4-13「私の前に立ちふさがるのであれば容赦はしない」
ネット小説大賞、1次選考通っていました。
いつも読んでくださっている皆様のおかげでここまで書き続けられてきました。
本当に嬉しいです。ありがとうございます。引き続き頑張って書きますので、応援よろしくお願いします。
雲が、流れている。
ふと空を見上げたエリザは、雲の流れを追った。青空の向こうで、黒煙が上がっている。徹底して従おうとしなかった都市だった。小さな都市だ。エリザの命で、サーメットが陥落させたのだ。
エリザは、自分に従おうとしなかった都市に軍を出した。攻城兵器と精霊術師の猛攻によって、抵抗を試みた都市のほとんどがわずかな時で落ちることとなった。
「北海に出るまで、後十日といったところでしょう」
エリザの背で、ルイドが言った。相変わらずエリザはルイドと同じ馬に乗っている。乗馬の練習はしているが、まだ安心して操れるほどにはなっていない。
「いったい、いくつの都市を焼くことになるの?」
「それは、相手の出方次第でしょう。エリザ様にとっては心苦しいとは思いますが、情け容赦は仇となります。徹底的な破壊と略奪で、歯向かおうという戦意を消失させることが、結果的に最も犠牲を出さないことになる場合もあるのです」
「でも、私はそれを許可しないわ。ルイド、たとえあなたが何と言おうと、私はそれだけは許可しない。抵抗する意思を失った者へ武器を向けることは、決して」
攻撃にあたる将兵たちに徹底させていることだった。
「御意にございます」
ルイドは頷いた。
「エリザ様のご寛容さ故に、兵たちは集まってきているのです。ですが、敵は敵です。倒さねばならぬ時はあります」
「その判断は、私がするわ」
ルイドは黙って頷いた。エリザには、ルイドが言おうとしていることは理解出来ていた。見せしめとして抵抗した都市の一つを血祭りにあげろ、と彼は言っているのだ。
確かにルイドの言う通りにしてその噂を広めれば、これから先、エリザたちの軍を阻む都市の数は減るはずだ。たとえ領主がエリザへの反抗を住民に訴えたとしても、住民たちは領主に従わなくなるだろう。歯向かえば殺されるかもしれないとわかれば、領主の首を差し出してでも帝国軍の傘下に加わろうとすることは、エリザにも予想ができた。
だが、エリザはその提案を退けた。抵抗をやめた住民への攻撃の一切を禁止し、略奪を働こうとした兵は厳罰に処した。
それは軍としての体裁を保つためでもあったが、それ以上に、エリザ自身が『弱い者としての立場』を忘れたくなかったからだ。強者の理論で、見せしめの為だけに無抵抗の住民を殺すような指示は、エリザには下せなかった。
「エリザ様」
声がかかり、エリザは振り返った。黒樹だった。
「この先、ちょうど一日の距離に、帝国軍を迎え撃とうとする領地があります。先ほど、部下が報告に来ました」
黒樹たちダークエルフの面々は北方軍に配置された。スッラリクスの警護として東に十名を向かわせ、残りはルイドの軍に編成されたのだ。
「都市ではなく、領地で敵対するとは珍しいな」
ルイドが言った。
クイダーナ地方の領主たちは、大きく分けて二つの支配体制を敷いている。一つは、城壁を持つ都市を治めるという体制である。都市の内部ではそれぞれ異なった社会があり、文化がある。クイダーナ地方とはいえ、黒女帝の力を継いだエリザに従わない都市が出てくるのも当然と言えた。エリザは勧告に従わぬ都市を攻撃した。
もう一つの支配体制は、広大な領地を治めるというやり方である。爵位を持つ領主が地域一帯を支配下に置いていることがある。だが、ジャハーラが貴族のほとんどを処刑したことに加え、城壁で縛られぬ町や村、集落からは帝国軍に加わろうとする者たちが続々と集まり、敵にはなりえなかったのだ。それが、今回は敵対の構えを見せているという。
「伯爵家が中心となっているそうです。亡きライデーク伯の旧領地にあたります」
「その伯爵は、ジャハーラ卿が処罰したの?」
「さあ、どうでしょうか。ジャハーラ卿が魔都の実権を握る以前に、何者かに殺されてしまったのです。その犯人はナーラン殿ということになっていましたが……」
エリザは、スッラリクスの口からライデーク伯の名を聞いたことがあるのを思い出した。クイダーナ地方の貴族たちをまとめ上げていた人物だったはずだ。面識はない。
「いずれにせよ、私の前に立ちふさがるのであれば容赦はしない」
「たとえ民であっても、ですか。領地で敵対をするということは、理由もわからず殺してしまえば禍根が残ります」
