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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-3「禍根を残してしまえば、それは鎮圧とは言えません」

 魔都クシャイズの城下町に店を構える〈ブラック・パール〉は、クイダーナ地方で一番の酒場と名高い。開業百年にも及ぶ老舗(しにせ)である。上品さを追求した内装と、半世紀物のワイン、子牛のソテーに白身魚のムニエル、ふんだんに香料の使われたコーンスープ。どれもが舌をうならせる一品で、客は高い金を払ってでもブラック・パールで舌鼓を打つ。したたかな店で、英魔戦争以後、魔族が没落するにつれて、人間族の舌に合った料理と酒に商品を入れ替えることで生き永らえている。

 そして、今日はそのブラック・パールに貴族たちが集まり、軍議を開いていた。


(軍議だって言うから来てやったというのに)


 サーメットは不満を顔に出さないよう努力していた。サーメット以外、誰一人として鎧を着てはいなかったのだ。

 出された料理には半分も手を付けていない。サーメットの横では妹のディスフィーアが料理を余さず平らげている。そのうちおれの分も取りに来るんだろうな、とサーメットは思った。ディスフィーアと同様にばくばくと食べているのはリズ公爵くらいだ。全員の手元のグラスには葡萄酒(ワイン)も注がれており、これが軍議とは到底思えなかった。


「……であるからして、反乱軍の規模はせいぜいが五百というところです。傭兵でも差し向けて終わりで良いのではないでしょうか」


 その傭兵で二回も鎮圧に失敗して反乱の規模を大きくしてしまっているのに、ここの奴らは何も学んでいないのか。

 サーメットは食事会とでも言うべき『軍議』に参加した顔ぶれを確認した。三十人ほどが豪奢な長テーブルを囲んでいる。いずれも爵位を持ち、クイダーナ地方に領地を持つ人間の貴族たちだった。魔族に連なる者はサーメットとディスフィーアくらいである。二人はそれぞれ純血種である父ジャハーラと、その盟友ゼリウスの代理として軍議に参加していた。正確に言えば、父ジャハーラと二人の兄は軍議への招集がかかると仮病を使ってサーメットに行かせた、のであるが。


 軍議と言っても食事をしながら、反乱の鎮圧部隊を決めることと、その費用を誰がどれだけ負担するかを決めるだけであり、サーメットも馬鹿々々しいとは思っていた。だが王国に対して翻意がないことを示すためにも誰かが出席しなくてはならなかった。

「てきとうに言わせたいように言わせておけ。金を出せ、兵を出せという話ならサーメットが許せると思う範囲まで出していい。だがおれの麾下は絶対に出さんぞ。クイダーナの民を斬る気はない。お前の部下なら好きに使え」

 父から受けた指示はそれだけである。


「いえ、ここは精兵でもって即座に叩き潰すべきです。すでに二度の鎮圧失敗でやつらは勢いづいており、これ以上の勢力拡大は防がねばなりません」


 貴族の中でかろうじてまともなことを言うのはライデーク伯爵だったが、それも貴族たちは難色を示す。


「そもそもだ、二度の失敗は偶然の産物だろう。一度はありあわせの傭兵が仲間割れを起こしてやられたというだけだし、二度目は不慮の事故で指揮官を失って撤退。どちらもまともに戦にすらなっていないのですぞ」

「それが問題だと言うのです。これがそう思わせているだけだとはどうして考えないのですか。傭兵の中に反乱軍の息のかかった者がいたとすれば、二度の失敗は偶然ではなく必然になるのですぞ。指揮官の死も事故ではなく意図的な殺害という可能性もある」

「二度の出兵では別々の傭兵を雇ったはずだ。それとも何か? ライデーク伯はそれほどに反乱の根が深いとお考えなのかな?」


 貴族たちの間で微かに笑いが起きた。

 サーメットは表情を変えないまま、心の中でライデーク伯に同情した。伯爵の言う通り、反乱の根はかなり深い所まで張っているのではないか、とサーメットは感じていた。

 クイダーナ地方の統治は上手くいっていない。もともと魔族が多い土地柄で、かつての帝国の本拠地である。治めるのが困難なのは想像に難くない。魔族は人間より力が強く、体格が大きい者が多い。それに加えて精霊術を使える者も多く、明らかに人間族よりも上位の存在だという自負があった。それを人間が支配しようというのだ。不満が溜まらないはずがなかった。英魔戦争後もたびたび反乱は起きたが、そのたびに鎮圧されてきた。それは反乱を起こす側に優れた指導者が現れなかったからだ、とサーメットは思っていたが、貴族たちは四十年間にわたりクイダーナ地方を、魔族を支配し続けた実績からか、反乱を軽く見すぎていた。


 サーメットは何度も、父ジャハーラと盟友ゼリウスが反乱の指導者として立てば、と考えた。純血種の二人が指導者となれば魔族は一丸となって従うだろう。クイダーナ地方をルージェ王国の支配下から脱するくらいは簡単にできるはずだ。

 だが、父は動かなかった。

 それはなぜか、サーメットは一度も父に訊ねなかった。『炎熱の大熊公』の異名を取る父を信じるだけである。


「それでは、ライデーク伯はどれほどの軍を出せば鎮圧できると思っているのだ」


 リズ公爵が訊いた。手には骨付き肉を持っていて、口の周りには脂がぎっしりとついている。

 リズ公爵は、成金騎士ダーンズの息子である。先の英魔戦争にて貴士王ゲールデッドを支えた四人の騎士の一人で、戦後、公爵位を授かった。今はダーンズは死に、息子のリズが公爵となった。

