが安心して戦場に立つには、兄上が内を固めてくれていなければなりません。軍が動くということは、それだけ内側に隙ができるのですから」


 ランデリードは兄に向けて笑いかけた。ランデリードは一度も王位につきたいと思ったことはなかった。兄を補佐し、その敵を倒す。それが自分の役目だと思っている。


「思い出すな、パージュ大公が異民族バルートイの討伐に向かったあの日を。もう二十年以上も昔になるか。お前はまだ十歳だった」


 パージュ大公が聖騎士たちを連れて白の大地へ攻め込む際、幼かったランデリードは無理を言ってパージュに同行した。ビブルデッドはそのことを言っている。


「私はお前より年長だというのに、王都で震えているばかりだった」

「若かったのです。自分の力を試してみたかった。何でもできるという気がしていた。それだけのことです。それに、兄上には民政を学び、国を治めるという役目があったではございませんか」

「勇気がなかったのだ、ランデリード」

「違います。兄上には別の役目があった、それだけのことです。それに今思えば、おれはパージュ大公に迷惑をかけただけです」


 ランデリードは恥ずかしくなって笑った。戦の中に子どもがいるのでは、パージュもやりにくかったことだろう。だというのに武功の一部をランデリードに譲ってくれた。


「ラルニャは元気にしているか」

「元気すぎる程です。先日も賊と斬り結んだとか。まったく誰に似たのだか」

「それこそ若い頃のお前にそっくりじゃないか」

「ラルニャは女の子ですよ。少しはしおらしくなって欲しい所です」


 ランデリードの言葉に、ビブルデッドは笑った。


「オールグレンにその積極性を分けてやって欲しいところだ。あいつはどうにも、何に対しても本気で取り組もうとしない節がある」

「そうは見えませんが……」

「いや、そうなのだ。実際、剣の腕はラルニャに劣る。学問もそれなりにはこなしているようだが、教えられたから知っている、というだけで自ら学ぼうとはしない。そこで物は相談なのだが、帝国との戦にオールグレンを連れだしてやってはくれぬか」

「オールグレン王子を?」

「うむ。……難しい相談だというのは承知している」

「敵の兵力はたかがしれています。……とはいえ、戦場です。オールグレン王子にもしものことがあっては、ルージェ王国の未来はどうなるのですか」

「戦場にも立てぬ王に、国民は心からの敬意は払わぬよ。それは、私が誰より知っている」


 ビブルデッドは自虐的に言った。ランデリードは、王が戦場に立つ必要はないと思っていた。しかし国民は強い王を求める。戦場に立たず、内政を担当してきた兄だからこそ、戦場に立つことの必要性が見えているのかもしれないとランデリードは思った。

 確かに、王に強さは必要だ。しかしその強さは武力なのか。武力よりももっと大切な物があるのではないか。だから、一度も戦場に立ったことのないビブルデッドは『賢治王』と称えられているのではないか。


「オールグレンも十五になった。何も戦ってこいと言うのではない、戦場の空気に触れさせておきたいのだ。王として、命を預かるということの責務を覚えさせておきたい。それが分かっているかどうかで、貴族たちが従うかどうかも決まるところがある。どうだろう、弟よ。頼めないだろうか」


 ランデリードは断る言葉を探した。しかし若き日の話を持ち出されてしまえば、断りようがなかった。かつて周囲の反対を押し切って、戦場に立ったのはランデリード自身なのである。


「オールグレン王子には話してあるのですか」

「まだ話していない」

「……わかりました。おれが伝えます。それでよろしいでしょうか」


 ビブルデッドは満足げに頷いた。


「どうか、オールグレンを男にしてやってくれ。立派に国民をまとめあげられる王に、それは必要だ」

「そうなるかどうかは、王子次第です。兄上」


 ランデリードは国王に頭を下げ、退出した。

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