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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-11「死ににゆくわけでは、ないのね?」

 軍議は、玉座の間で行われた。エリザは玉座に腰かけている。その眼下の円卓にはユーガリア大陸西部の地図が広げられ、青、赤、黄色の駒が置かれている。卓を取り囲むのは、千人長以上の者ばかりだったが、それだけでも五十人近くになっている。エリザはそれを見下ろしながら、壮観な風景だと思った。陽は、もうすぐ落ちるところだ。西日がステンドグラスを通して、玉座の間を彩っている。


「お集まりいただきありがとうございます。現状の共有をさせていただければと存じます」


 言ったのはスッラリクスだ。彼は円卓のちょうど向かい側、玉座を見上げるような形で立っている。諸将は卓を取り囲み、地図を睨み付けながらスッラリクスの言葉に耳を傾けていた。ルイドだけは、エリザの真横で立ったまま話を聞いている。


「目下の敵は三つ。まず第一に、東方から攻め来るルージェ王国軍の本隊。十万を超える兵力を擁する最大の敵です」


 スッラリクスが大陸中央のセントアリア地方に兵力を表す駒を置いた。


「セントアリア地方からクイダーナへ攻め入るには、ルノア大平原を経由してくるのが当然です。十万を超えると予想されるのは、彼らが移動中に徴兵を重ね、志願兵もまた膨らむであろうことが予想できるからです。逆に言えば、王国軍が西の果てであるクイダーナへ軍を寄越すまで、まだ時があります」


 王国軍を示す駒を、ゆっくりとスッラリクスは動かした。


「言うまでもないことですが、王国軍の主力と直接戦うだけの力は、我々にはありません。全軍でぶつかればまだ勝ちの目は見えるかもしれませんが……」

「全軍を東に集結すれば、北から聖騎士の軍勢が攻め込んでくる」

「ええ、そうです。我らは二方面の戦いを強いられることになり、苦戦は必至です。それが目下の敵の二番目と言えるでしょう」


 軍を指し示す駒がパージュ地方に置かれた。


「聖騎士の軍勢はおおよそ三万。全軍で三万です。異民族バルートイに対する兵力を残すようであれば、もっと数は減るでしょう。彼らは凍り付いた北海を駆け抜け、クイダーナの北部へ攻め入ることを考えるはずです」

「リガ山脈を抜け、王国軍と合流し、クイダーナの東から攻め入ってくるという可能性は? パージュ地方から陸伝いに移動し、ルノア大平原に兵力を集中させる。兵力を集中するのが常道ではないのか」

「そうしてくれると助かるのですが……おそらく、敵はそうはしてこないでしょう」


 ジャハーラの言葉に、スッラリクスは険しい顔で答えた。


「聖騎士の軍勢が、東周りで王国軍と合流しようとしてくるのであれば、逆に北海を通じて我らがパージュ地方へ攻め込むことができます。そしてリガ山脈を越えようとするのであれば敵の兵站は伸び切りますから、奇襲も容易になるでしょう。北海が通行可能なこの冬の季節だからこそ、彼らは必ず北海を抜けてきます」


 エリザの横で、ルイドが頷いた。


「そして第三の敵は、クイダーナ地方の諸都市です。特に南側の沿岸部諸都市の動向が不穏です。これについては、ディスフィーア、話してください」


 全員が、ディスフィーアに注目した。急に話を振られたディスフィーアは一瞬だけきょとんとして、スッラリクスを軽く睨み付けると、話始めた。ディスフィーアのその様に、エリザは少しだけ和やかな気持ちになった。


「私が港町に立ち寄ったとき、海賊船が寄港したことがあります。そして港町側もそれを当然のように受け入れ、むしろ海賊たちを歓待していたのです。海賊の一人が、おれたちの領土、という言葉を使いました。それでもしかすると……と思ったのですが」

「情報を集めたところ、ディスフィーアの目撃した内容はおおむね合っているようです。つまり、クイダーナ地方の南部沿岸は、海賊たちの手によって支配されている、というのが実情なのです」


