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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-8「あの背徳の騎士のもとで戦えるのだ。これ以上の栄光があろうか」

 ターナーの墓を、城の裏手に作った。赤い大地の見渡せる高台だ。ジャハーラは墓という物に興味を示さなかった。領地に戻れば一応それらしい物はあるが、管理という管理はされていない。瘴気の漂う薄暗い墓に、ターナーを埋葬してやる気にはどうしてもなれなかった。それで、ナーランと話し合って、城の裏手に墓を作った。エリザの許可はとってある。


 サーメットは兵たちの調練を終えた後、夕暮れの時間帯にはよく一人でターナーの墓を訪れていた。どうしても死者と話したいときが、あるのだ。


「やはり、父はおれを受け入れてはくれなかったよ」


 ジャハーラは、モグラの頭を生やしたサーメットのことを認めてくれなかった。ナーランがジャハーラの下へ戻っても、サーメットには戻る場所がなかった。サーメットはジャハーラの息子としてではなく、千人長と同列に扱われた。新兵の調練が言い渡され、職務に励んでいる。

 考えてみれば、ジャハーラに絶縁されるだけの失態を重ねてきた。ダリアードの町では敗北し、戦死することさえ叶わなかった。魔都へ敗北の報を知らせたナーランと比べて、あまりに情けない。あげくが食あたりを起こして、反乱軍に助けられたのだ。


「当然か。……当然だよな」


 サーメットはしばしば、ディスフィーアの言葉を思い出していた。父の呪縛から解放されたのだ、と彼女は言った。それは、サーメットの中で静かに根を下ろしている。


 これで良かったのだ、とサーメットは思うようになっていた。父の指揮下から外れたことに後悔は残るが、エリザの下で働くことができるのに間違いはない。戦場が変わっただけだ。そして、その踏ん切りもついた。


「行ってくるよ」


 ターナーの墓に挨拶をすると、サーメットは踵を返した。陽は、もう落ち切るところだ。冬の日差しは短い。


「兄上……」


 振り返った先に、ナーランが立っていた。なんと言葉をかけていいのか迷って、立ちすくんでいたのだろうことはサーメットにも察しがついた。


「どうした」

「……配置が定まりました。兄上はルイド殿の部隊にて千人長を務めるようにと」


 やはり、ジャハーラの下から外された。配置を決めるのはジャハーラとゼリウスの役目である。ゼリウスはあの通り無口だから、そのほとんどはジャハーラが仕切っているのは想像に難くない。


「そうか。わかった。ありがとう」


 サーメットは、ナーランの肩に手を置いて答えると、そのまま魔都へ降りてゆこうとした。その背に、ナーランが声をかける。


「兄上、この配置は……」

「みなまで言うな。おれはむしろ、良かったと思っている。あの背徳の騎士のもとで戦えるのだ。これ以上の栄光があろうか」

「父上は、新兵ばかりで自分の軍を固めております。そしてエリザ様はルイド将軍の軍に入ることでしょう」


 去ってゆくサーメットの背に、ナーランが言葉を投げた。

 サーメットは弟の気遣いに感謝した。ルイドの軍が、本隊だ。ナーランはそう言っているのだ。父ジャハーラは自軍を弱兵で堅めてでも、ルイドの軍に精鋭を回そうとしている、ということなのだろう。だからサーメットをルイドの下に配置したということは、サーメットの実力を認めていないわけでは決してない、と言っているのだ。


 エリザが旗印になるのがルイドの軍であるならば、好都合だとサーメットは思った。エリザを守り抜く。ターナーの墓に誓ったことだった。


 馬に乗った。通りを駆け抜け、魔都を出る。スラム街の一角、バハムートの鼻息と呼ばれる通りで、馬を降りた。

 もくもくと煙るスモッグは、夜になっても一向に収まる気配がない。スリが横行していたというのも分かる気がした。エリザは即位後に、スラムの治安回復に努めた。スラムで暮らす子どもたちに魔都内部で暮らす権利を与え、孤児院を設立したのだ。富の再分配を、エリザは容赦なく行った。これまで特権を得てきた者たちから徴収し、貧しい者たちが生活をできるようにしたのだ。


 たったそれだけのことだった。それだけのことで、驚くほどに軽犯罪が減った。

 もちろん、そこに武力による圧もあっただろう。軍が出立した後にも、この治安が維持できるかどうかはわからない。それにしても、見事な手腕だった。そのほとんどが、エリザが思い描いたことのはずだ。それを現実的な形で実現しているのはスッラリクスであろう。


 逆に人間族への弾圧も、エリザは禁止した。もちろん人間族への怨念は消えていないだろうが、目に見えて彼らを攻撃する者は多くない。石を投げた者が捕らえられて、同じ仕打ちにあった。それが何件か見せしめのように行われ、人間族を直接弾圧しようとする者たちはいなくなった。

 それでも冷たい眼に耐えきれぬ者たちは魔都を出ていった。エリザはそれを引き留めようとも殺そうともしなかった。その姿勢が、人間族にも魔族にも、混血にもそれぞれ一定数以上に受け入れられているようだった。


(本当に、世界を変えられるかもしれないな)


 サーメットはそう思い始めている。エリザの理想の世界にはまだ遠いだろうが、確実な一歩を踏み出していることは、疑いようがなかった。


 バハムートの鼻息は、鉄製の武具を扱う鍛冶職人たちが多くいる。サーメットはそのうちの一人に、特殊な鎧を作らせていた。


「旦那、出来てますぜ」


 依頼をした鍛冶職人を訪ねた。金は先に払ってある。出てきたのは、両肩が盛り上がった鎧だった。鎖帷子も、サーメットの左肩に生えたモグラの頭をしっかりと覆えるように特注で依頼してある。サーメットは早速、鎧を着た。


「関節の部分には最新の技術を用いてあります。滑らかに動くはずです」

「手入れが大変そうだな」

「であれば、関節部分の一部のパーツを外しましょうか。鎖帷子の上に着こまれるのであれば、重量からしてもその方がいいはずです。防御面は多少薄くなりますが」


 薄くなるとはいえ、下に鎖帷子を着込むのである。問題はないとサーメットは判断した。


「そうだな、そうしてくれ」

「鎖帷子の方はどうですか。ご要望にあったように、普段から着込めるように調整致しましたが……どうしても両肩の部分が膨らむデザインにすると重量は出てきてしまいます」

「満足だ。このままもらってゆこう」


「難儀ですね、モグラの頭とは」

「もう慣れたさ。それに悪いことばかりではない。異形の姿になって初めて、本当に大切な物が見極められるようになった、という気もする」


 答えて、小手を着用した。サーメットの両手は、親指の付け根が盛り上がっている。その為に特殊な形状の小手が必要だった。通常の小手では、その盛り上がった部分がどうしても引っかかってしまうのだ。


「それにしても、あのような大金をいただけるとは」


 サーメットが支払った金額は、通常の鎧なら十着は買えるであろう金額だった。サーメットはもう自分の財に興味がなかったのだ。妻も子もいない独り身の人生である。ジャハーラの領地にももう居場所はない。あらゆる私財を金に換え、鎧を作らせ、剣を揃えた。残った金のほとんどは、新帝国に寄贈した。


「手を抜いて作られたのでは、いざ戦場で困るからな」


 すべての試着を終えたサーメットは礼を言うと、鎖帷子だけは着たまま店を出た。ディスフィーアにディナーをおごる約束をしている。


 初対面の人に、これで驚かれずにすむな、とサーメットは思った。鎖帷子は、思っていたよりよほど軽量だった。

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