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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-6「受け入れるしかない、と、おれは思うぜ」

 アルフォンたちが魔都に入ったときには、城下中がお祭りのような騒ぎだった。新女帝エリザと、クイダーナ帝国の復活を祝っている。

 魔都の門は開かれ、スラム街との行き来も自由にできるようになっていた。連日のお祭り騒ぎの結果か、道端で酔いつぶれて眠っている人の姿もある。広場や公園では、華やかな踊り子たちや吟遊詩人がエリザを讃える芸を披露し、酒瓶を持った酔っ払いたちがあちこちで杯を重ね、瓶を開けている。


「ひゅー、すっげえな! アルフォン、さっき通りかかった酒場なんて葡萄酒一杯無料って叫んでたぜ。宿とったら行ってみようぜ」


 ラッセルが上機嫌で言う。アルフォンは「ああ、そうだな」とてきとうに頷くと、前をゆく傭兵たちを追った。傭兵たちとは旅の道連れではあったが、そこまで深い話はしなかった。魔都につくまでの仲間でしかない、とアルフォンも思っていた。彼らと違って、軍に加わるつもりは少しもなかった。

 エリザがもし、アルフォンの思っているエリザだったら? 違うだろう、と頭では理解している。だが、どうしても確かめなければならない、という思いが強い。そして、もしアルフォンの思っているエリザだったら、アルフォンはどうすべきなのか。自分でも答えが出ていなかった。確かめたい。その気持ちがとにかく強い。


 クシャイズの城下をこうやって堂々と歩ける日が来るとは、アルフォンは思っていなかった。魔都は人間たちの所有物で、日陰者が出入りしていい場所じゃない。アルフォンはずっとそう思ってきた。


「世の中、変わるもんだな」


 王国の兵士たちも、貴族たちもいない。クシャイズ城へ続く道で見かける者たちは、王国で虐げられてきたような者たちばかりだった。いずれの者も、高貴さとはかけ離れた振る舞いをしている。獅子を描いた王国の旗に火をつけて騒いでいる者たちまでいる。


 クシャイズ城の中に入った。城の敷地の中では、新兵の訓練が行われていた。


「帝国軍に加わりたいのだが、どのようにすればいいのでしょうか」


 アルフォンたちを先導する傭兵の一人が、兵の指導にあたる指揮官に、声をかけた。指導にあたる男が振り返る。燃えるような赤い髪をした男だ。


「それなら――」

「ひっ」


 男の左肩に、モグラの頭が生えていた。

 訊ねた傭兵も、アルフォンもラッセルも、驚きを隠せなかった。その様子に、男は少しだけ悲しそうな顔をした。


「……それなら、ここを真っ直ぐ行ってくれ。そうすれば、おれと同じような赤い髪をした男がいるはずだ。そこで選抜を受け、各隊に配置される」

「驚いて申し訳なかった、ありがとう」

「いい、気にしないでくれ」


 モグラの頭を生やした男が指導に戻ろうとする。


「女帝エリザ様に謁見を申し入れたいのですが」


 アルフォンは、指導に戻ろうとした男に、そう言った。


「難しいでしょうか」


 再度振り返った男は「難しくはない。むしろ、謁見を申し入れれば必ずお会いなさってくれるだろう」と答えた。


「エリザ様は、会いたいと願われる者を拒むことはないさ。だが、ヘタな嘘はつかないことだ。王国軍に徴収された財を返してくれ、などと嘘を並べ立てた者たちは、ことごとく処罰にあっている」

「おれは、嘘などつきません」


 モグラの頭を肩から生やした男は、じっとアルフォンの目を覗き込んだ。アルフォンは、赤髪の男とモグラと、四つの目に見つめられているような気持ちになった。


「すまなかった。何、冷やかしや嘘つきがあまりに多いと軍師殿がぼやいていたのでな。少しばかり試してみたかっただけだ、許してくれ」


 赤髪の男は、アルフォンに頭を下げた。それから、謁見に至る過程を教えてくれた。一日に三十組しか受け付けていないこと、朝の鐘が鳴った後に、門の外に並んでいれば良いということ。

 アルフォンは礼を言うと、傭兵たちと別れて城下に戻った。


 宿をとった。ベッドが二つ並びの部屋だ。アルフォンは、疲れていた。ベッドに横たわる。騒がしい都会の雰囲気に、やられたようだ。

 ラッセルが「飲みに行こうぜ」と誘ってきたが断った。アルフォンは何度も考えた。謁見を申し出る、それはいい。エリザが、思っているエリザなのか、別人なのか、確かめたい。


 だが、違ったら?

