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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-18「私たちは、このまま帝国軍の出鼻を挫く」

 氷上を、ソリアは駆けていた。後ろに五千の騎士が付き従う。馬の駆けた後には白銀の飛沫が舞う。厚い雲の間から差し込む陽光が、輝きの粒を照らし出す。


 パージュ大公軍三万は、五千ずつの六部隊に分かれて北海に展開していた。各部隊の間に伝令用の小隊が存在し、連携を断たぬようにしてそれぞれの部隊を取り持っている。

 北海は広い。凍り付いた海の上で、まずは敵の姿を発見する必要があった。その為に、五千ずつの部隊を核として、斥候を散りばめて広域を偵察するという方法をとることにしたのだった。


「ソリア様、前方に帝国軍を発見しました」


 斥候の報告に、ソリアは頷いた。どうやら、当たりをひいたようだった。


「敵の数はわかる?」

「隊列が長く伸び切っており、全軍の兵数は未だ掌握できていません」

「距離は?」

「騎馬で二刻とのことです」

「敵はこっちに気づいてる?」

「その様子はありません」

「そう」


 ソリアが逡巡したのは一瞬だった。副官の聖騎士ベリルに話しかける。


「帝国軍発見の報を、他の部隊に伝えさせて。私たちは、このまま帝国軍の出鼻を挫く」

「しかし、帝国軍を発見したら戻るように、というのがラーケイル様の指示では」

「現場の判断よ。いい? 敵の隊列は伸びている。平地での戦いでなら十分に布陣を組むことのできる時間だけれど、氷の上で果たしてそれができるかしら? さらに、この空なら、もう半刻もしたら雪が降りだすわ。十分な視界がないままで、敵は用意する暇もなく騎士の突撃を受けることになる。つまり――」

「つまり?」

「千載一遇のチャンスっていうことよ。わかったら、早く伝令を出しなさい」


 ベリルに命じさせると、ソリアは馬を止めて、隊列の指示を出した。突破力に優れたランス部隊を最前線に、次いで剣と槍の混成部隊を配置する。雪が、降り始めた。


「敵の出鼻を挫くだけでいい。魔族に、氷の上での戦い方を教えてあげましょう。――出撃っ!」


 ランス部隊から順に動き出す。先鋒は副官のベリルだ。巨躯に似合った人の背丈ほどの長さもあるランスに、白銀の盾を装備している。ソリアは中軍につき、馬を走らせながら剣を抜いた。最初の突撃で、どこまで崩せるか。部下には出鼻を挫くだけでいいと言ったが、敵将までの道のりが開けたならソリアは突撃するつもりでいた。


 緋色の髪の聖騎士に率いられ、五千の騎馬は氷上を駆ける。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 ダントンは、昔から運がない男だ、と言われ続けてきた。最近は自分でもそう思うようになってきた。魔都クシャイズの守備兵として人生を歩む中で、散々な目に遭い続けてきた。ギャンブルで勝ったことなどほとんどないし、厳めしい顔をしているせいか何かと嫌疑をかけられてきた。魔都でジャハーラ公が人間族に反旗を翻した時にも、魔族でありながら、人間族の部隊と行動を共にしていたという理由で投獄されかけた程である。


 サーメットに呼び出された時も、ダントンは嫌な予感がした。何かやらかしただろうか。それとも、誰かと勘違いをされて罰を受けることになるのだろうか。よもや死罪になるようなことではないと思うが……。


 見た目にそぐわず、ダントンは気が弱かった。自分が運がない男だと理解してから、その性格には輪がかかるようになってしまっている。


 ダントンは考え得る限りの最悪の想定をしてサーメットの下を訪れた。ところが、サーメットの口から出た言葉は、ダントンの想像とはまったく違っていた。


「つまり……ルイド将軍の身代わりということですか?」

「影武者、という方が正しいだろうな。北海に出るまでに入れ替わって欲しい」

「私に、それが務まるとは思えないのですが」

「鎧を着て、エリザ様のそばにいるだけでいい。戦いの指揮は私が執る」

「しかし……」


 ダントンは何とか断れないかと言葉を重ねたが、サーメットに押し切られてしまった。ルイドに似た体躯、それに眼光の厳つさと、長い黒髪のせいだった。顔の半分が隠れるような兜まで用意されていた。断るに断れない状況を作り上げられていたのだ。


 鎧を装備したダントンの姿を見て、サーメットは「完璧だ」と満足げに言った。

 ダントンは嫌な予感しかしていなかった。ルイドの変装が、いつまでも隠し通せるとは思えなかったのだ。


「敵を欺くには、まず味方からという。このことは他言無用だ。ルイド将軍が陣を離れ、戻ってくるまで、ルイド将軍を演じきってくれ」


 なんということだ、とダントンは思った。だが、既にすべては動き出していた。サーメットは特別恩賞の約束もしてくれた。それで、ダントンは押し切られた形になってしまったのだ。


 本物のルイドにも出会った。なるほど、確かに部分部分の特徴で見れば自分に似ているのかもしれない、とダントンは思った。だが、ルイドの持つ、鞘から抜き放たれた刃のような気配は、決してダントンにはない。やっぱり無理ですよ、と言いかけたダントンだったが、エリザの顔を見たらそんなことも言えなくなってしまった。

