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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-17「おれはエリザ様の為に動いているつもりだ」

 北海に入る準備が整ったタイミングで、軍議が行われた。幕舎の中に、千人長以上の者が集められている。新たな顔ぶれも多い。クイダーナの北部を進軍する中で集まって来た兵たちの指揮の為に、新たに抜擢された者たちである。


 総勢三十人程が、幕舎の中で卓を囲む。黒樹(コクジュ)透明化(インビジブル)を解いて、軍議に参列していた。スッラリクスが司会を務めていた時とは異なり、窒息しそうなほどの圧迫感が、幕舎の中を支配している。軍議とは本来こういう物だ、と黒樹は思った。


 ルイドは簡単に現状の説明をした。氷の上での戦いは分が悪いこと、長期戦にもつれ込めば東の戦線が崩壊するであろうこと、さらに自軍が約二万、敵軍が約三万という現状の共有である。黒樹は黙ってルイドの話を聞いていた。諸将ともに、ルイドの説明に口を挟まない。


「敵は、氷上で決戦を挑んでくるはずだ。我らを足止めし、疲労させてから攻撃に移ってくる。敵が冷静な判断力を持つ指揮官であれば、そうしてくる。かといって、我らは北海に出ないわけでにはいかない。先に話した通り、ジャハーラ公の部隊が東で戦っている。早急に北の戦線を片付け、我らは東に合流しなくてはならない。このまま陸地で聖騎士の軍勢が来るのを待ち続けている余裕は、我々にはない」

「とはいえ、氷上で大きく勝利したとしても、北の脅威は消えないのではありませんか? いつでも攻めてこられる兵力を擁し続けたままであれば、危機は減らないと思いますが」

「その通りだ」


 ルイドはサーメットの疑問に首肯した。


「そこで、兵をなるべく損耗させずに、聖騎士の軍勢を退かせるにはどうしたらいいか、という話になるのだが……。まずは、敵の動き方を見てみよう。障害物のない氷上で、おそらく我々はかち合うことになる。聖騎士どもも、わざわざ白の大地にまで我々を招いてはくれんだろう。王国軍の臣下という建前もある、武功をあげようと動いてくるはずだ」


 全員が頷いたのを確認してから、ルイドは話を続けた。


「そこで――おれは軍の指揮権をサーメットに委譲する」

「……なっ!」


 その場にいた全員が目を見開いた。ルイドの横に座るエリザでさえ、驚きを隠せないようだ。黒樹も一瞬、ルイドが何を言っているのかわからなかった。戦いを前にして、将軍が指揮権を放棄するというのか。ルイドは涼し気な顔をしている。


「そ、それでルイド将軍はいかがなされるのです?」


 震える声で、急に指揮権を譲られたサーメットが訊ねた。


 ルイドは、にやりと笑う。


「聖騎士パージュを討つ。そうすれば敵は退かざるを得ないだろう?」


「そ、それはそうですが……。しかし、どうやって?」

「氷上で聖騎士の部隊と交戦する。その混乱の中で、少数の精鋭を率いて聖都へひた駆ける」

「しかし、敵がそれを見過ごすでしょうか」

「ダークエルフ部隊の透明化があれば、問題はないと思うのだが、どうだ? 黒樹」


 呼ばれて、黒樹は慎重に言葉を選びながら答えた。


「自分自身を透明化させるのは慣れた物ですが、共に行動する兵の姿まで隠すとなると、せいぜい自分の他に一人か二人が精一杯でしょう」

「北の戦線に、ダークエルフは六十名程入っているのではなかったかな」

「はい」

「ならば、エリザ様の護衛に十名程残しても、五十名は動員できるということだな。同数の兵を隠せるというのなら、魔族の精鋭が五十名連れてゆける。これで合計が百名。精鋭揃いの暗殺部隊ということになる。なに、聖都の防衛は手薄になっているだろう、十分に勝機はあるはずだ。そして、パージュさえ討てれば、聖騎士の軍勢は退かざるを得ない」