 アルフォンは、スラムでの暮らしを思い返した。家に帰ると必ず駆け寄ってきていたヴィラ。子どもたちの世話をしていたミン。どこか自信なさげで、おどおどとしていて、判断を人に任せがちだったエリザ。


 魔都に入るまでに伝え聞いたエリザの特徴は、外見しか合致しなかった。女帝と呼ぶにふさわしい気迫だとか、芯の通った立ち姿だとか、私腹を肥やしていた商人や貴族たちへの徹底した弾圧をしたとか……そのどれもが、エリザの姿と重ならない。

 それなのにアルフォンは、女帝エリザが孤児仲間のエリザと同一人物だと信じ込んでいた。間違いない、とさえ思っている。


 ラッセルが食べ物を買って帰ってきた。パンの中に肉や野菜を挟み込んである。


「サンドイッチっていうらしいぜ」


 アルフォンはベッドの端に腰かけると、ラッセルからサンドイッチを受け取った。口に含む。堅いパンが、スラムにいた頃を思い出させる。


「ラッセル」

「ん? どうした?」

「もし、エリザが、本当におれたちの知っているエリザだったら、どうする?」

「どうもこうも、そんなわけないって。おれはむしろ、女帝エリザ様に会って、別人だってわかった後のお前の方が心配だよ」


 しばらく、二人は無言でサンドイッチを食べた。先に食べ終わったラッセルが、口を開く。


「受け入れるしかない、と、おれは思うぜ」

「何を?」

「スラムでの過去を。それから、いまこうやって帝国の復活だなんだって騒いでいるっていうことをさ」


 アルフォンは、パンの最後の欠片を口に入れた。


「そりゃよ、おれだって王国の兵士には恨みがある。あいつらさえいなけりゃ、って思うことも多いさ。真面目に働いたって金をくれなかったり、一杯の水さえ恵んでもくれなかったり、そういう態度をとってきたあいつらのことは許せねえし、仲間が死んじまったのもあいつらのせいだと思ってる。だけど、おれはそれよりも、アルフォン、お前を失いたくない。これ以上、仲間が死ぬのを見たくないんだ」


「ラッセル、おれは女帝に謁見を求めるだけで、何も死ぬつもりはないよ」


「だったらできるだけ早く、魔都を離れるべきだ。どこか辺境の土地で、戦争が収まるのを待とう。じゃなきゃ、ヨモツザカでもうしばらくトレジャーハンターをしていたっていい。いずれ王国軍と帝国軍が戦うことになる。いくら魔族が団結したって、王国の軍勢に勝てるとはおれには思えない。だからアルフォン、お前の気がすんだら、早く魔都を離れよう」


 アルフォンはそれきり、答えなかった。すべては明日になってから、決めることだった。


 翌朝、日の出とともに目を覚ましたアルフォンは、ラッセルを起こしてクシャイズ城の門の前に並んだ。早朝だというのに、すでに十人ほどの列ができている。いずれも女帝エリザに謁見を求めようという人々に違いなかった。


 朝の鐘が鳴り、兵が出てきた。城の一室へ、通された。一刻程、待たされた。それから玉座の間へ案内される。身元の確認もされず、身体検査さえなかった。

 城の内部には豪奢な装飾品がいくつも置いてあり、二人は感心しながら先へ進んだ。階段を上がる。


「う……」


 ラッセルが、顔をしかめた。アルフォンはラッセルの視線の先を見て、納得した。首のない死体を、兵が運んでいた。


 案内の兵が、気にすることはない、と言った。


「刺客が紛れ込んでいたのだろうさ」


 アルフォンは、昨日あった赤髪の指揮官の言葉を思い出した。身体検査さえなく、謁見が簡単に認められるのは、どんな嘘だろうが見破るし、刺客であればその場で処理できる自信があるからではないだろうか。

 背筋が寒くなる。簡単に謁見などと言ってきたが、アルフォンが思っているよりもよほど恐ろしいところへ、足を踏み入れようとしているのかもしれない。


 やがて、巨人でも通れそうなほどの大きな扉の前に、案内された。取っ手には蛇があしらわれている。今にも動き出しそうな程に精緻な作りだ、とアルフォンは思った。


 扉が、開かれた。

 赤い絨毯が伸び、その先には十段ほどの階段がある。階段の両側には、漆黒の鎧をきた強面の騎士と、片眼鏡をかけた柔和な顔つきの男が立っている。そして階段の先――玉座には、真っ赤なローブに身を包んだ金髪の少女の姿がある。


 アルフォンは、絨毯の上を進んだ。

 目線はまっすぐに、玉座に腰かける少女に向けたままだ。後ろからラッセルがついてきているのが、わかる。


 もっと近くへ。ちゃんと顔を見たい。エリザなのか。エリザじゃないのか。確かめたい。しっかりと自分の目で、確かめたい――。

 アルフォンは前へ前へと進んでいった。玉座の少女も、まっすぐにアルフォンを見つめ返している。


 もう少しで、はっきりと顔が見える。そうアルフォンが思った時、少女が立ち上がった。


「――アルフォン!」

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