 エリザは、静かに微笑をたたえていた。大丈夫、あなたならできるわ、と安心感を与えてくれるような微笑み方だった。


「上手くやってくれよ。くれぐれも、エリザ様を危険に晒さないようにな」


 本物のルイドに言われた。ダントンはかしこまって、はい、と答えた。


「最も、聖騎士の軍勢とにらみ合いになってからだ。それまでは、エリザ様のそばで、おれの動きをよく見ておけ。鎧も、その時が来るまで別の物をつけておけ」


 近隣の町から、北海に出るにあたって役立ちそうな物資が集まっていた。防寒着は言うまでもなく、そり、トナカイ、蹄鉄などである。エリザはそりを気に入ったようだった。従者の一人とともに、そりに座り、トナカイに曳かせた。その横を、ルイドが馬に跨って付き従う、という形になった。ダントンは、ルイドの後方に従う。

 ルイドは指揮をサーメットに任せたようだった。サーメットは重装備の部隊を最前線に出し、両脇に騎馬隊を置いて進軍した。だが、氷の上に出て二日目にして、その布陣は崩れることになった。雪が降り積もり、足を取られて、行軍速度が落ちてしまったのである。


 やむを得ず、サーメットは三軍に分けて進んだ。重装備の部隊に、敵の発見を目的とした斥候部隊を先発させる。彼らの踏みしめた後を、軍の本隊が進む。さらに後方には輜重隊という構成である。騎馬隊は両翼につけ、敵を発見と同時に動けるようにしているようだ。


 ルイドは、サーメットの指揮に対して何も言わなかった。最初はサーメットを信用しているのだと思ったが、じきにダントンは思い直すようになった。ルイドが陣を離れた時、すでに指揮を執っていたのはサーメットだった、という形をとることで、ダントンとの入れ替わりを見破られにくくしているのだ。


 氷の上に出て、三日目。兵たちの顔には疲労が浮かび始めていた。慣れぬ極寒の地での進軍である。野営の際の焚火が、唯一身体を温められる時間なのだ。ダントン自身、寒さで手足がかじかんでいる。また雪が降り始めた。天気の移ろいが激しい気がする。


「て、敵襲ー!」


 前方から馬の嘶く音と共に悲鳴に似た声が聞こえた。サーメットが陣を組むように命じる。雪のせいで視界が悪い。目の前で、ルイドが剣を抜いた。隊列を組みなおせと叫ぶサーメットに、ルイドは「もう遅い」と言った。


「正面の部隊を徐々に後退させろ。盾を構えた兵を重ねて、騎馬の猛攻を防ぐんだ」


 ルイドに言われた通りに、サーメットが指示を出し直す。敵の騎馬隊の姿が、見えた。味方前衛の中央に、大きな穴が空いている。そこから敵の騎士が雪崩れ込み、左右に分かれて反転してゆく。


「ちっ、ランス部隊か。それにしても、雪の中でもこれだけの突破力を持つとはな」


 ルイドがぼやくように言った。敵の騎士のほとんどが、陣の内部に空いた穴を広げるようにして反転してゆく中で、三十騎程が、さらに陣の奥深くまで突っ込んでくる。


 ダントンは剣を抜いた。ルイドはそれを一瞥すると「お前は下がってろ」と吐き捨てるように言った。


 次の瞬間、ダントンは信じられない物を見た。


 ルイドが馬を駆けさせたと思った時には、敵の騎士が二人、地に落とされていた。一人は首を刎ねられ、もう一人は片腕を失って雪の中でもがいている。

 剣戟の打ち合う音が、雪の中で響いた。敵の騎士たちが突撃してくる馬蹄の音をかき消すほどに、金属のかち合う音が重く響き渡る。


 ルイドが打ち合っていたのは、女騎士だった。緋色の長い髪が、兜と鎧の間で靡いている。女騎士はルイドに打ちかかった。ダントンの眼には、それぞれの構える剣が尾を引く雷光のように見える。ぶつかり合う。火花が散る。白景色の中で、二騎の動きだけが滑らかに映る。


 すごい、とダントンは思った。女騎士は、ルイドと互角に打ち合っているように見える。


 打ち合いは、五合といったところだった。ルイドの剣を払うようにして隙を作ると、女騎士は馬首を返した。


「退却!」


 女騎士が言った。ダントンは、彼女の他にも騎士たちが中軍まで攻め込んできていることに、ようやく気が付いた。視界の奥では、サーメットが敵の騎士を一人倒したところだった。ダークエルフたちが馬上の騎士に飛び掛かり、地面に叩きつけるように落としている。

 緋色の髪の女騎士が退いてゆく。兵たちはその道を遮ろうとするが、女騎士の率いる騎士たちに簡単に突破されてゆく。討ち取ったのは、わずかに十騎余りか。鮮やかな手並みだった。


「反転した騎士の背に、弓矢をお見舞いしてやれ。深追いはするなよ」


 ルイドが剣を鞘に納めながら、言った。

 大変なことに巻き込まれてしまった。やはり、おれは運がないみたいだな……と、ダントンは心の中で嘆息した。

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