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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-15「魔族は、冬のパージュ地方を知らない」

 聖都ビノワーレは、今日も雪に包まれていた。リュイは聖都の姿を外から見るのが好きだった。雪の中でもたくましく生きようとする意志が、聖都からは感じられるのだ。


 正式に聖騎士の軍勢を率いることになった『統率の聖騎士』リュイは、兵の編成を把握しようと尽くした。異民族やモンスターに備えて、パージュ地方の各地で戦ってきていた兵たちである。単独行動や小隊での戦いには長けていても、軍隊としての戦い方を身に着けていない者が多かった。

 二つ名を持つ聖騎士たちの意見を取り入れつつ再編成を行った。パージュ大公軍、総勢三万。いずれも騎士以上の称号を持つ者たちである。自衛の能力に優れたパージュ地方には、傭兵はほとんどいなかった。冒険者や民から招集することも、パージュは良しとしなかった。それは大公国建国以来そうであった。その結果、騎士だけで三万という数字になっていた。これは、異民族に備えた最低限の兵を残した、パージュ地方のほぼすべての兵力である。


 騎士という称号に恥じず、全員が馬に乗れる。三万の人馬が、雪の中で轡を並べる様は、リュイの目にも壮観に映る。リュイとラーケイルは、丘の上から全体の動きを見ていた。


「やはりラーケイル殿の部隊は、動きが違いますね」


 リュイが言うと、ラーケイルはガハハと笑った。『守護の聖騎士』ラーケイルである。短く刈った灰色の髪と、リュイより一回りは大きな巨体が特徴的な男だ。


「重装備だからといって、他の騎馬に後れを取るようでは意味がありませんからな」


 『守護の聖騎士』の二つ名に恥じず、ラーケイルは聖都ビノワーレを守る任務に就き続けていた。彼の指揮する二千騎は、いわばパージュ大公の親衛隊と言ってもいい者たちである。精鋭揃いなのは、当然といえた。馬鎧に加え、大盾に長槍を装備している。その重装備にもかかわらず、他の部隊よりも動きが良く感じるほどだ。


「しかし、良いのですか。聖都の防衛隊まで戦線に回してしまって」

「異民族どもも最近ではすっかり大人しくなっている。大丈夫だろうさ。シーデルの率いる二千は残してゆくのだろう」

「はい。彼は魔族が相手と聞けば後先を考えずに突っ込んでゆきかねませんから」


 ガハハ、とラーケイルはまた笑った。豪快な笑い方だった。


「おれの部隊も、聖都で留守番ばかりじゃ不満がでかねんからな。まあ気にせずに使ってくれ。総大将はあなただ、リュイ殿」

「リュイで構いません。私は、ラーケイル殿と共に指揮を執るのだという気持ちでいます」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな、いざというときに指揮系統が一本化されていないようでは兵たちが混乱しかねない。おれはあくまで副将ということにしよう」