「私の前に武器を持って立ちふさがるのならば、それは敵よ。だけど、そうね、話し合いの余地があるのならば、私は無駄な血を流したくはない。使者を出しなさい」
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使者は、戻らなかった。エリザは軍をまとめると、ライデーク伯の旧領地へ軍を進めさせた。
魔都を出た時には一万五千だった兵は、すでに二万人に近くまで膨れ上がっている。対するライデーク伯の旧領地側は、せいぜい千人と言ったところだった。それも装備にも、練度にも差がある。伯爵家の軍勢は、民なのだ。戦いという戦いには、ならなかった。野戦はすぐに決着がついた。軍の総指揮を執るルイドが出るまでもなかった。サーメットの率いる五千が先発し、半刻も立たずに追い散らす格好になった。
「抵抗の意思を失った者には決して手を出さないよう、厳命しなさい」
エリザの指示を、サーメットは守っているようだ。追い散らすだけで蹂躙しようとはしていない。
「首謀者は、あの館の中のようです」
「戦場にも出てこなかったのね」
それなのに、領民たちが武器を手に立ち上がったというのが、エリザには不可解だった。
エリザはわずかな兵だけを連れて、館の中に入った。ルイドが先行する。階段を上り、ドアを開けた。ルイドの後ろに続いて、エリザも部屋に入った。さまざまな部屋とつながっているのだろう、扉の多い部屋だった。広い部屋ではあったが、それにしても異様なまでに、扉があった。十を超える程だ。
「貴様が、首謀者か」
部屋の奥、細長いテーブルの先に老人が腰かけていた。質素なローブに身を包んでいる。手足はやせ細り、皮膚は潤いを失っている。立ち上がることさえ、できなさそうだ。
「あなたが、エリザ様ですね」
老人はルイドの質問に答えず、そう問いかけた。しわがれた声だった。生気がこもっていない。エリザは老人の身体を、死の精霊が侵しつつあることに、気が付いた。
「ええ、私がエリザよ」
エリザが答えた途端、部屋中の扉が開かれ、それぞれの扉から男が飛び込んできた。手には剣を構えている。
ルイドが剣を抜き、真っ先にエリザに突っ込んできた男の首を斬り落とした。その首が地面に落ちるまでに、戦闘は片が付いていた。
飛び込んできた刺客たちが、倒れる。血しぶきが部屋中で舞った。
刺客を殺したのは、ダークエルフたちだった。透明化で姿を消していたダークエルフたちが、次々と部屋の中に姿を現す。
「お怪我は、ありませんか」
黒樹が問いかける。エリザは頷いた。
「こんなことで、私が殺せるとは思っていないでしょう」
老人はうなだれている。
「答えなさい。どうして領民たちを扇動してまで、自分の命を投げ出してまで、私を殺そうとしたの?」
「子を、失ったからです。子を失った親として、その無念を晴らそうとすることの、何が不可解でありましょうか」
「ライデーク伯を殺したのは、私ではないわ」
「いいえ、あなたが殺したのです。あなたが帝国の復活など目指さなければ、息子は死なずに済んだのです」
「他の誰かを犠牲にして、でしょう。犠牲になる側が逆転しただけだわ、恨まれる筋合いはない」
「恨みなどと。……ですが、ライデークは慕われておりました。かの無念を晴らそうと、領民たちが勝てぬと分かっていながらも武器をとってくれるほどに」
エリザはそれ以上に答えなかった。老人は俯いている。エリザは、老人の足元が、赤く明滅していることに気が付いた。
「ルイド、あのローブの下を」
エリザが言うなり、ルイドは飛び出すと、老人の足元に精霊殺しを突き立てた。風圧が、部屋の扉をすべて閉ざさせる。
「まさか、自爆をしようとするとはな。エリザ様が館に入ってこなければ、どうするつもりだったのだ」
ルイドの問いに、老人は答えなかった。精霊殺しの先に、爆発を起こすのであろう黒い球体が突き刺さっている。ルイドはそれを剣から抜き取って、投げ捨てた。ルーン・アイテムだったのだろう。閉じ込められていた精霊は、ルイドの持つ精霊殺しによって霧散してる。
老人は俯いたままだ。ルイドはその首を刎ねた。首のない死体が、椅子から崩れ落ちる。
部屋の中には死臭が漂っていた。血の色にも、この臭いにも、もう慣れてしまったとエリザは思った。
「私の歩む道には、屍ばかりが積み重なってゆくわね」
老人の首を見つめながら、エリザは言った。
誰も、エリザの言葉に答えなかった。