 ディスフィーアとスッラリクスの説明に、全員が険しい顔をした。東から王国の主力、北からは聖騎士の軍勢、さらに南の海賊にも当たらねばならない。


「ご存知のことと思いますが、クイダーナの諸都市に、帝国の傘下に入るよう呼びかけました。その結果が、この地図の通りです。魔都クシャイズを中心として青い駒が広がっていると思いますが、彼らは臣従する道を選びました。逆に、赤い色は敵対の道を選んだ都市です。パージュ地方に近い北部は、特に赤い色が多いのがお分かりいただけるかと思います。そして南側の沿岸部は、はっきりとした態度を取らない黄色がほとんどです」


「すると、この黄色い駒の置かれた諸都市は、海賊たちの領土である、と言われるのですか」


 ナーランが驚きの混じった声で、そう訊ねた。


「全部がそうとは言いません。日和見を決め込んでいる都市もあることでしょう。ですが、それだけにしては、あまりにこの数は異常です。そして海賊船の入港を目撃した者がいる都市が、あまりに多い」


 全員が沈黙した。視線は地図に集まっている。


「……それで、どうするのだ。まさか三軍にそれぞれ対応させると言うのではあるまい」


 ルイドが口を開いた。

 スッラリクスは「そのつもりです」と首肯した。


「ただでさえ戦力で王国軍に劣っているというのに、その上、兵力を分散するというのか」

「はい。そうしなければならないのです。北と東は言うまでもないでしょう。そして、南の海賊たちに後背を衝かれるわけにもいかないのです」

「北、東、南と三軍をそれぞれ派兵するしかないのか……」


 エリザは、黙ったまま軍議の行く末を見守ることにした。スッラリクスは十分に考えた上で話をしている。


「誰を、どう行かせるつもりだ? 言うまでもなく、東が一番の激戦になるだろうが……」

「エリザ様の率いる主力は、北に向かっていただきます。聖騎士たちは北海が凍っているうちに必ずや攻め入ってくるでしょう。エリザ様たちは、それを迎撃してください。その後に、東側へ合流を」

「……となると、ルイド将軍の出番だろうな。ところで、どうしてエリザ様が北なのだ」

「クイダーナ地方をまとめあげ、帝国に対抗するには、パージュ地方とのつながりの深い北の諸都市を陥落させる必要があります。そして、エリザ様であれば彼らが従う可能性がある。あくまで可能性ではありますが、今は一兵でも多くかき集めたい。となると、エリザ様が北へ、というのが最善手であることはご理解いただけるでしょう」


 よろしいですね? と、スッラリクスがエリザを見て言った。エリザは頷く。


「南の海賊たちには、ゼリウス殿とディスフィーアに向かっていただきます。海賊たちと唯一、かかわりがあるのはディスフィーア、あなただけなのです。騎兵を中心にした編成で、早急に片を付けて東へ合流してください」


 ディスフィーアは答えず、ゼリウスの方を見ている。ゼリウスが頷いた。


「そうすると、東はおれの役目ということだな」


 ジャハーラが笑って言った。


「微力ではありますが、私も東へ同行をさせていただくつもりです。北と南がそれぞれ片付くまで、何としてでも東で足止めをしなくてはなりませんので」


 エリザは、スッラリクスを、続いてジャハーラを見た。最も危険な東の地に自ら飛び込もうとする軍師と、死ぬ場所を失った将である。二人が死しても王国軍の足止めを図るのではないかという悪寒が走って、エリザは立ち上がった。


「死ににゆくわけでは、ないのね?」


「もちろんです」


 スッラリクスは女性のように柔和な笑顔で、エリザに答えた。スッラリクスの周りを、不幸を知らせる精霊が微かに纏っている。それが普段と同じだけなのか、それともそれ以上に危険を知らせているのか、エリザには判断ができなかった。


「ジャハーラ殿が死地へ飛び込もうとするのを、私が抑えるのです。ですが、いつまで持つかわかりませんから、早々に合流していただけると助かります」


 スッラリクスは芝居がかった動作で言った。ジャハーラは口元に笑みを浮かべている。エリザは、そう、と答えて、玉座に再度腰かけた。


 大まかな作戦が決まり、ルーン・アイテムの配備や、装備、補給の話に移ってゆく。エリザはそれを聞きながら、眼下に集まる将たちの顔を心に刻みこむことに腐心した。

 次にこうやって合流するときには、誰かがいなくなっているかもしれない、と思いながら。

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