「しかしそれでは」

「リュイ殿、これはパージュ大公のご意思だ。この戦いが終われば、リュイ殿を正式に後継者に指名するつもりであられるのだろう」

「ラーケイル殿は、それでいいのですか」

「良いも悪いもあるまい。後継者は、パージュ大公が決められることだ。それに、おれはそういう野心とは無縁なのだ。無縁でいたいと思っている」


 ラーケイルが、リュイの肩を叩いた。籠手と鎧がぶつかり、金属音がした。


「パージュ大公の作り上げたこの国が、長く繁栄すればいい。その為の後継者がリュイ殿だというのならば、おれは精一杯にあなたを補佐するだけだ」

「……感謝します、ラーケイル殿」


 緋色の髪の聖騎士が、丘を登って来た。ソリアである。


「クイダーナ地方の都市から、情報が届いたわ。敵の数は二万。どうにも、帝国軍の本隊が北に向かってきているみたいよ」

「指揮は?」

「黒女帝を継いだ少女、エリザ。それに背徳の騎士ルイドという話よ」


 ソリアの言葉に、ラーケイルは渋い顔をした。


「背徳の騎士か……。パージュ大公と並ぶ戦巧者ときく」

「大公と同じ時代の人物だろう。もう剣を握るのもやっとではないのか?」

「それが、人魚の生き血をすすったとかで、まだ若さを保っているらしいわ」

「それは厄介だな。だが、考えようによっては魔族の純血種が出てこない分、まだおれたちの知る常識で戦える相手ともいえる」


 リュイは、エリザが純血種だということを疑問視していた。黒女帝を継いだというが、強力なルーン・アイテムを使うことで偽装したとも考えられる。帝国の復活を宣言する為に、祭り上げられただけだろう。

 背徳の騎士にしてもそうだ。人魚伝説は耳にするが、あくまで伝説。不老の力を得たなどというのも噂にすぎず、背徳の騎士を語る別者だろう、というのがリュイの見立てだった。王国にも認められた純血種であれば「確実に存在する」ことを信じられただろうが、王国が認めたのでもなければ、この目で見るまでは、と思っている。情報戦はすでに始まっているのかもしれないのだ。


「それで、リュイ、どうするつもり? 敵は二万、帝国軍の半数が北に向かってきているということになるけれど」


 ソリアが訊ねた。敵の兵数については、リュイが最も欲しかった情報である。敵が寡兵なら打ち砕き、逆に大勢なら足止めをする。二万、というのはいかにも中途半端な数字に思えた。自軍は三万である。いくら地の利があるとはいえ、戦えば犠牲は避けられないだろう。かといって、足止めをするだけでは王国軍の本隊に顔向けができない。


「まずは軍と軍とで対峙する格好を作り出すのが得策だろうな。北海は広い。敵が軍を分けてくれば、北海に面した都市が攻撃を受けることになる。敵を広範囲に広げず、なるべく固まった状態のまま対峙に持ち込み、機を待つ」

「対峙するだけ? それでは王国の笑い者になるわ。聖騎士はそんなものかと、セントアリアの貴族たちに笑われたい?」


 ラーケイルの献策に、ソリアが反発した。


「まずは、対峙する形をとる。それから一度ぶつかって、手ごわいと認識させる。そうすれば敵は思うように動けず、時が稼げる」

「だから――」


 再度、否定の言葉を言おうとするソリアを、リュイは手で制した。


「魔族は、冬のパージュ地方を知らない。そういうことですね」


 ラーケイルは頷く。


「対峙はひと月もかからないはずだ。敵がこらえきれなくなって動き出してから、叩くなり、退却させてクイダーナへ攻め込むなりすればいい」

「ひと月か……」


 北海の氷が溶けだすまで、ふた月はあるだろう。確かにラーケイルのいう通り、ひと月も対峙を続けられればそれだけで敵は消耗する。ただでさえ、王国軍の本隊とも戦わねばならないのだ。焦って動き出すことも十分に考えられる。そうなったときに対応できる用意をして、機を待つ。

 さすがに指揮に慣れている、とリュイは思った。魔族との戦に必要な情報は、すべて握っているのだろう。


「ラーケイル殿の案で行こう。兵の数や練度で言えばこちらの方が上だろうが、敵には精霊術がある。油断するわけにはいかない」

「リュイがそういうなら」

「雪が強くなってきたな。今日の調練はここまでにしよう」


 ソリアが指示を伝えに、丘を降りてゆく。リュイはその背を見つめていた。


「兵站の準備が整うのは二日後だったな」

「整ったら、すぐに発ちましょう。先んじて北海を抜かれるようなことがあれば、広域を守らねばならなくなります。そうなれば、民にも犠牲が出るかもしれませんから……」

「おれのいない聖都が攻められるようなことがあっては、たまらないからな」


 ラーケイルはそう言って、またガハハと笑った。リュイは、緋色の長髪が揺れながら丘を降りてゆくさまを、じっと見続けていた。

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