 ダーンズはその二つの名の通り、商才に恵まれていた。莫大な財を築き、その財を持ってゲールデッドを支えたルージェ王国の功労者の一人である。ところが、息子のリズにはその天才的な商才は受け継がれなかったようだ。リズはダーンズの築き上げた富を回収の見込みのない事業に投資しては失っていた。もうリズ公にはほとんど財という財はなく、税を上げて何とか凌いでいる。それでも父の代から付き合いのある商人たちとのつながりを断ち切れず、お忍びで出かけては商人たちの儲け話に噛もうとしていた。


 魔都クシャイズから馬でわずか五日の距離で乱が起きているというのに、リズは無益な商売のことしか考えていなかった。反乱軍鎮圧の為の費用とライデーク伯が用立てた金の一部を持って、美味しい投資話はないかとスラムに出かけた挙句、金貨を盗まれたと騒ぎ立てて帰ってきたのだ。

 リズ公は挙句の果てに、残った出兵費用で賞金を懸け、兵も狩り出してスラムの盗人狩りを始めた。その結果、三十人近くの兵士を失った。原因は不明だが現場には巨大な爆発跡が残っているという。隕石が落ちたのだとされている。もし精霊術による物だとすれば純血種レベルだ。

 サーメットが父の代理として魔都へ入っただけで、そういう噂話はすぐに入ってきた。いずれもリズ公の無能さを伝える話ばかりだ。誰かが意図的に流しているとも思えるほどだったが、実際にリズ公爵は無能を絵に描いたようだとサーメットは思っていたので取り立て不自然とは思わなかった。


「精兵二千。禍根を残すことなく、確実に殲滅するにはそれだけ必要です」

「二千だと? それだけの出兵となれば費用もかさむ。どこから捻出しようというのかね」

「それを皆様にお願いしたいのです」


 公爵家の資産は、もう底をついていた。頼れる金は貴族たちの私財だ。当然の流れだった。


「私たちにどういうメリットがあるのかね」


 サーメットは思わず笑いそうになった。メリットだと。自分たちの生活がかかっている戦だというのに、そこに利を求めるというのか。ライデーク伯は応えなかった。


「そもそも、二千も本当に必要なのかね?」

「敵は反乱に参加している五百だけではないのです。やつらを支える家族も場合によっては敵となりましょう。さらにダークエルフも反乱に手を貸していると聞きます。彼らの戦闘力は侮れません」

「武器を持たぬ敵を斬ることもあり得ると言うのだな」

「反乱の鎮圧とは、そういうことです。禍根を残してしまえば、それは鎮圧とは言えません」


 貴族の何人かはライデーク伯に賛同したようだ。


「だがそれにしても精兵二千とは大げさだ。傭兵を入れない編成というのはわかったが、城下の防衛部隊から一千、それに私兵を各々出して五百が良いところだろう」

「兵糧はどうするのだ」

「兵か金か食糧か、全員が何かしらを負担すれば良いではないか」


 話の大筋は決まったようだ。サーメットは心の中でライデーク伯の健闘を称えた。彼がいなければ、もっと早くリズ公の時代は終わりを告げていただろう。


「ジャハーラ卿とゼリウス卿に兵の負担をしていただこうと思うのだが、代理のお二方、いかがだろうか」

「お断りします」


 ライデーク伯爵の申し出に即答したのはゼリウスの代理であるディスフィーアだ。その口周りにはリズと同じように脂がべっとりついている。


「ゼリウス様の私兵は全軍でたった三百。領地の防衛で手がいっぱいです。一兵もお貸しできかねます。その代わり、出兵費用に関しては負担致します。金貨百五十枚程預かっておりますので」


 リズが盗まれたと騒ぎ立てた金額と同じ額だった。サーメットはゼリウスなりの皮肉に心の中で笑った。顔にはもちろん出さない。


「できればジャハーラ卿に出陣して欲しいものだが」

「父は寝込んでおります故、それは何卒ご勘弁を」


 仮病なのはライデーク伯にはお見通しだろうが、言い張るしかなかった。


「有能な指揮官が出てくれれば、私も安心できるのだが」

「有能かはさておき、私、ジャハーラが三男、サーメットが行きましょう。父より預けられている私の兵も連れてゆきます。二百は出せるかと」

「おお、これはありがたい。どうぞよろしく頼みますぞ」


 元帝国軍の二将がいずれも兵を出さないとなれば貴族たちの反感を買いかねない。だが、それよりも、兵の調練に飽きていた。久々に実戦に出られる機会である。

 鎧を着ているのは自分だけだ、とサーメットは思った。

キャラクターを軽めに紹介します。

ちゃんと出てくるときにそれぞれ小説の中で説明するので、無理に覚えなくて大丈夫です。


今回の軍議に来なかった魔族の純血種の2人、と代理

『炎熱の大熊公』ジャハーラ → 三男のサーメットを代理に立てた

『青眼の白虎公』ゼリウス → ジャハーラの娘ディスフィーアを代理に立てた


人間族の貴族(ルージェ王国の爵位を持つ人たち)

リズ公爵 =『成金騎士』ダーンズの息子で、クイダーナ地方で一番偉い人

ライデーク伯爵 =クイダーナ地方の貴族たちをまとめている人 


登場人物多いので、簡易的な登場人物一覧ページを作ってあります。

https://ncode.syosetu.com/n0762fg/3/

必要な方はご利用ください。

(「ユーガリア戦記シリーズ」→「設定集」→②登場人物一覧でも辿れます)

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