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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-24「おれたちが向かうべき道は、こっちで合っている」

平成最後の更新になります。

令和も宜しくお願い致します。

 敵の左翼を攻撃していたリュイは、大蛸のモンスターが出現したことで兵を退かせた。思わぬ損失を出してしまった。少なくとも一千騎は、失っただろう。怪我人も多い。敵が追撃を仕掛けてこずに、その場で防衛線を組み直してくれたおかげで、何とかその程度の犠牲で済んだという形だった。


 リュイは一度兵を退いた後も、波状的に敵陣へちょっかいをかけ続けた。大きく犠牲を出すような攻撃の仕方はしない。聖騎士側の軍勢は突破力や機動力に優れるが、遠距離戦闘では分がない。敵の前に姿を現し、弓矢や精霊術で攻撃を仕掛けられたら射程外に退くことを繰り返した。帝国軍には、臆病な姿に見えるだろう。先ほどのモンスターの出現もある。攻め切れずに困っているのだ、と見えることだろう。

 しかしリュイは敵の左翼を引き付け続ける必要があった。ソリアが、敵右翼を崩して中央へ突撃する。そのためには、なるべく多くの敵を足止めする必要があった。敵は広大な範囲に陣を敷いている。内側を向かせさえしなければ、ソリアに十分な勝機が与えられる。


 エリザとルイドの姿は、左翼から消えていた。魔力を使い過ぎたエリザが、陣の中に退いたのだろう。精霊術は身体に負担をかけるという。

 そして、ルイドは退いたエリザの近くにいるのではないか。ルイドの首を討つと意気込んでいたソリアにとっては、またとない機会になるはずだ。そして、数刻の後には期待に沿った知らせが入った。


「ソリア様が、背徳の騎士に打ち勝ったとのことです」

「背徳の騎士を討ったのか?」

「いえ、しかし片足を切り落とし、落馬させたとのことです。いずれにせよ、もう戦える身体ではないと」

「そうか。ソリアに怪我はないか?」

「はい。ソリア様はご無事です。ベリル様が退路を開き、無事に脱出を果たしたということです」


 知らせは、あっという間に大公軍全体に届いた。皆が口々にソリアの武勇を讃える。リュイも安堵した。モンスターの出現などのイレギュラーな事態で犠牲を出してしまったが、最もいい形に落ち着いた。


 背徳の騎士が死んだにせよ、生きてるにせよ、敵は退かざるを得ないだろう。

 リュイは野営の準備をさせると、敵陣を睨んだままの形で待機した。ラーケイルとソリアも、それぞれ自分の部隊を臨戦態勢で野営させているはずだ。これは、作戦の決行前から決めていたことだった。ソリアの突撃が成功すれば、敵は崩れる。氷上から撤退しようとしたところに追撃を仕掛ける。三方向から次々に攻撃を受ければ、撤退中の部隊を崩すことなど容易なことに思えた。


 戦いから、一晩明けた。

 雪は止み、晴天が広がっている。敵は動く様子がなかった。微かな違和感を、リュイは覚えた。


 どうして敵は退かないのだ。誰が指揮を執っている? ソリアの報告が間違っていたというのか? だとしても、説明がつかないことがある。敵の防陣を突破すことができた。その中枢にまで攻め込むことが可能だと見せたはずだ。氷の上での戦いでは、パージュ大公軍に地の利がある。このまま氷上で戦い続けることは、敵にとってじり貧になるだけだ。寒さに、兵たちが不満を募らせていることだろう。それだけの条件がそろって、敵は退く気配を見せない。


 それどころか、防御をより堅くしているように見える。馬止めの柵は再度備え付けられ、昼夜交代で見張りが立っているようだ。

 氷の上で、攻城戦をしているようなものだ、とリュイは自分が話したのを思い出した。敵が疲弊するのを待てばいい。そうだ。だが、敵にもそんなことはわかっているはずだ。氷の上で戦い続けることに耐えられない者も出てくるだろう。それでもなお、疑似籠城戦を続けようとするのはなぜだ。


 敵は甲羅の中に頭をひっこめた亀のように、守りを固めている。


 動く様子を見せないようにしたまま、撤退の準備を進めているのかもしれない。リュイはそう考えると、部隊を半分に分けて、敵の後方を衝くような姿勢を見せた。それにも、敵は柔軟に対応してきた。後方を回り込ませないように一隊を出して牽制を行ってくる。撤退の様子もなければ、指揮系統が乱れた様子もまったくない。包囲の形を取らせないように動いてくる。まるで甲羅の中に頭をひっこめた亀のようだった。それでいて、背後を取らせないように見張りをより強化している。


 ソリアが大きく迂回して、敵の退路を断つと知らせてきた。敵の正面に対峙するラーケイルが軍を薄く広げて、ソリアの部隊が抜けた穴をカバーする。それで敵を包囲することができる。後は持久戦に持ち込めばいい。