「パージュ大公の仇討ちと、逆に死に物狂いで突っ込んでくるのではないですか?」

「それはどうだろうな。怒りに任せてクイダーナまで攻め込んできたとすれば、北海の氷が溶け次第、敵は退路を失う。補給もままならない敵地に取り残される可能性があるのに、主君が死んでまで突っ込んでくるとは思えん。聖騎士パージュを討てば、敵は一度、聖都ビノワーレまで退却するだろうさ。パージュ大公はまだ正式に後継者を定めていないという話だしな、上手くいけば聖騎士たちは内部で分裂するかもしれん」


 それはあまりに不確定要素が多いのではないか、と黒樹は言いかけたが、ルイドに睨みつけられて話すのをやめた。お前には、後で説明してやる。ルイドの顔には、そう書いてあるようだった。


「すると……私は、ここで軍を率いて、敵を引き付けていればいいのですね。そのすきに、ルイド将軍が聖都へ攻め込むと。しかし、ルイド将軍がいないとわかれば、敵は疑問に思うのではないでしょうか」

「そこそこ腕の立つやつに、黒い鎧でも着せておけばいい。兜までつけて、エリザ様の近くにいれば、誰でもそれがおれだと思うだろうさ」

「情報が漏れないように、しなくてはなりませんね」

「サーメット、二万人の指揮は、さすがに気が重いか?」

「責任は、感じます。ですが力の限りにやってみせます」


 サーメットの答えに、ルイドは満足げに笑った。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 軍議では、ルイドの案がそのまま採用される形になり、誰も反対することはなかった。エリザも承諾した。だというのに、黒樹はどうしても作戦に違和感を抱いてしまっていた。この作戦は、何かがおかしい。

 黒樹が疑惑を持っていることを、ルイドは見抜いたようだった。軍議の後、席を立とうとする黒樹に、ルイドは声をかけてきたのだった。


「何か訊きたいような顔をしていたからな」


 陣を離れたところで、ルイドが言った。黒樹は、ルイドと自分を取り囲むようにして風の精霊を渦巻かせた。他人に声が聞こえないよう、音を遮る壁を、張り巡らせる。


「ルイド将軍、おれはあなたを信じているつもりです。ですが、この作戦はあまりに危険が多すぎる。精鋭とはいえ、たった百人で聖都に侵入し、聖騎士パージュを討てると本当にお思いですか?」

「そうだな。――できる、と言いたいところだが、難しいだろうな。老いぼれたとはいえ、五騎士の中でも最強を謳われた男だ。聖都も空っぽというわけでもないだろうしな」


 あなたが帝国軍に寝返らなければ、聖騎士パージュと並んで称されたでしょうに、という言葉を黒樹は飲み込んだ。それを言っても、皮肉にしかならない。


「わかっていながら、パージュ大公を討つというのは、私怨の為ですか」

「…………」


 言いたいことを言ってみろ、とばかりに余裕げな表情をルイドは浮かべた。


「ルイド将軍、失礼を承知で言わせていただきます。パージュ大公への私怨の為に、エリザ様を危険に晒すというのであれば、おれは賛同できません」

「おれと斬りあってでも止めるか?」


 ルイドの身体から、殺気が漏れている。黒樹は全身に鳥肌が立っているのに気が付いた。ダリアードの町で模擬戦をやった時とは比較にならない威圧感だった。

 黒樹は思わず腰の短剣に手を伸ばしかけた。それを見て、ルイドが殺気を解いた。


「……私怨か」


 目を閉じて、ルイドが言った。


「怨恨がない、とは言わないが、おれはエリザ様の為に動いているつもりだ。だが、そうだな。黒樹、お前には話しておこう。作戦の目的と意味を……」


 ルイドが言葉を並べてゆく。黒樹は気が遠くなるような思いで、それを聞いた。


「……エリザ様が、それをお許しになると思っていますか」

「しかし、最も効率的で確実。さらに敵を退かせられる。北の戦線から早急に引き返し、東の戦線に回るには最良の策だろう?」

「エリザ様は、嘘を見抜かれますぞ」

「言わなければいい。エリザ様の道を遮る障害を取り除くのが、我ら家臣の役目ではないか。騎士道だなんだというのは、聖騎士たちが考えることだ。我らはただ、目的に向けて障害を取り除くだけだ。違うか?」


 黒樹は、ルイドと目を合わせられなかった。ルイドは既に覚悟を決めている。手段を選んでいる場合ではない、ということなのだろう。


「すべては、エリザ様と帝国の為だ。わかるな、黒樹?」

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