 日が、さらに変わった。敵は動かない。氷の上で包囲されているのに、じっと守りを固めている。

 違和感は確信に変わりつつあった。何かが、おかしい。


 何かを待っているのか、とリュイは思った。援軍が来る? いや、ありえない。では、何か知らせを待っているのか。それも、この劣勢を覆すほどの知らせ――


 腕が痛んだ。親愛の腕輪が、何かを知らせている。リュイは馬に飛び乗った。


「聖都ビノワーレに引き返す! おれの馬についてこられる自信のある者だけ、ついてこい!」


 慌てて止めようとする副官に、リュイは指揮権を委譲した。


「ここで敵と睨み合う格好を崩さないようにしろ。直に、ラーケイルやソリアの部隊が突撃を図ろうとするはずだ。その動きに連動して兵を動かせ」

「しかし、リュイ様」

「パージュ大公の御身に危険が迫っているかもしれないのだ! 大公を失えば、たとえここで勝ったとしても、国を失うことになる」

「……それは、確かなのですか」

「わからない。だが、親愛の腕輪が、おれの大切な何かが失われそうだと、伝えてくれている。それに、この敵の動きは明らかに妙だ。おれは、親愛の腕輪の導きに従う。今ならまだ間に合う」

「リュイ様、しかし、敵は氷の上で、現に私たちの目の前にいるではありませんか」


 副官の言葉を無視して、リュイは馬を走らせた。百騎余りの騎士が続く。いずれも、自分の馬が駿馬だと信じて疑わぬ聖騎士たちである。


 氷上を、三日駆け通して抜けた。ここまで、最低限の休息しか取っていない。

 晴天が続いたことが幸いしたこともあって、聖騎士たちの駿馬は驚くような速さで北海を抜けることができたのだ。索敵しながらとはいえ、進軍には五日以上かかった距離である。


 リュイの馬についてこられている者は、五十騎にも満たなかった。遅れを取った騎士たちは氷上をまだ駆けているはずだ。リュイはパージュ地方の土を踏むとすぐ、港町で休むことにした。聖都はまだ遠い。戦えない状態で戻っても、何も意味はない。

 昼を過ぎた辺りだった。陽が落ちたら進発する、付き添ってきている聖騎士たちにそう伝えた。二刻は休めるはずだ。


「すまないが、携帯食を用意してほしい。まだ二、三日は駆け通さねばならないのだ」


 リュイの要望に、漁港の民は快く答えた。『統率の聖騎士』の二つ名と共に、リュイの顔は広く知れ渡っている。それに、氷上での戦いにおける補給物資の用意をさせている街でもあった。塩漬けにした魚や飲み物の用意を約束してくれた。宿があてがわれ、聖騎士たちはひと時の休息を得た。


「換えの馬が欲しいのだが、用意できるか?」


 リュイの要望に嫌な顔一つせずに答えてくれていた港町の民は、しかし馬の話になると顔を曇らせた。


「それが、つい昨夜のことなのですが、馬が奪われてしまったのです」

「賊が入ったのか」


 異民族バルートイの仕業か、と最初リュイは思った。いくらパージュ地方から異民族を駆逐したといっても、まだ野盗のように残っている集団がいないわけではない。


「はい。老いた馬や駄馬しか残っておりません。驚くような手際の良さでした。見張りが気が付いたときには、既に馬が奪われてしまっていたという有様でして……」

「……待て。良馬ばかりを盗んでいったのだな」


 異民族の仕業ではない、とリュイは思い直した。彼らは馬に乗るという文化はない。闇夜の中で良馬だけを選定して盗んでゆくようなことができるとは、リュイには考えられなかった。


 もはや疑う余地はなかった。帝国軍は既に、白の大地を侵している。


「昨夜か」


 リュイは考えながら呟いた。もう、陽は陰ってきている。敵の方が、半日以上早く進んでいる計算になる。リュイは眠っている聖騎士たちを起こし、馬に跨った。


「間に合ってくれよ……」


 沈みゆく太陽が、白の大地を鮮やかに染め上げている。リュイは必死で馬を駆った。陽が昇り、また陰る。馬も限界に近づいていた。雪が降り始める。後ろを振り返る。すでに味方の数は、二十騎にも満たなくなっていた。


 腕が痛む。親愛の腕輪が危険を知らせ続けている。大切な物が失われそうだと伝えている。


「リュイ様!」


 駆け続けていたリュイは、後ろから声がかけられて馬の速度を落とした。しんしんと降りつもる雪のせいで声は掻き消えてしまう。


「聖都はそちらではありません、リュイ様」


 言われて、リュイは方角を確認した。腕輪の導くままに馬を走らせていた。確かに聖都へ続く街道から離れている。しかし、腕輪はそちらへ行くべきだと伝えている。


「このままでいい。おれたちが向かうべき道は、こっちで合っている」

「しかし、この道は……」


 リュイは、自分が進もうとしている道の先に何があるのか理解した。悪寒が走る。帝国軍は、いったい何をしようというのか。


「――ニノル学院へ続く道だ」

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